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2016.06.30

光瀬龍『征東都督府』 巨大な歴史改変の先にあったもの

 光瀬龍が得意とした時代SFの一つ、レギュラーキャラクターであるタイムパトロールの笙子・元・かもめのトリオを主人公とする長編であります。現代の日比谷公園に突如出現した「日本人禁止進去 大清国征東都督府」の木札から始まり、歴史改変を狙う存在と対峙することとなった三人の戦いは……

 ある日、自分の財布の中身が、実在しない清国の紙幣とすり替えられていたことに気づいた元。時を同じくして、日比谷公園には突如として長大な鉄条網に取り巻かれた日本人の立ち入りを禁止するエリアが出現します。
 異変に気づいた時には、しかし元とかもめは何者かの手によって何処かへ送り込まれてしまうのでありました。

 二人が意識を取り戻してみれば、そこは「慶応31年」――江戸開城後の東北戦争において旧幕軍が勝利、日本の近代化が遅れたために日清戦争で日本が破れ、清国に占領された世界。
 そこで不審人物として警察に囚われたかもめは、悪徳警邏に落花狼藉の憂き目に遭わされ、元は清の占領政府・征東都督府傘下の情報処理御用掛となった元・新撰組の面々に激しく拷問されることになります。

 辛うじて窮地から脱した二人と合流した笙子は、この大規模な歴史改変の謎を探るため、東北戦争の決戦直前の時間に飛ぶのですが、そこで彼女たちが見たのはこの時代にあり得べからざるモノ。
 そしてさらに時空を超えた彼方で待っていたあまりに意外な真実とは……


 平凡な日常の中に、歴史上あり得べからざる存在が、というのは歴史改変ものの幕開けの定番かもしれませんが、本作はそれを実に鮮やかに決めてみせた上に、そこに展開される世界の改変ぶりの面白さが光る作品。
 個人的には歴史改変ものは好きではないのですが、しかし本作で描かれる慶応31年の世界は、そんな拘りをものともせず、なんとも魅力的であります。

 何しろ、メンバーのほとんどが戊辰戦争を生き残った新撰組が、情報処理御用掛――すなわち、一種のスパイ機関として存続しているのだから面白い。
 やはり生き残った沖田が、「オイコラ」な官憲となっているのは、いかにも作者らしい意地悪さという印象ですが、土方は数少ない世界の異変に気付いた存在として一人謎を追っていくという役回りで、実に格好良いのであります。

 また、勝海舟がお馴染みのべらんめえ口調はそのままに、得体の知れぬ黒幕として暗躍していたり、そこに樋口一葉やもう一人意外な作家が絡んだりと、ifの世界でありつつも、登場人物のその取り合わせとその役割付けは、流石というべきでしょう。
 そして物語の後半で展開される、歴史の分岐点たる東北戦争は、いわゆる架空戦記的な内容ではありますが、一種歴史書的なその丹念な描写と、参加する面々のオールスターぶり(何故か龍馬や高杉まで参戦)が楽しく、一つの世界を構築するならばこれくらいはやらねばならないのだな、と感じ入ったところです。


 が……それだけに終盤の破綻ぶりを何と評すべきか。
 連載小説ゆえの行き当たりばったり的な展開はさておき、クライマックスで提示される真実が――一種の読者サービスにすぎないと思われたものが全く別の意味を持つというのは面白いものの――物語の趣向全てを否定しかねないものであっただけに、少々どころではなく呆然とさせられた次第です。
(そもそも、こういう状況にならないよう、タイムパトロールは何がしかの対応をしているのが自然のような)

 しかしその一方で、巨大な歴史改変により幾千幾万もの人の運命を一種の生贄として歪めて、それによって得たものがただ……であり、そしてさらにそれが何億何十億もの運命を変えていくという、皮肉めいたものすら感じさせる突き抜けたスケール感(の振れ幅)は、これは作者ならではのものと言うほかないでしょう。

 時間SFとして、光瀬作品として、結末で描かれた痛切な無常感はやはり得難いものが感じられるというのも、また事実なのであります。


『征東都督府』(光瀬龍 角川文庫) Amazon
征東都督府 (角川文庫)


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2016.06.29

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第4巻 友と庇護者と愛する人と……

 術の失敗により、源九郎義経の体にその魂を宿すこととなった鬼一法眼の娘・皆鶴が、九郎になり変わって平家と戦うこの物語ももう第4巻。源平の合戦はいよいよ激しさを増し、舞台を一の谷から京、屋島へ移していくこととなります。そして屋島で彼女を待つ運命とは……

 幾多の苦節苦闘を重ねながらも、仲間を増やし、ついに九郎の兄・頼朝と対面した皆鶴。
 しかし、なかなか自分を平家打倒の軍に加えようとしない頼朝に振り回された上に、思いもよらぬタイミングで皆鶴が意識を失い、九郎が表に出てきたことで、さらなる苦戦を強いられることとなります。

 それでもかろうじて一の谷の戦で猛将・平教経率いる平家軍を打倒した皆鶴が、訪れた京で対面したのは、白拍子の美少女・静。前巻で九郎――皆鶴ではなく――と出会っていた静は、九郎と契りを交わしたと言い出すのですが……

 一種の性別逆転ものである本作ですが、その場合に気になるのは、九郎の愛と性。言うまでもなく静といえば静御前、義経の最愛の人として、子まで成したと伝えられる人物であります。
 しかし九郎の中身は女性の皆鶴、これは……と思いきや、なかなかユニークな抜け道を用意しているのが面白いところでしょう。

 そして面白いだけでなく、結果的に皆鶴の存在を知った静が、武士という男の世界の中で(そして男の体の中で)孤独な生を強いられている皆鶴にとって、仲間とも親友とも呼べる間柄となるのが実にいい。
 皆鶴にとっての理解者であるのはもちろん、(彼女に比べれば奔放に見えようとも)白拍子という立場に縛られざるを得ない静にとっても、互いが大きな支えとなるという関係性は、これは変則的ながらも女性を主人公とする本作ならではのものであります。

 さて、もう一人京で皆鶴の前に現れるのは、後白河法皇その人。かつては至上の位にありながらも、時に芸人たちと立ち交じって踊り歌う彼のキャラクターは、まさに後世に伝わる破格の人物そのままなのですが……
 しかしその法皇の持つ陰の部分を、ちょっとしたエピソードでもって間接的に――それも皆鶴ではなく弁慶を通じてというさらに二重の意味で――仄めかせてみせるという手法も巧みと申せましょう。


 しかし、静という友を得ても、法皇という庇護者を得ても、満たされないのは皆鶴の想い。彼女が自分自身となるためには――九郎と分かれるためには、平家を倒さねばならず、しかし頼朝は依然として皆鶴が平家と戦うのを禁じるのですから。

 その抑えつけられた想いがどこに向かうのか、それは歴史が示すとおりであり、後々の悲劇を予感させるのですが……しかし皆鶴にとっては、救いとも呼べる人物が存在します。
 それは言うまでもなく、佐藤継信。弟の忠信とともに、奥州から皆鶴に従ってきた美丈夫であり、皆鶴の秘密を知る一人であります。

 彼女が平家と戦う理由を知り、そして彼女が自分自身の中で戦っていることを知る継信。しかし源氏の御曹司の郎党でありつつも、いわば奥州藤原氏から出向してきたという複雑な立場にある彼もまた、孤独を内に抱える人物であります。

 共に孤独を抱え、そしてままならぬ現実に翻弄される二人、互いに支え合う二人に、一度火が付けば……といってももちろん節度ある関係ですが、しかし皆鶴がめったにみせないような、歳相応の女の子らしい表情を見せるのは、何とも微笑ましく、ホッとさせられるところです。


 そして互いの気持ちを確かめ合った二人が向かうのは、屋島の戦い。……そう、あの屋島の戦いであります。
 この戦いの中で何が起こるのか、この時代に詳しい方であればよくご存知でしょう、そしてその瞬間は、本作においても間違いなく訪れることになります。この上もなく残酷な形で。

 果たしてこの悲しみを皆鶴は乗り越えることができるのか、そしてこの先に待ち受ける更なる無情な運命に、彼女は如何に立ち向かっていくのか……
 我々のよく知る物語が、全く異なる色彩で以って描かれる本作もいよいよ佳境であります。


『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第4巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~ 4 (プリンセスコミックス)


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2016.06.28

上田秀人『表御番医師診療禄 7 研鑽』 厄介事の連続の中の平穏?

 数々の幕府の闇と対峙してきた表御番医師・矢切良衛も、苦労の甲斐あってか寄合医師へ出世、幕府より長崎での蘭学修行を認められ、勇躍長崎に向かうのですが……さて、そこで待っているのは思いもよらぬ厄介事の連続。果たして良衛は、無事に修行を終えて帰還できるのでありましょうか?

 大奥を舞台とした探索をなんとか終え、将軍・綱吉の思惑もあって長崎遊学を許された良衛。しかし綱吉の愛妾・お伝の方より、懐妊の秘術を会得するよう密命が下されたのは、彼にとっては大変な重荷であります。
 それに加えて、途中の京では思わぬ探索の任務を命じられ、苦労を重ねてきた良衛ですが……この巻でようやく長崎に到着、新たな生活が始まることとなります。

 かつて良衛の師に恩義を受けた薬種問屋・西海屋に歓待され、長崎奉行の病もひと目で見ぬいて対処法を伝授と、幸先良いスタートを切ったかに見えた良衛ですが、しかしその前途はなかなかに多難であります。
 医術を学ぶために出向いた出島のオランダ商館で待っていたのは専任の医師ではなく、医術の心得を持つというレベルの商館長。それならば、と商館の医学書から独習しようとしても、出島に関する厳格なルールから、毎日ごく限られた期間の滞在しか許されないのです。

 しかしこれだけならばまだしも、長崎の町で彼を付け狙う不審な影。見に覚えがないにもかかわらず、無頼を雇って襲撃を仕掛けてくるのは、良衛に抜荷の証拠を知られたと思い込んだ回船問屋・南蛮屋でありました。
 なおも襲撃を仕掛けてくる相手に加え、良衛がすでに懐妊の秘術を手に入れたと思い込んだお伝の方のライバル方も暗躍を始め、良衛包囲網は次第に狭まってくることに……


 というわけで、江戸から遠く離れても、毎度のことながらというべきか、次から次へと厄介事に巻き込まれる良衛。前巻で登場した、お伝の方の命で派遣された御広敷伊賀者の女忍・幾が嘆息するのにも、全く以って同感であります。

 しかし、本作がこれまでのシリーズに比べて、だいぶ印象が異なって――というよりかなり明るく――感じられるのは、やはり何と言っても、上田作品名物の、面倒を押し付けるばかりの上役が、長崎にはいないことでしょう。
 本シリーズにおいてはその上役は、大目付・松平対馬守が該当しますが、前巻の京まではうるさく言ってきた彼もさすがに長崎にまでは手が及ばぬか、今回は登場せず。

 それどころか、西海屋という頼りになる後ろ盾の大商人がおり、(今のところはニュートラルな立場の)長崎奉行もなかなかの切れ者。
 主人公に味方がいる、あるいは足を引っ張る者が少ない――このレベルが、他の文庫書き下ろし時代小説ではデフォルトのような気がしますが――というのは、これほど平和なものだったのか、と思わず感動してしまったほどであります。

 本作のメインの黒幕が、意識高い系の勘違い若造と出世コースから外れた中年という(これはこれで身につまされるものが大いにありますが)小物コンビであったこともあり、スケール的にはこれまでに比べると小さくはありますが、たまにはこれくらいの規模でもよいのではないか……と、私は思います。


 もちろん、この平和も一時のことではありましょう。懐妊の秘術習得の目処も立たない上に、その秘術を狙う者たちも現れ、やはり長崎も良衛にとっては安息の地ではないのですから……
(ちなみに新たな敵の中に、黒田官兵衛が有岡城に幽閉された折、ひそかに官兵衛を助けたという一団の末裔が、という伝奇的設定も面白い)

 しかし、良衛には申し訳ないことですが、この入り乱れようはやはり実に面白い。良衛にとっては父代わりの忠僕・三造の活躍もあり、幾と彼ら二人の微妙な関係もありと、キャラクター面でもなかなか面白い状況で、この長崎編、まだまだ面白い展開が待っていそうであります。


『表御番医師診療禄 7 研鑽』(上田秀人 角川文庫) Amazon
表御番医師診療禄 (7) 研鑽 (角川文庫)


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 『表御番医師診療禄 4 悪血』 御広敷番医師、秘事を追う
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 上田秀人『表御番医師診療禄 6 往診』 一難去ってまた一難……京を巡る暗闘

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2016.06.27

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と

 猫絵師十兵衛と元猫仙人のニタ、凸凹コンビのちょっと(?)不思議な人情話である本作も、前巻で目出度く100話を突破して、まさに脂が乗り切っているという印象。この巻も何か特別な趣向があるというわけでもないのですが、しかし毎回毎回確実に面白い、そんな作品です。

 この巻に収録されているのは、101話から始まる以下の全7話であります。

 変わり朝顔栽培に夢中になっていた主に先立たれた猫が、遺された朝顔の種の栽培に奔走する「牽牛子猫」
 この巻の表紙を飾る猫丁長屋の子猫三匹が聊斎志異に登場する小さな犬の妖・小猟犬を見つける「戯かし猫」
 恋野初風先生が手に入れた、眺めるうちに女性の影が浮かび上がり、動きまわるという茶碗を巡る奇譚「猫茶碗」
 夜鳴きして独りでに沖に出ようとする船と、その船を助けようとする船の守り猫を描く「沖つ船猫」
 猫丁長屋の迷子騒動を通して、いなくなった子供を何年も探す女性の姿を見つめる「迷い子猫」
 ニタ峠の猫又たちから百猫カルタ作りを依頼された十兵衛が、弟子入り志願の猫又とともに奮闘する「百猫歌留多」
 大店で可愛がられている猫又が、鼠によって濡れ衣を着せられた奉公人のため立ち上がる「愛で猫」

 帯で紹介されている西浦さんが本編に登場しないのは残念ですが、しかし今回もお馴染みの顔ぶれが元気にやっているのを見れるのは、なんとも嬉しいことです。
 嬉しいといえば、不思議系といいますか、妖や猫又が登場するエピソードの率が非常に高かったのが、今回個人的に嬉しいところであります。

 特に「猫茶碗」など、茶碗に浮き出た女のシルエットが自在に動き回るという、いかにも「ありそう」な怪談を描きつつも、同時に綺麗に猫漫画として落としているのが楽しいエピソード。
 声も出さず、静かに動く――しかしその感情が伝わってくる――茶碗の女の画が、どこかサイレント映画的な味わいを醸し出しているという、漫画というメディアならではの見せ方にも感心いたします。

 また、安宅丸の伝説を思わせる、海に出ようと夜毎鳴く船を描く「沖つ船猫」も、船丸ごとというこれまでとは規模の違う妖の存在と、それと心を交わすのが猫という意外性も素晴らしい。
 クライマックスも、その妖のスケールにふさわしいスペクタクルの中で、きっちりと十兵衛が自分の仕事をしてくれるのが気持ちのよいところであります。


 しかし、そんな妖たちのドラマだけでなく、きっちりと人情の機微といったものを絵で見せてくれるのも、本作の魅力でしょう。

 この巻でほとんど唯一、不思議系の要素がない「迷い子猫」は、ちょっとした登場人物の表情が胸を締め付けるエピソード。子を亡くした母と、彼女を見つめる十兵衛、その無言の表情が、何よりもその胸の内を深く描き出しているのであります。
 また、これは絵ではなく台詞ですが、「牽牛子猫」のあるシーンも、たった一言の台詞がこちらの胸に深く深く突き刺さるのにも、感心するばかりです。


 人も妖も――この世に在るものたちの喜怒哀楽を、それを見つめる十兵衛とニタを通じて浮き彫りにする。そんな本作のスタイルは、これからも変わらず描き続けていかれることでしょう。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十六巻 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
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 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と

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2016.06.26

『仮面の忍者赤影』 第27話「根來十三忍」

 根来に使者を遣わした悪大名・夕里弾正。信長に反乱の兵を挙げた弾正は信長暗殺を依頼、根来の頭領・暗闇鬼堂は「夜の世界」と引き換えに依頼を受ける。第一番手の水馬流馬の奇襲に一度は爆発の中に消えたと見えた赤影だが、信長の影武者として流馬と対決する。しかし信長には新たな危機が……

 冒頭登場するのは、紀州根来の山中、暗闇寺なる地に急ぐ四人の男たち。行く先々で死体と出くわし半泣きの彼らですが、ついに彼らも一人、また一人と奇怪な殺され方をして、残った二人は這々の体で吊橋にたどり着くのですが……そこで待ち受けていたは、邪悪な仙人といった趣の妖人であります。
 「四人は多すぎる」と彼が吊橋を揺らせば、たまらず転がり落ちたのは男たちの一人、そしてそれを待ち受けていたのは、なんとも不気味な怪獣の巨大な口――

 そこで気絶してしまった最後の男が意識を取り戻してみれば、目の前にいたのは先ほどの妖人・暗闇鬼堂。夕里弾正の家臣である男は、使者としてやってきたのであります。天下に号令するため京に上らんとする弾正は、本願寺や朝倉、浅井、六角の残党ら信長包囲網と手を組んで信長に挑もうと……

 というのは、半ば以上は使者ではなく鬼堂が先回りして喋ったこと。弾正の依頼が信長暗殺であることを知った鬼堂は、自ら返事をするというと無残に最後の使者を殺し、弾正の寝所にこつ然と現れます。深酒や荒淫の結果か、目の周りを青く染めたような顔色の弾正と対峙した鬼堂は、「夜の世界」をもらうという条件で、信長暗殺を確約するのでありました。

 さて、弾正挙兵の報を知った岐阜城の信長は、信長包囲網により家臣たちの兵があまり動かせぬ中、とるものもとりあえず、ごく小数の手勢を連れ、京に向かうことを決意(この辺り、いかにも信長らしい)。そんな時に頼りになるのは……もちろん忍者であります。

 出発前夜、手の指先から出した水流の上を歩いて岐阜城に潜入(……ん? 冷静に考えると無理があるような気がしますが)した根来衆一番手・水馬流馬を迎え撃つのは、青影と信長の身代わりを務めていた白影。さらに赤影も参上しますが、流馬は形勢不利と見て城から脱出いたします。
 危機は去ったと見たか、赤影は一旦二人と別れ、単身城下の影屋敷に戻って旅の支度を始めるのですが――しかし大胆にもそこに現れたのは流馬。迎え撃つ赤影ですが、伏せていた下忍たちの「闇分銅」に動きを封じられ、爆薬をぶつけられて爆煙の中に消えて……

 翌朝、姿を見せぬ赤影を案じつつも、出発する信長に従って旅出つ白影と青影。しかしそこに根来忍者が襲撃、二人が下忍を迎え撃っている間に、流馬が信長の馬に! 馬に飛び乗り、信長に迫る流馬の刃――しかし信長の衣装をまとっていたのは、生きていた赤影!

 かくて三度目の戦いを繰り広げる赤影と流馬。水術の遣い手らしく流馬は爆薬をセットした手裏剣で木々を爆破、鉄砲水を起こしたのにも動じず、赤影は濁流の脇で、水中で、激しく流馬と刀を交えます。
 そして水が引いた後も繰り広げられた激闘の末、流馬は赤影の一刀の前に血煙をあげて斃れるのですが……しかし、「俺から流れる血は仲間を呼ぶ」という言葉のとおり、本物の信長の前にはガンダが――というところで次回に続きます。


 さて今回から始まる「根来篇」、登場するキャラクターはぐっと渋く……というより普通の時代劇調で一安心。が、その一方で怪忍獣たちがきっちり登場するのが、やはり本作らしいところでありましょう。今回登場のガンダは、冒頭とラストのみの登場ですが、リアルすぎない造形が、逆に不気味な存在感を感じさせるキャラクターです。

 しかし存在感と言えば、やはり夕里弾正と暗闇鬼堂。演じるは汐路章と原健策とという強烈な取り合わせで、これまでの幻妖斎とは全く異なるのベクトルの悪を感じさせます。
 また、今後詳しく触れる機会があるかもしれませんが、大和に居城を持ち、信長包囲網に加わって信長を狙うというのは、やはり夕里弾正のモデルは松永弾正でありましょう。とすれば鬼堂の方は果心居士……いやはや、たまらない取り合わせです。


今回の怪忍者
水馬流馬

 根来十三忍の一番手。岐阜城出発前後の信長を襲撃した。水術を得意とするらしく、手の指先からの奔流を伝わって城に潜入するなどの術を使う。刀術の方も相当の遣い手で、赤影と互角の戦いを繰り広げた。術の故か体質か、歩くとぺたりぺたりと水のしたたる足跡が残る。


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2016.06.25

水上悟志『戦国妖狐』第17巻 そして彼らが歩む道の先に

……長かった旅にもついに終わりの時がやってきました。実に8年に渡り描かれてきた『戦国妖狐』も、この第17巻で完結であります。千本妖狐と化した迅火と千魔混沌をその身に納めた千夜。第一部と第二部、それぞれの主人公の、そして彼らと共に旅してきた者たちを待つものは――

 ほとんど無尽蔵の力を持ちながらも、人と闇(かたわら)、双方が総力を尽くした末、ついに倒された万象王。そして、千夜との対話の末、自分たちの世界を救うための術を悟り、遥かな時の流れの果てに去った無の民。
 決して少なくない犠牲の果てに二つの敵を破り、そして自分の中の弱さと向き合い、克服した千夜は、ついに迅火の潜む島に向かうことになります。

 かつて千本妖狐と化し、そしてそのあまりにも強大な霊力に呑まれて暴走を続ける迅火を倒すのではなく、止める。そして彼を追い続けてきたたまの元に帰す――
 ある意味、倒すよりも遥かに難しいことに、千夜は、真介は、たまは、月湖は、灼岩は挑むのであります。(もちろん、ある程度傷めつけてから説得という、ある意味お馴染みの手段を取ることになるわけですが……)

 ここからはまさに総力戦、それだけでもグッと盛り上がるわけですが、しかしそれ以上に、迅火に最後に呼びかけるのが、第一部の面子というのは、これは流れ的に当然といえば当然なのですが、しかし何とも泣かせる展開。
 物語の初めから追ってきた身にしてみれば、よくぞここまで……と、登場人物一人ひとりの辿ってきた道が、成長が、胸に迫るものがあります。


 そして、全てが終わった先に待っていたもの、ラスト一話前で描かれるそれは、まさに大団円とも言うべき内容。登場人物の誰一人としてないがしろにすることなく、その運命の旅路の向かう先を描き切ってみせてくれたのは、大長編の結末として、この上もないものでありましょう。

 いえ、これで終わりではありません。最終話で描かれるのは、さらにその先の道。
 それは一面、ひどく切ないものではありますが、しかし「人」の命は、想いは、決して途切れることなく続いていく――そしてその形は、一様ではなく、たとえ目に見えない形であっても繋がっていく――ものであることを、本作は高らかに謳いあげているのであります。

 そしてそれは、今ここにいる我々のところにまで、続くものであることも。


 戦国時代という、人と闇が文字通り傍らにあるものとして、その住まう世界を接していた時代。そして、人と人が殺し合い、容易にその命が消費されていく時代。
 そんな中で、人と人、人と闇、闇と闇、それぞれの交わる姿を通じて、人と闇それぞれの異なる在り方を、そして共に相通じる心の存在を、本作は描いてきました。

 ……というのは、こちらの半ば勝手な理解であり、物語の開始から結末に至るまで紆余曲折の連続であったことは、単行本のカバー下に記された作者の言にあるとおりでしょう。
 そのような作品に対して、勝手に読者が何かを読み取り、理解したような気分になることは、滑稽なことであるかもしれません。しかし同時にそれは、素晴らしいことのようにも感じられます。

 なんとなればそれは、本作で描かれてきた温かい何か、それをこちらが受け止め、心に残したことで新たに生まれた想いなのですから――

 迫力溢れるバトルが連続する少年漫画として、人と闇の交わりを描く伝奇漫画として、そしてその中で誰もが持つ想い等身大の浮き彫りにする水上漫画として……素晴らしい作品であったと、心から感じます。


『戦国妖狐』第17巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐 17 (BLADE COMICS)


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2016.06.24

高橋克彦『いじん幽霊 完四郎広目手控』 横浜という異国と新たなメディア

 江戸の広告代理店「広目屋」である香冶完四郎とその相棒・仮名垣魯文の活躍を描く時代ミステリの第三弾であります。これまで江戸、京を舞台としてきたシリーズですが、本作の舞台は横浜。外国人居留地としてその姿を刻一刻と変えていく横浜で、二人はまたもや様々な事件に巻き込まれることになります。

 今回描かれる1864年の横浜は、外国人居留地の存在により、日本の中の異国として独自の地位を占めていた地であります。
 しかしそこに住まう外国人の中には海の外から日本の権益を狙う者たちも潜み、さらにそこに攘夷を主張する者が彼らの命を虎視眈々と狙うという、一筋縄ではいかない混沌とした世界として、本作では描かれることとなります。

 しかし江戸の人々が知りたがっているのはまさにそんな近くて遠い横浜の姿、と乗り込んできたのが、我らが広目屋完四郎。
 折よく(?)横浜で燻っていた魯文を相棒に、みたび完四郎の広目屋稼業が描かれるわけですが……今回はこれまで以上にバラエティに富んだ事件が描かれている印象があります。

 居留地の外国人が食べる牛肉の輸送を狙った襲撃事件を未然に防いだり(『夜明け横浜』)、密かに流通するヌード写真の制作元を追ったり(『夜の写真師』)、居留地を騒がす幽霊屋敷騒動に広目屋志願の異国娘が絡んだり(『娘広目屋』)、水戸で挙兵した天狗党の一派の横浜襲撃を防ぐため奔走したり(『横浜天狗』)……何とも賑やかな内容なのであります。

 その中でも一話だけ、江戸の両国を舞台に、夜毎棺桶に乗って川の上に現れる異国人の幽霊の怪を描いた事件(『いじん幽霊』)も含まれていますが、それもまた実は……
 と、横浜という特異な世界をフルに使って描かれる本作は、ミステリとしてはもちろん、時代ものとしても実にユニークな物語と言えるでしょう。

 ジョセフ・ヒコやヘボン、下岡蓮杖や福地源一郎等々、歴史上の有名人たちが物語に有機的に絡んでくるのも、またたまらないところであります。


 しかしそれと同時に非常に興味深いのは、物語が進んでいくにつれて、あるメディアの存在が浮き上がってくる点でしょう。
 そのメディアとは新聞――開国によって異国からもたらされた、それまでの日本にはない新たな情報の伝達媒体であります。

 もちろん、江戸時代の日本には――広目屋として完四郎や魯文が密接に関わってきた――瓦版というメディアが存在しました。しかし瓦版と新聞に共通する点が多々あるにしても、それが社会に果たす役割はまた異なる、似て非なるメディアと言えます。

 作中で完四郎と魯文が幾度か新聞に接していく中、その違いは少しずつ明らかになっていくのですが……しかしそれが何よりも明確になるのが、『筆合戦』のエピソードであります。
 まさにこの物語の舞台となった頃の横浜で、日本最初の新聞を発行した岸田吟香。本作ではその吟香が魯文のライバルとして登場し、どちらの書く記事が優れているか、まさに筆で勝負を繰り広げるのだから面白い。

 土地の人々に密着して興味深い話題を拾う魯文の瓦版流が勝つか、社会の潮流を踏まえたオピニオンを展開する吟香の新聞流が勝つか? 
 それだけでも実に興味深いところに、そこにもう一つ、ミステリとしての仕掛けが……というのは、これはもう本作ならではの、本作でなければ描けない物語と言うほかありません。

 言うまでもなく、魯文は明治時代に入ってから、新聞の世界でも活躍した人物。その点を踏まえてみても、本作の趣向には唸らされるばかりなのであります。


 しかし、横浜でも数々の冒険を繰り広げた完四郎ですが、そろそろ日本は彼にとって狭くなってきた……というわけで、ラストで欧米行きが仄めかされる完四郎。
 次の巻では、時は流れて明治時代、欧米帰りの完四郎が登場することになりますが、その紹介はまた時を改めてさせていただくとしましょう。


『いじん幽霊 完四郎広目手控』(高橋克彦 集英社文庫) Amazon
いじん幽霊―完四郎広目手控 (集英社文庫)


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2016.06.23

朝日曼耀&富沢義彦『戦国新撰組』連載開始! 幕末武士vs戦国武士

 今年、現代の黒人ボクサーが戦国時代にタイムスリップ、信長に仕えるという『クロボーズ』をスタートさせた富沢義彦が、続いて新たに挑む時代漫画は『戦国新撰組』。何よりもタイトルが内容を雄弁に物語る、幕末の武闘派集団新撰組が、戦国時代にタイムスリップするというとんでもない作品であります。

 池田屋事件で、幕末の京に一躍名を上げた新撰組。しかし冒頭で描かれるのは、その新撰組隊士たちが、何処とも知れぬ戦場で、一人の野武士めいた男相手に大打撃を受けた姿。
 屯所にいたはずの彼らは、わけもわからぬまま突然見知らぬ地に放り出され、見知らぬ強敵の襲撃を受けたのであります。

 はぐれた仲間たちを探す土方歳三は、この混乱の中で仲間を見捨てて隠れていた隊士・三浦啓之助と再会、すったもんだの末に行動を共にするのですが、しかし、彼らがいるのが、彼らの生きた時代から遠く離れた戦国時代であることを知ることに……


 と、いきなり驚かされたのは舞台設定もさることながら、この人物チョイス。土方は有名人ゆえある意味当然といえ、三浦啓之助とは!


 三浦啓之助、本名・佐久間恪二郎。父はあの幕末の傑物・佐久間象山、叔父に当たるのは勝海舟と、生まれだけみればサラブレッドと言うほかない人物であります。
 そして、父が河上彦斎らに斬られた後、その仇討のために新撰組入隊を願い、感動した近藤勇の声掛かりで新撰組隊士となったとくれば、事実は小説より奇なりなのですが……

 しかし、この啓之助、どうにも人間ができていなかったらしく、仇討どころか新撰組隊士としてもロクな活躍も見せず、それどころかその高慢かつ粗暴な言動でたちまち要注意人物になったという男。沖田に親しく声をかけられたのを、粛清されると思い込んで新撰組を脱走、その後も父の名と運に頼った人生で明治まで生き延びた人物であります(もっとも、若くして病で亡くなったのですが……)


 長くなりましたが、話半分としても大概な人物像が浮かぶこの啓之助、私は山田風太郎の『おれは不知火』で記憶に残っているのですが、一般にはあまり知られていない人物でありましょう。
 その啓之助を、よりによって土方らとともに戦国時代に連れてくるのは、一見ミスマッチに見えるかもしれませんが、しかしもちろん、だからこそ面白い。

 戦国時代と新撰組というのは、もちろん意外どころではない……というよりほとんど空前絶後の組み合わせではありますが、そこにさらに、啓之助というおよそ戦国向きではない、しかしそれでいて実に面白い経歴を持つ人物を持ち込むことで、本作はさらに先読み不能な、そしてもちろん先が大いに気になる作品となっていると言えるでしょう。

 早速登場するなり士道不覚悟っぷりを発揮した啓之助と、そんな男と図らずも行動を共にすることとなるのが、よりによって鬼の副長たる土方というのも、実に楽しいではありませんか。
 今回、彼らの他に(回想以外で)登場する隊士が、島田魁のみというのは、少々寂しいところではありますが、その分は、ラストに登場する戦国側の有名人の存在でフォローというところでしょうか。


 冒頭に述べたとおり、原作者の富沢義彦が、本作と並行して連載している『クロボーズ』もまた、戦国時代を舞台としたタイムスリップもの。その意味では、かなり大胆に題材が重なっているとも言えるのですが……しかし、この連載第一回から受けるのは、もちろん先行する作品とは、全く別個の作品という印象です。
(両作品で共通する人物を、はっきり別々の人物像で描いているのも考慮の上でしょう)

 何よりも、新撰組という、何よりも武士道を重んじ、誰よりも武士たらんとした者たちが、その武士の大先輩でありながも、武士道などいうものとは無縁の戦国武士たちと対面するという構図が実に面白い(そしてその新撰組側にも、武士らしくない啓之助がいるというひねり)。
 果たしてこの両者の邂逅が何をもたらすのか――決して取り合わせの意外性だけでない、本作ならではの武士像、歴史像と出会えることに期待できそうであります。


『戦国新撰組』(朝日曼耀&富沢義彦 月刊サンデーGX 7月号) Amazon
月刊サンデージェネックス 2016年 07 月号 [雑誌]


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2016.06.22

荻原規子『あまねく神竜住まう国』 少年頼朝、神と魔が存在する地に立つ

 平安末期を舞台とした歴史ファンタジー『風神秘抄』の、十年ぶりの続編とも後日譚とも言うべき作品、『風神秘抄』の主人公・草十郎と糸世によって死の運命から救われた源頼朝を主人公として、流刑先の伊豆で彼が自らの運命と対峙する姿が瑞々しく描かれる物語であります。

 平治の乱に源氏側で参加した笛の名手の少年・草十郎。彼が、敗走して彷徨う中で出会った舞姫・糸世と強く惹かれ合い、そして数々の冒険の果てについに結ばれる様を、『風神秘抄』は描きました。そしてその物語の中で彼らが救ったのが、本作の主人公である少年頼朝であります。

 その力が極まるところ、時空の因果を歪め、人の運命すら変えることができる二人の笛と舞。それによって処刑される定めであった頼朝は、助命され、伊豆に流刑されることとなったのですが……しかし命永らえたとはいえ(そして一応従僕がいるとはいえ)、一族郎党と死別した少年にとって、流刑先の暮らしは過酷なものであります。

 領主の突然の死の原因と疑われ、半ば生け贄のように、大蛇が住まうという中洲に住まわされることとなった彼は、父や郎党の死までも自分の存在のせいのように考え、さらに孤独に沈んでいくのですが――そこに現れた草十郎と糸世が、彼の運命を再び大きく変えていくことになるのです。


 というわけで、頼朝にとっては大きな驚きと喜びとなった草十郎との再会ですが、それは我々読者にとっても同じこと。
 一つの物語として『風神秘抄』は見事に完結したものの、しかし草十郎が、糸世とその後どのような人生を送ったかは、やはり気になるというのが人情でありましょう。

 そしてその後の草十郎と糸世の姿は、ある意味予想通りであり、ある意味予想と違うものでした。
 予想通りというのは、もちろん二人がどこまでも仲睦まじく――そして草十郎が相変わらず糸世に振り回されて――過ごしていること。そして予想と違ったのは、二人の暮らしに、なおもこの世ならざる者の影が迫っていたことであります。

 先に述べたとおり、その力で頼朝の運命を変えた二人。その力が元で一度は引き裂かれ、そして再び出会った時にその力が失われたことで、二人は自分たちを縛るものから解き放たれたかと思われたのですが……しかし、二人に、そして頼朝に因縁を持つ死者の影は、彼らを執拗に追っていたのです。

 そして特別な力を失い、あまりに深くその影と関わってしまった二人に代わり、影を打ち払うことができるのは、ただ一人、頼朝のみなのですが――


 これまでの勾玉シリーズ、そして『風神秘抄』と、巻を重ねるに連れ、伝説から歴史へと近づいていく作者の歴史ファンタジーシリーズ。本作においては、頼朝を主人公として、そしてその史実を踏まえた舞台を設定することで、よりその度合いは深まったといえます

 しかしその中でも変わらないのは、神話や歴史といった巨大な枠組みの中で、そして神や社会の趨勢といった巨大な存在と対峙する中で、在るべき自分自身を見出し、そしてそれを貫く少年少女の姿でありましょう。

 もちろんそれは本作においても変わることはありません。運命に翻弄され(その運命から救い出されたことで更に別の運命に因われ)、そしてその中で孤独と絶望に沈みかけた頼朝。そんな彼は、彼らに迫る影自身と最も近しい存在である……そう言ってよいかと思います。
 しかし、人は変わることができる。たとえ一人では小さく、弱い存在であったとしても、容易に流され、沈み込む存在であったとしても――誰かと共に在ることで、そして、自分の足で立ち上がることで。

 本作は神も魔も、様々に存在する地で繰り広げられる歴史ファンタジーであると同時に、そんな頼朝の、等身大の一人の少年の成長物語でもあります。
 そしてそれこそが、本作がこれまでの物語同様、児童文学の形で描かれる理由でもありましょう。


 ちなみに本作は『風神秘抄』の後の物語であるために、あのキャラクターは登場しないのですが……しかし、その名は、作中で確かに語られることになります。それも最も嬉しく、感動的な形で。
 『風神秘抄』読者としては、涙が出るほど嬉しいサービスであります。


『あまねく神竜住まう国』(荻原規子 徳間書店) Amazon
あまねく神竜住まう国 (児童書)


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 荻原規子『風神秘抄』下巻 死と生、神と人の間を歩んだ果てに

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2016.06.21

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 あれよあれよという間に日差しは強く、気温は高くなり、気がつけばもう7月は目前。世の中には、夏休みに入る方もいらっしゃるのでしょう(僕は違いますが)。暑気払いにはやはり面白い本が……というわけで、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 文庫小説はそれなりに充実している印象の7月ですが、まず何といっても注目は、第二部スタートの小松エメル『一鬼夜行 鬼の福招き』。やっぱりタイトルは「鬼」です。
 また、招き猫文庫からは、第1回招き猫文庫時代小説新人賞・大賞を受賞した新鋭のデビュー作である西本雄治『やっとうの神と新米剣客』が登場。同時発売の車浮代『勝山太夫、ごろうぜよ』ともども要チェックです。
 また、小学館文庫の松尾清貴『真田十勇士』は、理論社から刊行されていたシリーズが早くも文庫化? と思いきや、映画『真田十勇士』の脚本を原案とした作品とのこと(これ自体はこのレーベルではお馴染みのスタイルですが)で、ちょっと珍しいパターン。
 そして十勇士ものでは、6月から刊行開始の柴田錬三郎『真田十勇士 2 烈風は凶雲を呼んだ』もマストです。

 さらに佐々木裕一『若返り同心如月源十郎 不思議な飴玉』は、タイトルどおりに不思議な飴玉で若返った同心が……と、設定の時点でものすごい作品です。
 一方、シリーズものの新刊では上田秀人『御広敷用人 大奥記録 10 情愛の奸』が登場。同じ作者の新装版『織江緋之介見参 7 終焉の太刀』はこれで完結です。

 また、ついに今月最終巻『最後の審判』が刊行された仁木英之の『くるすの残光シリーズですが、文庫の方では一つ前の第四弾『くるすの残光 天の庭(仮)』が登場。
 同じく文庫化では、神永学『殺生伝(仮)』第1巻・第2巻が刊行されます。

 もう一点、内容は不明なのですが、風野真知雄『戦国秘史(仮)』は、作者的にチェックが必要でしょう。


 さて、一方の漫画の方ですが……これが驚くくらい少ない。
 ともに第3巻で完結のくせつきこ『かみがたり 女陰陽師と房総の青鬼』とねこしみず美濃『猫暦』のほかは、出口真人『義風堂々!! 直江兼続 前田慶次花語り』第7巻と重野なおき『軍師 黒田官兵衛伝』第3巻くらいでしょうか。

 いやはや、ちょっと……いやだいぶ残念なところではあります。



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2016.06.20

『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』の結末を迎えて

 『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』が最終回が放映されました。昭和を思わせる文化風物歴史を持ちながらも、幾多の「超人」が存在するという点で決定的に異なる「神化」の世界を舞台とした物語の結末を迎えて、今回は、思い浮かぶままに書かせていただきます。

 世界の裏に潜む何者かの陰謀によって、あるいは己の背負ってきた過去と宿命によって、追い詰められてきた末に、ついに社会に対して宣戦布告するに至った主人公。彼が最終的にいかなる運命を辿ったか……
 その具体的な内容について、ここでは触れません。しかし、一抹の寂しさは否めないものの、物語はこの上ない大団円を迎えたと言うことはできます。

 幾多の超人たちが、それぞれの主義主張や権力や社会との距離感によって二手に分かれ、激しく激突する。あるいは、現実世界の歴史を彩る事件の裏側に存在した超人たちが陰謀に翻弄され、それぞれの形で社会と対峙する。
 本作は、そんな『シビル・ウォー』や『ウォッチメン』と大きく重なる要素、物語構造を(意図的に)多分に持ちながらも、しかし結末において、大きく異なる着地を見せることとなります。

 本作の結末で描かれたもの、それは超人と幻想(物語/虚構)の一つの輝かしい「勝利」の姿であります。それは、人間と現実に対する勝利では、もちろんありません。逆に、それを、その可能性を嗤い、否定するものに対する勝利であります。
 言い換えればこの結末で描かれたものは、まさしくタイトル通り超人と幻想の存在の意味・意義。この点において本作は――いささか誤解を招く表現かもしれませんが――先行する物語より「大きな」ものを描くに至ったとすら感じられるのです。


 確かに表面的な展開や着地点自体は、第一期のクライマックスのような直接的なカタルシスあるものとはまた異なるものであり、その点では不満や違和感を感じる方がいることもわからないではありません。
 しかしこの結末は、間違いなくこの第一期の展開の延長上にあるものであり、そしてそれはついに物語の世界を超え、現実の世界に、我々の世界にまで届いた……そう感じます。

 そしてそこに込められているものは、原作者でありメインライターである會川昇が、これまでその作品の中に時に直截的に、時に間接的に描いてきたものの集大成と言ってよいでしょう。
 虚構の物語(これは「娯楽」と言い換えてもよいでしょう)の中で現実の過酷さを浮き彫りにし、そしてそれと同時に、現実を否定したり逃避するのではなく、それ乗り越える力としての虚構を描くという試みの……


 本作は、鏡合わせの虚構の世界の歴史――それもこれまでのフィクションでは一瞬の空白期であった時代――を描くことを通じて、現実の世界のそれを再構成し、浮き彫りにしてみせてくれました。
 そしてそれと並行して虚構の世界で実在した超人たちを描くことを通じ、現実世界の物語に我々がこれまで見たもの、託してきたもの、言い換えれば(歴史上の事件の表面には表れない)精神性までも浮き彫りにしてみせたと言えるでしょう。

 そしてそれが同時に、物語の力をどこまでも信じ、謳い上げたものであったことが、私は何よりも嬉しく、希望に満ちたものとして感じられました。


 虚構の存在を通じて現実の在り方を描く物語を伝奇と呼ぶとすれば、本作はまさしく伝奇であり、そして同時にその伝奇というものの意味までも見せてくれた極めつきの作品である――些か牽強付会に見えるかもしれませんが、自信を持って言えるところであります。


『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』第9巻(バンダイビジュアル BDソフト) Amazon
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 『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』 第2話「『黒い霧』の中で」
 『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』 第3話「鉄骨のひと」
 『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』 第4話「日本『怪獣』史 前篇」
 『コンクリート・レボルティオ 超人幻想』 第19話「推参なり鐵假面」

 會川昇『超人幻想 神化三六年』 超人を求める人々の物語
 會川昇『神化一九年の塔地火』 戦争でも、悪法でも縛れないもの

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2016.06.19

『仮面の忍者赤影』 放映リスト&キャラクター紹介

 「仮面の忍者赤影」の放映リストとキャラクター紹介であります。 放映リストから、各話レビューに飛べます

<放映リスト>

話数放映日サブタイトル監督脚本主な登場忍者・怪忍獣
0167/04/05怪物蟇法師倉田準二伊上勝鬼念坊、蟇法師、千年蟇
0267/04/12甲賀の悪童子倉田準二伊上勝傀儡甚内、傀儡変化、悪童子、闇姫
0367/04/19逆襲蟇法師山内鉄也伊上勝傀儡甚内、蟇法師、千年蟇
0467/04/26怪奇忍び屋敷倉田準二伊上勝傀儡甚内、闇姫
0567/05/03謎の独楽忍者倉田準二伊上勝朧一貫
0667/05/10恐怖の大魔像山内鉄也伊上勝朧一貫、金目像
0767/05/17妖術一つ目山内鉄也伊上勝朧一貫、夢堂一ツ目、巨眼念力
0867/05/24南蛮大筒の秘密倉田準二伊上勝夢堂一ツ目、金目像、巨眼念力
0967/05/31不死身の魔像倉田準二伊上勝闇姫、朧一貫、強化金目像
1067/06/07怪忍者黒蝙蝠山内鉄也伊上勝黒蝙蝠、大蝙蝠
1167/06/14鬼念坊鉄車曽根勇伊上勝鬼念坊、朧一貫、強化金目像
1267/06/21闇姫髪あらし曽根勇伊上勝闇姫、強化金目像
1367/06/28大魔像破壊作戦倉田準二伊上勝強化金目像
1467/07/05謎のまんじ党倉田準二伊上勝不知火典馬、魚鱗流泊
1567/07/12小法師白蝋鬼倉田準二伊上勝不知火典馬、白蝋鬼
1667/07/19怪獣針紋鬼小野登伊上勝猩猩左近、魔老女、むささび道軒
1767/07/26不死の魔老女小野登伊上勝白蝋鬼、魔老女
1867/08/02鳥獣むささび小野登伊上勝むささび道軒、大むささび
1967/08/09忍法つむじ傘倉田準二伊上勝黒道士
2067/08/16怪物大まんじ倉田準二伊上勝不知火典馬、魚鱗流泊
2167/08/23渦潮骸骨丸小野登伊上勝魚鱗流泊、魔老女
2267/08/30怪獣変化陣小野登伊上勝猩猩左近、黒道士
2367/09/06地獄の魔老女小野登伊上勝魔老女、黒道士
2467/09/13いかるが兄妹倉田準二伊上勝白蝋鬼、むささび道軒、黒道士
2567/09/20悪魔の鐘倉田準二伊上勝白蝋鬼、むささび道軒、黒道士
2667/09/27大爆發倉田準二伊上勝白蝋鬼、黒道士
2767/10/04根來十三忍小野登伊上勝水馬流馬、ガンダ
2867/10/11忍法大怪魚小野登伊上勝渦巻一貫斎、ガンダ
2967/10/18忍法山彦変化倉田準二伊上勝山彦多門丸、ガバリ
3067/10/25蟻怪獣ガバリ倉田準二伊上勝蟻身眼兵衛、ガバリ
3167/11/01怪忍百面鬼山内鉄也伊上勝百面鬼、つむじ、野火、アゴン
3267/11/08鉄甲アゴン山内鉄也伊上勝つむじ、野火、虫寄せ風葉、アゴン
3367/11/15大百足ドグマ倉田準二伊上勝虫寄せ風葉、人むかでの矢尻、アゴン、ドグマ
3467/11/22怪獣大逆襲倉田準二伊上勝虫寄せ風葉、人むかでの矢尻、ドグマ
3567/11/29梟怪獣ガッポ曽根勇伊上勝流れ星左十、ガッポ
3667/12/06忍法石仏倉田準二伊上勝魔風刑部、ジャコー
3767/12/13怪忍獣ジャコー小野登伊上勝十六夜月心、ジャコー
3867/12/20怪忍獣勢揃い古市真也伊上勝
3967/12/27六大怪獣大逆襲小野登伊上勝再生六大怪獣
4068/01/03魔風忍者の来襲倉田準二伊上勝夜目蟲斎、小文字右兵、グロン
4168/01/10鎧怪獣グロン倉田準二伊上勝夜目蟲斎、グロン
4268/01/17忍法はがね鞭曽根勇伊上勝雲間猿彦、雲間犬彦、ギロズン
4368/01/24吸血怪獣ギロズン倉田準二伊上勝血潮将監、ギロズン
4468/01/31顔のない忍者倉田準二伊上勝闇の黒蔵、ガガラ
4568/02/07岩石怪物ガガラ古市真也伊上勝口無水乃、ガガラ
4668/02/14怪獣ががら対ざばみ倉田準二伊上勝足切主水、ざばみ、ががら
4768/02/21魔風堂の怪獣倉田準二伊上勝足切主水、ザバミ
4868/02/28こども忍者術くらべ曽根勇伊上勝引導坊、鬼丸、大ガマ、巨竜
4968/03/06人喰い植物ばびらん倉田準二伊上勝花粉道伯、バビラン
5068/03/13とかげ忍獣じじごら倉田準二伊上勝不動金剛丸、じじごら
5168/03/20決戦魔風忍群古市真也伊上勝
5268/03/27六大怪獣包囲陣倉田準二伊上勝でっかでか東馬、六大怪獣


<登場キャラクター>(カッコ内はキャスト) 情報は徐々に追加していきます。

赤影(坂口祐三郎)
 飛騨の忍び・影一族最強の男。赤い仮面に素顔を隠し、仮面から光線を放ち、自在に空を飛ぶなどの超人的な忍法で怪獣とも互角に渡り合う。忍者として敵には非情な態度を見せながらも、素顔は心優しく、快活な好青年。

白影(牧冬吉)
 赤影を支える初老の忍者。瞬時に組立可能な忍凧を駆っての空中戦を得意とする他、槍や銃火器等、様々な武器を操る。

青影(金子吉延)
 「だいじょーぶ」が口癖の少年忍者。まだ幼く無邪気だが忍者としては一流で、鎖分銅の扱いを得意とする。


甲賀幻妖斎(天津敏)
 金目教の教祖を隠れ蓑に天下を窺う怪人。赤影と互角以上の超一流の忍術・妖術の腕を持ち、様々な超科学技術にも通じる。
 金目教の野望を阻まれた後、卍党を結成し、巨大なエネルギーの秘密を隠したギヤマンの鐘を狙う。

金目教篇
霞谷七人衆
 幻妖斎に仕える鬼念坊・蟇法師・傀儡甚内・悪童子・闇姫・朧一貫・夢堂一ツ目の七人の甲賀忍者。霞谷を本拠とし、金目教の勢力を伸長させるために暗躍する。

卍党篇
うつぼ忍群
 幻妖斎に仕える不知火典馬・魚鱗流泊・白蝋鬼・猩猩左近・魔老女・むささび道軒・黒道士の七人の甲賀忍者。それぞれ色違いのフェイスペイントにマントとスーツ、額の卍マークがトレードマーク。

ペドロ兄弟(大泉滉)
 発明家のベロベロと宣教師のジュリアンのポルトガル人兄弟。死んだベロベロが残した三つのギヤマンの鐘を巡り、壮絶な争奪戦が繰り広げられるが……


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2016.06.18

『仮面の忍者赤影』 第26話「大爆發」

 3つの鐘を手に入れ、竜牙島にやって来た赤影たち。そこでペドロの墓に向かった赤影は、墓石の下に階段を見つける。しかし待ち構えていた卍党に白影が捕らえられ捕らえられ、赤影は幻妖斎ともに地底に向かうことになる。やがて辿り着いた先で二人を待っていたのは意外な人物だった。

 ついに揃った三つのギヤマンの鐘。そこに浮かんだ手がかりから竜牙島にやってきた赤影たち(そしてやたらとテンションが上がっている白影)ですが、鐘は全く反応しません。居合わせた土地の漁師に聞いてみれば、竜牙島は海の底に沈んでいるというのですが――白影が潜ってみたところで何もない。
 そこで漁師がペドロの墓がこの島にあると言い出し、一行は墓に向かうことになります。赤黒い夕焼けが妖しくも美しい影を落とす中、見つけた墓の上には、なぜか動かない風見鶏が。

 定石として墓石を動かしてみれば、やはりその下には階段が。しかしその時、漁師が幻妖斎の正体を表します。抵抗しようとした白影は捕らえられ、赤影は幻妖斎とともに、墓の下に潜ることに(ただ二人で潜る幻妖斎は度胸ある)。青影に「私がいつも言っていることをよく思い出せ」とメッセージを残す赤影ですが、青影は思い出せず……
 と、その時風見鶏が回り出し、赤影は幻妖斎と隧道からさらに落下します(それはいいんですが、二人を追跡していた大まんじのウィンドゥも何故か爆発するのはいかがなものか)。赤影が意識を取り戻してみれば、幻妖斎はすんごい微妙なツラで昏倒中……なのはいいとして、三つの鐘が点滅を!

 こここそが竜牙島か、と思ったところに蘇生した幻妖斎が襲いかかり、激しく揉み合う二人。ここでかなりやけくそ気味に赤影が三つの鐘を壁に投げつけると爆発し、その先には宇宙の果てが……ではなくて美しい楽園の光景が。
 南洋風の格好で遊んでいる子どもたちに若い女性。そして空には眩い太陽――地中に!? と、ここで「ミスターレッドアンドホワイトマン! ウェルカム!」と声を掛けてきたのは、死んだはずのベロベロ・ペドロでありました。実はペドロは自分が発明した超エネルギーを人工太陽としてこの楽園を作り上げ、悠々自適の生活を送っていたのであります。

 一方、大まんじに捕らえられていた白影は、黒道士に化けて牢を脱出。目が悪いのか頭が悪いのか、見破れない下忍たちに大威張りで命令して火薬を操縦室に積み上げさせます。さらに本物の黒道士を捕らえて、導火線に火をつけた火薬に縛り付けるという非情の忍びっぷりであります。
 そうこうしているうちに、降下を続けた大まんじは海底に激突、乱暴にも楽園の天井を突き破って下部が顔を覗かせるのでした。その煽りを食って人工太陽は消え、楽園で遊んでいた人々も姿を消してしまうことに……(以降、全く登場しないのが本当に怖い)

 一方、青影を連行した白蝋鬼も幻妖斎に合流、赤影は青影に先ほど言いたかったこと――「最後の最後まで望みを捨ててはいかん」と語ります。その言葉に応えるかのように響く赤影参上! の声(白影の声で)。ダブルレッドの登場に形勢逆転、幻妖斎を追い詰める三人ですが、しかし争いを嫌うペドロは自分から、幻妖斎に同行すると申し出て、大まんじへと消えていきます。「平和の礎になる」という言葉を残して……
 その頃、縛られたまま火薬に引火寸前の黒道士は、最後の力を振り絞って近くのボタンをポチリ。すると大まんじ下部のトレードマークの卍印が下に落下! 何と赤影たち三人はその下敷きになってしまうのでありました。

 それを尻目に大まんじに乗り込んだ幻妖斎は大まんじを起動、天井の穴から海水が雪崩落ちる中、前回もらったいかるがの珠を使う時だと唐突に言い出す赤影ですが、しかし使い方がわからない。やけになった青影が珠を放り出すと、次の瞬間三人はペドロの墓に戻っていたのでありました(RPGの脱出アイテムか!)
 そして無事を喜ぶ間もなく、海で起きる大爆発。白影の仕掛けた爆弾が爆発したのであります。黒道士と白蝋鬼は爆発に消えたようですが、大まんじの残骸の上には幻妖斎が這い上がり……おお、さすがは大将! と思いきや、次の瞬間起きた大爆発の中に、幻妖斎も消えるのでした。

 こうして遂に潰えた卍党の野望。しかし平穏に生きていたペドロは自殺同然に命を投げ出し、彼の作り上げた素晴らしい楽園も姿を消しました。果たして単純に勝利を喜んで良いものかどうかはわかりません。
 本当に(この後登場しなかったとしても)幻妖斎が死んだのかどうかも……


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2016.06.17

高橋克彦『天狗殺し 完四郎広目手控』 謎解き道中江戸から京へ、京から江戸へ

 侍を捨て、広目屋――江戸の広告代理店稼業となった変わり者・香治完四郎の活躍を描くシリーズ第2弾であります。前作のラストの安政の大地震から3年後、幕末の動乱がいよいよ深まる中、完四郎と仮名垣魯文は、京の動静を探るための旅に出ることになります。

 江戸一番の広目屋、藤由こと藤岡屋由蔵のもとで居候する青年・香冶完四郎は、名門の出身ながら家を飛び出し、北辰一刀流免許皆伝の刀も竹光に変えての呑気な暮らし。同じく藤由のもとでゴロゴロしている仮名垣魯文を相棒に、その優れた頭脳で市井の怪事件の謎を解いてきました。

 しかし、時は幕府の、いや日本の舵取りを巡って激動が続く時代。井伊直弼が強権を振るい、広目屋も迂闊なことを書けない状況の中、完四郎は京の動静を探ることになります。
 そんなわけで魯文とともに京に向かうこととなった完四郎ですが、道連れが二人。一人は京で医学を修行するという美女・お杳。そしてもう一人は、京に詳しく、そして完四郎とは千葉道場の同門に当たる男、坂本龍馬!

 と、第1作とは趣を変え、冒頭とラストを除いては、江戸を離れての珍道中が繰り広げられるわけですが、もちろんただで済むわけがなく、行く先々で怪事件に巻き込まれては、その解決に奔走するというのが、本作の基本パターンであります。

 プロローグである第1話に続き、お杳を迎えに行った先の江ノ島が舞台の第2話、以降、藤沢、金谷、宮、関と第6話まで東海道を西に向かい、京を舞台に第9話までの3つの物語が描かれることになります。
 そして帰り道は中山道を宮ノ越、軽井沢と第11話までの2話、最終話では再び江戸を舞台とすることになるのです。。

 もちろん、旅先で起きる事件は、その土地ならではの(?)ものばかり。宮では熱田神宮に収められた神剣を巡る怪異、関では鈴鹿峠の鬼退治、京では崇徳院の怨念がこもるという魔の山に、祇園社の伝説の抜け穴探しと、いずれもケレン味たっぷりの怪事件が描かれるのが楽しいところです。
 その中でも特に印象に残るのは、金谷を舞台とした「お岩怪談」と、軽井沢を舞台とした「天狗殺し」であります。

 前者は、伝説に名高い小夜の中山の夜泣き石の周囲に夜な夜な化物の群れが出没するという、江戸っ子好みな(?)派手な怪談の背後に隠された真実を探るエピソード。
 次々と登場する怪異と、それに馬鹿正直なリアクションを見せる魯文が楽しいのですが、その背後に、いかにも広目屋向けの真実が隠されているのが、本シリーズらしい面白さでありましょう。

 一方、表題作である後者は、雪の軽井沢を舞台とした不可能殺人の謎解き。雪の降り積もった翌日、足あと一つない畑の真ん中に女の死体がバラバラになって落ちていたという、天狗が殺したとしか思えないシチュエーションを描く本作は、一種の密室ものとして楽しめる作品です。
 ゲストとして河鍋暁斎が登場し、魯文と愉快な掛け合いを見せるのも、虚実入り乱れる本作らしい趣向と言えましょう。


 このように各話趣向を凝らした物語が楽しめる本作ですが、しかし残念ながら、幾つか不満があることも事実であります。
 一つは、折角新たに登場した龍馬とお杳が、それほど活躍しない点。また一つは、広目屋という本作ならではの題材が、第1作ほどは物語で活かされているとは言いがたい点なのですが……しかし一番大きいのは、お映の予言の存在です。

 前作でも登場した予言能力を持つ少女・お映。本作では、旅立つ前に彼女が視た不完全な予言の断片が一種のキーワードの形で各話に登場することとなります。
 それ自体は良いのですが、しかしその存在が物語の意外性を削いでいると言いましょうか、後付の理由付けのようになってしまっているのが勿体無い。

 素人考えで恐縮ですが、小出しにするのではなく、最初に全ての予言の断片を見せておいたのであれば、それはそれで謎めいたキーワードとして楽しめたと思うのですが……


 そんなわけで、百点満点とは言いがたいところではありますが、幕末の騒然とした空気を、庶民目線で――それもミステリという切り口で――描くというスタイルそのものはやはり魅力的であります。
 また、江戸に帰ってきての最終話で描かれる、一種の権力犯罪に挑む反骨精神も(そして逆にそれを悪用しようとする捻りも、やはり本シリーズらしいところでしょう。

 次の巻は幕末の横浜を舞台とした物語が描かれることになりますが、こちらも近いうちに紹介したいと思います。


『天狗殺し 完四郎広目手控』(高橋克彦 集英社文庫) Amazon
天狗殺し―完四郎広目手控 (集英社文庫)


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2016.06.16

光瀬龍『歌麿さま参る』(その二) ひねりを効かせた時代SF作品集

 光瀬龍の時代SF短編集『歌麿さま参る』の紹介の続きです。今回は残る3編を紹介いたしましょう。

『勝軍明王まいる』

 豊島郡で毎年行われる奉納仕合のために雇われた武士の一人が、神罰で不具の身となってしまった。武士の女は復讐を企むが。

 本作もまた、現代から――これまたどこにでもありそうなスナックから始まる物語。しかしすぐに舞台は江戸時代の豊島郡、当時は片田舎に飛ぶことになります。
 ここで毎年行われるのは勝軍明王の神域の柴刈りの権利を賭けた奉納仕合。出場するのは彼らに代理として雇われた武士だった……という行事・風習がどこまで本当のことかわかりませんが、実際にありそうなお話です。

 その武士の一人が、明王の天罰で目も見えず、口も利けない身になってしまった復讐に、武士の女が人間離れした巨体と悪相を持つ「弟」を連れてくるのですが……
 お話的には他の作品に比べるとシンプルな印象ですが、クライマックスで明かされるある人物の正体はなかなか面白いひねりではあります。


『紺屋町御用聞異聞』

 隠し売女の調べに駆りだされた御用聞きの延次――実はタイムパトロールである彼は、奇怪な「女」の陰に潜むのが時間密航者であると睨み、行動を開始するのだが……

 本書に収録された作品(というより作者の一連の作品)の中では珍しく、冒頭から主人公・延次がタイムパトロールであることが明かされる本作。
 御用聞きの方の任務で同僚の御用聞きと二人、破格の金を取るもぐりの女郎屋の内偵に向かった彼は、そこで働く女を巡り、数々の常識では感じられる状況があることに不審を抱くことになります。

 さらに同僚が死体となって見つかり、これが時間密航者絡みの事件であると睨んだ延次は、単身女郎屋に潜入を試みるのですが……と、ここで物語は思わぬ展開を見せることとなるのです。
 その展開の内容については述べられませんが、その意外性は、比較的似たような構造の物語が続く本書のような作品集でこそ大きなインパクトを持ちます。

 作中に幾度も差し挟まれる延次のモノローグからにじみ出る時間駐在員の孤独も切なく、それがより一層、この結末に響くのであります。


『歌麿さま参る 笙子夜噺』

 現代の古道具屋や画廊に、写楽らの幻の作品が次々と持ち込まれた。それが同一人の手によると睨んで江戸時代に飛んだ笙子・かもめ・元の三人は、ある人物に接近するが……

 ラストの表題作は、『征東都督府』『幻影のバラード』『所は何処、水師営』の三部作に登場するタイムパトロールが活躍する作品であります。
 幻の浮世絵師である写楽の、未発表の作品が現代で見つかるという導入部は、これも一種のオーパーツものというべき展開ですが、そこから舞台は江戸時代に移り、写楽の版元である蔦屋を狙う盗賊団に物語がフォーカスしていくのには驚かされます。

 さらに物語は蔦屋が後援する歌麿の苦悩に移っていくのですが……ここで登場するのが写楽ではなく歌麿というひねりもまた面白い。
 締め切りに呻吟する彼の姿の真に迫った描写や、クライマックスにさらりと描かれるエロチシズムも、ベテランの技を感じさせます。

 「敵」の企みも、ある意味等身大のスケールであるだけにかえってリアル(本書中で最も知能犯?)で、ミステリとしても楽しめる作品かと思います。


 以上6作品を駆け足で紹介させていただきました。光瀬龍の時代SFについては、これまでもこのブログでかなり紹介してきたつもりではありましたが、考えてみるとまだまだ……な状況。今後は、まず上で触れた三部作を取り上げていこうかと考えているところです。


『歌麿さま参る』(光瀬龍 角川文庫) Amazon
歌麿さま参る (角川文庫)


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2016.06.15

光瀬龍『歌麿さま参る』(その一) 時間SFとして、時代小説として

 角川文庫で刊行された光瀬龍の時代SF短編集であります。本書に収録の6作品は、作者が得意としたタイムパトロールものを中心としたラインナップですが、SFとしてのみならず、むしろ時代小説として相当に高いレベルにあると感じさせられる作品揃いです。

 それでは、以下に収録作品を一作ずつ紹介していきましょう。なお、収録作のうち『三浦縦横斎異聞』『紺屋町御用聞異聞』『歌麿さま参る』は、以前紹介した扶桑社文庫版『多聞寺討伐』にも収録されていますが、改めて紹介させていただきます。

『関ヶ原始末』

 西軍に圧倒され敗走する途中、深手を負った名張の猿飛を拾った服部半蔵。猿飛の望みを聞き、彼を連れて向かった池鯉鮒で半蔵を待っていたものは……

 上で「西軍」とあるのは誤記ではありません。本作で描かれるのは、(福島正則の大ポカにより)小早川秀秋が裏切らず、東軍が大敗した関ヶ原なのです。
 しかし、いかに逆転した世界の物語といえども、本作で描かれる関ヶ原に至るまでの流れの分析は、当時の大名・武士の意識の持ちようまで踏み込んだもので、意外かつ納得させられるものであります(「豊臣恩顧」という概念が当時それほど強くなかったというのは、実に面白い)。

 そんな混沌とした状況の中、半蔵は猿飛の持つ不思議な箱に興味を持って彼に関わっていくことになるのですが、さてその箱は何か、猿飛の正体は、というのは、これはもう正直に言って予想通りなのが、少々残念ではあります。(しかしラスト、本当に余計なことを言ったものだなあ……)


『三浦縦横斎異聞』

 江戸城での試合で鈴木清兵衛と立ち会い、敗れた三浦縦横斎。再戦を期して鎌倉の御霊神社に籠もった縦横斎だが、なかなか天啓は得られない。焦る彼の前に現れたのは……

 冒頭で「寛永御前試合」の真実(御前試合ではなく、幕府が各藩に武芸者の推挙を求めた召状であった説)を提示するなど、やはり時代ものとしての目配りが面白い本作。
 むしろこうした江戸初期の武芸界やそこに集まった人々の姿を描くことが、やはり本作の眼目とも感じさせられます。

 SFとしては……作者の『新宮本武蔵』の前半部分のパターンと言えば、わかる方にはおわかりでしょう。いつものやつです。(なお、同じく本書に収録された『勝軍明王まいる』に共通する描写があるのも面白い)


『ペニシリン一六一一大江戸プラス』

 江戸時代分局からの要請で1611年に飛んだタイムパトロールの平石。その時代にあるはずのないペニシリンのアンプルが見つかった事件の捜査のため、世情混沌たる江戸を奔走した末に彼が辿り着いた真相とは。

 現代のどこにでもあるような事務所の、うだつのあがらない事務員の日常という意外な(?)場面から始まる本作。もちろん彼はタイムパトロール、緊急要請で現代の分局(これがまた味わいがある描写)から江戸時代に飛んでみれば、そこではその時代にあってはならないものが発見されていて……

 という、ある意味オーパーツを題材とした展開は、タイムパトロールものではお馴染みですが、しかし本作ではそれがペニシリンなのが、実に面白い。
 時間密航者たちが過去に飛ぶときは皆ペニシリンを所持しているという、非常に説得力ある設定を踏まえ、背後に潜むと思われる密航者の存在を主人公たちは追うことになるのですが、何故ペニシリンが捨てられていたのか、という謎解きも実に楽しいのです。

 しかし本作の最大の魅力は、極めてリアルな江戸描写でありましょう。
 開府以来まだ十年と経っていない江戸は、我々が時代劇などを通じて培ってきたイメージとはまた全く異なる、発展途上の猥雑なエネルギーに満ちた世界。当然、そこに集うのも、全くイメージとは異なる人々であります(作中、浪人姿への変装を希望した主人公が、イメージと全く異なる姿にされて戸惑うのが楽しい)。

 しかし、そんな中で描き出される地に足のついた……というより泥まみれの江戸の姿は、冒頭で描かれる現代の姿と重なるものでもあります。
 時代の違いこそあれど、人間の生きる世界に、そこに暮らす人間に違いはないと、本作は語っているようにも感じられるのです。事件の真相を考えればなおさら……


 長くなりますので次回に続きます。


『歌麿さま参る』(光瀬龍 角川文庫) Amazon
歌麿さま参る (角川文庫)


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2016.06.14

富樫倫太郎『妖説源氏物語』弐 貴公子とナマの人間と魔物と

 かの『源氏物語』の「宇治十帖」の主人公である薫中将と匂宮が、平安の闇に蠢く様々な魔に出くわす物語の第2弾であります。この巻では、薫が宇治を訪れるという、宇治十帖の始まりに当たるエピソードが描かれますが、もちろん本作において待っているのは、一筋縄ではいかない魔の世界なのです。

 光源氏の子として生まれ、生まれつき体から芳しい香りを放つ薫と、今上帝と光源氏の娘の間に生まれ、衣に薫物を焚き染めている匂宮――生真面目と享楽的と正反対の性格ながら、年がほぼ同じということもあって仲の良いこの二人が、様々な魔物絡みの事件に巻き込まれるというのが本作の基本設定。
 少年陰陽師の白鴎とその祖父の益荒男が彼らを助けるというのも同じで、まずは安心して楽しめる平安ホラーであります。

 第一話「蛇酒」は、そんな彼らが思わぬ呪いと対峙することになる物語です。
 ある日、匂宮の友人・藤原満輔が持つ玉手箱を見せられた薫。それは金貸しで貯めた金でのし上がったと悪名高い猿田大納言から贈られたものだったのですが……実はその中に収められた像には、強力な呪いがかけられていたのであります。

 大納言に騙されて娘を亡くし、孫娘を奪われた老婆が命がけの呪いを込めた「蛇酒」……大納言に仕える妖術師・象羅(ぞうら)がこの呪いを満輔に転嫁したことで、命旦夕に迫る彼を救うため、成り行きから薫たちは呪いに立ち向かうことになるのです。

 おそらくは本シリーズを通しての悪役になるのであろう猿田大納言は、人間悪を固めてできたような人物。源氏物語の世界に相応しいかはともかく、この時代の一典型かと思われますし、いかにも作者の物語の登場人物という印象であります。
 それ以上に、異国からやって来た女妖術師という象羅のキャラクターが、ビジュアル的にもネーミング的にも実に作者の伝奇ものらしいのが、ファンとしては嬉しいところです。

 そして己の出生の疑念から悩み苦しむ薫に対し、匂宮が冷泉院の出生の秘密を語る掌編の第二話「藤壺」を経ての第三話「宇治の闇」では、いよいよ薫が宇治を訪れることになります。
 出生の秘密を抱えた他者の存在を知ってもやはり心が晴れず、仏道に惹かれる薫。しかし忙しい日常から抜け出すことも叶わぬ彼は、俗体のままで過ごしながらも仏道に通じる八の宮の存在を知り、彼に会うために宇治に向かいます。

 光源氏の異母弟でありながらも故あって都から遠ざけられ、今は二人の娘を案じながら宇治に隠棲する八の宮。この人物との出会いが、後々薫の、そして匂宮の運命に大きな影響を与えることとなるのですが――
 その前に一波乱あるのが本作らしいところ。
 宇治の山中で道に迷った薫一行が一夜の宿を借りた有徳の人の屋敷で彼を待ち受けていたのは……

 この第三話、そして第一話で描かれるのは、異次元の妖ではなく、止むに止まれぬ理由から歪み、ついには魔道に落ちた哀しい人の姿。
 それをどこかドライに描くのもまた作者らしいところではありますが、それは同時に、原典で様々な形で描かれた――そして薫自身もその後それに苦しむことになる――人の業の姿に重なるところがある、というのはさすがに褒めすぎでありましょうか。


 そしてラストの第四話「魔の刻」では、再び猿田大納言が登場。
 満輔を通じて薫と匂宮に近づこうとする大納言に対し、匂宮が大金を賭けた雙六(現代でいうバックギャモン)勝負を挑むという内容は、さすがに源氏物語を冠する物語でどうかと思わなくもありませんが、しかし面白いものは実に面白い。

 平安ものでギャンブル勝負というもの自体、極めて珍しいのですが、その題材が雙六という現代人には比較的馴染みの薄い遊びであるのも良い。さらにそこに白鴎と象羅の術くらべが絡むのも楽しく、まずは理屈抜きに楽しむべき物語でしょう。

 そして第一話でも感じたところですが、猿田大納言の存在は、薫や匂宮といった貴公子たちの世界とは対象的な――そしておそらくは現実に存在していたであろう――ナマの人間の世界の象徴として、なかなかに興味深いところであります。


 本シリーズも残すところあと一巻、美しい平安絵巻の世界と、ナマの人間の世界、そしてそのそれぞれに接して黒々と蟠る魔物の世界を如何に描くか……近日中にご紹介しましょう。


『妖説源氏物語』弐(富樫倫太郎 中公文庫) Amazon
妖説 源氏物語 弐 (中公文庫)


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2016.06.13

大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!

 松前藩を牛耳る悪徳商人・赤崎屋吾兵衛によって滅ぼされた八幡屋の遺児・銀之助を守って必死の戦いを続けてきた男たちの戦いを描く『ごろつき船』もいよいよクライマックス。11年の雌伏の時を経て立ち上がった男たちが、松前藩を、赤崎屋を向こうに回しての大決戦を繰り広げることになります。

 松前藩家老・蠣崎主殿と結んだ赤崎屋により、抜荷の濡れ衣を着せられた末に一族皆殺しとされた八幡屋。
 幼い銀之助は、江戸の盗賊・佐野屋惣吉、硬骨の松前藩士・三木原伊織、世捨て人となっていた江戸の武士・土屋主水正らに助けられ、辛うじて本土に逃れることに成功します。

 しかし伊織は熊に襲われて生死不明となり、惣吉は捕らえられて佐渡送り、江戸に戻った主水正も、かつて弟に譲り身を引いた愛する人と再会、弟と彼女との間に挟まれた上、それを敵に利用されることに……
 辛うじて敵に一矢報いたものの、強固な敵に手を出せぬまま時は流れて11年。実に物語は、ここから本編とも逆襲編とも言うべきクライマックスに突入するのであります。


 健やかに成長し、船乗りとしての修行を始めた銀之助。しかしその行方を嗅ぎつけた小悪党により彼の所在は赤崎屋に知れ、彼の身辺に魔の手が迫ります。
 銀之助を守るは、土屋主水正と豪傑和尚・覚円、そして江戸を騒がす怪盗幽霊組の頭目・田島屋重兵衛。彼らの手により、赤崎屋一味とのギリギリの攻防戦が繰り広げられた末、ついに銀之助は敵の手に落ち、孤島の水牢で死を待つばかりに……

 と、素晴らしいのはここからの展開。これは流石に触れなければ説明できないので書いてしまいますが、その時孤島に響き渡る咆哮。何と、日本にいないはずの虎が赤崎屋一党に襲いかかったのであります!
 その虎を連れるのは、母によく似て美しく成長した三木原伊織の娘・春江。隠れ切支丹一党の海賊船に拾われ、頭目の娘として育てられた彼女は、赤崎屋を父の仇と狙い、愛虎と忠実な老船頭を供にこの島に乗り込んできたのです。

 冷静に考えるとリアリティレベルがガクンと下がりかねないのですが、しかし登場のタイミングといい、現代の作品に登場しても違和感のないキャラ造形といい、見事としか言いようがない春江のキャラクター。
 何よりも、11年前、運命の荒波に弄ばれた人々の一人が、こうして頼もしい姿で再登場するのには、胸を熱くするほかないのであります。

 そう、本作の後半で描かれるのは、艱難辛苦を味わい尽くし、散り散りとなった人々が集結し、悪を討つ刃となって立ち上がる姿。これが盛り上がらずにいられるでしょうか?


 本作の前半でひたすらに描かれてきたのは、自らの中に弱さも強さも秘めた人々が、運命の悪意に翻弄されながらも必死に歩を前に進めようとする姿でした。
 確かに、彼ら一人一人は、あくまでも小さな存在に過ぎません。一つの藩をバックにした者に対しては、吹けば飛ぶような存在であります。しかし、彼らが一度が手を携え、一つになって立ち上がったとしたら――

 表向きの地位も身分も持ち、権力に守られた人々に抗する彼らは、なるほど「ごろつき」に他ならないかもしれません。
 しかし強者として他者を踏みにじり、非道を為す者たちに――いや、さらに言ってしまえば、そんな者たちの存在を許してきた天道に対して立ち上がる彼らは、何と誇らしく、頼もしい「ごろつき」であることでしょう。

 本作が発表されたのは昭和3年。その時期に、本作が国や権力からどこまでも自立した一個人(たち)の姿を描き出したことは、本作で描かれた何にも増して感動的に感じられるのです。
 そしてそこに描かれたものは、90年近く経った現代に生きる我々にとっても少しも古びることなく、まぶしく輝き続けているのです。

 どこまでもエンターテイメントの王道を貫きつつも、いつの世にも変わらぬ人の善き姿を、在るべき姿を描き出した傑作であります。


『ごろつき船』下巻(大佛次郎 小学館文庫) Amazon
ごろつき船 下 (小学館文庫)


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2016.06.12

あさのあつこ『燦 7 天の刃』 過酷な現実に挑む少年たちの絆

 一年ぶりに刊行の『燦』もこれで第7弾。波瀾万丈であった江戸での生活を終え、ようやく田鶴の地に帰ってきた燦・伊月・圭寿・しかし燦の前に突きつけられたのは、地獄というのも生ぬるい過酷な現実でありました。果たして燦の選択は、そして藩政改革に邁進する圭寿と伊月を待つものは――

 江戸での闇神波との戦い、そしてその背後に潜むある人物の捻れた想いとの対峙。それぞれ意外な形となった女人との出会いと別れ……それらを経て、少年たちは田鶴の地に帰ってきました。圭寿は藩主として、伊月はその側近として、燦は彼らの協力者として。

 しかし燦を待っていたのは、殺意の込められた飛礫の襲撃でありました。そしてそれを放った者は、かつて田鶴で共に暮らしてきた弟分・與次。燦に対して、與次は血を吐くように、彼が江戸に向かった後の出来事を語ります。

 その内容とは……いやはや、本当に酷い。非道い。既にかなり前の巻でこの展開は暗示されてはいたのですが、しかしここまでとは……と言いたくなるような地獄展開であります(ここで表紙を見てまた暗澹たる気持ちに)。
 決して燦が悪いわけではないものの、しかし彼に責任が全くないとは言えない状況で起きた惨劇に、如何に燦とて、平静を保つこともできないのは道理でしょう。

 そして厳しい現実に直面したのは燦だけではありません。圭寿と伊月もまた、彼らのあるべきところで戦いを始めることとなります。
 それは藩政の立て直し――浪費と災害で痛めつけられた田鶴藩を救うため、根底からの改革を目指す二人の壁となるのは、当然ながら旧来の制度。そしてその核の一つは、伊月と燦の父たる筆頭家老・伊佐衛門であります。

 妻・八重(すなわち伊月の義母)に対して理不尽な選択を告げる伊左衛門の真意はどこにあるのか。そして彼の政敵であり、改革の真の敵と言うべき次席家老と、彼と結ぶ政商の動向は。
 藩政を巡る動きは、先に述べた燦の物語とも意外な形でリンクを見せ、物語はさらに錯綜していくことになります。

 いや、さらに物語を複雑化される動きがもう一つ。圭寿の兄の側室であり、妖女として周囲に忌み嫌われる女性、そして伊月にとっては初めての人である静門院が、自分の懐に飛び込んできたお吉を、圭寿の側室として送り込もうとしていたのであります。

 前巻で描かれた静門院の過去を思えば、彼女の真情は信じられるように思いますが、しかし全てが丸く収まるのか……これまで、誰かの想いが他者によって歪められてきた姿を目にしてきたことを思えば、まだまだ不安になるところではあります。


 しかし、こうして様々な形で降りかかる悲劇を、様々な形で立ち塞がる壁を乗り越えることができるものがあるとすれば、それは若さであり、そしてそれが生み出す人と人の想いの繋がりでありましょう。
 これまでの物語の中で培われてきた伊月と燦と圭寿の絆。そして彼らの周囲の人々との絆。それは、こうした困難に負けず、自分たちの想いを――希望を、貫く力を持つと感じられます。

 その現れの一つが、本作のクライマックスで描かれる、伊月とある女性の対面の様であります。
 先に述べた悲劇に触れ、これまで見せたことのないような姿を見せた燦。その彼に対して、伊月もまた渾身の想いで応え、そしてその想いは、ついに凍てついた心を動かすのですから……
(そして同時に、ここで描かれる細やかな心情描写は、さすがはこの作者ならではと感心させられるのです)


 実は本作は、8月に刊行される第8巻においてついに完結するとのこと。全ての役者が田鶴に集結せんとする中、果たして物語は如何なる結末を迎えるのか……
 意地悪なことを言えば、何となく落としどころは見えてきたようにも思うのですが、少年たちの貫く希望の姿に期待して、再来月を待ちたいと思います。


『燦 7 天の刃』(あさのあつこ 文春文庫) Amazon
燦 7 天の刃 (文春文庫)


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 「燦 2 光の刃」 三人の少年の前の暗雲
 「燦 3 土の刃」 三人の少年、ついに出会う
 「燦 4 炎の刃」 現れた二つの力
 「燦 5 氷の刃」 田鶴に仇なす者、運命を狂わされた者たち
 あさのあつこ『燦 6 花の刃』 絡み合う三人と二人の運命

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2016.06.11

さいとう・たかを『買厄人九頭竜』 根底に流れる人間臭さの発露

 現在、宮川輝によりリメイク中の石ノ森章太郎『買厄懸場帖 九頭竜』。その同じ作品を、かつてさいとう・たかをがやはりリメイクしたのが本作『買厄人九頭竜』。原作の骨子を踏まえつつも、見事に換骨奪胎して、作者自身の作品としてみせた佳品です。

 本作の主人公・九頭竜は売薬人を表の顔として、そして他人の厄を一件九十両で買う――すなわち雇われて厄を片付ける買厄人を裏の顔として諸国を放浪する男であります。
 そして彼が煙草入れにつけた前金物もまた、九頭の竜、すなわち九頭竜。幼い自分をかばって殺された母が手にしていたその前金物を手に、彼はその由来、すなわち母を殺した下手人の行方を探しているのです。

 そんな本作の設定は、原作から全く変わるものではありません。そして本作を構成する全6話も、基本的に原作のエピソードを踏まえたものであります。
 が、本作と原作を読み比べてみると、設定と物語は共通しながらも、全く別個の作品として――原作が石ノ森章太郎の作品であるのと同様、本作はあくまでもさいとう・たかをの作品として感じられるのが、何とも興味深いのです。


 徹頭徹尾ドライであった原作に対し、どこか人間の体温を感じさせる本作。それは原作が厳しい自然と対比、あるいは並置する形で人間の姿をどこか客観的に描いていたのに対し、本作はその中の人間の喜怒哀楽、愛情や欲望といった様々な感情を、より生々しく描いているからと感じられます。

 例えば本作の第1話「生駒颪の里」は、原作の同じく第1話「一番目の闇送り」をベースとしつつも、その点をはっきりと示したエピソードとして感じられます。

 冒頭、復讐のために故郷に帰ってきた渡世人が刺客を返り討ちにする殺陣と並行して描かれるのは、その仇が女を抱く姿。
 アクションとエロスが渾然一体と、スピーディーに描かれていくこの導入部から引きこまれますが、本作の原作との最大の相違点である、この女こそが実は……という終盤の展開は、本作ならではの人間臭さ、生臭さの発露として印象に残るのです。

 そしてそれ以上に本作らしさ、作者らしさがよく現れているのが、第3話「湯煙の向こう」であります。このエピソードは、原作のやはり第3話「母の亡骸」を基にしたもの――自分の女を寝取られた商人に雇われた九頭竜が、駆け落ちした女と男を追うという骨子は同じながら全く異なる展開を見せるのです。

 原作ではこの女は商人の妻、男は商家の番頭で、女が文字通り九頭竜を抱き込もうとするも……という展開。その一方で本作においては男は武士、それも新米の仕事人という設定なのが実にユニークかつ作者らしいアレンジではありませんか(さらにいえば、見るからに作者らしい好青年顔なのもいい)。

 九頭竜はこの武士を討ちに行くわけですが、武士の方はそうと知らずに九頭竜に親しみを覚え、九頭竜の方も武士の方に仕事人の心得を語るという関係性が面白い。
 クライマックスは武士が直前の仕事でのミスから足がつき、迫る刺客の群れを二人で迎え撃つのですが、その後やはり……という展開で、原作で衝撃的だった結末も、絵としては同じながら、また別の印象を受けるのです。


 さて、上で述べたとおり本作は全6話ですが、原作は30話弱と、分量的には相当の違いがあります。原作では、全体の三分の一程度で彼の母殺しの下手人が判明、次いで九頭竜の前金物の秘密もわかった上で、以降はその秘密を巡る者たちとの死闘や、九頭竜を慕うヒロインとの交流が描かれるのですが――
 本作はそれをばっさりとカット。母の下手人が判明した時点で(原作とは順番を変えてその前に九頭竜の秘密が判明)物語は終わりを告げることとなります。

 こう書けば性急に過ぎるように見えるかもしれませんが、しかし原作の物語がこれ以降伝奇性を増し、作品の趣向にいささか変化が見られたことを思えば、ここで終わらせるのも、これはこれで見事な判断と感じます。
 本作の結末で見せた九頭竜の激情は、本作の根底に流れてきた人間臭さの爆発というべきものでありましょうから……


 ちなみに私の手元にある廉価版コミックスには、本作の他に、商人を陰から守る謎の剣士の活躍を描く『江戸、鬼が通る』、人斬り稼業の浪人と取り立て屋、海産物問屋のどら息子が魔鯨に挑む『男どもの海鳴り』を併録。
 特に後者は本来であれば全く交わることのないような三人の主人公と、人々に恐れられる巨大な鯨の取り合わせ、そしてそこから生み出される起伏のある展開が実に良く、爽快な結末も印象的で、思わぬ拾い物をした印象であります。


『買厄人九頭竜』(さいとう・たかを リイド社SPコミックスポケットワイド) Amazon


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2016.06.10

『仮面の忍者赤影』 第25話「悪魔の鐘」

 赤影と若葉の窮地に駆けつけ、道軒を撃退したいかるが兄妹の兄。しかしサタンの鐘を回収しに向かった赤影と兄に再び道軒が襲いかかる。白影と青影の救援で道軒を倒したものの、幻妖斎が若葉を攫い、サタンの鐘との交換を持ちかける。若葉救出のため、赤影たちと卍党の三対三の対決が始まった!

 前回の引きから続き、むささび道軒の空爆に苦しめられる赤影と若葉。その窮地を救ったのは……大胆にも火縄銃で道軒を撃った若葉の兄でありました。前回はサタンの鐘を赤影に渡すことを拒んだ兄ですが、身を挺して若葉を守った赤影を信じたのでしょう。若葉には赤影の手当のための薬の用意を命じ、自分はサタンの鐘のもとに案内するのでした。

 古井戸の下に広がる洞窟に隠されたサタンの鐘を取り出し、赤影に渡す兄。しかしそこに流れ込んできたのは追ってきた道軒の放った黄色の毒ガス……さらに無数の小型むささびを放つむささび攻めで二人を苦しめ、その隙にサタンの鐘の入った箱を奪い取る道軒。そのまま甲賀忍法・滑降(?)で縦穴から脱出する道軒の足を捕まえ、ともに赤影が飛ぶ!

 しかしそこに待ち構えていたのは白影と青影、それぞれの忍凧の間に張られた網。突然の状況についていけない道軒に対し、何故かピエロの赤い鼻をつけた青影は、青影サーカス(ってアナタ)始まり始まりとばかりに網を揺らす揺らす! 挙句、マントを落とし、自分も落ちかけて網にぶら下がった道軒に対し、網を切って落とす白影。マントがなくなったためか、真っ逆さまに落下した道軒は無残に命を落とすのでした。
 にしても白影、青影の凧と「合体!」と格好良く凧を合体させていましたが、高空からギヤマンの鐘を落下させて割れるとか思わなかったのか……(大丈夫でした)

 しかし下で彼らを待っているはずの若葉が見当たらない。そこに現れたのは幻妖斎の不気味な影。若葉を攫い、引き換えにサタンの鐘を要求する幻妖斎に、赤影は躊躇いもなく彼女を救うため、指定の死人河原に向かうのでした。その途上に立ち塞がるのは、白蝋鬼と黒道士……赤影を行かせるため、青影が、白影が、それぞれ戦いを挑むことになります。
 そして死人河原に一人辿り着いた赤影の前に現れる幻妖斎。サタンの鐘を渡し、自分とともに天下を動かそうと誘いをかける幻妖斎に対し、しかし赤影は毅然と言い放ちます。自分が望むものは少しでも早い天下の安寧であると――

 その頃、スピードで年寄りを幻惑した青影は、力尽きて倒れた白蝋鬼にカラフルな風呂敷をかけて縮小する忍法風呂敷包みで、もろともに縮小した白蝋鬼を掴んでそのまま雑巾絞りにかけるという子供らしいストレートな残虐ファイトで勝利。また、こちらも幾度目かの空中戦を演じた白影と黒道士も、最後は接近して切り結んだ末に黒道士の傘と刃を弾き飛ばし、黒道士は背中に背負ったジェットパックで脱出していくのでした。

 そして赤影と対峙した幻妖斎が今回も構えるのは前回同様カラフルなピッケル。甲賀忍法おろち丸(?)でピッケルの後ろから刀を出した幻妖斎は、長い刃を振りかざし襲いかかります。それに対する赤影も、片腕の骨折はどこにいったと言いたくなるような見事な刀捌きで対峙しますが、やはり押されている印象は否めません。
 なおも続く川の中での死闘の末、深みに足を取られた赤影に襲いかかる幻妖斎。しかし赤影は忍法・うつわ返し(?)で刃部分をたたき折ってみせるのでした(理屈はよくわかりませんが、ギリギリで身をかわして岩を斬らせて折ったのでしょうか)。

 闇雲に長い得物を振り回す幻妖斎に対し、どこまでも冷静に相手の隙を待って一本を取った形となった赤影。しかし今度は鎖分銅を取り出した幻妖斎は、赤影を絡めとると不知火典馬のお株を奪う甲賀忍法・火炎陣! しかしその炎を刀身一閃で消して見せた赤影が、幻妖斎と位置を入れ替えて刀を構えると、今度は幻妖斎の周りに炎が! 飛騨忍法・炎返しの前に身も世もない情けない悲鳴を上げた幻妖斎はそのまま燃え尽きるのでありました。

 こうして三つのギヤマンの鐘を手に入れた赤影。その鐘に浮かび上がるのは、竜と島と牙の文様。若葉からプレゼントされたいかるがの珠を青影が胸に、一行は竜牙島を目指すことになります(テンションが上がって銃を祝砲代わりに連射する兄に、迷惑そうな顔の若葉がおかしい)。
 しかし赤影は、幻妖斎がまだ生きていることを確信しているのでした……


今回の怪忍者
むささび道軒

 サタンの鐘を持ついかるが兄妹を狙い、巨大化して中から爆弾を降らせるむささび?化、毒ガスと無数の小むささびを放つむささび攻めで襲撃。鐘を奪って宙を飛んで逃げる途中、白影と青影の凧に捕まり、マントを失った末に墜死した。


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2016.06.09

菊地秀行『血鬼の国』 人間vs妖魔の純粋バトル

 菊地秀行久々の時代伝奇小説であります。それも主人公は柳生十兵衛。そして対するは異国の妖魔・血鬼――すなわち、吸血鬼。これが面白くないわけがない、という予感に違わずやはりかなりの快作、いかにも作者らしい、人間と吸血鬼との死闘を描いた作品です。

 ちなみに本作の副題となっている「隻眼流廻国奇譚」とは、以前『異形コレクション 伯爵の血族 紅ノ章』に発表された、やはり十兵衛と異国の吸血鬼との死闘を描いた『石の城』にも冠されたもの。その際には短編ということもあって少々食い足りないところはあったのですが、本作は長編、丸々一冊かけての死闘を堪能することができました。


 舞台となるのは、十兵衛の生涯の空白期――廻国修行を行ったとも、公儀隠密として活動していたとも言われる時期。
 天海の依頼で信州千吹藩を訪れた十兵衛を待っていたのは、人の血を啜る異国の妖魔を追ってきたという少年・益田四郎、そして幾人もの武士の刃を受けながらも、彼らを粉砕してのけた娘・沙也でありました。

 彼女に超絶の力を与えた者こそは、四郎が追ってきた血鬼・ラミア。彼女に血を吸われ、徐々にその眷属となりつつあった沙也は、城代家老・早船主水に捕らえられ、その力の程を図られていたのであります。
 この出会いがきっかけとなって、主水とその娘・多恵と対面した十兵衛は、ラミアによって夜毎沙也のような存在が増やされていることを聞かされ、対決を決意するのでした。

 しかし相手は斬っても突いても死なぬ不死身の妖魔であり、そして人間がいる限り、彼女の下僕も――それも超人的な力を持つ者が――無限に増えていくことになります。しかも彼女は藩主を籠絡し、藩を掌握するのは時間の問題。
 さらに、折悪しくと言うべきか、この地をたまたま訪れた宮本武蔵までもが文字通り敵の毒牙にかかって……


 世にホラー作家、伝奇作家は数あれど、作者ほど吸血鬼を、そしてその吸血鬼と人間の争闘を描いてきた作家は珍しいのではないでしょうか。本作はその最新の成果であり、ある意味集大成的なものすら感じる作品であります。

 我々と同じ姿を持ちながらも、異なる生を生き、そして我々を餌として、下僕として消費する吸血鬼。そんな恐ろしくもどこか蠱惑的な吸血鬼の存在を、本作は、その知識すらほとんどない鎖国下の日本を舞台に、存分に描き出します。
(しかし、キリスト教を閉め出した国において、キリスト教由来の妖魔と戦えるのは隠れ切支丹のみ、という設定はコロンブスの卵であります)

 それに挑むのは、これもある意味人間の知恵と力と技の極限ともいうべき、武芸を修めた者たち――それも、その技においても、そしてその人間性においても頂点にあるというべき隻眼のヒーローであります。

 作者がどれだけ本作に入れ込んでいるかは、開幕わずか2ページ目にして十兵衛が四郎と出会い、その口から血鬼の存在を知るというスピーディーさからも知れる……というのは贔屓の引き倒しでありましょう。
 しかし、スピーディーでありつつも、物語を、登場人物を広げ過ぎず、その分、人間と妖魔の攻防戦に分量を割き、内容を深めてみせたのには好感が持てます。

 ちなみに登場人物と言えば、本作にはスペシャルゲストとして、兄よりも先に主役を務めてきた柳生刑部友矩も登場。(これまでの作品とは変更されているのですが、その理由が本当に作者の言う通りかは……)
 その刑部、今回はほとんど便利屋的な役回りなのですが、彼が今回脇に引いているのは、これは本作で描かれる武芸者vs吸血鬼の戦いを、より強調するためではありますまいか。

 そう、本作の中心となるのは、あくまでも武芸者の技と吸血鬼の力の――言い換えれば、人間と妖魔の戦いにほかなりません。

 そして江戸時代という舞台は、科学兵器といった夾雑物を除き、その戦いをより純化して描くためではないか……というのは言い過ぎにしても、その舞台により、より純化した戦いを目の当たりにすることができたのは、間違いないと感じるのであります。

 「隻眼流廻国奇譚」がこれだけで終わるのは惜しい。まだまだ、十兵衛と妖魔の、人間と妖魔の純粋バトルを見てみたい、と感じるのであります。


『血鬼の国』(菊地秀行 創土社) Amazon
血鬼の国


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2016.06.08

唐々煙『煉獄に笑う』第5巻 絶望の淵で現れた者

 実写映画化も決定しまだまだ快調の『曇天に笑う』の前史、三百年前の戦いを描く本作も、いよいよ第5巻。ついにその全貌が明らかとなったオロチ候補者の一人であった石田佐吉に、思わぬ試練が襲いかかることとなります。果たして彼はただ一人で絶望の淵から這い上がることができるのか……?

 三百年に一度復活し、この世に災いを齎す呪大蛇。その復活の秘密を握るという謎の「髑髏鬼灯」とついに出会った佐吉は、近江を守って命を散らした曇神社の双子に代わり、大蛇の復活・支配・封印を司る巻物の奪還を託されることになるのでありました。

 しかしその佐吉もまた、大蛇の器になる可能性がある候補者の一人。その候補者とは、佐吉と曇神社の双子のほか、
・織田信長
・明智光秀
・黒田官兵衛
・国友藤兵衛
・国友勇真
・安倍晴鳴
と錚々たる顔ぶれであります。

 そのうちの一人、晴鳴は、代々大蛇と対決してきた陰陽師・安倍家の継承者として周囲からの声望も高い好青年……と見せかけておいて、その内面は、ひどく捻れた心を持つ男。
 大蛇の器は、その者の負の感情が高まった時に現れる――そのため、伊賀の百地一党と結び、候補者たちの心に絶望を植え付けんとする清鳴に狙いをつけられた佐吉の運命は……


 というわけで、佐吉受難編という印象のこの巻で彼を待ち受けるのは、故郷である近江石田村を襲う奇怪な兵の群れ。
 石田の旗印を掲げ、その兜の下に死人の顔を持つその兵たちを操るは、伊賀百地党でも最強を謳われる八它烏たちであります。

 それにしても、故郷の人々に、自分の軍が下手人と思われるというだけもかなりキツいところですが、敵の狙いは、彼の故郷の人々の鏖殺。しかし己が仲間を持つことを良しとしない佐吉は孤立無援の状態であります。
 そんな彼の助けとなるのは、前の巻で描かれた荒木村重を巡る冒険の中で出会った豪傑・島清興(左近)と、曇芭恋に佐吉の警護を託された芦屋弓月のみ。しかし一騎当千の彼らも、敵の卑劣な手の前に倒れ、ついに佐吉が絶望に沈みかけたその時――!


 巻の後半丸々が佐吉たちと八它烏の攻防戦というバトル編であったために、物語の進行としてはかなり遅い印象があるこの第6巻。
 物語に絡むであろうキャラクターたちが出揃い、解き明かされるべき謎の数々が提示された、先の展開が気になって仕方がない時に、このペースダウンは厳しい印象があります。

 しかしこの巻のラストで見せられたものを思えば、そんな不満を言いたくなる口も噤むしかありません。
 そう、あの千両役者たちが帰ってくるのですから……それも、我々読者たちにとっても、そして佐吉にとっても、望む中で最も理想的な形で。


 頑なに仲間を持たず、一人で生きることを選ぶ――それは、己が他の者の生を背負うことを恐れ、拒否することにほかなりません。
 しかし、否応なしに仲間を得た佐吉は、その想いを、生き方を変えざるを得ません。そしてそれは、佐吉を支えることを宣言した彼らにとっても、同様でありましょう。

 この巻で、他人の空似ではなかったことが明確となった信長(そもそも今回、佐吉は主君の主君である信長の呼び出しを受けていたのですが)も気になるところで、佐吉の受難はまだまだ続きそうな印象はあります。
 しかし佐吉と仲間たちがこの先、如何なる道を歩み、そして近江を覆う曇天を吹き飛ばす風雲児となるのか……大いに楽しみになってきたではありませんか。


『煉獄に笑う』第5巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 5 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2016.06.07

小松エメル『うわん 九九九番目の妖』 彼女が貫いたもの、彼が乗り越えるべきもの

 真葛が、弟・太一を救うために九百九十九の妖を捕らえねばならない期限まであと一月。そんな中、太一の実の親を名乗る夫婦が現れる。嵐の晩に赤子の太一を連れ帰って亡くなった母・凛の身に何があったのか。謎を追う真葛は、凛と太一、そしてうわんにまつわる驚くべき真実を知ることになる……

 弟の太一を救うため、妖の王を自称する奇怪な妖・うわんとともに九百九十九匹の妖を追う医者小町・真葛の奮闘を追うこのシリーズも、この第三弾で第一部完。
 太一が解いてしまった墓場の封印からこの世に逃れ出た妖たちを捕らえ、うわんに憑かれた太一を救うために心身ともにギリギリの戦いを続けてきた彼女を待ち受ける運命は、あまりに意外なものでありました。


 残った期限はあと一月、そして残った妖もあと数匹……妖を追う中で、かつて知り合った女医・梅の数奇な運命を巡る事件、幼馴染の竜之介の前に現れた不思議な子供の正体を巡る事件と、様々な事件を解決してきた真葛。
 しかしそんな彼女の前に現れたのは、太一が生まれてすぐに姿を消した我が子ではないかという夫婦だったのです。

 これまで真葛の戦いの理由として、そしてうわんの依代として、物語の中心に存在してきた太一。しかしそれは、太一が真葛の弟だからではないのか。仮に彼が弟でなかったとしても、それでも真葛にとって命と魂を賭けて妖を追う理由になるのか……

 というこちらのいささか意地悪な疑問は、真葛が最初から太一が実の弟でないことを知っていたことで問題なし(?)とわかりましたが、しかし太一に他に居るべき場所があるとすれば、それはやはり決して無視できぬことでありましょう。
 そして真葛は、太一がなぜ、どこから来たのか、それを調べ始めるのですが――それは同時に、母の死と、うわんの正体を知ることだったのです。


 本シリーズのタイトルロールであり、そして本シリーズを他の妖怪ものと――作者のもののみならず――大きく隔てる「うわん」。

 封印を解かれた大妖怪が、文句を言いながらも主人公に手を貸し、共に妖怪と戦う……というのは、妖怪ものの定番パターンの一つではあります。
 しかしそうした大妖怪たちが、それこそ作者の『一鬼夜行』の小春のように、どこか愛嬌がある存在であるのに対し、うわんは徹頭徹尾可愛げがなく……というよりひたすらおぞましく、そして真葛の行動を嘲笑い、時に邪魔さえする怪物であります。

 それが本シリーズ独特の暗さをもたらしているのですが、しかしそのキャラクターの強烈さに比して、うわんには不明な点が幾つもありました。
 何故墓の下に封印されていたのか。何故自分で九百九十九の妖を捕らえないのか。何故太一に憑いたのか。そして何故、時に真葛を助け、そして稀に彼女を気遣うような様子すら見せるのか?
 
 そして本作の終盤においてついに語られる真実において、我々はついにそんなうわんの根源にあるものを知ることになります。彼が何者なのか、彼と太一の、凛との関係を。そして何よりも、何故人間を嘲笑い、呪うのか、その理由を。

 本作の、特に前半で描かれてきたもの、怪異の淵源――それは、他者を思い遣る人間の優しさと、そして同時に、それを貫くことを妨げる人間の弱さでありました。そしてそれこそがまさに、うわんが嘲笑い、呪うものであったのです。「彼」のその過去ゆえに。

 一読、言葉を失うような「うわん」の過去。それを背負ったうわんに打ち克つことができるのは、うわんを変えることができるのは、しかし、どこまでも人間として決してその弱さに負けず、優しさを貫くことでありましょう。
 そして真葛はそれを貫くことができたのでしょう……おそらくは。


 本作の結末は、正直に申し上げて衝撃的でありますし、初見の際は意外とすら感じました。何もここまで、と。
 しかしうわんの正体が、そして太一の背負ったものがここで語られたものであるならば、それを真に乗り越えるためには、真葛の助けにすがってではならないのでしょう。

 彼が自身の力で道を切り開く姿を……物語の第二幕を、少しでも早く読むことができるよう、待ち望んでいる次第です。


『うわん 九九九番目の妖』(小松エメル 光文社文庫) Amazon
うわん 九九九番目の妖 (光文社文庫)


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2016.06.06

出海まこと『天正真田戦記 名胡桃事変』(その2) 普通の男と普通でない男の対峙

 出海まことの新たな真田戦記、『天正真田戦記』の紹介の後編です。まだまだ発展途上ながら、若くして異能の才を見せる幸村と並ぶ本作のもう一つの極、もう一人の主人公と言うべき人物の存在。それは北条家の家臣・猪俣邦憲であります。

 猪俣邦憲――秀吉の調停による真田と北条の停戦を破り、名胡桃城に攻め込んだ男として、そしてその後の巨大な歴史の動きの端緒を作った男として知られる人物であります。
 その邦憲は、本作においては、当主である氏政ではなく、その弟の氏邦の臣として、沼田城を舞台に幾度となく真田家と戦いを繰り返し、矢沢頼綱を前に連戦連敗を重ねてきた男として描かれることとなります。

 その敗戦は、もう相手が悪かったとしかいうほかありませんが、世間知らずの氏政には嘲笑われ、鬱憤は溜まるばかり。秀吉の調停(という名の圧力)によって真田家との停戦がなった後も、いや停戦となったからこそ、己の力を振るう場所を、己の力を示す戦場を求めていよいよ邦憲の想いは高まっていきます。
 そしてその想いは、やはり鬱屈したものを抱える名胡桃城主の義兄と思わぬ形で出会ったことから、危険な形で爆発することになるのであります。


 後世の記録等では、短慮からその後の主家の運命を変えたとして、芳しからぬ評価を受けている邦憲。本作はその邦憲を、あくまでもごく普通の男として描き出します。戦の中で己の勤めを果たし、それによって主家の、己の名を上げ、後世に繋げることを望む者として……
 それは戦国時代の武士としての普通であると同時に、男として、いや人間としては何時の時代も大して変わらぬ望みを持つ者の姿でありましょう。

 そんな男が、戦国乱世の中で、普通ではない男たちと対峙し、普通ではない事態に巻き込まれた時、何を想い、何を為すのか? 本作の後半で描かれる名胡桃事変を通じて、自らが普通ではない存在でありつつも、普通の少年としての想いを抱く幸村とはある意味対になるものとして邦憲の姿は描かれることになります。
 そしてその重層的な構造が、視点が、本作に歴史小説としての深みを与えていることは間違いありません。

(ちなみに北条で忍びといえば……な風魔小太郎は、本作においてはこの邦憲とは兄弟同然に育った親友、という設定。そのひねりの効いた人物像、幸村との因縁の形も含めて、実に面白いキャラであります)


 もちろん、本作の基本は、血沸き肉踊る活劇であり、その点は後半も変わることはありません。停戦状態であるが故に、名胡桃城奪回に動くことができない真田家。しかし、ごく少数の者たちが、その場にいないことになっている者たちが動けば……
 そこにフィクションの主人公としての「幸村」の活躍の場を設定してみせるのには、ただ拍手喝采するほかありません。

 そしてその先に幸村が何を想い、何を見出すのか……実に本作は、一人の少年の成長物語としても、爽快な味わいを残してくれるのです。

 『ロクモンセンキ』同様、今回も池波節が随所に見られるのは引っかからないでもありませんが、それが小さなことに思えるのは、本作の多角的な魅力故でありましょうか。
 十勇士に当たるであろう「九人」の異能の士も揃ったことではありますし、『ロクモンセンキ』、そして本作に続く、第三の幸村の物語の登場を、心から待ち望んでいるところです。


『天正真田戦記 名胡桃事変』(出海まこと メディアワークス文庫) Amazon
天正真田戦記 ~名胡桃事変~ (メディアワークス文庫)


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2016.06.05

出海まこと『天正真田戦記 名胡桃事変』(その1) 帰ってきた真田「幸村」!

 第一次上田合戦の直後、沼田城に迫る北条軍を、矢沢頼綱を助けて蹴散らした「真田幸村」。その後、秀吉の仲介で真田と北条は停戦したものの、北条家の猪俣邦憲は真田のもとに残された名胡桃城奪還に執念を燃やしていた。そしてついに名胡桃城に侵攻した北条軍に対し、真田家は、幸村は……

 出海まことによる「真田幸村」の物語が帰ってきました。およそ五年前に同じレーベルから刊行された『ロクモンセンキ』上巻に続く作品、それも質・量ともにパワーアップした作品として……
 そしてその舞台は、名胡桃事変。戦国史に大きな意味を持ちつつも、知名度は高いとはいえないこの事件を、本作はケレン味たっぷりに描き出すのです。

 真田昌幸と、当代の「猿飛」の名を継ぐくノ一(!)の間に生まれた真田信繁。その出自故、兄とは異なる育てられ方をした信繁は、武将としての才と忍としての才、その双方を併せ持つ少年として成長することになります。
 そして彼が上杉家に人質に出ている間に上田に襲来した徳川軍。景勝の許しを得て密かに帰った信繁は、「幸村」を名乗り、「霧隠」の名を継ぐ幼馴染の美少女・彩華ら異能の士たちとともに、徳川軍を奇策を以って撃退するのでありました……

 という『ロクモンセンキ』の物語の直後から始まる本作は、徳川軍と呼応して攻め込んできた北条軍と真田軍の攻防戦の最前線となった沼田城での戦いを、その前半で描くこととなります。

 真田軍に対して、圧倒的な多数で迫る北条軍を迎え撃つのは、昌幸の叔父であり、猛将として恐れられる(文字通り)炎の槍使い・矢沢頼綱。本作の前半は、この頼綱の超人的活躍と、幸村と仲間たちの奮闘が、一方の極となります。
 多勢に対して寡勢で抗し、翻弄するというのは、これは戦国合戦エンターテイメントの王道であり、そして真田家こそそのイメージを体現する存在。その真田家の面々が思う存分暴れまわるのは、何とも痛快としか言いようがありません。

 本作の幸村と仲間たちのユニークなキャラクターについては、上で述べた『ロクモンセンキ』そのままの楽しさですが(本作ではさらに根津甚八らの新顔も、負けずに個性的なキャラで登場)、ほとんど完全にバトルマニアの頼綱の存在が何とも強烈。
 彼らに振り回される北条方がむしろ可哀想に感じられるほどなのですが……


 そして新たな天下人というべき秀吉の登場により、矛を収めることとなった真田家と北条家。そこで生まれた一時の平和の中、幸村は、今度は大坂の秀吉のもとに人質として出されることとなります。
(ちなみに本作、作中で「信繁」の名は「知らん」「パッとしない」と散々に言われるので、以後は基本的に幸村で統一します)

 そこで石田三成、大谷吉継ら、将来の豊臣家を担う俊英たちと出会い、触れ合う中で、己に何ができるか、己にしかできないこととは何かを悩み始める幸村。
 しかし彼がその答えを出す前に、驚くべき知らせが故郷からもたらされます。それは、真田家に残された名胡桃城が北条方に奪われたという報。そして愛する彩華が、そこに潜入したまま消息を絶ったと知った幸村は……

 と、新たな危機を前に青春まっただ中の幸村ですが、実は本作には、もう一つの極が、もう一人の主人公と言うべき人物が存在します。その名は――
 長くなるので次回に続きます。


『天正真田戦記 名胡桃事変』(出海まこと メディアワークス文庫) Amazon
天正真田戦記 ~名胡桃事変~ (メディアワークス文庫)


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2016.06.04

伊藤ヒロ&峰守ひろかず『S20/戦後トウキョウ退魔録』 現実と虚構の境目を描く退魔譚

 終戦直後の昭和20年代、東京亀戸で紙芝居制作屋を営む二人の男――豪傑肌の茶楽呆吉郎と、妖しげな美青年・襟之井刀次には、もう一つの顔があった。「不思議問題解決相談承リマス」――この国を騒がす奇怪な事件を解決し、この世の者ならざる怪異を打ち砕くために、二人は今日も奔走する。

 S20――昭和20年代を舞台に戦後日本を騒がした事件とその背後で蠢く怪異を、二人の作家が二人の主人公の一人称で交互に描く、極めてユニークな連作集であります。

 その二人の主人公とは、南洋帰りの刺青巨漢・茶楽呆吉郎と、隻眼隻腕白髪の美青年・襟之井刀次――表の顔は、呆吉郎が物語を、刀次が絵を担当する紙芝居屋を営む二人ですが、しかしもう一つの顔である退魔業こそが、彼らの真の使命なのです。
 拝み屋の家系に生まれ、南洋で原住民から不死の呪いをかけらえた呆吉郎。旧日本軍の秘密兵器である鉄腕を武器に、姫様と奉じる(外見は年端もいかぬ少女の)摩姫とともに怪異と戦ってきた刀次。

 生まれも育ちも主義主張も能力も全く異なるものの、一朝事あらば抜群のチームワークで挑んでいく二人なのですが、しかし彼らの挑む事件、そして挑む相手は、いずれも一筋縄ではいかないものばかりであります。
 巨大な鋼鉄の人形、哄笑する髑髏面の怪人、宙からやって来た河童、常世に招く双子の美人……ん、どこかで見たことあるような?

 そう、本作に登場する怪異や事件の数々は、いずれも現実に存在したもの、あるいは現実で描かれたフィクションに登場するものを踏まえたもの。言ってみれば一種のパロディなのです(ちなみに主人公二人も、先日亡くなったあの大作家のキャラの面影が……)。

 しかし面白いのは、そのパロディと現実との関係を、さらに一ひねりしていることであります。
 実は二人と行動を共にする摩姫の主な役割/能力は事件に関する人々の記憶を抹消すること。しかしその抹消が不十分で、一部が残ってしまった時、その残った一部が、後にフィクションの形で語られることとなるというわけで……この何ともぬけぬけとした(褒め言葉)逆転の構造が、実に気持ち良いのです。


 特に、上で述べた髑髏面の怪人との対決を描く「誰がために戦う」は、その髑髏面が、金ではなく××製という捻りも楽しいのですが、さらにクライマックスに登場するもう一人の存在の正体にはもう脱帽であります。
 いやはや、強引といえばあまりに強引なネタの持ち込み方なのですが、しかしその無茶苦茶な取り合わせがむしろ痛快。それ以上に、虚構と現実を股に掛けたヒーローが、自分の行いに悩む呆吉郎に進むべき道を示すという構図も、また泣かせるのです。


 さらにこうした物語に実在の人物も絡んで、虚実の境がいよいよ曖昧となっていくのも嬉しく、全編これ私の大好物……と言いたいところなのですが、しかし残念な点も存在いたします。それは、ここで扱われる現実が、些かならずとも軽く見えてしまうことであります。

 先に述べたとおり、本作は現実をパロディとして描いた作品であります。その上で、その現実をエンターテイメントとして俎上に載せる、それは一種伝奇ものとしては当然の行為ではありますが……しかし本作の場合、そこで描かれるものが、ただ面白がらせるだけの手段で終わっているように感じられてしまうのです。

 何もしかつめらしく、生真面目に描くべき、テーマ性を盛り込むべし、とは申しません。しかし、後世の人間が、厳しい言い方をすればフィクションの題材として美味しいところ取りのみをしてよいものなのか……これは考えてみるべき点ではないかと感じます。

 現実は物語の元ネタなのか。物語は現実の後始末なのか……現実と虚構の境目を描く物語だけに、大好きな題材と趣向なだけに、些か神経質なほどに、この点は気になりました。
 これも好きな言い方ではありませんが、先行する近い趣向の作品が、その点に充分留意していることを考えれば……


 今月、続編が刊行されるという本作。さてそちらでは、現実と虚構は如何にパロディされているのか、両者の関係は如何に描かれているのか……些か厳しい視線になるかもしれませんが、その点も含めて注目したいと思います。


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2016.06.03

『仮面の忍者赤影』 第24話「いかるが兄妹」

 剣山でいかるが一族を探す赤影たちを襲う卍党の怪忍者たち。幻妖斎との一騎打ちの末に深手を追い、ゼウスの鐘を奪われた赤影は、山に兄と住む少女・若葉に救われる。二人が実はいかるが一族であることを知った赤影。それを盗み聞きし、若葉を狙うむささび道軒に単身挑む赤影の運命は……

 今回もサタンの鐘を持ついかるが一族を求め、剣山を彷徨する赤影たち。青影が汗だくでへばっている一方で涼しい顔の白影は、卍党が川に毒を流したため、飲水を探しに出かけるのですが……そのまま彼が戻ってこないのを不審に思った赤影が探しに行ってみれば、水辺で倒れている白影。

 と、そこに上空から黒道士が爆撃を仕掛け、さらにあまりに出番がなくて存在を忘れかけていた白蝋鬼が白影を人質に勝ち誇ります。そしてその隙に黒道士の影縫いに動きを封じられてしまった赤影の前に、(何故かカラフルなピッケルを手にした)幻妖斎が立ちふさがるのでありました。

 身動きできないまま、幻妖斎にゼウスの鐘を奪われる赤影。勝ち誇る幻妖斎を前に、絶体絶命の赤影ですが……赤影の影を塗っていた手裏剣が突然抜けた!
 幻妖斎が何かポカしたのかしら、と一瞬失礼なことを思いましたが、これは(何故か海パン一丁で現れた)青影のナイスフォロー。彼らにとっては折悪しくというべきか、黒道士の爆弾吹き矢も弾切れとなり、その隙に青影に白蝋鬼はあっさり叩きのめされて這々の体で退散するのでした。

 赤影が幻妖斎と一騎打ちを挑む中、復活した白影は、四方を忍凧に防護壁を取り付け、「頑張ろう!」とがっちり青影と握手を交わして、黒道士を迎え撃つべく上空へ……ようやく弾を込め終わった黒道士と、ラッパランチャーで激しい銃撃戦を演じます。
 一方、刀とピッケルで激しい戦いを繰り広げた赤影と幻妖斎ですが、幻妖斎の方が勝り、激しく岩に叩きつけられてトレードマークのマフラーまで外れてしまいます。

 立ち上がれない赤影を尻目に悠々と大まんじに乗り込み、赤影を轢き潰さんとする幻妖斎。そこに駆けつけるべく、青影はラッパランチャーに大きな爆弾を装着。その一撃は見事に黒道士を捉え(よく死ななかったな黒道士……)、大まんじに接近するのですが、しかし大まんじの火炎放射の前に撤退を余儀なくされるのでした。

 そんな戦いは知らず、粗末な墓に花を備える一人の少女・若葉。その前に現れた不審人物は、消えた赤影を探すむささび道軒であります。そんな人間は知らないという若葉をあっさりと見逃す道軒ですが、その直後、彼女の前にボロボロの身となった赤影が現れるのでした。
 若葉に救われ、彼女と兄の暮らす小屋で目覚めた赤影。彼は右腕を骨折するほどの深手を追っていたのであります。

 そこに赤影を探してやってきた道軒ですが、兄妹は赤影を地下に隠してすっとぼけます。あっさりそれを信じて帰る道軒においおいと思いきや、立ち去ったと見せかけて屋根の煙穴から中を窺うのでした。
 そうとは知らず、いかるが一族のことを尋ねる赤影に、自分たちこそがいかるが一族の最後の生き残りだと答える兄。海からギヤマンの鐘を引き上げた一族は、そこに宝の行方が隠されているという噂に奪い合いを始めた末、二人を残して死に絶えてしまったのです。

 人間の欲の恐ろしさを思い知った兄は、サタンの鐘を隠したといい、場所を教えてほしいという赤影の頼みも拒絶するのでした。
 それではせめて白影と青影をという赤影の頼みに、二人を迎えに行く若葉ですが、その前に現れたのは全てを聞いていた道軒。怪しげな術で動きを封じられた若葉が助けを求めた時――赤影参上!

 しかし赤影は骨折した右腕を吊った状態。それでも尋常な戦いでは道軒と互角なのですが、しかしここで道軒が口から大量のむささびを吐き出します。微妙なフォームで襲いかかる大量のむささびに赤影も若葉をかばって防戦一方。腕を吊った包帯が、生々しく血に染まっていきます。
 さらにむささび変化で巨大化し、怪獣に変身……しない!? のはさておき、巨大化して上空から球状の爆弾を降らせる道軒。その猛攻の前にさしもの赤影も手も足も出せず――


 と、おそらくは番組始まって以来の大ピンチで次回に続きます。


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2016.06.02

大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!

 大佛次郎の時代小説といえば、やはり『鞍馬天狗』が浮かんでくるかと思いますが、しかしもちろんそれだけではありません。権力と結託した悪人の横暴に対し立ち上がる、悪事を捨て置くことのできない好漢たちの戦いを描いた本作もまた、作者の代表作の一つというべき快作であります。

 物語は、蝦夷地松前藩で、家老・蠣崎主殿と結んだ廻船問屋・赤崎屋吾兵衛が、商売敵の八幡屋に密貿易の濡れ衣を着せた上、一族郎党を皆殺しにしたことから始まります。
 その企てに敢然と逆らったのは、かねてから赤崎屋に疑いの目を向けていた硬骨の松前藩士・三木原伊織。混乱の最中、同僚たちから命を狙われながらも八幡屋の遺児・銀之助を救い出した伊織は、江戸の盗賊・佐野屋惣吉の助けを得て、ひとまずは森に逃れることになるのですが……

 しかし赤崎屋に指嗾された松前藩の追っ手は執拗に伊織たちを追い、不運にも伊織はその最中に熊に襲われて消息を絶ってしまいます。残された銀之助を助けてただ一人逃亡を続ける惣吉ですが、そこに意外な救いの手が現れるのでした。
 それは、故あって家を捨て、アイヌに成りすまして隠棲していた江戸の元旗本・土屋主水正、そしてこちらも曰くありげな豪傑和尚・覚円の二人。

 自分たちにとってはは無関係の人間ながら、しかし不義の悪事が行われることを見過ごすことができない彼らは、自らの危険も顧みず惣吉と銀之助、そして遺された伊織の妻・糸と娘の春江救出のために戦いを開始するのでありました。
 しかし敵はあくまでも執拗かつ強大、幾度も窮地に陥った主水正たちは、辛うじて銀之助を本州に逃したものの、皆散り散りばらばらに。赤崎屋一味の非道を訴えるために旧知の幕閣を頼って江戸に向かった主水正も、思わぬ悪因縁に苦しめられることになって……


 というように、この上巻で描かれるのは、実は伊織や主水正、惣吉をはじめとする善男善女がひたすら悪人に苦しめられる姿。
 敵の魔手を辛うじて逃れたかと思えば、また次の魔手が迫り、それをかわしたとしても、思わぬ運命の陥穽が待ち受ける……という展開が、通常の文庫本で2冊分はあろうというボリュームで繰り返されることとなります。

 ……などと書けば、いかにも本作がワンパターンで、かつストレスフルな内容と思われるかもしれませんが、さにあらず!
 本作で描かれる危機また危機の数々は、手を変え品を変え一度として同じものはなく、時に全く予想もつかぬ形で登場人物に襲いかかり、退屈など決してする暇もないまさにサスペンスフルなエンターテイメントの王道状態なのです。
 確かに、悪人たちがのさばり、善人たちが苦しめられる展開には歯がみするほかないのですが、しかし一本調子ではない、絶望と希望の緩急の付け具合の巧みさに、こちらの感情もいいように振り回されてしまうのであります。

 そしてその中で光るのは、作者一流の細やかな人物描写であります。
 本作の登場人物は――この時点ではほぼ悪の権化のような赤崎屋は除くとしても――善悪それぞれに、実に人間臭い素顔を、折に触れて覗かせてくれるのです。

 確かに彼らはその魂の中に、ある者は正義の側面、またある者は邪悪の側面をより多く持って描かれますが……しかしそれだけで構成されるわけでもなく、そして同時にその側面とは別の次元で、心の強さ/弱さというものを持っているのであります。
 こうして描かれる人々は、決して正義の権化でも邪悪の化身でもありません。あくまでも己の中の弱さに揺れ、悩み、そして己の中の強さに気付き、懸命に生き続けようとする、等身大の人間たちなのです。

 そしてそれを描き出すのは、どこか品の良さと荘厳さすら感じさせる作者の端正な文章表現……それが本作を、波瀾万丈でありつつも、決して荒唐無稽ではない、そして我々の感情をダイレクトに揺さぶる物語として成立させているのであります。


 上で述べたとおり、この上巻の時点ではまだまだ正義の側にとって暗い闇が続きますが、果たして彼らの苦闘が報われる日が来るのか。そしてタイトルの『ごろつき船』とは……上巻以上に爆発的に盛り上がる下巻も、近々に紹介いたします。


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2016.06.01

堀川アサコ『大奥の座敷童子』文庫版 書き下ろし新作短編収録!

 堀川アサコの『大奥の座敷童子』が文庫化されました。十三代将軍家定の時代、貧乏藩を救うために大奥に上がった少女・イチゴを主人公とする本作については、既にこのブログで取り上げていますが、今回は文庫版に収録された書き下ろし短編『おっかさま』を紹介しましょう。

 吹けば飛ぶような田舎の野笛藩を救うため、大奥に上がることを命じられた、一応藩一の美女・今井一期(イチゴ)。彼女の使命は、かつて野笛藩にいたものの、とある女性と一緒に大奥に行ってしまった座敷童子を探すことでありました。
 しかし大奥は複雑怪奇な場所、神出鬼没に枕絵を置いて回る「枕絵の妖怪」、誰かが死ぬとき泣くという「泣きジジ様」などが出没する上に、イチゴは幕府の命運にもかかる大事に巻き込まれることになります。

 それでもバイタリティ溢れる彼女は、イケメン伊賀者の唐次、謎の快人物(その正体は……)・サダさんとともに、見事事件を解決し、皆を幸せに導くのでありました。
 ……というのが本編のあらすじですが、今回新たに収録された『おっかさま』は、その続編、本編終了後のおはなしであります。

 サ……家定のもとにいよいよ御台所が輿入れしようという頃、突如大奥で流行りだした謎の病。高熱を発して苦しむその病にかかった者の中は、皆「筥迫(小物入れ)」という譫言を発するのでした。
 家定までもが倒れた中、これが病ではなく何かの祟りと考え、唐次とともに探索を始めたイチゴは、怪事の裏に潜む忌まわしくも悲しい事件の存在を知るのですが――


 と、本編とは内容的には完全に独立した本作ですが、登場するのはほとんどオールスターキャストなのが嬉しいところ。
 イチゴ・サダさん・唐次のトリオはもちろんのこと(サダさんは出番は少なめではありますが)、イチゴの親友である茜をはじめとする大奥の人々、さらには泣きジジ様まで、懐かしくも(というのは単行本読者の感想ですが)楽しい顔ぶれが再び登場してくれるのです。

 しかし、展開される物語の方で描かれるのは(これも本編同様)賑やかで楽しいばかりではない、いやむしろ、哀しく無惨で、どうにもやりきれない真相。
 それは、確かにこの時代、この舞台なればこその物語なのですが……しかしその根底にあるものは、決して今ここにいる我々とも無縁ではないもの。人の心の中の仄暗い部分なのであります。

 しかし、本編がそうであったように、本作もまた、決してそのままでは終わりません。人の心に陰があったとしても、同時に人の心には陽がある。たとえ頑なに凍り付いていたとしても、それを溶かすだけの力を持った暖かさが。
 そしてもちろんそれを体現するのが、イチゴの存在であることは、言うまでもありません。

 時にコミカルで、時に恐ろしい物語の中で、人の心の中の陰と、光を浮かび上がらせる。本作は短編ではありますが、しかし本編同様、作者の得意とする、作者ならではの物語を描き出しているのであります。


 このように、単行本読者にとっても見逃せない今回の文庫化なのですが、しかし、この短編を読んで改めて感じたことがあります。それはもちろん、この物語世界が、この一冊で終わってしまうのは、やはり惜しい、惜しすぎるということであります。

 家定の御台所といえば、かの天璋院篤姫。この人物が、この物語世界に入ってきたら、イチゴやサダさんと出会ったら、と思うだけで、なにやら実に楽しい気分になってくるのですが……
 ぜひぜひ、続編をお願いしたいという想いは、本編初読の時から変わっていないのであります。


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大奥の座敷童子 (講談社文庫)


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