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2016.07.07

森谷明子『深山に棲む声』 真実と虚構、現実と物語の狭間に

 『千年の黙』でデビューし、数々の歴史ミステリーをはじめとする作品を発表してきた名手・森谷明子が、平安時代から中世の日本を思わせる世界を舞台に描く、極めてユニークな歴史ファンタジーであります。立ち入ることを禁じられた深山を舞台とした、幾つもの昔話が交錯した末に浮かび上がるのは……

 神の山とも呪われた山とも呼ばれ、禁忌の地として畏怖とともに語られる「深山」。本作は、その地を囲む東西南北の国にまつわる四つの昔話が、まず描かれることとなります。

 初めに語られるのは、祭りに使う花を探すうちに深山に迷い込んだ少年・イヒカの物語『朱の鏡』であります。
 深山でババと呼ばれる妖しげな女と出会い、彼女に己の意思を奪われたかのように、山で日々を重ねるイヒカ。しかしある日、ババに幽閉されているという一人の美少年と出会ったイヒカは、少年が大事にしてきた鏡を託されます。山から脱出しようとするイヒカは、追手に対し、鏡が持つという不思議な力を用いるのですが……

 ババという名から連想されるように、山姥が登場する「三枚のおふだ」、あるいはロシアのバーバ・ヤーガの伝説を思わせる内容が、しかしそれとは微妙に異なる形で展開していくこの物語。
 切ない余韻を漂わせつつも、若干の違和感と語られざるものの存在を感じさせながら物語は終わりを告げることとなります。

 次いで描かれるのは、とある山中の集落を束ねる老婆と、その集落を訪れた男がそれぞれ語る三つの物語。

 母のために青い実を求めて深山に入り、深手を負った女を助けたことからその運命を大きく変える少年・オシヲの物語『青い衣』。
 年越しの晩、富裕な家の娘・タクシの家に旅芸人の男と子供、臨月の女とその夫が集った際に起きた小さな事件を描く『白い針』。
 父を救うために奇鳥を求める北の領主の息子・カシイと、彼の故国の兵に攫われた豊かなセイの国の商人の娘・フツ、そして山育ちの娘・イオエや謎めいた山の少年・トマらの運命が複雑に交錯していく『黒の森』……


 次々と語られていく昔話は、しかし、物語が重なっていくに連れて、我々読者の中に、ある種の疑念を浮かばせることになります。
 深山という地を中心に据えているほかは、それぞれが独立した、関係のない物語のように見える四つの昔話。しかし実はその物語は、実は根底で繋がっているのではないか。巨大な一つの物語の、それぞれ一部分が語られているだけではないか……と。

 そして四つの昔話に続く物語において、その疑念に対する答えが、驚くべき形で描かれることになるのです。

 そう、四つの昔話の背後に存在するある真実――過去から現在に連綿と存在する者たちの存在を、本作はその終盤において明らかにすることになります。
 そしてさらにそこから踏み込んで、何故、その真実が物語の中に埋め込まれていたのか……それすらもまた。

 ここに至り、ファンタジーは鮮やかにミステリへと姿を変えてその姿を露わにするのであり――この鮮やかな転回は、優れたミステリのみが持つ興奮と驚きを、味あわせてくれるのです。
(そしてこの、虚構と真実の絡みあった構図は、冒頭に述べた作者のデビュー作『千年の黙』と共通するものでもあります)


 しかし本作は、そこに留まるものではありません。本作は、そこからさらにもう一段踏み込んだものを描き出すことになるのです……真実と虚構、現実と物語の狭間に埋もれた、人の想い、真情を。

 物語の中で果たされずに終わった約束。それは閉じた物語の中では、物悲しい結末として終わったものですが――しかし、現実は一つの物語が終わった後も、なおも続くことになります。そこに生きる人の想いもまた。
 本作のラストが描くのは、そんな人の想いが、物語という虚構を超えて、その枠組みを貫いて、ついに果たされる姿であります。

 それは、本作で描かれた虚構と真実の姿をさらにもう一度転回させてみせたものであり――虚構に翻弄された末に描き出されるものは、ある種の希望とすら、感じられるものです。
(その一方で、新たな物語が生まれたことを、本作のラストは語るのですが……)

 物語も現実も、畢竟作り出すのは人間……そんな当たり前の、しかしどこまでも重く尊い「真実」を、本作は描き出すのです。


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