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2016.06.07

小松エメル『うわん 九九九番目の妖』 彼女が貫いたもの、彼が乗り越えるべきもの

 真葛が、弟・太一を救うために九百九十九の妖を捕らえねばならない期限まであと一月。そんな中、太一の実の親を名乗る夫婦が現れる。嵐の晩に赤子の太一を連れ帰って亡くなった母・凛の身に何があったのか。謎を追う真葛は、凛と太一、そしてうわんにまつわる驚くべき真実を知ることになる……

 弟の太一を救うため、妖の王を自称する奇怪な妖・うわんとともに九百九十九匹の妖を追う医者小町・真葛の奮闘を追うこのシリーズも、この第三弾で第一部完。
 太一が解いてしまった墓場の封印からこの世に逃れ出た妖たちを捕らえ、うわんに憑かれた太一を救うために心身ともにギリギリの戦いを続けてきた彼女を待ち受ける運命は、あまりに意外なものでありました。


 残った期限はあと一月、そして残った妖もあと数匹……妖を追う中で、かつて知り合った女医・梅の数奇な運命を巡る事件、幼馴染の竜之介の前に現れた不思議な子供の正体を巡る事件と、様々な事件を解決してきた真葛。
 しかしそんな彼女の前に現れたのは、太一が生まれてすぐに姿を消した我が子ではないかという夫婦だったのです。

 これまで真葛の戦いの理由として、そしてうわんの依代として、物語の中心に存在してきた太一。しかしそれは、太一が真葛の弟だからではないのか。仮に彼が弟でなかったとしても、それでも真葛にとって命と魂を賭けて妖を追う理由になるのか……

 というこちらのいささか意地悪な疑問は、真葛が最初から太一が実の弟でないことを知っていたことで問題なし(?)とわかりましたが、しかし太一に他に居るべき場所があるとすれば、それはやはり決して無視できぬことでありましょう。
 そして真葛は、太一がなぜ、どこから来たのか、それを調べ始めるのですが――それは同時に、母の死と、うわんの正体を知ることだったのです。


 本シリーズのタイトルロールであり、そして本シリーズを他の妖怪ものと――作者のもののみならず――大きく隔てる「うわん」。

 封印を解かれた大妖怪が、文句を言いながらも主人公に手を貸し、共に妖怪と戦う……というのは、妖怪ものの定番パターンの一つではあります。
 しかしそうした大妖怪たちが、それこそ作者の『一鬼夜行』の小春のように、どこか愛嬌がある存在であるのに対し、うわんは徹頭徹尾可愛げがなく……というよりひたすらおぞましく、そして真葛の行動を嘲笑い、時に邪魔さえする怪物であります。

 それが本シリーズ独特の暗さをもたらしているのですが、しかしそのキャラクターの強烈さに比して、うわんには不明な点が幾つもありました。
 何故墓の下に封印されていたのか。何故自分で九百九十九の妖を捕らえないのか。何故太一に憑いたのか。そして何故、時に真葛を助け、そして稀に彼女を気遣うような様子すら見せるのか?
 
 そして本作の終盤においてついに語られる真実において、我々はついにそんなうわんの根源にあるものを知ることになります。彼が何者なのか、彼と太一の、凛との関係を。そして何よりも、何故人間を嘲笑い、呪うのか、その理由を。

 本作の、特に前半で描かれてきたもの、怪異の淵源――それは、他者を思い遣る人間の優しさと、そして同時に、それを貫くことを妨げる人間の弱さでありました。そしてそれこそがまさに、うわんが嘲笑い、呪うものであったのです。「彼」のその過去ゆえに。

 一読、言葉を失うような「うわん」の過去。それを背負ったうわんに打ち克つことができるのは、うわんを変えることができるのは、しかし、どこまでも人間として決してその弱さに負けず、優しさを貫くことでありましょう。
 そして真葛はそれを貫くことができたのでしょう……おそらくは。


 本作の結末は、正直に申し上げて衝撃的でありますし、初見の際は意外とすら感じました。何もここまで、と。
 しかしうわんの正体が、そして太一の背負ったものがここで語られたものであるならば、それを真に乗り越えるためには、真葛の助けにすがってではならないのでしょう。

 彼が自身の力で道を切り開く姿を……物語の第二幕を、少しでも早く読むことができるよう、待ち望んでいる次第です。


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