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2016.07.27

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤』 現代科学でも気付けぬ盲点

 タイムトンネルを通じて江戸と現代で二重生活を送るヒロイン・おゆうこと優佳が江戸の名探偵として活躍するシリーズの第二弾であります。今回おゆうが挑むのは、さる大名家の御落胤騒動。とある小間物問屋の若旦那こそがその御落胤だというのですが、しかしおゆうが掴んだ真実は……

 江戸は両国橋近くで一人暮らす正体不明の美女・おゆう。普段何をしているかはさっぱりわからないながら、優れた推理力で幾度か南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けてきた彼女の正体は、ミステリマニアの元OLでありました。
 祖母が遺した家に隠されていたタイムトンネルを発見した彼女は、行き詰まりがちだった現代から江戸に足を踏み入れ、分析マニアで万能分析ラボを営む友人の宇田川の力を借りては、素人探偵を気取っていたのです。

 さて、そんな彼女の評判を聞いた小間物問屋・大津屋の主人が持ち込んだのは、息子の清太郎が実の子か調べて欲しいという依頼。二十年前清太郎を取り上げた産婆のおこうが、強請りまがいの手紙を送ってきたことから、急に不安になったというのです。
 早速一計を案じて父子の唾液を採取した彼女は、宇田川にDNA分析を依頼、99.9%親子という結果を得るのですが、しかし根拠を明かさずに真実を告げるのは至難の業、おゆうが悩んでいる間に事態は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実はおこうの手紙は将軍の子の養子入り先候補である備中の大名・矢懸家にも届けられており、清太郎が実は矢懸家の御落胤ではないかと思わぬ騒動に発展。
 伝三郎がその御落胤騒動を内偵していたことを知ったおゆうは、彼とともに事件の鍵を握るおこうの行方を探すのですが、しかし彼女は行方不明、矢懸家を二分する御家騒動までも絡み、さらに死人までもが出ることに――


 というわけで、今回の題材はタイトル通りの御落胤騒動なのですが、なるほど、時代ものではしばしばお目にかかるこの題材は、基本的にはDNAという概念が普及していなかった時代特有のものでしょう。
 (本作のようにたまたま分析ラボの親友がいるということはそうはないものの)DNA鑑定を簡単に行える環境にあれば、そもそも起こらない……というのは、コロンブスの卵であります。

 おかげで本作は、本来であれば謎の中心になるはずの御落胤の真偽が物語冒頭で判明してしまうのですが、しかし真実を知ることと、それを人に納得させることは別。前作でも指紋鑑定や血液検査の結果を表に出さずに、いかに伝三郎たちに知らせるかが一つの見せ場となっていましたが、それは本作でも同様なのです。

 そして本作においては、さらにおゆうでも引っかかる、いやおゆうだからこそ引っかかってしまうミスリードが存在します。

 どれほど科学的に捜査を行おうとも、その依って立つ前提に誤謬があれば、その分析から明らかになるものも真実から遠のいてしまう……それは言うまでもないことではあります。
 しかし本作においては、主人公が(この時代に比べれば)未来の科学を用いるからこそ気づけない――そして実はそれがこの時代においてはさまで珍しいことではない――「盲点」を設定することにより、主人公の万能さを切り崩しているのに感心させられるのです。

 もっとも、作中で二度ほど、ほとんど反則的な形で科学の力(現代人の立場)を利用している場面があるのですが、これは多くのタイムスリップものとは異なり、江戸と現代を自在に行き来できるという本作ならではの荒業……と好意的に受け止めたいと思います。


 ただし、残念な部分も皆無ではありません。
 事件の真犯人が――あくまでも立ち位置的な理由とはいえ――ほとんどすぐに読めてしまうというのは、やはり本作のようなミステリにおいてはマイナスではないでしょうか(犯人の人物像がそれなりに魅力的であるだけになおさら……)。

 そしてまた、タイムスリップものでは定番とも言える、主人公の正体バレのサスペンスも本作では危機感が薄いのが個人的には気になったところではあります。
 最もバレてはまずい相手である伝三郎、シリーズを通じての仕掛けが施されている彼の存在も、これであれば別にバレても、バレた方がという印象で、この辺りはむしろ逆効果になっているように思えます。

 前作で感じた三郎や宇田川のキャラクターの薄さ(便利さ)も解消されているだけに、いささか贅沢な言い分かもしれませんが、やはり勿体無く感じてしまった次第です。


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