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2016.08.16

あさのあつこ『燦 8 鷹の刃』 少年の翼は未来へはばたく

 江戸と田鶴藩を舞台に、筆頭家老の子・伊月、その異母弟で神波一族の生き残り・燦、そして田鶴の若き藩主・圭寿の三人の少年の苦闘を描く『燦』もついにこの第8弾で完結。三人の少年の、そして彼らを慕う三人の女性の運命の行き着く先は……そしてあまりにも意外な真実が待ち受けます。

 傾いた藩を立て直すため、ついに田鶴の地に帰ってきた圭寿・伊月・燦。しかし燦の愛する篠音は、神波の宝を狙う暴漢たちに弄ばれた末に女郎屋に売られるという過酷過ぎる境遇に陥っておりました。
 一方、伊月と燦の父にして、これまで藩を支えてきた――それはすなわち、藩を腐らせてきた一因を担うということですが――筆頭家老・伊佐衛門と対峙した圭寿と伊月は、藩政改革のための戦いを宣言するのでした。

 さらに江戸から田鶴に向かうのは、圭寿を慕う掏摸のお吉に思わぬ役目を背負わせた圭寿の兄の元側室・静門院。
 そんな人々の思惑が複雑に絡み合う中、政商と結び伊左衛門の座を狙う次席家老が暴走、伊月が篠音の説得に向かった間に、暗殺の魔手が圭寿と燦を襲うことに……


 クライマックスを目前として、相当に波乱含みであった前巻。その内容を受けた本作は、しかし結末を前に倒すべき敵(というよりは、この先の未来に向けてまず排除すべき相手)として次席家老というわかりやすい存在が登場したこともあって、比較的にスムーズに展開していったように感じられます。
 また、キャラクターそれぞれの向かう先も、それぞれを受け止めるパートナーや家族の存在もあって、比較的丸く収まった印象があります。

 ……ラスト直前に特大の爆弾が炸裂するまでは。

 いやはや、最後の最後に語られたのは、あまりにも意外で、そして物語の見え方がガラリと変わってしまうとんでもない真実。
 振り返ってみれば、これまで幾つも伏線はあり、そのたびに微妙な違和感を受けてはきました。冷静に考えてみれば、十分あり得る内容なのですが……シリーズの基本設定であるだけに、疑いもしませんでした。ミステリ色の強い作品を得意とする作者ならではの大どんでん返しであります。


 こうした大どんでん返しがあり、三人の少年たちの未来が大いに気になる結末ではあったものの、まずは大団円を迎えたと言える『燦』。刊行ペースと一作の分量には大いにやきもきさせられましたが、しかし最後まで読んで良かったと心から思います。

 伊月・燦・圭寿……本作の中心に立つ三人は、もちろんこの時代、この舞台ならではの過去を背負い、現在を生き、未来を目指す少年たちであります。
 しかし彼らは同時に――作者の他の作品における少年たちがそうであるように――いずれも等身大の存在として、その悩みも喜びも、我々にもダイレクトに理解できる血の通った存在として描かれておりましたし、それが本シリーズの魅力の一つであることは間違いありません。

 そして個人的に強く印象に残ったのは、彼らのパートナーである三人のヒロイン――静門院、篠音、お吉の描写であります。

 実のところ、三人の少年たちの姿は、多分に理想的であります。彼らはそれぞれに悩み惑いながらも、しかしその眼差しが向かう方向は、あくまでも未来のみなのですから。
 その一方で、ヒロインたちは些か異なります。彼女たちはそれぞれに重い過去や傷を背負い、時にその重みに俯き、この先に歩を進めるのも辛い立場に置かれるのですから……

 しかし、彼女たちはそのままで終わるわけではありません。それでも懸命に立ち上がり、たとえ先が見えずとも、あるいはそれが決して正しい方向でなくとも、自分の足で歩んでいこうとする……そんな彼女たちの姿は、通り一遍のキャラクター像から大きく踏み出したものとして、魅力的に映りました。

 特に静門院は、初登場時は、時代小説という物語の枠にはまったようないかにも妖婦然として登場しながらも、その後描かれた彼女の過去と真情は、大きくその印象を変え、こちらの心を揺り動かしてくれました。
 特にこの巻で彼女が口にしたある台詞は、彼女のこれまで歩んできた過去への悔恨と、未来への淡い期待が滲み、グッと胸に突き刺さった次第です(尤も、ラストは結局物語の枠に回帰してしまった感もありますが……)。


 何はともあれ、一つの物語は終わり、彼らの、彼女たちの人生は、物語の外のものとなったのですが――しかしそれでもなお、スピンオフの形などで「その後」を読みたい。珍しく、そんなことを思ってしまった作品です。


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