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2016.07.10

高橋克彦『完四郎広目手控 文明怪化』 安楽椅子探偵による「真実」の再吟味

 江戸の広告代理店・広目屋で活躍する刀を持たぬ侍・香冶完四郎の活躍を描く連作シリーズも、第四作の本作において大きくその趣きを変えることになります。何しろ舞台となるのは明治七年、文明開化の時代。全てが大きく変わる中、果たして完四郎は如何に活躍するのでありましょうか。

 前作『いじん幽霊』のラストで、日本を飛び出し、欧米に向かうことが仄めかされた完四郎。その通りに完四郎が日本を離れている間に幕府が倒れて新政府が樹立され、日本は全く異なる姿を見せることになります。
 それは完四郎のかつての仲間たちも同じこと――藤岡屋由蔵は隠居し仮名垣魯文は売れっ子作家の仲間入り。彼らと組んでいた浮世絵師の歌川芳幾も、自ら社主を務める東京日日新聞で新聞錦絵を発表と、以前とは大きく変わった生活を送っていたのであります。

 既に瓦版は新聞へと姿を変え、そして浮世絵も新聞錦絵という新たなメディアとして世情を描き出す時代に帰ってきた完四郎。彼はは、今度は東京日日新聞の居候という身分に収まり、再び魯文を相棒に、市井を騒がす謎解きに挑むことになります。

 これだけでは、舞台が幕末から明治に移っただけのように見えるかもしれません。しかし本作は、これまでとは似て非なる趣向が施されております。
 それは、収録されているエピソードのほとんどで、完四郎が安楽椅子探偵として活動すること。それも、東京日日新聞の新聞錦絵を見て、そこに描かれているものの裏の事情を、隠された真実を推理するのであります。

 ……ここで念頭に置くべきは、この新聞錦絵が、実際に新聞紙上に掲載されたものであることでしょう(ちなみに作者は『新聞錦絵の世界』という研究書を発表しております)。
 すなわち、そこで描かれているのは実際にあった(とされている)事件であり、そこに描かれているものの裏を推理するということは、実際に「真実」を再吟味しているということと同義なのですから。

 これまでも時代ものとして、ミステリとして、作者ならではの趣向を凝らしてきたシリーズですが、本作はこれまででも最も野心的な試みであり、そしてそれは間違いなく成功していると感じます。

 特に印象に残ったのは、第六話『ニッポン通信』。前作から登場している欧州娘のジェシカが、タイムズ誌の特派員として送る記事の題材となる新聞錦絵を探すうちに……という趣向のエピソードで描かれるのは、赤子に乳をやりにくる母の亡霊の新聞錦絵です。
 しかし元記事は、妙に具体的な場所や背景をぼかした上に、「文明開化の世の中にこのような事件があるわけがない」と断じる始末。他の記事では化物の出没を面白可笑しく書いていた同じ記者が、何故このような記事を書いたかが、大きな謎となるのです。

 その「真実」をここで述べるような野暮はいたしませんが、幕末の動乱がわずか数年前であったこの時代と、そこで翻弄された男の心を切り取ったものとして、見事と言うほかない内容。そしてその記者こそが、後に魯文と並び称される三代柳亭種彦こと高畠藍泉というのも、またたまらない趣向であります。

 また、もう一話印象に残ったものを挙げるとすれば、それとは全く別のベクトルの『死人薬』。薬とするために、埋葬されたばかりの死人の墓を掘り起こしたという事件の続発に不自然なものを感じ取った完四郎が見抜いたのは……
 という本作、事件の背後に潜むある人物の動機にも驚かされるのですが、ラスト1ページで描かれる、さらにその背後に存在したものの姿には、もう心底震え上がらされたというのが正直なところ。時代もの、ミステリと並ぶ作者のもう一つの得意ジャンルを、今更ながらに思い起こさせられた次第です。


 そして様々に趣向を凝らしてきた本作の掉尾を飾るのは新聞紙条例に揺れる新聞を描く『幻燈国家』。
 官吏のことを噂話程度でも書けなくなった状況下で、それでも「真実」を描くため、敢えて曖昧模糊とした「虚構」を記事とする者たちを描くこのエピソードは、新聞というメディア、明治という時代、そして「真実」を武器とする広目屋という稼業が絡みあった本作ならではの作品でありましょう。

 そしてここで完四郎が見出すのは、上辺だけ近代めかしたの幻燈のような国の腐った部分を切り出す新聞という存在への希望なのですが……
 政府との関係を問われて、「一銭も貰ってはいない。新聞に関わる人間の心得だ」という彼の言葉も含めて、今という時代においては痛烈な皮肉に見えてしまうのをなんと評すべきでしょうか。彼のある意味純粋な心が、この先も変わらず貫かれるのか、気になるところではあります。

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