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2016.06.30

光瀬龍『征東都督府』 巨大な歴史改変の先にあったもの

 光瀬龍が得意とした時代SFの一つ、レギュラーキャラクターであるタイムパトロールの笙子・元・かもめのトリオを主人公とする長編であります。現代の日比谷公園に突如出現した「日本人禁止進去 大清国征東都督府」の木札から始まり、歴史改変を狙う存在と対峙することとなった三人の戦いは……

 ある日、自分の財布の中身が、実在しない清国の紙幣とすり替えられていたことに気づいた元。時を同じくして、日比谷公園には突如として長大な鉄条網に取り巻かれた日本人の立ち入りを禁止するエリアが出現します。
 異変に気づいた時には、しかし元とかもめは何者かの手によって何処かへ送り込まれてしまうのでありました。

 二人が意識を取り戻してみれば、そこは「慶応31年」――江戸開城後の東北戦争において旧幕軍が勝利、日本の近代化が遅れたために日清戦争で日本が破れ、清国に占領された世界。
 そこで不審人物として警察に囚われたかもめは、悪徳警邏に落花狼藉の憂き目に遭わされ、元は清の占領政府・征東都督府傘下の情報処理御用掛となった元・新撰組の面々に激しく拷問されることになります。

 辛うじて窮地から脱した二人と合流した笙子は、この大規模な歴史改変の謎を探るため、東北戦争の決戦直前の時間に飛ぶのですが、そこで彼女たちが見たのはこの時代にあり得べからざるモノ。
 そしてさらに時空を超えた彼方で待っていたあまりに意外な真実とは……


 平凡な日常の中に、歴史上あり得べからざる存在が、というのは歴史改変ものの幕開けの定番かもしれませんが、本作はそれを実に鮮やかに決めてみせた上に、そこに展開される世界の改変ぶりの面白さが光る作品。
 個人的には歴史改変ものは好きではないのですが、しかし本作で描かれる慶応31年の世界は、そんな拘りをものともせず、なんとも魅力的であります。

 何しろ、メンバーのほとんどが戊辰戦争を生き残った新撰組が、情報処理御用掛――すなわち、一種のスパイ機関として存続しているのだから面白い。
 やはり生き残った沖田が、「オイコラ」な官憲となっているのは、いかにも作者らしい意地悪さという印象ですが、土方は数少ない世界の異変に気付いた存在として一人謎を追っていくという役回りで、実に格好良いのであります。

 また、勝海舟がお馴染みのべらんめえ口調はそのままに、得体の知れぬ黒幕として暗躍していたり、そこに樋口一葉やもう一人意外な作家が絡んだりと、ifの世界でありつつも、登場人物のその取り合わせとその役割付けは、流石というべきでしょう。
 そして物語の後半で展開される、歴史の分岐点たる東北戦争は、いわゆる架空戦記的な内容ではありますが、一種歴史書的なその丹念な描写と、参加する面々のオールスターぶり(何故か龍馬や高杉まで参戦)が楽しく、一つの世界を構築するならばこれくらいはやらねばならないのだな、と感じ入ったところです。


 が……それだけに終盤の破綻ぶりを何と評すべきか。
 連載小説ゆえの行き当たりばったり的な展開はさておき、クライマックスで提示される真実が――一種の読者サービスにすぎないと思われたものが全く別の意味を持つというのは面白いものの――物語の趣向全てを否定しかねないものであっただけに、少々どころではなく呆然とさせられた次第です。
(そもそも、こういう状況にならないよう、タイムパトロールは何がしかの対応をしているのが自然のような)

 しかしその一方で、巨大な歴史改変により幾千幾万もの人の運命を一種の生贄として歪めて、それによって得たものがただ……であり、そしてさらにそれが何億何十億もの運命を変えていくという、皮肉めいたものすら感じさせる突き抜けたスケール感(の振れ幅)は、これは作者ならではのものと言うほかないでしょう。

 時間SFとして、光瀬作品として、結末で描かれた痛切な無常感はやはり得難いものが感じられるというのも、また事実なのであります。


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