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2016.07.18

西本雄治『やっとうの神と新米剣客』 人と神と剣と願いの物語

 文庫書き下ろし時代小説に新風を吹き込んできた招き猫文庫の、そのまた新風である時代小説新人賞・大賞受賞作品であります。タイトル通り、やっとう――剣術の神と、若き剣客という凸凹コンビが、思わぬ陰謀と戦いに挑む、ちょっと不思議な青春剣豪小説の快作です。

 廻国修行の旅を終え、久しぶりに江戸に帰ってきた青年剣士・瀬川俊一郎。偶然、小さな社を壊そうとする侍たちに出会い、これを懲らしめた俊一郎は、鈴と名乗る幼い少女にまとわりつかれることになります。
 実は彼女は社に祀られていたやっとうの神、社を護ってくれた礼に俊一郎に力を授けるというのですが……しかし剣は己の力で磨くものであって神頼みなど以ての外、というよりそもそも鈴が神様などと端から信じない彼はそれを拒んでしまいます。

 さて、鈴にまとわりつかれながらも実家の道場に帰った俊一郎ですが、その彼に父が課したのは、新たな道場主として、一ヶ月以内に弟子を見つけるという課題。剣術は一廉ながら、指導者としては全く経験ゼロの俊一郎は、なんだかんだで道場に居着いた鈴の存在も含め、悩み多き日々を送ることになります。

 そんな中、幼なじみの料亭の娘・いちから、男装の女剣士・稲元香純を紹介された俊一郎。思わぬ成り行きから、彼女が出場するはずだった老中の御前試合に参加することになった俊一郎は、そこで香純を妻に迎えようと目論む、奇妙な気配を持つ剣士・源太郎と立ち会うことになります。そして源太郎の背後には、思いもよらぬ存在が――


 そんなあらすじの本作は、キャラといい物語といい、新人の作品とは思えぬほどの完成度。何よりもまず、剣の腕は立つがそれ以外はまだまだ未熟な俊一郎と、(自称)長い年月を閲した神ながら人間界のことはさっぱりの鈴という主人公コンビが実に良いのです。

 コワモテカタブツの男と、無邪気で可愛らしい子供という組み合わせは、ある意味鉄板ではありますが、そこに「押しかけ神様もの」(神様や天使が、主人公の願いを叶えさせろと押しかけてくるパターンの物語)が加わるのだから面白くないわけがありません。
 勝手に食事を作ると息巻いて、できたものは……というのも定番ですが、この組み合わせで描かれると実に微笑ましく、可笑しいのです(しかもこの笑いが終盤で……!)

 そしてまた、そんな楽しさだけでなく、剣豪もの、バトルものとしても本作は上々の仕上がり。作中で幾度か描かれる剣戟シーンはどれも達者でありますし、終盤に展開する、剣術どころではない力を持つある存在との対決もまた、迫力十分であります。


 しかし本作の最大の魅力は、そうした要素を駆使しつつも、登場人物たちの心の奥に存在する、ある想いを丹念に描き出している点と感じます。それは「自分自身であること」「自分らしくありたいと願うこと」……それであります。

 祖父・父と代々剣客の家に生まれ、自分も当然剣の道に生きることを当然と考えて生きてきた俊一郎。しかし、今回課せられたのは、剣と密接に関わりつつも、自分が歩んできた、想像してきたものとは全く異なるものでした。
 さらに彼の前に立ち塞がる敵は、自分の剣では及びもつかぬような――それこ神の力を借りなければ敵わぬような相手。絶対負けられない戦いに勝つために、自分のモットーを捨てて神頼みをすることができるのか。それをした後も、自分は自分でいられるのか……

 そんな俊一郎の悩みは、一見オーバーで、いらぬ意地を張っているように見えるかもしれません。しかし、そんな彼のこの困難と悩みは、形と程度こそ違え、誰もが一度は経験するものとして感じられます。
 青いと言えばそのとおり。しかし、自分が自分であること、そうでありたいと願うことは、人として最も根源的な欲求ではないでしょうか。

 いえ、人だけではありません。神もまた自分でありたいと願い、それ故に苦しむ……それは一見突飛に見えるかもしれませんが、しかしそれが逆に、人知を超えた神に現実性を与え、さらに敵役にも敵役なりの存在感を与えているのには唸らされるばかりであります。


 ユニークな剣豪小説として、そして現代にまで通じる「人」の願いと成長を描く青春小説として見事な物語を見せてくれた本作。
 できるものであればその続編はぜひ読みたいところですし、これがほぼデビュー作である作者の今後の作品もまた、楽しみにしたいのです。


『やっとうの神と新米剣客』(西本雄治 白泉社招き猫文庫) Amazon
やっとうの神と新米剣客 (招き猫文庫)

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