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2016.06.24

高橋克彦『いじん幽霊 完四郎広目手控』 横浜という異国と新たなメディア

 江戸の広告代理店「広目屋」である香冶完四郎とその相棒・仮名垣魯文の活躍を描く時代ミステリの第三弾であります。これまで江戸、京を舞台としてきたシリーズですが、本作の舞台は横浜。外国人居留地としてその姿を刻一刻と変えていく横浜で、二人はまたもや様々な事件に巻き込まれることになります。

 今回描かれる1864年の横浜は、外国人居留地の存在により、日本の中の異国として独自の地位を占めていた地であります。
 しかしそこに住まう外国人の中には海の外から日本の権益を狙う者たちも潜み、さらにそこに攘夷を主張する者が彼らの命を虎視眈々と狙うという、一筋縄ではいかない混沌とした世界として、本作では描かれることとなります。

 しかし江戸の人々が知りたがっているのはまさにそんな近くて遠い横浜の姿、と乗り込んできたのが、我らが広目屋完四郎。
 折よく(?)横浜で燻っていた魯文を相棒に、みたび完四郎の広目屋稼業が描かれるわけですが……今回はこれまで以上にバラエティに富んだ事件が描かれている印象があります。

 居留地の外国人が食べる牛肉の輸送を狙った襲撃事件を未然に防いだり(『夜明け横浜』)、密かに流通するヌード写真の制作元を追ったり(『夜の写真師』)、居留地を騒がす幽霊屋敷騒動に広目屋志願の異国娘が絡んだり(『娘広目屋』)、水戸で挙兵した天狗党の一派の横浜襲撃を防ぐため奔走したり(『横浜天狗』)……何とも賑やかな内容なのであります。

 その中でも一話だけ、江戸の両国を舞台に、夜毎棺桶に乗って川の上に現れる異国人の幽霊の怪を描いた事件(『いじん幽霊』)も含まれていますが、それもまた実は……
 と、横浜という特異な世界をフルに使って描かれる本作は、ミステリとしてはもちろん、時代ものとしても実にユニークな物語と言えるでしょう。

 ジョセフ・ヒコやヘボン、下岡蓮杖や福地源一郎等々、歴史上の有名人たちが物語に有機的に絡んでくるのも、またたまらないところであります。


 しかしそれと同時に非常に興味深いのは、物語が進んでいくにつれて、あるメディアの存在が浮き上がってくる点でしょう。
 そのメディアとは新聞――開国によって異国からもたらされた、それまでの日本にはない新たな情報の伝達媒体であります。

 もちろん、江戸時代の日本には――広目屋として完四郎や魯文が密接に関わってきた――瓦版というメディアが存在しました。しかし瓦版と新聞に共通する点が多々あるにしても、それが社会に果たす役割はまた異なる、似て非なるメディアと言えます。

 作中で完四郎と魯文が幾度か新聞に接していく中、その違いは少しずつ明らかになっていくのですが……しかしそれが何よりも明確になるのが、『筆合戦』のエピソードであります。
 まさにこの物語の舞台となった頃の横浜で、日本最初の新聞を発行した岸田吟香。本作ではその吟香が魯文のライバルとして登場し、どちらの書く記事が優れているか、まさに筆で勝負を繰り広げるのだから面白い。

 土地の人々に密着して興味深い話題を拾う魯文の瓦版流が勝つか、社会の潮流を踏まえたオピニオンを展開する吟香の新聞流が勝つか? 
 それだけでも実に興味深いところに、そこにもう一つ、ミステリとしての仕掛けが……というのは、これはもう本作ならではの、本作でなければ描けない物語と言うほかありません。

 言うまでもなく、魯文は明治時代に入ってから、新聞の世界でも活躍した人物。その点を踏まえてみても、本作の趣向には唸らされるばかりなのであります。


 しかし、横浜でも数々の冒険を繰り広げた完四郎ですが、そろそろ日本は彼にとって狭くなってきた……というわけで、ラストで欧米行きが仄めかされる完四郎。
 次の巻では、時は流れて明治時代、欧米帰りの完四郎が登場することになりますが、その紹介はまた時を改めてさせていただくとしましょう。


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