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2016.08.31

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第3巻 激突、伊庭の小天狗vs試衛館の鬼!

 心形刀流の若き剣士・伊庭八郎の生涯を描く『無尽』待望の第3巻であります。八郎にとっては尊敬する父であり、心形刀流においては宗家であった八代目伊庭軍兵衛秀業の突然の死に揺れる八郎。そんな彼の将来を決める他流試合の相手、それは幕末に名を残すあの天才剣士で……

 コロリの大流行により、あまりに突然に、そして壮絶にこの世を去った秀業。その死にショックを受ける余裕もほとんどなく、八郎の周囲ではにわかに心形刀流の後継を巡る動きが騒がしくなります。
 既に九代目の名を継いでいた惣太郎秀俊がいるにもかかわらず、八郎を早くも十代目に担ぎ上げようとする者たちに怒った八郎は、伊庭の家を出ることを口にするのですが……

 ここで惣太郎が提案したのは、ある道場で他流試合を行い、それに勝利できれば八郎の思う通りにする、敗れれば惣太郎の養子となって将来十代目を継ぐという案。
 それを受けた八郎は、成り行きからその道場――試衛館に、試合相手の偵察に出かけることになります。そう、あの試衛館に。

 その途中偶然に出会った土方歳三の案内で試衛館を見学することになった八郎たち。そこにいたのは、島崎勝太(近藤勇)、山南敬助、永倉新八という、綺羅星の如き面々でありました。そして八郎の試合相手とは……そう、沖田宗次郎、言うまでもなく沖田総司その人であったのです。

 幕末を駆け抜けた天才剣士として今なおファンの多い沖田。当然と言うべきか、これまで無数のフィクションで描かれてきた彼ですが、ここではこれまでの沖田像を踏まえつつも、本作ならではの味付けがなされているのが実にいい。
 子供と遊ぶのが何よりも好きな青年という部分は抑えつつも、無邪気というよりも天然、天然というよりももはや無神経の域に達した言動は、折り目正しい人物が少なくない本作においては新鮮、と言っても良いでしょう。

 そしてビジュアルの方はといえば、本作の総司は、決して美形というわけではないものの、眠ったような細い目が印象的で、しかも何よりも面白いのは、「牛蒡」と呼ばれるほど色黒で背が高いこと。
 この点はある程度記録に則った容姿ではありますが、色白の小柄な青年として描かれることが多い中では珍しい描写で、何よりも色白の美青年である八郎とは好一対と言えるでしょう。

 その沖田が、いざ剣を取れば糸目をカッと見開き、凄まじい剣技を見せるのは――そして練習試合では八郎がなすすべもなく突き技で一本取られてしまうのも――これはお約束と言うべきかもしれません。しかし、それが本作ならではの迫力に満ちた筆致で描かれれば、ただ納得、というよりも「これこそが見たかった!」というほかありません。

 そして思わぬ強敵の出現にそれまでの屈託を忘れ、闘志を燃やして義兄や師範たちと特訓に燃える主人公というのも、定番といえば定番ですが、それが実に気持ちがいい。
 この辺りに限らず、沖田との他流試合は、ファーストコンタクトから試合展開、試合後に至るまで、ある種熱血漫画の様式美に則っているのですが、しかしこの「伊庭の小天狗」と「試衛館の鬼」の激突にある美しさは、本作に期待していたものの一つを見せていただけたと感じられるのです。


 そして初の他流試合の末、己の行くべき道を悟り、歩み始めた八郎。その彼が期待を胸に通うことになったのは幕府の講武所、動乱の時代に向けて設けた武術訓練機関であります。
 しかしそこで八郎が見たものは、これまで彼が接してきたような、剣の道・武の道を歩む気概に溢れた者たちとは全く異なる、覇気のない旗本の師弟たち。戸惑いながらも、そこで己を鍛え上げようとする八郎ですが……

 これまで描かれてきた八郎の姿が、八郎の身を置く世界が、ある意味武士の理想の姿だとすれば、この巻の後半で描かれるのは、武士の現実の姿とでも言うべきもの。
 その現実に、彼がどのように接していくのか……これはある意味、強敵との対決以上に、大いに興味をそそります。

 そして、彼が対峙していくべきものは、それだけではありません。これまでも作中で幾度となく描かれてきたように、本作の物語の背後にあるのは、黒船来航を契機に大きく揺れ動き、不安定さを増していく社会の姿です。
 そもそも八郎が剣を学んできたのは、この社会を守るためではありますが、しかしこの巻の結末でほのめかされるある事件においては、剣が世界を乱すために用いられることになります。

 彼の剣はこの先何のために用いられるのか、剣は何を彼にさせるのか……この先の史実を知っていても、大いに気になるところです。


『MUJIN 無尽』第3巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN 無尽(3) (ヤングキングコミックス)


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2016.08.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦

 まだまだ続くアイヌの黄金争奪戦、それぞれに独自の動きを見せてきた杉元・土方・鶴見の三派ですが、ここにきてついにその全ての動きが交錯することになります。それも、思いもよらぬ超弩級の変態の存在をきっかけにして……

 アメリカ人牧場主ダンの依頼がきっかけの怪物熊との死闘の最中、図らずも新たな囚人の刺青を手にした杉元一味。さらにダンから、不気味な人皮で装丁された本とともに、夕張に刺青の人皮があったことを教えられます。
 しかし彼らの動きに先んじていたのは鶴見中尉。珍しい刺青をした炭鉱夫の死体が盗まれた事件から周囲を探索していた彼は、墓場から死体を盗もうとした怪しい人影を追跡、その先にあったのは一軒の剥製所の主・江戸貝弥作は一見温厚そうな青年だったのですが……

 この作品でこう来れば、当然(?)次に来るのは変態の出現。そう、その名から察せられるとおり、この江戸貝青年こそは人の死骸を加工して様々な冒涜的なオブジェや服を製作、さらに自分の母をも剥製として、その剥製と脳内で会話する大変態だったのです。
 そうなればお次江戸貝と鶴見の死闘……と思いきや、ここでとんでもない変化球。変態は変態を知ると言うべきか、なるほど鶴見といえばこれがあった、という思いもよらぬ手段で「江戸貝くぅぅん!」と鶴見は江戸貝を籠絡し、彼にある依頼を行うのであります。

 しかしその依頼を受けた江戸貝の監視を行っていた鶴見の部下・月島らを突如襲う、かつての鶴見一派、今は土方に協力するスナイパー・尾形。逃げる江戸貝と守る月島、追う尾形に、この騒動を知った杉元と白石が加わり、夕張炭鉱を舞台に、三派の大混戦が展開するのですが……


 いやはや、これまでも数々の変態が登場してきた本作ですが、さすがに驚いた……というよりドン引きした今回。そもそも、蝦夷地にこれだけの変態がいても、みな刺青囚人だっただけにそれなりに納得がいくのですが、さすがに野良でエド・ゲインが住み着いているのはいかがなものか。
 さらには江戸貝くぅぅんご満悦のファションショーまで来ては、何と評すべきか……(人皮太鼓に人骨撥とか妙なところで元ネタ再現しているのもポイントが高い)

 しかしそのやり過ぎなキャラクターの存在が、意外な形で物語と絡み、盛り上げていくのが本作の本作たる所以。モノがモノだけにそうそうできるとは思わなかった手段が、このキャラクターの存在でもって可能になり、刺青人皮争奪戦が一気に複雑化するのには、ただただ感心させられます。

 さらにクライマックスで三派が夕張炭鉱内で繰り広げる追跡戦は、やはり本作らしいドタバタぶりではありますが、舞台にあるものをフルに使った活劇はやはり無条件に楽しく、そして終盤のクライシスから、まさかのあのキャラクターが! という結末の意外性にも痺れるのです。
 そしてそこから、およそ繋がりそうになかった二派が繋がる可能性が……とくれば、やはり本作の縦横無尽の面白さには唸るほかありません。

 その一方で、アシリパのコタンに留まっていた阿仁マタギ・谷垣も、哀しい過去の物語を経て「命の使い道」を見出し、アシリパのために旅立つ(そしてその道連れはあの女狐インカラマッ)という痺れる展開。
 独自の思惑を持つキャラクターたちが、それぞれの動きの末に一本の流れにまとまっていくというダイナミズムは、伝奇ものの醍醐味の一つですが、ここにあるのはまさにそれなのであります。

 そしてその流れの先にあるのは、本作の発端である謎の「のっぺらぼう」ですが……しかしそこに辿り着くまでにも、まだまだ一波瀾も二波瀾もあることでしょう。
 それはもちろん、まだまだ楽しみが尽きない、ということとイコールであるのは言うまでもありません。


『ゴールデンカムイ』第8巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 8 (ヤングジャンプコミックス)


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2016.08.29

戸土野正内郎『どらくま』第4巻 新章突入、北の地で始まる死闘

 真田の血を引く守銭奴・源四郎と、腐れ縁の凄腕忍び・九喪の二人が、大坂の陣後の世界に暗躍する者たちと丁々発止やりあう痛快活劇も、早くも第4巻目であります。この巻からは新章突入、強敵・軒猿十王の一人を探して彼らが向かう地は奥州……独眼竜の領国で、忍び同士の新たな激闘が始まります。

 豊臣残党との繋がりを示す書状を巡って繰り広げられた死闘の末、ひとまずは安堵された真田家。しかしその結果、真田家は豊臣残党の獅子身中の虫として振る舞うと同時に、それと並行して徳川へのカウンター勢力を育成せざるを得ないという、まさに表裏比興の行動を強いられることになるのでした。
 そしてその先鋒としてこき使われることになるのはもちろん源四郎&九喪。根津のくノ一・桜も加えたトリオの新たな任務は、北の雄・伊達を探ることであります。

 これまでも強敵ぶりを遺憾なく発揮してきた軒猿最強の十王の一人であり、一度は加わった伊達家の忍び・黒脛巾組から離反して伊達家の隠し財宝を狙う謎の忍び・天雄。
 源四郎と九喪は、その天雄と黒脛巾組との争いに首を突っ込む形で、伊達に潜り込んでいくこととなります。

 そしてこの争いに加わるのは、かつて大坂で九喪と共に戦い、いまは黒脛巾組に協力する伊賀の忍び・シカキンこと才蔵(!)と、彼が連れる忍びらしからぬ少女・木毎(きつね)、そして天雄を仇と狙う大獄丸。
 異形の改造忍たちを操って黒脛巾組の砦を襲撃する天雄を迎え撃つ彼らが、死闘の果てに見たものは……

 と、新たな舞台、新たな味方、新たな敵と、まだまだ先は見えないものの、いきなりクライマックス級の戦いが続くこの第4巻。

 舞台となる伊達家といえば、言うまでもなく外様の雄――秀吉、家康と二人の天下人の陰で、天下を窺ってきた(と言われる)傑物・政宗が未だ健在の時期であります。
 本作に見え隠れする、戦乱の時代を再び呼び戻そうという者の、最有力候補とも言えるこの伊達家は、なるほど本作の舞台となってもおかしくない、いやならないほうがおかしいほどでしょう(そしてもう一つ伊達家には……と、これは後述)。

 そんな伊達で繰り広げられる戦いは、天雄vs源四郎&九喪・大獄丸・シカキン・黒脛巾組の連合軍という、一見わかりやすい構図ではありますが、しかし戦いに加わる勢力それぞれがそれぞれの思惑を秘めているだけに、その実態はなかなかに複雑怪奇。
 そもそも、天雄が財宝を狙うのは何故か。そして伊達がこれまで天雄を表立って始末しようとしてこなかったのは何故か。その謎の数々は、むしろ一つの戦いに決着が着いた時に、大きく浮かび上がるのです。

 そしてもう一つ、天雄と同じく、いやそれ以上に気になるのは木毎の存在であります。傍目には黒脛巾組のマスコット……と言いたくなるような可愛らしい外見、そして忍びとしては残念過ぎる実力と素直な心の持ち主である木毎。
 シカキンとは複雑な関係にあるらしい彼女は、実は生まれついての忍びではないということが、やがて明らかになります。

 かつて大坂において父と兄を殺され、シカキンに保護されて忍びとなり、裏切り者を討つことを念願にしているという木毎。シカキンが幸村に仕えた九喪の同輩であったことを考えれば、彼女の父と兄が誰であるか、察しがつこうというものでしょう。
 そして本作において、その「仇」が誰であるかも……


 思えば、伊達家といえば、真田幸村の娘・息子が引き取られた家。その因縁を思えば、源四郎にとっても決して縁なき場所ではありません。
 そしてその娘を後室としたという片倉重長、何よりもその主である政宗本人が登場していないことを思えば……この伊達編もまだまだ波乱含みと考えてもよいでしょう。

 その中で源四郎が、九喪が、いかに立ちまわることになるのか……全く先が読めないからこそ、楽しみになろうというものです。


『どらくま』第4巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 4 (BLADE COMICS)


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2016.08.28

皆川亮二『海王ダンテ』第1巻 二人の少年が織りなす海洋伝奇活劇

 これまで数々の伝奇アクションの傑作を発表してきた皆川亮二の新作は、18世紀を舞台とした海洋もの。謎の少年・ダンテが、一冊の本を手に世界に乗り出す、いかにも作者らしくそしてユニークな冒険活劇である本作は、伝奇ファンとしても見逃せない内容であります。

 1765年、北極点を目指す途中、氷の海に閉じ込められた大英帝国海軍シーホース号。その前にただ一人徒歩で現れた少年・ダンテは、当時の水準からは遠くかけ離れた高い知識を示し、シーホース号の人々を導きます。
 そして動き出した船の前に巨大な氷塊が現れた時、ダンテは彼の体の一部を触媒とし、強大な力を発揮する幻影を召喚すると、氷塊を一撃で粉砕してみせたのであります。

 コルシカ島で育った孤児・ダンテ。彼に自分の育ての親が残した本――この世界にあるものの全ての理を知るという「要素」という名の本と、この世界を構成する分子を意思の力で組み替え力に変える魔導器が、彼の力の源だったのです。

 そしてダンテを先頭に、北極点目指して上陸した一行の前に出現したのは、当時の――いや現代の科学力から見ても桁外れの四本の巨大な脚を持つ巨船。
 この歩行戦艦を生み出したのは、コルシカ島出身のダンテの幼なじみにして、ダンテと同様の本「構成」を持ち、あらゆるものを作り出す力を手にした少年・ナポリオ(!)だったのであります。

 ダンテとナポリオ――この二人の少年が追い求めるものこそは、北極点に眠るというもう一冊の本「生命」。重病の床にある二人の幼なじみの少女・エマを救うため、そして危険極まりない力を持つというこの本を封印するためあるいは手に入れるため、二人はそれぞれ旅を続けてきたのです。
 しかし第三の本を前に、フランス海軍と手を組んだナポリオの歩行戦艦と対決することとなったダンテとイギリス海軍。ほぼ徒手空拳でこの強敵に挑む彼らの運命は……


 というわけで、この第1巻で描かれるのはプロローグとも言うべき北極での冒険編。
 見渡す限り雪と氷のみという白い世界を舞台として物語を描くということ自体、一種の「冒険」という印象もありますが、この舞台でこそ使えるものを存分に活かして繰り広げられる戦い――単に人と人だけでなく、人と自然の戦いも含めて――は、この作者ならではの描写力とテンポの良さで大いに読ませてくれます。

 生意気だがどこか人のいい天才少年、頭が固いようでいてプロフェッショナリズムと侠気ある軍人たち、そして信用出来ない(ラスボス候補の)肉親……と、作者のファンであれば「これこれ」と言いたくなってしまうような要素も嬉しいところです。

 しかし本作の最大の魅力……というよりもこの巻で最も驚かされるポイントは、主人公たるダンテの「正体」でしょう。
 ダンテのライバルであるコルシカ島のナポリオが「彼」であることはすぐに予想がつきますが、しかしそうであるとすればダンテは――その「回答」が示される場面では、そう来たか! と興奮させられること請け合いであります。
(ヒロインの名前がエマ・ハートという時点で……わかったらそれはそれで物凄いと思いますが)

 史実からすると色々と食い違うところはあるのですが、それはそれ。この先が大いに楽しみな海洋冒険伝奇活劇の幕開けを喜びたいと思います。


『海王ダンテ』第1巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
海王ダンテ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

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2016.08.27

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第9巻 内憂外患、嵐の前の静けさ?

 海上での秘法「光の天」を巡る争奪戦もようやく終結し、尾張に帰還した信長と仲間たち。しかしそこで待ち受けていたのは、宿敵・今川義元の尾張への出陣の報でありました。この危急存亡の秋に、信長が取った行動とはなんと……

 持つ者に未来を見せるという「光の天」を今川家に売り渡さんとする怪人ジョゼ船長との戦いに勝利し、尾張に帰ってきた信長ですが、しかし彼が大人しくしているはずもありません。
 信長たちは尾張三河の国境の土豪・梁田政綱のもとを訪ね、今川義元の人となり、そして今川家に破れた松平家の運命を知ることになります。

 そしてその最中に飛び込んできたのは、今川家の尾張侵攻の報。この状態、外には大敵・今川家が、内には母・土田御前を後ろ盾にした弟・信行(と一応兄の信広)が織田家の家督を窺うという、まさしく内憂外患であります。
 ここで即断即決の信長であれば、当然尾張にとって返すと思いきや、何と彼の決断は――今川義元を直に見物するという、剛の者揃いの仲間たちも仰天するようなものでありました。

 思えば本作の信長は、他者の本心・本性を見抜く他心通の持ち主。その瞳で義元の真の姿を見届けんと信長は考えたのであります。
 遊行聖に化け、華々しく出陣を飾る義元の行列に近づいた信長一行。それだけでも途方もない大胆さであるものが、その次に彼が取った行動とは――

 一方、今川動くの報を知った信長の室・帰蝶の父である斎藤道三は、この窮地に信長の器を量るべく、あの男を派遣します。そう、明智光秀を。


 これまでの数巻に比べれば、ぐっと史実に近づいた内容を描くこの第8巻。もちろん、この時期に信長が義元と直に対面、という破天荒かつ痛快な展開をはじめ、随所に本作らしい展開はあるものの、基本的には史実の枠内で展開していくこととなります。
 その意味ではこの巻は嵐の前の静けさと申しますか、比較的谷の内容の巻とも言えるのですが……

 しかしそんな中で沢彦と梁田政綱の男臭いやり取り(そして大人げない力比べ)あり、林秀貞の物凄いすっとぼけぶりあり(後世の扱いは、信長の前でアレをやったからかも……)、原哲夫流の歴史漫画としての楽しさは随所に感じられます。
 何よりもこの巻のラスト、今川侵攻の背後で陰謀が張り巡らされる中、「鷹狩」に出る信長の馬と鷹のシルエットが重なり、あたかも天馬に乗って駆ける、いや翔るが如き姿となる場面は、誠に爽快な名シーンと言うべきでしょう。

 もっともその一方で、ほとんどミュージカルと化したかのような高いテンションで繰り広げられるキャラのやり取りはいかがなものかなあ、と感じるのも正直なところなのですが……


 何はともあれ、織田と今川の決戦はまだまだ先の状況で、本作が何を見せてくれるのか、信長と仲間たちが何をしでかしてくれるのか。
 作者流の味付けに退屈する暇はなさそうであります。

『いくさの子 織田三郎信長伝』第9巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 9 (ゼノンコミックス)


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2016.08.26

『仮面の忍者赤影』 第36話「忍法石仏」

 ただ一人先に進むという信長を諭し、京で暴虐の限りを尽くす弾正を討つべく同行することを誓う赤影たち。彼らを陰ながら守る伊賀の忍びたちだが、琵琶法師に化けた根来十三忍・魔風刑部の攻防一体の忍法石仏によって全滅してしまう。さらに刑部の魔手は白影を捉え、さらに赤影に襲いかかる……

 前回命を落とした伊賀忍のことを悼んでいたのか、路傍の石仏の前で拝む信長と赤影たち。ついにたった四人になってしまった一行ですが、何と信長はもう誰一人死んで欲しくないとナイーブなことを言い出し、赤影たちの任を解くと告げるのでした。と言っても配下の軍勢がいるわけでもなく、ただ一人で京に乗り込むというのですから、無茶にもほどがあります。当然ながらこれに逆らい、赤影たちは最後まで同行すると宣言します。
 と、ここで石仏の目が動いたと言い出す青影。(いくらアバウトな合成でも)石仏の目が動くはずはないと白影たちは一笑に付すと先を急ぐことになります。しかしその後、石仏が割れて、容貌魁偉な忍びが……

 その後も蛇が出た、根来の下忍が出たとビビリ続ける青影ですが、下忍の狙撃隊は本物。が、これに猛然と奇襲をかけて全滅させたのは三人の伊賀忍びであります。三人? そう、前回仲間を逃がすために下忍の群れに突っ込んで膾斬りとなった市松も加わっていたのですが……これは市松が「そういう忍法」を会得していたと思うことにしましょう。

 さて、一息を付く間に、水鏡に赤影が映し出したのは、弾正に支配された京の有様であります。無辜の民に対し、奪い、襲い、殺し――その有様を酒を食らいながら愉しむ弾正はまさに鬼畜。信長は改めて弾正を倒すために京に向かう決意を固めます。
 と、そこに現れたのは薄汚れた姿の盲目の琵琶法師。赤影に水を与えられ、美味そうに飲み干す姿からは、一片の殺意も感じられないのですが……

 しかし、不審を抱いて後を追ってきた伊賀忍びたちの前で琵琶法師はその正体――先ほど石仏の中から現れた姿を現します。その正体は根来十三忍は第十一の刺客・魔風刑部。相手に名乗るのは必殺の自信がある故かと思えば、なるほど斬られては弾き返し、刺されては受け止めと、ほとんど無敵の体であります(この辺り、単純に堅いというより、芦名銅伯の忍法なまり胴的なものがあるのが面白い)
 そして口から放った白い息によって相手を石化してしまう忍法石仏により、伊賀の猛者たちも次々と石像と化し、最後の一人が必死に放った狼煙を見て駆けつけた白影も、あっさりと首の骨を外された上に喉を石化されてしまうのでした。

 そして倒れた白影を見つけた琵琶法師を装って赤影に接近する刑部。隙を突いて襲いかかる刑部と切り結ぶ赤影ですが、やはり刑部にダメージを与えることが出来ず、そして刑部の忍法石仏が赤影を襲った! と思いきや、そこに転がっていたのは本当の石仏。変わり身の術で回避したものの、なおも攻めあぐねる赤影に対し、刑部は自らを石仏と化して立ち塞がります。
 いかなる攻撃をも跳ね返す石仏。しかしそこで何とか立ち上がった白影が、手甲で水を汲むと赤影に手渡します。その手甲から刑部に向けて放水する赤影。その水の中には石を溶かす溶解液が――敵ながら無惨にも、悲鳴を上げながら刑部は溶けて消えるのでした。

 さて、死闘が決着した頃、二人を待っていた青影と信長を襲う腥い風。それが止んだ後にその場に現れたのは暗闇鬼堂であります。斬りかかる二人を金縛りにした鬼堂の呼びかけに応えて満月をバックに現れたのは、四つの目を持つ巨大な怪猫ジャコーで……というところで次回に続きます。


 ある意味正当派の忍者であった刑部との対決を描く今回、ちょっと展開がバタバタしていたり、唐突に飛び出す溶解液に違和感はありましたが、忍法合戦を中心に据えた内容は、原点回帰したような印象もありました。
 ちなみに刑部との対決中、赤影が自分には読心術があると言い出したのはフェイクかと思いましたが、相手に殺気を見せない刑部の意図は読めないが、その手の内を知った白影の心を読んで反撃したということであれば、これは面白い展開だと思います。


今回の怪忍者
魔風刑部

 相手を石化する忍法石仏の遣い手。刀を弾き、貫かれても平然としている体の持ち主で、自らを石仏に変えることも可能。琵琶法師に化けて伊賀忍者たちを全滅させ、白影を戦闘不能とするが、石仏と化したところにその白影が作った溶解液をかけられて絶命した。


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2016.08.25

上田秀人『禁裏付雅帳 二 戸惑』 政治と男女、二つの世界のダイナミズム

 思わぬことから公家の監察官たる禁裏付に任じられた青年武士・東城鷹矢の苦闘を描くシリーズの第二弾であります。前作は鷹矢が禁裏付に任じられるまでを描いたいわばプロローグでしたが、本作においていよいよ鷹矢は京に赴任し、禁裏付としての道を歩み始めることになります。苦難に満ちた道を……

 公儀御領巡検使に選ばれたことから、運命が大きく変わることとなった鷹矢。本来であれば別の役目となるはずが、公儀御領の担当とされてしまった彼に課せられた任務、それは朝廷側の不正・弱みを探ることでした。
 実はこの時代、今上帝が父・閑院宮典仁親王の太上天皇号を宣下する内意を幕府に示してきたことから、これを阻まんとする時の老中・松平定信の意により、京と全く縁のなかった鷹矢が選ばれたのです。

 帝位になかった典仁親王に太上天皇号を送ることは、神君家康が作った禁中並公家諸法度に反する行い。そしてより直接的には、宣下に伴う諸々の儀式のためにかかる費用が、これから改革の大鉈を振るおうとしている定信にとっては認められない状況なのであります。
 それ故、定信が自分の自由にできる手駒として、鷹矢は送り込まれることになったのですが……もちろん、鷹矢にとっては大きな災難であることは間違いありません。

 何しろ、江戸で、武家の間で暮らしてきた鷹矢にとって、京の、公家の社会は全くの異世界。物理的な力、世俗的な力はほとんど全く持たぬものの、官位は高く、そして何よりも政治と陰謀好きな公家たちは、彼にとっては理解の範疇の外にあります。

 そしてまた、禁裏付という役目自体が、有名無実どころか無名無実。禁裏を、公家を監察し、異変や事件が起きれば所司代に報告するのがその役目ではありますが、この時代にまずそんなことが起きることもなく(そして何よりも官僚制特有の事なかれ主義もあり)、実務は配下の与力同心が行う……
 一見気楽な役目に見えますが、裏を返せば、それはその役目で何かを為そうとすれば、常の何倍もの労力が必要となるということであります。

 そして、そんな禁裏付に、異例の配属ルートで回ってきた鷹矢の存在が、周囲の耳目を集めるのもまた事実。早くも定信の意図を見破った大納言にして五摂家の一つ・二条家の当主である二条治孝は、鷹矢を己の掌中に収め、禁裏側で操ろうといたします。その手段とは……


 古来より誰かをスパイに仕立て上げるための手段でまず使われるのは金。そしてそれと並ぶのが、女であります。
 ここで治孝が使った手段はまさにそれ。下級公家の次女・温子を自らの養女(という名目の手駒)として、鷹矢を籠絡させるべく、送り込んだのであります。

 腕は立つが若く世間知らずな青年武士が、突然政略と陰謀の世界に放り込まれ、権力を巡る暗闘に巻き込まれるという構図が大半を占める上田作品。
 四方八方が敵か自分を利用とする者だらけという世界の中で、主人公たちの数少ない救いとなるのは、男女の愛――最もパーソナルな人間の関係性でありました。

 それが本作においては、それすらも封じられている――いやむしろ利用されようとしているのですから、何ともやりきれない状況ではあります。
 しかし同時に、(このような言い方は誤解を招くかもしれませんが)それだからこそ本作はこの先が楽しみになると感じます。

 「捨て姫」(事がなろうとなるまいと、実家からは捨てられた扱いとなる姫君)という、人を人とも思わぬような、何とも腹立たしい扱いで送り込まれてくる温子。そのある意味「堂々たる隠密」であり、双方に愛情どころか不信感すらある鷹矢と温子の関係性が、どのように変わっていくのか(あるいは変わらないのか)。
 そのある種のダイナミズムが、大いに興味をそそるのです。


 実は本作は、作者の作品としては珍しく剣戟シーンがないのですが(おそらくは次巻冒頭でドッとくるはずですが)、それでも緊張感を持って最後まで読むことができたのは、政治の世界のダイナミズムだけでなく、この男女の世界のダイナミズムがあったからにほかなりません。

 もちろんこの二つの世界の動きは、端緒についたばかり。これからまだまだ様々な動きが待ち受けていることでしょう。現に、ラストにはもう一人……という何とも空恐ろしい状況が待ち受けており、この先の展開にも興味をそそられるのであります。


『禁裏付雅帳 二 戸惑』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
戸惑: 禁裏付雅帳 二 (徳間文庫)


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2016.08.24

時海結以『真田十勇士』 作者流の冒険活劇

 今年は真田イヤーということで、これまで幾つも真田ものを紹介してきましたが、児童向け文庫での「真田十勇士」ものはこれで4冊(3作品)目でしょうか。同じレーベルで『南総里見八犬伝』を刊行中の時海結以が、睦月ムンクの挿絵で贈る十勇士伝であります。

 信州の山中で武術の修行に明け暮れていたところを老忍者・戸沢白雲斎に見出され、優れた忍者として成長した猿飛佐助。免許皆伝を受けた後、若き真田幸村を主君と思い定めた佐助は、先に幸村に仕えていた六人とともに、幸村を支える勇士として活躍することに……
 という、真田十勇士ものとしては非常にスタンダードな形で始まる本作。基本的な内容は立川文庫がベースですが、随所に本作ならではの味付けが施されています。

 比較的早い段階でそれが浮き彫りとなるのは、ヒロインである楓と佐助のエピソードであります。
 勇士の一人・海野六郎の叔父の娘で、和歌をはじめとする美貌の才女として家中で知られる楓。彼女から和歌を習おうとしたことがきっかけで知り合った佐助ですが、この楓、相当のツンデレ。何故か気になる佐助に歌を送るも、朴念仁の佐助はろくに読まずに……

 と、ちょっとこそばゆい展開なのですが、対象層の親世代に当たる人間が読んであれこれいうのは野暮というものでしょう。この辺りは、ティーンズ向け作品で活躍する作者ならではの呼吸と言うべきではないでしょうか。
(そしてこの佐助と楓の関係が、ラストに意外な形で立ち上がってくるのですが、これは後ほど)

 そしてもう一点、本作がユニークなのは、霧隠才蔵のキャラクター造形であります。
 実は立川文庫の才蔵は、今のように動の佐助に対する静のキャラ、クールな美形といったようなキャラクターは確立しておらず、佐助のコンパチキャラ的な立ち位置。一方本作においては、まさにクールな美形キャラとして描かれる才蔵ですが、それだけではなく、一段掘り下げた設定が用意されています。

 浅井長政の家来の子ながら、早くに実の両親を失い、屋敷で働いていた養父母に育てられた才蔵。しかし人助けとはいえ、才蔵が侍に手を上げたことがきっかけとなって養い親は殺されたことが、彼の心の中に深い傷となって残っているのです。

 仲間たちにも明かさぬこの才蔵の心の傷ですが、しかしそれが意味を持つのはその後の展開であります。
 幸村の家臣となり、任務で諸国を回る最中に、北条家の家臣であった父が濡れ衣を着せられて殺された少女・春と出会った才蔵。彼は、天涯孤独となった春に自分の姿を見て、彼女に助太刀すべく、仲間たちとともに無数の悪人ばらに立ち向かうのであります。

 このくだりは、ちょっと他の十勇士ものでは読んだことがないように思うのですが、佐助のコンパチキャラではなく、単にクールな忍者でもない、一個の人間としてのキャラクターを与えられた本作の才蔵ならではのドラマとして、強く印象に残るのです。


 さて、その後も佐助と才蔵をはじめとする勇士たちが繰り広げる冒険は続きます。海賊・根津甚八との出会い、かつて山賊だった由利鎌之助の子分たちを助けるための岡山城討ち入り、そして二度の大坂の陣……
(ただし、真田家の晴れ舞台とも言える関が原は、佐助たちが旅をしている間に終結していた、という展開はちと残念)。

 そして戦いの果てに楓と再会した佐助。その心中に去来するものがなんであったか。そしてつて楓が佐助に教えた和歌が示すものとは……
 野放図な冒険絵巻を存分に描きながらも、ラストに漂うこの叙情的な味わいも、また本作ならではの味わいと言えるでしょう。

 先に述べたように関ヶ原の戦いがオミットされていたりと、題材のチョイスが個人的にはちょっと残念な部分もあるのですが、現代に蘇った、作者ならではの立川文庫として、楽しめた一冊でした。


『真田十勇士』(時海結以 講談社青い鳥文庫) Amazon
真田十勇士 (講談社青い鳥文庫)


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2016.08.23

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」

 七罪塔で待つとその場は去った蔑天骸。最初の関門・亡者の谷に辿り着いた一行だが、刑亥の術がうまく働かず、結界からあぶれた殤不患は一人奮闘を余儀なくされる。さらに第二の関門・傀儡の谷でも狩雲霄の矢が通じず、殤不患はただ一人、巨大な傀儡を相手に死闘を演じる羽目に……

 全くキャラが立っていなかった獵魅は本当にあのまま死んでしまったらしく、全く言及もないままスルーされて始まる今回。突然登場した蔑天骸は、流星歩でいきなり丹翡たちの乗る船の上に出現いたします。仇を前に闘志を燃やす丹翡は、ここに集った六人の義士の力で天刑劍を取り戻すと宣言しますが、「義士?(プッ」という感じでこれを嘲笑う蔑天骸。面白い、七罪塔で待つなどと、大物っぽいことを言い残し、呼び出した妖魔の腕に捕まって去っていくのでした(残された連中も慌てて流星歩で消える)。
 鬼鳥は見逃してもらったと言うものの、イベント戦闘もなしに消えられても今ひとつ小物感が拭えないのですが……

 さて、いよいよ明日は魔脊山という晩、念白付きで型の修練に余念がない丹翡のもとに現れたのは捲殘雲。型の流れに不完全な部分があることとその想定される要因、そして丹翡の心の焦りを一目で見抜く辺り、彼もただのお調子者でないことがわかります。そして型を自分流に改めるべきという提案も、それなりに理に叶ってはいるのですが……
 伝統の中で生きてきた丹翡にとっては――ましてや弱点の原因が自分が女であるためと指摘されれば――面白いはずもありません。さらに、子供を産んで云々という捲殘雲の発言に、完全に怒ってしまうのでした。

 そして一行が臨むのは第一の関門、現世に未練を残した亡者が彷徨う亡者の谷。ここはもちろん、死霊術のエキスパートである刑亥の出番であります。丹翡を中心に、捲殘雲と狩雲霄が手にした帯の三角形が作り出す結界の中に守られ、前回も披露した歌声に乗せた術を使う刑亥ですが、しかし術が効かない。この術、死者が死んだ年代によって歌の調子を変えないといけないとのことで、試行錯誤する刑亥ですが……
 ここでモロに割りを食ったのは殤不患。件の結界から外れてしまった彼は、ただ一人亡者に集中して襲われる羽目になってしまったのであります。もちろん亡者相手に引けを取る彼ではありませんが、何しろ相手は無数に近い。結界を維持している三人はともかく、殺無生と鬼鳥は手が空いているはずですが、こいつらが素直に動くはずがありません。鬼鳥などは殤不患の助けを求める声をうるさいという始末で、刑亥の歌に合わせて何か楽しげに指揮を取っております。

 ようやく亡者たちが大戦のあった二百年前の死者とわかり、調律を済ませた歌で亡者を一掃した時には、殤不患は汗みずくに。しかし仲間たちは彼を一顧だにせずに先を急ぐのでした(そもそも、これだけ死者が大量に生まれる可能性が一番高いのは二百年前だとすぐわかりそうなものなのに……)

 そしてあっさりと着いた第二の関門、傀儡の谷を守るのは、身の丈五丈の岩の巨人。首の裏にある弱点を破壊すれば動きが止まるというものの、動き出さなければ弱点も露わにならないため、巨人を動かそうと刺激を与える殤不患ですが……いざ動き出してみれば、弱点を破壊する係の狩雲霄の矢が当たらない。当たらなくても何だか呑気な狩雲霄ですが、殤不患にとってはたまったものではありません。
 動く者だけを狙うという巨人に一人目をつけられ、仲間たちは全く当てにならない状況で、相手が振り下ろしてきた腕に飛び乗るとそのまま駆け上がり、自らの剣で弱点を直接粉砕してのける殤不患。その後、バランスを崩して上から落ちた彼の衣を射抜いて落下を止めたのは狩雲霄ですが、自分の失策を棚に上げて恩着せがましくされても……

 と、自分だけ働かせて余裕こいている連中に対し、俺はピンでやらせてもらう! と殤不患の怒りが爆発したところで次回に続きます。


 その突破のために達人たちを集めたにも関わらず、あっさりと一話のうちに二つもクリアしてしまった七罪塔への関門。てっきり一つ一話ずつかけ、仲間たちが一人ずつ散っていくのかと思えば、拍子抜けであります。
 そして本当に感じの悪い殤不患以外の「義士」たち(特に狩雲霄は前回から株が下がりっぱなし)。余裕こいてますが、刑亥と狩雲霄(あとそもそも役目のない捲殘雲)はいわばもう出番は終わったわけで、いつ惨死させられてもおかしくないのを忘れていませんかね……特によくアクションしていて人形が傷んでそうな捲殘雲。

 と、見ているこちらの性格も悪くなりそうな展開が続きますが、予告を見れば次回はもう七罪塔に到着の様子です。まだ半分を超えたばかりなのですが……ラスボスの座を滑り落ちそうな蔑天骸が心配であります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』第3巻(BDソフト アニプレックス) Amazon
Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 3(完全生産限定版) [Blu-ray]


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2016.08.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?

 強敵・武田家との一大決戦であった長篠の戦いを終え、まずは一息つけるかと思われたケン。しかし信長が織田家の当主を辞めて嫡男の信忠に家督を譲ると宣言し、ケンに信忠の料理人となることを宣言したことから、またもや一波瀾生じることとなります。

 自分自身幾つもの因縁があった武田勝頼との決戦を、自らの命を危険に晒しつつ乗り切ったケン。しかし、信長の命により「信忠のシェフ」を務めることになった彼には、なかなか安息の時は訪れません。そしてこの巻の前半では、その信忠による岩村城の包囲戦を巡る物語が描かれることとなります。

 この岩村城に籠もるのは武田家の重鎮・秋山信友ですが、いかに相手が猛将とはいえ、彼我の勢いの差は歴然。もはや援軍を待つしかない岩村城が落ちるのは時間の問題、しかもそこに信長の料理人であったケンが信忠付きとしてやってきたことで、浮足立つ信忠の家臣団ですが――もちろんこのまま何事もなく済むはずがありません。
 ついに勝頼自らが援軍として進発したにもかかわらず、降伏を申し出た信友。その真意は何か――家臣団が揺れる中、ケンは信忠に意見を求められることとなります。

 今回ほとんど初登場となった信忠ですが、ビジュアル的には眉がそっくりであるものの、その表情はあくまでも穏やかで落ち着いた若者といったところ。
 その印象通りと言うべきか、父のような飛び抜けた力は持たないものの、周囲の意見を聞き、公正な判断を下すことができる人物として描かれているのが興味深いところです。

 信忠については、その最期が印象に残るものの、その人物像自体は今ひとつ定説がないようですが、本作の信忠は、乱世よりも治世において力を発揮する人物として描かれており、それはこの巻の後半の展開にも大きな意味を持つことになるのですが――


 そしてその後半で描かれるのは、信忠の家督相続の宴席。現代の感覚からすれば、家督相続というのは、まあそれなりに儀式として意味はあれど、そこまでも重いものとは思えないかもしれません。
 しかし時は下克上の時代、親から子へ家督を譲ると宣言すれば、それだけでスムーズに相続できるわけでもありません。特に、信長のように己の力で道を切り開いてきた人物の後継ともなれば……

 後継者としての自分の披露の場であり、武士・公家・商人・僧侶等々、各界の一流の人物が集まる外交の戦場に臨むことになった信忠。しかしそこに思わぬ敵が出現することになります。
 それは信長の三男・信孝。その外見のみならず、志向能力もまた、信長に最も近いと言われる青年であります。

 この信孝、信忠どころでなく信長似というか、若いころの信長はこうであろうというビジュアルなのですが、外見はさておき、その行動力は確かに信長譲り。信忠に家督が譲られることに不満を持った彼は、この宴席をぶち壊しにすることで、信忠にその資格なしと衆人の前に示そうとするのであります。

 もっとも、その手段があまりにもアバウトなのは全く信長似ではありませんが、しかし勢いはあるだけに恐ろしい。ある意味合戦以上の危機に陥った信忠を救うことができるのは、もちろんケンなのであります。


 と、信忠と彼の家督相続を中心に描くこの巻は、比較的に地味に思えるかもしれません。が、そこで描かれるものは、上で述べたとおり、戦国の世にあっては決して軽んじることはできないものであります。
 その辺りをきっちりと描くことができるのは、これは「食」という、人が生きる限りあらゆる局面で必要となる行為を中心とする本作ならでは……と言うのは、決して牽強付会ではないでしょう。

 特にこの宴席騒動のその先に、信長の見据えるこの先の世界像と、そこに向けた宣戦布告とも言うべき一大宣言があるとすれば……

 この宣言を受けてにわかに動き出す諸勢力。その一番手となるのは本願寺のようですが、そこには彼女がいるわけで……
 まだまだ信長のシェフはお役御免になりそうにもありません。


 ちなみに岩村城攻めのエピローグ的に描かれるのは、秋山信友の最期。ケンと夏を一緒に甲斐にさらっていくなど、ケンと浅からぬ因縁を持つ人物を救うために、信長との最後の晩餐に臨む彼に、ケンがある料理を作ることになります。
 これもあまりに豪快な作戦でちょっと噴いてしまうのですが、ケンの信友への想いと、信友の男気が感じられるエピソードで、私は気に入っています。


『信長のシェフ』第16巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 16 (芳文社コミックス)


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2016.08.21

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第1巻 時と世界を異にするパラノーマルロマンス

 戦国時代にタイムスリップするというのは、これは高確率で女子高生と決まっていますが、彼女と出会う戦国武将が織田信長であるのも、またかなりの高確率。本作もそんなタイムスリップ時代劇ではありますが――しかし、他の作品と異なるのは、その信長が吸血鬼であることなのです。

 ある日、幼なじみのはじめと日本史の勉強をしていたところに、不思議な声を聞いた平凡な女子高生・ひさき。その直後、何処とも知れぬ空間に落ち、何者かの手に捕まりかけた彼女は、そこに現れたもう一つ別の手を取るのでした。
 そして意識を取り戻した彼女の前に現れた手の持ち主は、永禄2年の京で権勢を誇る三好家の当主・長慶でありました。

 天下を取るために必要だというひさきを狙った最初の声――今川義元に仕える謎の尼僧からひさきを守るために横取りしたという長慶。しかし突然のことに混乱し、三好邸を飛び出した彼女は、京を訪れていた織田信長とそのお供の「猿」と「犬」に出会うことになります。
 後世の評判とは異なり、物静かでちょっと天然の気もある信長に、成り行きからついていったひさき。しかし信長を狙う謎の刺客との争いに巻き込まれた彼女を庇い、信長は瀕死の重傷を負ってしまうのでありました。

 長慶ならば信長を救うことができるかもしれないと助けを求めたひさき。しかしその願いに応えて長慶がが行ったのは、信長の血を吸うこと。そう、ヴァンパイアの始祖の力を持つ長慶により、信長もまた、ヴァンパイアに――


 冒頭に述べたとおり、女子高生タイムスリップものというか、女子高生が戦国武将と恋愛する作品というのは、決して少なくない作品数、一つのジャンルと言ってもよいようにも感じられます。

 住む世界や時代が異なる、一種の異邦人とのロマンスというものは、やはり人の心を惹きつけるものなのかもかもしれませんが――こうしたパラノーマルロマンスの王道(?)といえば吸血鬼もの。
 ならば、戦国武将+吸血鬼でロマンスを描いてみればどうか……? そのある意味ストレートな試みが、本作と言えます。

 実は信長を吸血鬼とした作品は――特にその後半生の言動から来るイメージかと思いますが――決して皆無ではありません。しかし本作はそこにロマンスを持ち込んだのが面白い。
 さらに信長が吸血鬼となった理由を、三好長慶によるものとしたのは、これはおそらくは本作が初めてに思いますが……信長と長慶を並べているのは、三好家による中央集権的な畿内支配の体制が、一種信長の先駆的なスタイルであった点によるものと思いますし、何よりも、その後没落しゆく名族という三好のイメージに吸血鬼の姿を重ねたのであれば、なかなかのセンスだと感じます。

 もっとも、本作においては、長慶は元長によって三好家に外から迎えられた者であり、元長の子である人間・千熊丸が、長慶の手で吸血鬼となって三好義興を名乗るという、親子関係がいささか錯綜しているのに混乱させられますが……


 さて、本作に登場し、ヒロインを取り巻く男性陣は、信長や長慶、義興だけではありません。信長の供回りとして秀吉(……本作では最初から秀吉)や利家が、京には足利義輝が、そして長慶の側近として松永長頼が登場するのですが、皆タイプの違ったイケメン揃いであります(そして月代を剃っているのはモブ侍のみという思い切ったビジュアル)。
 こういう表現はもいかがなものかとは思いますが、一瞬、乙女ゲームの漫画化であったかと思ったほどであります。

 それはさておき、面白いのは松永長頼の存在でしょう。兄・久秀の悪名に隠れて後世ではあまり目立ちませんが、長頼は武勇に優れ、元々は兄以上に長慶に信頼されていたという人物。本作ではいかにも執事然とした佇まいのクールなキャラとして描かれているのも理解できます。
 しかし、長頼がいるとすれば久秀は……? といえば、これがとんでもない形で登場することとなります。こればかりはここで述べるわけにはいきませんが、いやはや、久秀がこれであればこの先歴史はどうなってしまうのか、と唖然とするばかり。

 そしてもう一人、ひさきを執拗に狙う今川義元の下にいるある武将もまた、同様の形で登場することになるのですが……


 時と世界を異にする男性たちとのパラノーマルロマンス、と思いきや、歴史ものとしても意外な変化球を投げてきた本作。これは当分目が離せそうにありません。


『戦国ヴァンプ』第1巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(1) (KCx)

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2016.08.20

フクイタクミ『百足 ムカデ』第3巻 死闘決着! 駆け抜けた青春

 一対百、命を賭けた一晩限りの壮絶バトルを描く『百足 ムカデ』の第3巻にして最終巻であります。月のない夜に人里を襲い、一晩で全てを喰らう百人の外道「百足」から村を守るため、ただ一人立ち向かう百手無双流の拳豪・馬頭丸。残すところは38人、しかし満身創痍の馬頭丸に果たして勝機はあるのか!?

 旅の途中に行き倒れかかっていたところを、山村の娘・泉に救われた馬頭丸。ある日、泉とその弟が山に入ったまま帰ってこないのを探しに行った馬頭丸は、そこで異形の群れに遭遇、襲いかかってきた相手を反射的に叩き潰してしまうのですが……

 それこそは百足の一番隊、行く先々を喰らい尽くしていく先遣隊と対峙してしまった馬頭丸は、自らの命を守るため、泉と弟を守るため、そして村の人々を守るため、ただ一人、百足の群れを相手に山中で死闘を繰り広げることとなります。

 面白武器あり、改造人間ありと何でもアリの百足を、己の行動の結果を百通り想像して動く百手無双流を武器に次々と叩き潰していく馬頭丸ですが……しかし彼も生身の人間。その身を疲労が蝕んでいくのに加え、彼のその人間らしさが、最大の罠となって襲いかかることになるのでした。

 百足の五番隊――人体改造を得意とする狂気の部隊の隊長と山中で出会った馬頭丸。しかし見かけは極めて気弱な少女である相手のことを無警戒に受け入れてしまった馬頭丸は、彼女に斬りつけられ、左腕に回復不能の深手を負ってしまうのであります。
 両手でも文字通り「手に余る」百足も、五番隊、半数が村の襲撃に向かった九番隊、機動性に優れる三番隊、最強の十番隊と、まだ残り三分の一以上が残るのに対して、馬頭丸は生き残れるのか、そして泉を、村を守り抜くことができるのか!?


 と、物語的な部分は、ここで説明したものがほとんど全て。後は戦って戦って戦い抜くのみ――次から次へと描かれる、馬頭丸が、ビジュアルも武装もあまりに濃すぎる百足たちを次々と粉砕していく姿のみなのです。

 これまで同様、その豪快な粉砕ぶりは、痛快ですらあるのですが、しかし上で述べたとおり、馬頭丸も満身創痍。そして当然と言うべきか、後に行けば行くほど強い敵が現れるとくれば、これまでのような戦いを繰り広げるわけにはいかないのもまた事実です。
 しかし馬頭丸は孤立無援、ここで都合よく助っ人が現れるはずもなく、また現れて欲しくもない、と思いきや……そのギリギリのラインで描かれる終盤の展開には、ただ胸を熱くするのみであります。
(読み返してみると、しっかり伏線があるのも嬉しい)

 そして全ての終わった後、時代ものという(非常に乱暴に言えば)昔話の形式をうまく活かした結末もまた、心憎い限りなのです。


 ストーリーも場面展開も最小限、あとはひたすらに無茶苦茶に強い男と、無茶苦茶に悪い奴らの一対百の正面衝突をノンストップで描く……
 単純なようでして、しかし相当に難しいそれを、本作は過不足なく描ききってみせました。ただ感服、そして満腹であります。


『百足 ムカデ』第3巻(フクイタクミ 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
百足-ムカデ- 3 (少年チャンピオン・コミックス)


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2016.08.19

『仮面の忍者赤影』 第35話「梟怪獣ガッポ」

 白影の依頼で増援に駆けつけた四人の伊賀忍者。彼らに空の輿を担がせて陽動とする一方、赤影たちは信長を護衛して伊賀に向かう。しかし輿を襲撃した根来の流れ星左十は作戦を見破り、一行の後を追う。伊賀の出迎えを装って現れた左十は梟の精・ガッポを召喚、ガッポの起こす強風に苦しむ赤影は……

 開幕早々、空に上がる謎の狼煙を追っていった青影が発見したのは、樹の上に潜む茶色装束の謎の忍びたち。誰何する(ここで台詞回しが白影のそれになっているのがちょっと可笑しい)青影ですが、実は彼らこそは白影の顔なじみの伊賀の忍者――隠の半兵衛、柘植の市松、神道の風三、頬白の鼻でありました。白影の依頼により信長の警護の助っ人としてやってきた彼らを疑ったことを謝る青影を笑って許す半兵衛、なかなかの器量です。

 さて、信長の仰々しい輿を担いでいく四人の伊賀者ですが、そこに襲撃してきたのは根来の下忍たち。しかし輿の中は実は空、これは陽動のための行列だったのですが、一行が去った後に現れたのは、紅葉を散らしたような衣装をまとった根来忍・流れ星左十……
 ややあって、空のはずの輿の中から聞こえてきたのは左十の声。これは怪事とばかりに中を覗き込んだ頬白の鼻の両眼に、無惨にも羽根が突き刺さります。中にいたのは梟が一羽――これぞ左十の忍法梟喋り。リタイアした頬白の鼻を残し、残る三人は信長に策が破れたことを伝えに走るのでした。

 その頃、信長は赤影たち三人を護衛に伊賀の国に向かう途中。信長に対して親戚のおじさんのように親しげに振る舞う青影ですが、信長も楽しげに応じて山中を進んで行きます。
 一方、そのもとに向かう三人の伊賀者は、つけられていることを悟り、三方に分散。どうしたものか思案する左十の前に現れたのは、両眼を失った頬白の鼻でありまし。ここで風三の声色で喋り、情報を聞き出そうとする左十ですが――しかし鼻の名は伊達ではありません。声は同じでも匂いが違うことを見破った彼は左十を相手に目明き同然の動きで猛攻(この一度は倒れたかに見えたキャラが、意外な能力でもって逆襲するというのは忍者ものの定番ですが、実にいい)。

 そして見事左十を斬った頬白の鼻は、冥土の土産と信長の行き先を語ってしまうのですが……死んだふりをしていた左十の反撃を受けて無惨な死を遂げるのでした。
 一方、再び合流した伊賀者三人の目に映るのは、空に舞う白影の忍凧。久しぶり! と思いきやそれは左十の罠。白影の声色に誘われて小屋に入ればそこで待っていたのは鼻の死体、出口を塞がれた小屋には無数の火矢が射かけられます。左十が信長のもとに向かった隙に、市松は己の身を盾に二人を逃したものの、下忍たちに膾斬りに……

 さて、ようやく伊賀に着いた信長たちを待っていたのは、狩人姿の一人の忍び。忍びは一行を何処かへ案内しながら、かつて梟の森に棲む精霊を飼い慣らした男がいることを語ります。そしてその男こそが自分――流れ星左十であることを! が、赤影は端から正体を見破っていた……のですが、だからどうだということもなく左十は梟の精ガッポを召還。突然周囲が暗くなると現れたのは巨大な梟? というにはずいぶんと異形ですが、精霊なのですから仕方ない。羽ばたきから起こす強風と、文字通り火を噴く目から放つ爆弾の猛攻には、赤影もたじろぐばかりであります。

 と、ここで青影が、何か手がないか知恵を絞った末に放ったのは照明弾。爆発するや辺りは昼間に戻り、目が見えなくなったガッポはデタラメに羽ばたきを繰り返し、左十までも吹き飛ばされてしまいます。偶然、信長の近くに落ちた左十は刀と手裏剣で襲いかかりますが、信長はよくこれに耐え、駆けつけた赤影に左十は斬られるのでした。
 しかしなおも暴走するガッポ。これを痛ましげに見つめる赤影は光線を発射、大爆発の中にガッポは消えるのでした。生き残った伊賀の忍者二人も駆けつけ、一行が去った後には、左十の亡骸の上で息絶えた梟が……


 久々に一話完結のエピソードですが、忍者同士ならではの攻防戦に、ラストに登場する怪忍獣の大暴れとなかなか中身の濃い今回。スーパー忍者とも言うべき赤影たちとはひと味違う伊賀者たちの存在感が光ります。


今回の怪忍者
流れ星左十

 梟怪獣ガッポを操り、羽根手裏剣を得物とする男。声色も得意で、忍法梟喋りで梟を通じて言葉を発し、伊賀者たちを出し抜いて信長に迫るも、赤影の一刀に破れる。

今回の怪忍獣
ガッポ

 左十が飼い慣らし、操る梟の精霊。強烈な風を起こす羽ばたきと目からの爆弾が武器。青影の照明弾で闇が払われ、もがいている間に左十が倒され、赤影の仮面からの光線によって爆発の中に消えた。


『仮面の忍者赤影』Vol.2(TOEI COMPANY,LTD BDソフト) Amazon
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2016.08.18

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」

 七罪塔に挑むべく集結した七人。しかしそれぞれの心がバラバラな状態を危ぶむ殤不患だが、西幽出身を自称することから、周囲からは次々と疑いの目を向けられてしまう。そして船旅の末、塔のある魔脊山近くに上陸しようとする一行を、獵魅と凋命ら玄鬼宗が待ち伏せる。勇躍先陣を切る捲殘雲だが……

 前回、思わぬ成り行きで仲間入り(というか同行)することとなった殺無生も交え、玄鬼宗の待ち伏せを避けて船で魔脊山近くまで行ってしまおうという鬼鳥の策ですが、仲間とは言っても一行七人の思惑はバラバラ、相手の命を狙う者も一人や二人ではありません。
 その筆頭が、いまだに実力差を理解していないのか殺無生を倒して名を上げようという捲殘雲。殤不患は(おそらくは捲殘雲のためを思って)殺無生を殺せばお前は仲間殺しと呼ばれるようになる、といかにも武侠的な江湖の掟を持ち出して説得しますが、そんな配慮を理解できる相手ではありません。

 それどころか、案外性格が悪い殺無生が「殤不患が西幽から来たと言っている」と言い触らしたおかげで、捲殘雲は殤不患をいよいよ不信の目でみる羽目に。さらにその兄貴分の狩雲霄までもが殤不患を疑いの目で見るようになってしまいます。鬼鳥の呼び出しに二つ返事で応じたように見えた狩雲霄ですが、どうやら相当に含むものがある様子、鬼鳥とは何者か尋ねる殤不患を、鬼鳥の回し者と決めつけ不信感を露わにするのでした。
 と、そこに現れた鬼鳥は、殤不患が西幽から来たというのはあり得ないことではないと、(前回私が公式サイトで勉強した)東離と西幽、鬼歿之地のことを語り、使用言語の点から理路整然と殤不患の言葉をフォローいたします。が、武侠ものにおいては江湖の豪傑は物わかりが悪いという定番に沿って、結局狩雲霄は殤不患を鬼鳥と同類扱いするのを止めようとしません。

 船出した後も、せっせと呪符を作る最中の刑亥に鬼鳥のことを尋ねたものの、魔族の彼女にまで、西幽から来たというのはホラだろう、行動原理が理解できないと言われてしまう殤不患。やっぱり鬼鳥のスパイ扱いされてしまい、どれだけ皆疑り深いのか……というより鬼鳥が信用されていないのか。
 唯一、丹翡だけは殤不患も鬼鳥も、誰も疑う様子を見せませんが……彼女の場合は超がつく純粋培養のお人好しゆえ、喜んでよいのかどうか。しかし、旅に新鮮さを感じることに罪の意識も感じるという彼女に暖かい言葉をかける殤不患は、やはり親指を立てて賞賛したくなるような好漢です。とはいえ、やはり過去が謎だらけの人物であることは間違いありませんが――

 さて無事に船は目的地に着いた、と思いきや、そこで待ち構えていたのは獵魅に凋命率いる玄鬼宗の兵隊の群れ。鬼鳥の策も台無しですが、そこは力で物を言わせるのも江湖の習い。殺無生の、自分より先に幹部二人を斃したら負けを認めるという言葉に簡単に乗せられた捲殘雲は、一人軽功でもって岸まで辿り着き、雑魚を叩き伏せていきます。
(ここで「いっそ弟子でも取ったらどうだ」という狩雲霄の言葉に、「見込みのある奴だとわかった途端に斬りたくなる」と応える殺無生の古龍イズム)

 しかし如何に捲殘雲が無駄に力が有り余っているとはいえ、玄鬼宗の数も多い。ここで刑亥の死霊術と狩雲霄の弓術により思わぬ合体技が炸裂――刑亥の呪符を射貫いた狩雲霄の矢が次々と丘の上の玄鬼宗の死体に刺さり、遠距離からの死霊術を可能とします。念白とともに艶やかな所作で術を発動させた刑亥により、哀れ玄鬼宗は、捲殘雲のほか、かつての仲間たちのゾンビと矛を交える羽目に……
 そんなこんなで雑魚も減り、ようやく中ボス格の二人の前に辿り着いた捲殘雲。しかしその前に忽然と現れたのは、軽功の上位バージョンともいうべき流星歩でやってきた殺無生。その存在は情報になかったのか、焦り怯みまくる凋命を残し、ただ一人突っ込んでいく獵魅ですが――しかし殺無生との一瞬の交錯の後、胸を貫かれて地に伏すのでした。

 これで残るは大川透声とはいえ小物感漂う凋命一人と思いきや、そこに爆風とともに出現したのは蔑天骸。余裕を見せながらの登場ですが……


 普通であればヒーロー然とした殤不患が疑われまくるため、些かすっきりしないものが残る今回。しかし呉越同舟をもじったサブタイトルどおり、お互いの思惑が食い違いまくる曲者揃いの連中が好き勝手に暴れ、相手を利用し合ううちに、妙なチームワークを見せるというのはなかなか面白いところです(それを素直に喜ぶ丹翡と、のうのうと信頼と絆の証とか言っている鬼鳥も可笑しい)。
 しかしこんな連中を相手に、こんな前半の段階で絶望的な戦力差をつけられて本当に大丈夫なのか? 悪役の方が心配になるという珍しい展開で次回に続きます。


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2016.08.17

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第2巻 常陸に潜む新たな外道の影

 川中島に出現した地獄の城・纐纈城に、加藤段蔵ら異能の外道たちが挑む超異色の時代伝奇漫画、待ちに待った第2巻であります。纐纈城攻略のための外道たちを集めるために動き始めた武田の忍び。彼らが向かった常陸で出会った、あまりに忌まわしい存在とは……

 大量の血が流される合戦場に現れ、兵たちを喰らっていく地獄の城・纐纈城。信玄と謙信が激突する川中島の戦場に出現した纐纈城とその配下の奇怪な纐纈兵が将兵を拉致していく中、飄然と現れたのは絶賛就職活動中の忍・加藤段蔵でありました。
 生まれつき地獄が見えるという段蔵にとっては、常人では到底敵わぬ纐纈兵も馴染みの存在のようなもの。纐纈兵を文字通り喰らった彼は、纐纈城を我が物にせんとする信玄に雇われることとなるのですが……

 というわけで、開幕当初からフルスロットルで展開してきた本作ですが、この巻の冒頭で語られるのは、纐纈城の不気味な習性というべきもの。単純に(?)人の血肉を集めているかに見えた纐纈城は、しかしより優れた者を――能力が、容姿が優れた者を狙ってさらい、そしてそのための情報を、犠牲者たちから収集していたのであります。

 いかに恐るべき城であろうとも、近寄らねば害はない……と思いきや、狙った者の身近まで追いかけてくるというのは、意外な恐ろしさを生み出します。
 そしてそれは恐ろしさだけではなく、相手に動きを悟られることなく纐纈城を奪うために、ギリギリまで機を見て、戦力を蓄えなければならないという、シチュエーションの妙に繋がっていくのです。

 さて、そんなわけで外道たちを集めるべく、隠密裏に動くことになった段蔵や武田の忍びたち。そこで本作の副主人公格的な立場の(元)小姓・五郎丸と、武田の歩き巫女・ふぶきが向かったのは、古より常世から来たモノが漂着するという常陸であります。
 常陸に漂着……とくれば、ここで江戸時代等の怪奇事件に詳しい方は、目を輝かせるかもしれません。そう、あたかもUFOのような不思議な形の船――虚舟に乗った異国の女性が漂着したと伝えられるのは、この常陸なのですから。

 果たしてその虚舟の蛮女の存在を住民たちから聞き、興味を持った五郎丸とふぶき。しかし、その蛮女は、この辺りの山に潜む怪人物・猿御前が連れて行ったというではありませんか。
 その名の通り、猿の神霊が憑いたと伝えられ、無数の猿を操る異常の剣客・猿御前。そして彼のもとには、彼とは似ぬ美しい容姿の美少年が――

 その美少年が何者か、それは予想通りの展開ではありますが、しかしそれは(このような表現はいささか気が引けますが)何という悍ましい存在か。人か神か獣かもわからぬ異貌の怪人と、ただ無言で微笑むのみの美しき蛮女の間の……とは。

 しかしその異常な存在こそ、あるいは纐纈城攻略に相応しい者かもしれない。その思いから猿御膳に接近した五郎丸たちを、そして後を追った段蔵を待つものは……さらには纐纈城の使者までもが乱入し、事態は本作に相応しい大混戦の様相を呈していくのです。

 この辺りの展開の詳細は伏せさせていただきますが、感心させられたのは、纐纈城側のキャラクター。その正体はこの巻の時点では不明ですが、なるほど、纐纈城の由来を考えれば、このような人物が登場してもおかしくはないとは、言うことはできるでしょう。
 そしてその存在が、纐纈城の正体を探るヒントにもなるのではないかと……

 もちろんこれはこちらの勝手な想像ではありますが、物語やキャラクターが道を外れれば外れるほど、その行く先が楽しみになってしまう作品に対しては、これくらいの想像は許されるのではないでしょうか。


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2016.08.16

あさのあつこ『燦 8 鷹の刃』 少年の翼は未来へはばたく

 江戸と田鶴藩を舞台に、筆頭家老の子・伊月、その異母弟で神波一族の生き残り・燦、そして田鶴の若き藩主・圭寿の三人の少年の苦闘を描く『燦』もついにこの第8弾で完結。三人の少年の、そして彼らを慕う三人の女性の運命の行き着く先は……そしてあまりにも意外な真実が待ち受けます。

 傾いた藩を立て直すため、ついに田鶴の地に帰ってきた圭寿・伊月・燦。しかし燦の愛する篠音は、神波の宝を狙う暴漢たちに弄ばれた末に女郎屋に売られるという過酷過ぎる境遇に陥っておりました。
 一方、伊月と燦の父にして、これまで藩を支えてきた――それはすなわち、藩を腐らせてきた一因を担うということですが――筆頭家老・伊佐衛門と対峙した圭寿と伊月は、藩政改革のための戦いを宣言するのでした。

 さらに江戸から田鶴に向かうのは、圭寿を慕う掏摸のお吉に思わぬ役目を背負わせた圭寿の兄の元側室・静門院。
 そんな人々の思惑が複雑に絡み合う中、政商と結び伊左衛門の座を狙う次席家老が暴走、伊月が篠音の説得に向かった間に、暗殺の魔手が圭寿と燦を襲うことに……


 クライマックスを目前として、相当に波乱含みであった前巻。その内容を受けた本作は、しかし結末を前に倒すべき敵(というよりは、この先の未来に向けてまず排除すべき相手)として次席家老というわかりやすい存在が登場したこともあって、比較的にスムーズに展開していったように感じられます。
 また、キャラクターそれぞれの向かう先も、それぞれを受け止めるパートナーや家族の存在もあって、比較的丸く収まった印象があります。

 ……ラスト直前に特大の爆弾が炸裂するまでは。

 いやはや、最後の最後に語られたのは、あまりにも意外で、そして物語の見え方がガラリと変わってしまうとんでもない真実。
 振り返ってみれば、これまで幾つも伏線はあり、そのたびに微妙な違和感を受けてはきました。冷静に考えてみれば、十分あり得る内容なのですが……シリーズの基本設定であるだけに、疑いもしませんでした。ミステリ色の強い作品を得意とする作者ならではの大どんでん返しであります。


 こうした大どんでん返しがあり、三人の少年たちの未来が大いに気になる結末ではあったものの、まずは大団円を迎えたと言える『燦』。刊行ペースと一作の分量には大いにやきもきさせられましたが、しかし最後まで読んで良かったと心から思います。

 伊月・燦・圭寿……本作の中心に立つ三人は、もちろんこの時代、この舞台ならではの過去を背負い、現在を生き、未来を目指す少年たちであります。
 しかし彼らは同時に――作者の他の作品における少年たちがそうであるように――いずれも等身大の存在として、その悩みも喜びも、我々にもダイレクトに理解できる血の通った存在として描かれておりましたし、それが本シリーズの魅力の一つであることは間違いありません。

 そして個人的に強く印象に残ったのは、彼らのパートナーである三人のヒロイン――静門院、篠音、お吉の描写であります。

 実のところ、三人の少年たちの姿は、多分に理想的であります。彼らはそれぞれに悩み惑いながらも、しかしその眼差しが向かう方向は、あくまでも未来のみなのですから。
 その一方で、ヒロインたちは些か異なります。彼女たちはそれぞれに重い過去や傷を背負い、時にその重みに俯き、この先に歩を進めるのも辛い立場に置かれるのですから……

 しかし、彼女たちはそのままで終わるわけではありません。それでも懸命に立ち上がり、たとえ先が見えずとも、あるいはそれが決して正しい方向でなくとも、自分の足で歩んでいこうとする……そんな彼女たちの姿は、通り一遍のキャラクター像から大きく踏み出したものとして、魅力的に映りました。

 特に静門院は、初登場時は、時代小説という物語の枠にはまったようないかにも妖婦然として登場しながらも、その後描かれた彼女の過去と真情は、大きくその印象を変え、こちらの心を揺り動かしてくれました。
 特にこの巻で彼女が口にしたある台詞は、彼女のこれまで歩んできた過去への悔恨と、未来への淡い期待が滲み、グッと胸に突き刺さった次第です(尤も、ラストは結局物語の枠に回帰してしまった感もありますが……)。


 何はともあれ、一つの物語は終わり、彼らの、彼女たちの人生は、物語の外のものとなったのですが――しかしそれでもなお、スピンオフの形などで「その後」を読みたい。珍しく、そんなことを思ってしまった作品です。


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燦8 鷹の刃 (文春文庫)


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 「燦 2 光の刃」 三人の少年の前の暗雲
 「燦 3 土の刃」 三人の少年、ついに出会う
 「燦 4 炎の刃」 現れた二つの力
 「燦 5 氷の刃」 田鶴に仇なす者、運命を狂わされた者たち
 あさのあつこ『燦 6 花の刃』 絡み合う三人と二人の運命
 あさのあつこ『燦 7 天の刃』 過酷な現実に挑む少年たちの絆

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2016.08.15

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第7巻 破天荒なる青春と等身大の人間と

 一族を殺し、専横を極める平清盛を討つべく、恐るべき力を持つ六韜を手にせんとする義経と、その六韜を封じんとする弁慶の姿を描く奇想天外な源平合戦絵巻の最新巻であります……が、この巻で描かれることとなるのは、義経の父・義朝の時代の物語。義朝・清盛・秀衡の青年期が語られることになります。

 鬼一法眼により宋国から日本に戦乱と混沌をもたらすためにもたらされた六韜。その最後の一本・龍韜の持ち主である頼朝は、しかし六韜の力の危険性を知り、その封印を願う人物でありました。
 そして再び六韜を前にして現れかけた弁慶の中の鬼こそが、その力を持つ存在、いわば七番目の秘伝書と言うべき傀韜であると、頼朝は驚くべきことを告げたのでした。

 かくて、六韜を封じることを自らの使命とした弁慶と、表向きはそんな彼を認めつつも、内心では(といっても彼の妹以外にはバレバレなのですが)六韜の力を狂おしく求め弁慶を憎む義経は、ある意味呉越同舟の旅を東北に向けて続けるのですが――
 しかし、ここから描かれるのは、過去の物語。平家の珍宝重宝を収めた宝物庫にあった粗末な盃の欠片……三分の一に割られたその盃を見た、清盛の回想の形で、物語は展開していきます。

 保元の乱で圧倒的な勝利を収めた源義朝と平清盛。生まれも育ちも全く異なりながらも、不思議に相通じるものを感じた二人の若武者は、しかし自分たちが後白河院をはじめとする貴族たちの手のひらの上で踊らされていただけであったことを知り、索漠たる想いを味わうのでした。
 そんな中、二人の前に現れた途方も無い財力を持つ豪傑児・藤原秀衡。破天荒な性格の彼もまた、貴族の世に不満を持つ者であることを知り、三人は意気投合いたします。

 そして義朝が貴族の世を終わらせるために提案したのは、何と天下三分の計。秀衡が北国を、自分が東国を、清盛が西国を手にすることにより、三人が力を合わせて天下を治め、そして誰かが暴走した時には二人が止める――
 そんな巨大な夢を見た三人は、やがてその最大の障害である後白河院との対決へと向かっていくことになります。


 ……我々はその後の史実を知っています。いえ、その無残な結末は、本作の作中でも描かれ、義経を復讐鬼に変えてしまいました。
 しかし今回描かれるのは、その結末に至るまでの過程であります。

 言い換えれば、義朝と(さらには秀衡と)同じ夢を見て厚い友情で結ばれたはずの清盛が、なぜ後の平治の乱において後白河院側につき、義朝を討ったのか? 自らが貴族と等しい存在と化したのか? その絵解きであります。

 その詳細はここでは伏せますが、そこにあるのは、人間的すぎるほど人間的であった、等身大の清盛の姿。義朝を、秀衡を認め、尊敬するからこそ、自らの卑小さに苦しむ清盛の姿であります。
 そしてその清盛の人間性と、後白河院の邪悪が結びついた時生まれたものは、もう一人の、全ての軛から解き放たれた清盛――そう、本作の冒頭で我々の度肝を抜いた、白塗り口紅でオネエ喋りの清盛だったのであります。

 巨大なカラクリを自在に操る秀衡、高野山で天狗面を装着して暴れまわる法然、そして何よりも、義朝・清盛・秀衡の天下三分の計と、いかにも本作らしいぶっ飛んだアイディアの数々が投入されるこの巻のエピソード。
 しかしその派手なガジェットの中から浮かび上がるのは、やり切れないほどにリアルな人間性の負の側面でありました。

 六韜が登場して以来、物語のテンションも、史実からの飛び具合も、うなぎ昇りの本作ではありますが、しかしそれを支えているものは、どこまでもリアルな、等身大の人間の情である……その事実をこの巻では突きつけられた思いです。


 ……などと思っていたところに、この巻のラスト、陸奥に到着した義経と弁慶の前に秀衡の巨大○○軍団が! という展開にはもうひっくり返るしかないわけで、この辺りの振れ幅の大きさには、もう満面の笑みを浮かべながら振り回れるほかありません。


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2016.08.14

『仮面の忍者赤影』 第34話「怪獣大逆襲」

 鈴鹿峠まで来た信長を狙う矢尻と風葉。おびき出された赤影はドグマに追い詰められ、白影も風葉に捕らえられてしまう。捕らえた赤影と白影を小屋もろとも爆破しようとする矢尻は、風葉までも裏切って斬り、単身鈴鹿峠で信長と青影を襲撃する。赤影たちを助けだした瀕死の風葉が語るのは……

 ついに京とは目と鼻の先の鈴鹿峠近くまでやってきた信長。その報を聞いた夕里弾正は、自分の兵で信長を討つことを決意します。しかしその前にまさに霹靂神のように現れたのは暗闇鬼道。約束は約束というその言葉に、弾正は根来に任せることとするのでした。

 さてその尖兵たる矢尻は、信長の先導役の侍を襲撃。空で戻ってきた馬を見つけた白影は、単身探りに向かうことに。さらに赤影と青影の前には風葉が顔を見せ、赤影はそれを追っていってしまうのでした。
 そこで待っていたのは矢尻と、捕らえられ木に吊された早馬の使者・今井。矢尻と対峙する赤影ですが、彼女の腰の巾着から白いガスが噴出、自由を奪われてしまいます。そして矢尻の手笛に応え出現するドグマ。鋭い牙で今井を屠ったドグマが次に迫るのはもちろん赤影、しかし身動きができぬ彼は、その場で自爆……?
(この後、その場で風葉と語る矢尻が、ぶら下がったままの今井の死骸をつんつんと指で突いて揺らすのが印象的です)

 一方、戻ってきて風葉のことを聞いた白影は彼女を追いますが、気負い過ぎか彼女に散々翻弄され、暴風を起こす忍法風の葉で吹き飛ばされて捕らえられてしまいます。鎖でがんじがらめにした白影にとどめを刺そうとする風葉を止めた矢尻が白影の体を探ってみれば、出てきたのは一本の狼煙。
 ちょうどその頃、峠近くでは警備主任面の青影が、赤影か白影の指示がなければ先に行かせられないと一行を静止していたのですが……そこで矢尻らが上げた白影の狼煙に、出発することになってしまいます。

 策通りに進み勝ち誇る矢尻に置いて行かれ、小屋の中の白影を爆殺すべく下忍たちに爆薬を仕掛けさせる風葉。そこに生きていた赤影が参上、下忍を片付け、風葉を捕らえるのですが……しかし戻ってきた矢尻にまたガスを浴びせられ、捕らえてしまいます。さらに矢尻は同行を懇願する風葉まで切りつけ、三人揃っての爆殺を狙うのでした。
 苦しい息の風葉から赤影が解毒薬を与えられた直後に小屋は爆発、辛うじて生き延びた三人。直ぐに矢尻を追おうとする赤影と白影に、風葉は髑髏の根付けの存在を教えます。それを聞いて去って行く二人を見送りながら風葉は「あたしも裏切ってしまったよ……これでおあいこだね……」と事切れるのでした。

 さて、鈴鹿峠にさしかかった信長一行ですが、そこで待っていたのは矢尻による爆弾攻撃。前後から襲撃を受けた一行は、信長と青影とを残して全滅、さらにドグマが二人に迫ります。そこに駆けつけた赤影は、崖の上からドグマを操る矢尻に奇襲を仕掛け、髑髏の根付けの奪取に成功、矢尻は勢い余って崖から転落してしまうのでした。
 そして赤影がドグマに根付けを投げればちょっと驚くほどの大爆発! 真っ二つになるドグマですが、百足の生命力か、それでも生きているのに赤影は爆弾手裏剣連打、ついにドグマも轟沈。そして深手を負った矢尻も「信長めぇ……」の言葉とともに立ち腹を斬るのでした。


 前回に引き続き、風葉と矢尻の微妙な距離感が印象に残るエピソード。こういうことにならなければ、案外ケンカしながらもそれなりに仲良くやっていたのでは……という印象を言動の端々から受ける二人だけに、この結末はなかなかに切ないものがあります。根来十三忍は憎むべき敵というの印象が強いだけに、この人間臭さはなおさら胸に残るのです。


今回の怪忍者
虫寄せ風葉

 鉄甲アゴンをオカリナなどで操るくノ一。大風を起こす忍法風の葉の使い手でもある。かげろう三兄弟や矢尻と組み、アゴンで信長を襲った。アゴンが倒された後も矢尻とともに信長を狙うが、矢尻に裏切られ、赤影にドグマの弱点を告げて命を落とす。

人むかでの矢尻
 大百足ドグマを操るくノ一。腰の巾着からは相手を痺れさせる毒煙を吹き出す。風葉とともに信長を襲うが、次第に風葉を疎んじ、赤影らとともにまとめて殺そうとした。赤影との対決の末に崖下に転落、ドグマの最期を見て自害する。

今回の怪忍獣
ドグマ

 矢尻に操られる巨大な百足。強力な牙と口からの火炎が武器。二度にわたり信長を襲撃、アゴンを倒すほどの力を見せるが、弱点の髑髏の根付けをぶつけられて真っ二つになった末、爆薬でとどめを刺された。


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2016.08.13

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 恐ろしいことに8月も既に三分の一以上が過ぎてしまいました。しかしまだまだ暑さは続き、このまま9月になってしまえばいいのに……と言ったら、学生の方には怒られてしまうかもしれませんが、9月にだって楽しみはあります。新刊とか。というわけで9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 大豊作だった8月ほどではありませんが、9月も、特に文庫新刊がかなりの豊作であります。
 特に気になるのは芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 8 終焉の百鬼行』。タイトルを見れば最終巻のようですが……まだまだ続いて欲しいシリーズだけに気になるところです。

 その他シリーズものの続巻では、平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』、上田秀人『町奉行内与力奮闘記 3 権益の侵』、瀬川貴次『ばけもの好む中将』第5巻、鳴海丈『大江戸怪異事件帳 廻り地蔵 あやかし小町』と気になる作品がならびます。
 文庫化・復刊では、万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』上下巻、風野真知雄『影忍び・御三家斬り』、小松エメル『夢の燈影』が登場。『夢の燈影』には文庫書き下ろしの短編が収録される模様です。また、『影忍び・御三家斬り』は、8月に発売の『刺客、江戸城に消ゆ』の続編に当たる作品であります。

 新作では、タイトルのみがわかっている状態(なので時代ものかも実は不明)ですが、霜島けい『九十九字ふしぎ屋商い中 ぬりかべの娘(仮)』、牧秀彦『月華の神剣』第1巻は気になるところです(しかし牧先生は……)


 さて、漫画の方では既刊の続巻として東村アキコ『雪花の虎』第3巻、ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第2巻、重野なおき『信長の忍び』第10巻、北崎拓『天そぞろ』第5巻、黒乃奈々絵『PEACEMAKER鐵』第11巻と並びます。
 また、吉川うたた『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第6巻と、ちさかあや『豊饒のヒダルガミ』第3巻は共にこれにて完結です。

 さらに新登場としては堀内厚徳『この剣が月を斬る』第1巻と川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第1巻が。『龍帥の翼』は劉邦に仕えた張良を主人公とした作品ですが、さてどのように料理されているか期待です。
 もう一つ、現在TV放映中の霹靂布袋劇の漫画化である佐久間結衣『ThunderboltFantasy 東離劍遊紀』第1巻の刊行も予定されています。



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2016.08.12

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」

 迴靈笛を奪った殺無生に対し、鬼鳥が一度退いたことを訝しむ仲間たち。被害を最小限とするため、自分が策を練る一晩、殺無生への手出しを禁じる鬼鳥だが、殤不患は一人殺無生の前に姿を現す。酒を酌み交わしながら互いを探りあう殤不患と殺無生。お互いが相容れぬとわかった時、二人の剣が奔る……

 前回、狩雲霄・捲殘雲・刑亥の三人を相手に大立ち回りを演じた殺無生。一見優勢にもかかわらずあっさりと引いた鬼鳥ですがこの先待ち受ける三つの関門を抜けるのに、狩雲霄と刑亥の力が必要なのですからこれは無理もない。が、宿での作戦会議の席上、それに異を唱えたのは捲殘雲。その二人が駄目だとしても自分がいる、先ほど立ち合った感触からすれば、殺無生に勝てると言い張るのですが、これはどう考えても、名を上げようと粋がった若造の死亡フラグであります。
 その捲殘雲に舐めた口を聞かれながらも彼を気遣う殤不患ですが、しかし兄貴分の狩雲霄も匙を投げ、刑亥に至っては、彼を喜々として人間爆弾にしようとする始末。鬼鳥が、策を練る一晩の間は手を出すなと釘を刺したことで、その場はひとまず収まるのですが、こんな時、大抵その禁を破って一人出て行く者がいるわけです。

 そして他の客が恐れ逃げ去ってしまった飯店で一人酒を呑む殺無生の前に現れた影――「来るとすれば貴様だと思っていた」と言わしめたその人物こそ、殤不患。殺無生が先の立ち合いでわざと手を抜き、捲殘雲を油断させたことを咎める殤不患ですが、しかし殺無生がそれを意に介するはずもありません。むしろ、自分のことを恐れず、鳴鳳決殺の渾名のことを知りもしない殤不患に興味を持った殺無生に対し、殤不患は西幽から来たと答えるのでした。

 この西幽とは本作の舞台である東離の国と遠く隔てられた国――それも単なる距離的なものだけでなく、かつて人と魔が繰り広げた大戦の後、呪いをかけられて行き来を封じられた国とのこと。東西の国を隔て、踏破したものはいないと言われる呪われし地・鬼歿之地を殤不患は二本の足で踏破してきたというのですから、話半分にしてもさしもの殺無生も驚き呆れた……というところでしょう。

 それはさておき、今の旅が終わるまで鬼鳥への復讐は待ってくれ、旅に必要な迴靈笛を返してくれと理を以って説く殤不患ですが、殺無生にとって迴靈笛は逃げ足の早い鬼鳥を鬼鳥を引き寄せるための餌なのですから返すはずもありません。次いで、そんな殺伐としていいのか、人として人を斬ることに悩みはないのか、と情に訴える殤不患ですが、悩むより前に相手を斬る剣鬼にとっては、これこそ笑止であります。
 そしてその剣鬼の興味は――すなわち殺気は――殤不患にも向かいます。席についてからずっと、貴様を殺すことばかり考えていたと剣呑極まりないことを言い出す殺無生ですが……そう、それは裏を返せば、そんな彼をして、剣を抜かせないだけのものを殤不患が持っていたからにほかなりません。

 殺無生が脳内で殤不患にあの手この手で斬りかかるたびに、それを受け止め、反撃してみせる殤不患。達人同士が、相対しただけで相手の力量を見抜き、剣を抜かずに想念の内で静かなる死闘を繰り広げるというのは剣豪ものの定番ですが、今回描かれたのはまさにそれであります。

 しかし互いに一歩も引かなければ、やはり後は激しくぶつかり合うのみ――久々登場の念白とともに殺無生がその剣を抜き、殤不患が応じた一瞬の交錯のうちに、互いの身から血しぶきが上がった! と思いきや、そこに響いたのは鬼鳥の呑気な声。互いに斬り、斬られたと思ったのは鬼鳥の術中、椅子と机を斬っていたのでした。そしてさらに驚くべきことを口にする鬼鳥。迴靈笛は返さずともよい、自分たちの旅に同行してくれば、闇の迷宮を抜けた後に首を差し出そう、と……

 なるほど、殺無生が鬼鳥をおびき出すために笛を持つというのであれば、鬼鳥が動けば殺無生も笛を持ってついてくる。目的を果たした後に首を差し出すかは、これはちょっとにわかには信じがたいところですが、実は根が素直なのか、殺無生は二つ返事で同行を決めるのでした。森羅枯骨とやらの城を冷やかしに行ってやるのも面白い、などと相手にとっては迷惑この上ない言葉とともに。
 その森羅枯骨こと蔑天骸も、ようやく鬼鳥たちの動きを悟り、迎え撃つ様子ですが……


 というわけで、武侠イズム、というより古龍イズム溢れるある意味一本気な剣鬼である殺無生と、ベクトルは違えど本質的には最も近いものを感じさせる殤不患の対峙を、濃厚な味付けで見せてくれた今回。アクションらしいアクションはごくわずかだったのですが、大満足であります。
 これまで一歩引き気味だった殤不患の過去の一端や、鬼鳥にとっても彼が不可欠な存在であるらしきことも語られ、いよいよ物語は佳境に入った、という印象であります。


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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」

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2016.08.11

『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの

 七人の作家により、天下分け目の合戦での七人の武将の姿を描く『決戦!』シリーズ第四弾の紹介の後半であります。残る三作品は、これまでのものに加えて輪をかけてユニークな作品揃いであります。

 ある意味タイムリーな真田昌幸を主人公に据えたのは、奇想に満ちた作品を得意とする乾緑郎。『影武者対影武者』というタイトルの時点で、大いに気を持たされます。
 さてこの昌幸の初陣と言われるのが、まさに本書の題材たる第四次川中島の合戦。既に頭角を表していた父・幸隆にも負けぬ才気を見せながらもまだ青い昌幸が見たものは……

 川中島で影武者といえば、すぐに思い至るのは信玄の影武者を務めた武田信廉(逍遥軒)ですが、しかしもう一人の影武者とは……それが誰のものか、言うまでもないでしょう。
 この合戦のクライマックスとして後世に名高い信玄と謙信との一騎打ち。実はこの信玄は信廉だった、という説もあるようですが、本作はそこからさらに一歩踏み込んでみます。そこにあるのは、さすがの昌幸をもってしても唖然とさせられる奇怪な合戦、奇怪な読み合いの世界なのです。


 そして同じように奇怪な……と思いきや、別の方向に意外な変化球を投げてきたのが、甘粕景持を描く木下昌輝『甘粕の退き口』であります。
 本書の主人公の中では、知名度は一枚落ちるかもしれませんが、しかし上杉四天王の一人として殿軍の将を務め、武田の別働隊を長時間荷渡り足止めしてその勇名を轟かせた景持。しかし本作の景持は……と言えば、聖人君子の仮面の下にあまりに自由奔放な行動をとる主君の言動に頭を抱える常識人という役回りなのです。

 もともと越後は有力な国人たちが割拠し、決して一枚岩とは言えない状況、その越後を治める謙信の立場も盤石ではありません。その果てに謙信が取った強硬策が(本書で何度も登場する)高野山の家出だったわけですが……しかしこれをやられた方の家臣たちの反応は、想像するに難くありません。
 しかも本作の謙信は、行動する際に考えなし、しかし戦えばバカ強いというある意味始末に負えない人物。そんな謙信に憤り、一度はクーデターまでも考えながらも、結局は川中島の戦場に引きずり出されてしまう景持なのですが……

 と、ひたすらマイペースな謙信に振り回される景持の姿が可哀想で、そして可笑しい本作。戦いすんで日が暮れて、そんな彼の心境がどう変わったのか……それでいいのか、というツッコミを入れたくなりますが、しかし彼は間違いなく幸せなのでしょう。


 そしてラストに控えしは、曲者揃いの本書らしい極め付きのクセ球『うつけの影』。宮本昌孝が武田信玄を描きます。
 本書の題材である第四次川中島の合戦が行われたのは永禄四年。実はその前年には、これも戦国史に名高い――そして後世への影響がより大であったと言うべき合戦が行われていました。それは桶狭間の戦い。うつけと呼ばれてきた信長が、寡勢を率いて今川義元を討ったあの戦であります。

 その義元は、信玄にとっては同盟相手であり、そして同時にライバル、障害でもある存在。その義元を倒した信長は何者か……胸中で得体のしれぬ形で膨れ上がる影が、信玄を苦しめるのです。
 そしてその恐れが、信玄をして宿敵との決戦に――自身を囮とするかのような形で直接対決を行うという、無謀とも言える形での決戦に向かわせたとしたら……

 本作の発想は、一見突飛なものに見えるかもしれません。内容的にも、川中島以上に桶狭間の方が印象に残るきらいもあります。しかし、双方があまりにもインパクトのある合戦ゆえに、全く独立した、別個のものとして受け止められてきたこの二つの合戦を、有機的に結びつけてみせる視点は見事と言うべきでしょう。
 そしてまた、次に控える「決戦!」シリーズの予告編的な役割を果たしている点も……


 そう、「決戦!」シリーズ第五弾は桶狭間。誰が誰を、如何に描くのか……こちらも今から気になるところであります。


『決戦! 川中島』(冲方丁、宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!川中島


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2016.08.10

『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち

 七人の作家が、武将たち一人ひとりの視点から天下分け目の合戦を描くアンソロジー『決戦!』シリーズの第四弾であります。上杉謙信と武田信玄が激突した川中島の合戦――その中でも最大の激戦となった四度目の合戦が本書の題材。今回もまた、収録された作品を一つずつ紹介していきましょう。

 冒頭に収められたのは、冲方丁が上杉謙信を描く『五宝の矛』であります。内憂外患の越後において、幼い頃からの抜きん出た才を振るい、越後を統一するに至った謙信(政虎)。彼が己の力としてきたのは四つの宝――豊かな富・精強な兵・大義名分・信仰でありました。しかし武田晴信の存在を知った時、彼は五番目の力の存在に気づくことになります。謙信をしても我が物とするのに長き時を要したその宝とは……

 既に本シリーズではお馴染みの、主人公の心中深く入り込み合戦に至るまでの半生を辿るという作者のスタイルが貫かれた本作。謙信の越後統一過程だけでも一冊になりそうな内容ですが(特に、普通の作品では病弱で凡愚な人物と描かれがちな兄・晴景の人物像が面白い)、そこに彼の力の源を絡めていく展開がユニークです。
 が、今回は物語の中心たる五番目の力の披露――すなわち川中島での決戦――に至るまでが少々長すぎたため、途中で倦んでしまった印象が否めません。五番目の力の正体も、なるほどと言えばなるほどではあるのですが、やはり引きが長すぎて、そのインパクトが薄れた感があるのは、残念でなりません。


 続く、佐藤巖太郎による山本勘助が主人公の『啄木鳥』は、公募の「決戦!小説大賞」受賞作。作者は既にプロデビュー済みではありますが、ここまで勝ち上がってきたのは伊達ではない、と思わせる内容です。

 第四次川中島の合戦において勘助が啄木鳥戦法――妻女山の上杉軍を武田の別働隊が攻撃し、下山してきたところを本隊とで挟撃する――を発案したことは、よく知られています。そしてそれが見抜かれた結果、武田軍に甚大な被害が発生し、勘助自身も討ち死にしたことも。
 本作は、なぜ勘助が啄木鳥戦法を選び、そしてそれが敗れ去ったかを描く物語。自分を爺と慕う武田勝頼との会話から、上杉必殺の策を考案した勘助ですが、しかしその背後にあったある人物の想いとは……

 戦国の習いとはいえ、時に非道に見える手段を取らざるを得なかった勘助と、それを理解しつつも許せぬ者の想いが絡まり合い、一つの悲劇が――いや、それは未来にも続くものなのですが――生まれる様を、本作は巧みに描き出すのです。


 武田に山本勘助あらば、上杉にはこの人あり、というべき宇佐美定満を主人公とするのは、吉川永青『捨て身の思慕』。しかし本作の定満は、神憑り的な強さを持つ主君には無用の存在、ただ徒に齢を重ねた者として家中から低く見られているというのが意外です。

 定満自身、謙信を主君の座にそぐわずと思い、名ばかりの軍師の立場に甘んじていたのですが…五年前のある事件をきっかけに、彼の中に変化が生じることとなります。
 その想いはタイトルどおり、ほとんど思慕の域となり、謙信に認められるために己の首を賭けた策へと彼を駆り立てるのですが……予想通りではあるものの微笑ましい結末の、そのまた先にある史実をみれば、戦国武士の思慕の凄まじさに唸らされるのです。


 そして個人的には本書でベストの作品が、矢野隆による武田信繁『凡夫の瞳』であります。典厩の名で知られ、信玄を忠実に支えてきた弟・信繁は、この第四次川中島の合戦の死亡者の中に名を残しているのですが……本作は、そこに至るまでの信繁の半生と、彼の抱えた想いを巧みに描き出します。

 信玄が疎んじられたのと対照的に、父・信虎から溺愛されて育てられた信繁。そんな二人が少年時代に起きたある事件は、信繁に自分の限界を悟らせ、兄への畏敬の念を根付かせることとなります。どこまでも己の道を貫く兄・信玄。その彼の前に立ち塞がり、危機に陥れる相手が出現した時、凡夫たる信繁に出来ることは、彼が選んだ道とは……

 デビュー以来、多くの作品において「戦う者」を描き続けてきた作者。しかしその戦う者とは、決して「強者」のみを指すわけではありません。たとえ弱くとも、己が己であるために戦わずにはいられない、立ち上がらずにはいられない者たちをも、作者は描いてきました。
 本作の信繁は、まさにその一人。彼の一世一代の活躍とその結末は、同じく凡夫であるこちらの胸に強く強く突き刺さるのです。


 残り三作品は、次回紹介いたします。


『決戦! 川中島』(冲方丁、宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!川中島


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2016.08.09

伊藤ヒロ&峰守ひろかず『S20-2/戦後トウキョウ退魔録』 そのパロディの先に見えるもの

 昭和20年代、いまだ戦争の余燼が消えやらぬ東京で起きる様々な怪事件に、不死の体を持つ豪傑・茶楽呆吉郎と、機械の左腕を持つ美青年・襟之井刀次の二人が挑む連作活劇の第二弾であります。怪獣・怪人・妖魔・秘密兵器……次々と出現する奇怪な敵に、今日も二人は人知れず戦いを挑むことになります。

 東京は亀戸で売れない紙芝居職人を表の顔として暮らす呆吉郎と刀次。しかし二人の裏の顔にして真の使命は、巷を騒がす怪異を討ち、鎮めること。南方で受けた呪いから不死の体を持つ呆吉郎と、旧日本軍が霊力・科学力の粋を集めた四式特肢を装着した刀次は、怪異の記憶を奪う少女・摩姫とともに奔走してきたのです。

 かくて本作で展開されるのは、二人の作者が呆吉郎と刀次それぞれの視点から交互に描く六つの物語。二人の活躍(のうちから摩姫に消され切れずに残った記憶)が、後に語られる様々なフィクションの原型となったという設定だけに、描かれる内容も、知っていればニヤリとできるものばかりであります。

 突如海の深みから目覚め、深川沖で漁船を次々と沈める謎の怪物に、呆吉郎が恩人の娘らとともに対決する『海龍目覚める』
 白覆面にマント、手には拳銃のヒーロー「菩薩=銃」としてヤクザを襲撃する青年の暴走を止めるために刀次たちが奔走する『菩薩=銃』
 東京に施された謎の封印を解いて回るショウモン教団の陰謀に、呆吉郎たちが政府の忍者部隊とともに挑む『帝都地下陰陽物語』
 刀次たちが退治に向かった上野公園に出没する謎の獣の哀しい正体と、思わぬ形で現れた救いを描く『野に咲く花のように』
 旧日本軍が開発した空飛ぶ秘密兵器を、米国人パイロット・ハルとともに呆吉郎たちが追う『戻れ、目を逸らさせるものよ』
 同じ四式特肢を持ちながらも狂気に憑かれ帝銀事件を起こしたかつての親友と刀次が激突する『半神(あるいは帝銀事件)』

 この六話、比較的(あくまでも前作に比べて)実在の人物や事件に絡んだエピソードは控え目な印象もありますが、しかしそれでも本シリーズの最大の魅力である「あの事件の背後にこの人物(作品)が!」的な楽しさは今回も健在で、読んでいる間、ニヤニヤしたり驚かされたりの連続でありました。

 特に印象的なのは冒頭の二編。まず『海龍目覚める』に登場する海からやってくる恐竜めいた、しかし二本の大きな腕を持つ怪物――というのは、どう考えてもつい先日復活したアレですが(ご丁寧に名前の由来となった人物まで登場)、しかし本作における正体はなんと! というひねりが嬉しい。
 個人的にソレ系が大好きなこともあり(さらに一見唐突なオチも、わかる人には大爆笑)、大喜びの一作であります。

 また『菩薩=銃』は、ヒーローのモチーフはどうみてもあの元祖「正義の味方」なものの、しかしヒロポンに手を出してラリったコウチ青年が、おふくろさんの幻影を胸に、自分が悪と認定した相手相手に拳銃をぶっ放して回るというのは、危険球にもほどがある展開。モデルの目に入らなくてよかった……とほっとさせられる(?)作品であります。


 さて、このような面ばかり取り上げた後に恐縮ですが、しかし本作には、前作同様、ネタがネタとして、パロディの題材として未消化に感じられる点は存在します。
 確かに面白いパロディは大歓迎なのですが……しかし一目でそれとわかるネタが、そのままゴロンと出され、使われていくのには、いささか鼻白むものがあるのです。

 しかしその一方で、本作においては、その点を乗り越えた――ネタでは終わらないエピソードも数多く存在します。

 例えば上で取り上げた『菩薩=銃』は、これだけとんでもない物語を描きながらも、その根底にあるものは、誰の胸にもある正義への憧れと、そうした善き想いの前に立ち塞がる時代や社会の壁との相克であります。
 それはコウチ青年のみならず、刀次や呆吉郎にも、いや現代の我々たちも共通して感じ、悩むものであり……そこにあるのは、ネタから一歩踏み出し、それを通じてその先にある「何か」を描き出そうとする姿勢。その姿勢は、何よりも好もしく感じられます。


 この辺り、作者によって明らかに方向性が違う……というより呆吉郎サイドはネタの調理が強引過ぎる印象なのですが、これは二人の作者がいる時点で当然あり得べきことなのでしょう。

 呆吉郎と刀次――この二人が同じ想いを胸に同じ目的のために戦いながらも、あくまでも別々の人間であるように、本シリーズの物語も、それぞれが別々の角度から描かれた物語であると、そう考えるのが適切なのかもしれません。


『S20-2/戦後トウキョウ退魔録』(伊藤ヒロ&峰守ひろかず KADOKAWAノベルゼロ) Amazon
S20‐2/戦後トウキョウ退魔録 (Novel 0)


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2016.08.08

ひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき ふたたび』第6巻 彼が喪ったもの、得たもの

 室町時代を舞台に、強い霊力を持つ少女・鈴音と、修験者の青年・新九郎の冒険を描いてきた『お伽もよう綾にしき』の第2シリーズ、約一年半ぶりの新作であります。本作の中心は、二人に手を貸してきた強大なもののけ・おじゃる様。長きに渡り封印されていた彼の過去が明かされることになります。

 これまで幾度となく伊摩の国に迫る魔を退けてきた鈴音と新九郎。その中で長らく鈴音に手を貸してきたのは、彼女が新九郎から与えられた笛に封印されていたおじゃる様であります。
 長きに渡る封印から己の名を忘れ、公家姿であったことからそのように名付けられたおじゃる様ですが、やがて真の名が千儒王であったことが作中で語られました。

 しかし、本体は大狐のもののけである彼がなぜ公家の姿を取り、人間のような名を持っているのか。そして何よりも、何故笛に封印されていたのか……この巻に収められたエピソードでは、その謎がついに明かされることになります。


 今日も平和が続く伊摩の国。しかし周囲の国は戦乱の真っ只中、重臣の中に、おじゃる様の力を他国の情報収集に利用すべしと言い出す者が現れます。その重臣の背後にもののけの影を感じた新九郎は、その屋敷に偵察に行ったものの行方不明となってしまうのでした。

 一方、時を遡って平安時代、美しく開かれた都に近づいた大狐は、祖父と母を遺して亡くなった男の霊から、自分に代わって二人を慰めて欲しいと頼まれます。好奇心から男の姿を取った大狐は、二人の屋敷に現れ、共に暮らすようになるのですが……

 室町の伊摩の国に新たに迫る影の正体は何か。そして平安の都で大狐=千儒王=おじゃる様に何が起き、何故封印されるに至ったのか。
 この巻では、この室町と平安、二つの時代を並行して描くことで物語が展開していきます。少しずつ描かれる二つの物語が互いに影響し、後半で一つに集約されていく様は、まさにベテランの技と言うべきでしょう。


 しかしもちろん、その中で強く印象に残るのは、おじゃる様の想いの――姿も、でしょうか――変遷であり、彼が背負ってきた過去であります。

 平安の都に興味を抱きつつも、特段に人間に惹かれていたわけではないおじゃる様。その彼が気まぐれに叶えた願いから何を得たのか。そして何を喪ったのか。何に怒り、何に悲しんだのか……
 もう一人平安と室町を繋ぐ人物――平安時代におじゃる様を笛に封じた高僧・順慶の目を通じて描かれるそれは、その根底にあるものが、言ってみればごく普通の、我々が持つ「情」であるだけに、ストレートに胸に突き刺さるのです。

 そして作中でそれを受け止め、和らげ、癒してきたものが、鈴音たちの優しさ、暖かさであることは言うまでもありません。
 それは確かに――これまで本作で描かれてきたように――優しく甘いもの、「尻のかゆくなるような」ものかもしれません。しかしその尊さを、素晴らしさを、本作は弛まず真摯に描いてきたことを、我々は知っています。


 これまで語られてこなかった最後の謎とも言うべきものが語られた本作で、この先何が描かれるのかはわかりません。
 しかし本作で描かれる世界が、描かれるものが、この先いつまでも在って欲しい……この巻を読んで、改めて感じたところです。


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2016.08.07

上田秀人『傀儡に非ず』 力弱き者の綱渡りの果てに

 歴史時代小説のフロントランナーの一人である上田秀人、百冊目の長編であります。その題材となるのは、なんと荒木村重……不人気ぶりでは戦国史で一二を争うのではないかとすら思われるあの人物を、全く意外な切り口から描く、ユニークかつ実に作者らしい作品です。

 摂津池田家の家臣から下克上で成り上がり、織田信長配下の武将として、石山合戦をはじめ近畿を中心に活躍した荒木村重。しかし突如信長に反旗を翻した村重は有岡城に籠城(この時に黒田官兵衛を土牢に監禁)、信長に攻められて窮地に陥るとあろうことか単身城を抜けだして逃亡してしまいます。
 そのために捕らえられた村重の一族や有岡城に篭った者たちは女子供に至るまで悉く殺されるのですが、本人はその後も茶人として生き残り、天寿を全うしたという人物であります。

 下克上や謀反は戦国武将の習い、これ自体は特に咎められるものではないでしょうが、しかし不利になるや周囲を見捨てて自分のみ逃げ出し、その後ものうのうと生き延びるというのは、潔いとは正反対の生き様。
 数年前に話題となった黒田官兵衛との因縁もあり、フィクションにおいても、どうにも悪役・汚れ役としての印象があります。

 しかし本作はその村重を、弱肉強食の戦国の世に翻弄されながらも懸命に生き延びようとした――そしてそのために思わぬ運命を背負わされることとなった――一人の男として描き出すのです。


 父祖の代に旧領を喪い、摂津池田家の家臣として日々を送る村重。しかし三好三人衆と松永久秀の暗躍に乗じて主君を追放した村重は、さらに信長に気に入られると池田家を掌握、ついに摂津を掌中に収めることに成功して――
 と書けば、これは典型的な下克上武将ではありますが、本作の中盤辺りまでで描かれるこの村重の姿は、しかし、野望よりもむしろ必死さを感じさせるものとして描かれます。

 京や堺に近いという地理的条件から、様々な勢力が錯綜し、その分布図も刻一刻と変わっていく戦国時代の近畿地方。その中にあって己の主家を、己の家を広げる、いや遺すことがどれだけ難しいものであるか……それは詳しく述べるまでもないでしょう。
 己よりも弱い相手は呑み込み、己よりも強い相手には擦り寄る……そんな綱渡りを要求される小名の姿を、本作は村重の姿を通じて描くのです。

 いや、そんな力弱き者の綱渡りの姿は、村重が信長の配下に加わり、そこで台頭していく中においても、変わることなく描かれていきます。
 この時代の権威権力を打ち砕き、己の敵は容赦せず叩き潰す信長。そんな絶対的な強者の下にある者は、利用価値があるうちは厚く遇されるものの、その価値がなくなったと見られれば容赦なく切り捨てられることになるのです。

 そんなブラック主君を戴きながら、苦心惨憺仕える村重の姿は、無理難題を押し付けるばかりの上役に苦労する、上田時代小説の主人公たちに重なるものがあると言えます。


 そしてその物語は、後半に至り、村重が信長に反旗を翻す「その時」に向けて、意外な様相を呈していくこととなります。
 次々と仕掛けられる包囲網を打ち破り、天下人まであと少しのところまで来た信長。その信長が村重にある命を下した時、彼の運命は大きく変わっていくのです。

 その命が何であったか? それをここで述べることはできません。しかしこの時期の信長を苦しめたものが何であるか……それと信長の周囲の武将の動きを重ね合わせてみた時に、その命は不気味な説得力を以て浮かび上がるとは言えます。
 そしてその伝奇的とも言うべきアイディアのインパクトが大きければ大きいほど……その前に単身立たされることとなった村重の絶望感は深まるのであり、その果てにあるものが、本作のタイトルなのであります。


 一種作者の持ち味と言うべきか、キャラクター描写の薄さゆえ、村重個人への共感を抱くには、あと一歩足りないという印象は、正直なところあります。

 しかしそれでもなお、伝奇的アイディアに象徴される巨大な歴史の、社会の壁の前で必死にもがく個人の姿は、現代に生きる我々の姿と重なって見えてくるように思えます。
 その苦しみを乗り越えるために、我々は村重と違う手段を選べるのか――それを思う時、索漠とした想いを抱かざるを得ないのであります。


『傀儡に非ず』(上田秀人 徳間書店) Amazon
傀儡に非ず (文芸書)

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2016.08.06

『仮面の忍者赤影』 第33話「大百足ドグマ」

 信長一行を狙う虫寄せ風葉と人むかでの矢尻。風葉は旅の女に化けて青影と赤影と同行、信長に接近しようとする。これを見破っていた赤影は、白影とともに風葉と対決、アゴンに苦戦しつつも、アゴンを操るオカリナを風葉から奪い取る。その頃、宿では矢尻の呼んだドグマが信長と青影を襲撃していた……

 タイトルバックから何だか微妙な取っ組み合いを見せる二人の忍者。これは実は風葉と矢尻、勝負の結果、風葉が先に仕掛ける権利を得ます。しかしこの二人、仲のいいような悪いような、微妙な距離感を感じさせるのがちょっと面白いところです。
 と、根来忍者を探し出すと子猫をつれてモタモタする青影と、呆れ顔の赤影(二人とも忍者装束のまんま)の前に現れたのは、旅姿に変装した風葉。荷物を無くしてしまったとわざとらしい芝居をする彼女に、茶店の老婆が、誰か一緒に連れて行ってくれないかと後押しをします。

 ここで前回風葉と青影たちが顔を合わせていたのが逆に功を奏し、二人は風葉を連れて行くことになるのですが、白影のみは彼女を怪しみ、熱田まで戻って彼女の身元を調べることになります。
 さて、宿に落ち着いた一行ですが、風葉が信長の所在を聞き出そうとするのに赤影はつれない態度。そんなことをしている間に、宿に潜入してきたのは茶店の老婆――いや矢尻でありました。

 その頃、風葉の正体を掴んで帰ってきた白影の前に立ち塞がったのは下忍を連れた風葉。下忍を蹴散らす白影に、風葉が甲虫を捕りだし、オカリナを吹けばみるみるうちに巨大化してアゴンに……が、その角の上に赤影参上! 妙にスタイリッシュなポーズで罠を見抜いていたことを語る赤影ですが、しかし風葉は勝ち誇った態度を変えません。それは……

 それは、矢尻が二の矢として信長を狙っていたから。しかし下忍たちとともに信長の間に忍んでみれば、そこで待っていたのは青影が仕掛けた大量の火縄銃。一斉射で下忍たちは全滅し、辛うじて逃れた矢尻は何物かに呼びかけます。と、大きく揺れ動き、下から突き上げられる宿。床下から出現したのは大百足ドグマ――造形的にはむしろ毛虫っぽいですが、いずれにせよつついたら汁が出てきそうな柔らかげな外見がイヤな感じです。
 それはさておき、ドグマの頭に乗る形となって他の武士たちと分断されてしまった信長と青影。ドグマの上からはすぐに滑り落ちたものの、口から炎を吐きながら迫ってくるドグマには青影も手も足も出ず、逃げ惑うばかり。火の見櫓の上によじ登ったものの、かえって降りられなくなり、追い詰められた格好であります。

 一方、アゴンに手を焼いていた赤影と白影ですが、操る風葉をターゲットにするとこれが弱く、あっさりとオカリナを奪い、腹パン一撃で気絶させてしまうのでした(この辺りの冷酷さはさすが忍者)。
 そして信長のもとに信長のもとに駆けつけた赤影たちですが、しかしドグマの巨体と燃えさかる炎の前には手をこまねくばかり。とその時、赤影は甲虫状態のアゴンを放つと、オカリナを吹き始めるのでした。すぐに操っているのかと思いきや、なかなか思い通りには動かないアゴン。しかしやがてアゴンを操れるようになった赤影は、得意満面、ドグマとの戦いを命じます。

 二大昆虫怪忍獣が戦っている間に、何とか白影によって救出された信長と青影。その間もアゴンとドグマの取っ組み合いが続きますが、何となくアゴンがダウンしたと思ったら、緑色の液をダラダラ吐き出すというやな死に様を見せるのでした。
 ここで赤影たちも見物していた町の皆さんも大喜びですが、ドグマが残ってるよ! というこちらのツッコミも虚しく、さっさと先を急ぐ信長と影たち。その一行を妙にスタイリッシュなポーズで見送る風葉は、不敵な態度を崩さないままなのですが……さて。


 三回にわたり登場してきたアゴンもついに退場。敵に渡すな大事なオカリナということで(この場合の敵は赤影ですが)操縦機を奪って怪忍獣を同士討ちさせるというのは、鉄人チックで楽しい展開ではありました。しかし変な二つ名をつけられたり、微妙に露出の高い衣装だったり、くノ一も大変……


今回の怪忍獣
アゴン

 虫寄せ風葉の口笛やオカリナで操られる巨大な甲虫。背中の角からは麻痺光線を、口からは緑色の泡を吐くが、後者の効果は不明。風葉に操られて幾度となく信長一行を襲うが、オカリナを奪った赤影の命令でドグマと戦い、ついに力尽きた。


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2016.08.05

八犬伝特集その十九の二 時海結以『南総里見八犬伝 二 呪いとの戦い』

 時海結以による児童向け南総里見八犬伝、全三巻のうちの第二巻であります。奇しき因縁を背負わされた信乃・荘助・現八・小文吾・道節――彼ら犬士たちを次々と襲うのは、里見家に祟る玉梓が怨霊。怨霊に使嗾される悪人たちと対峙することとなった犬士たちの未来は……

 家伝の宝刀・村雨丸を奪われ愛する浜路を喪い、深い悲しみに沈みつつも丶大法師の言により、己の背負った宿命と挑むべき呪いの存在を知った信乃。新たな仲間であり、浜路の兄である道節と出会った信乃と仲間たちですが、しかし道節が狙った管領軍の追手を前に、荒芽山から散り散りに落ち延びることとなります。
 そしてこの巻で描かれるのは、彼ら五人の犬士が、各地で繰り広げる冒険の数々であります。

 武蔵国に逃れた小文吾は、対牛楼で一族の仇を狙う美少女・旦開野、実は犬坂毛野に窮地を救われ――
 下野国を訪れた現八は、庚申山に潜む化猫と遭遇、父を化猫に殺された犬村大角と共にこれと対決し――
 甲斐国を訪れた信乃は、そこで浜路の生まれ変わりである浜路姫と出会い、悪人に濡れ衣を着せられたところを道節に救われ――
 越後国に向かった荘助は、小文吾とともに山賊退治の末、毛野と出会い――

 と、五人の犬士、そして新たに登場した二人の犬士が集合と離散を繰り返し、さらにそこから新たな因縁が生まれ……と、物語がより複雑に、そして大きくなっていくダイナミズムが、この巻の見どころでしょうか。
(それにしても、タイトルから関東の印象の強い本作ですが、こうして見ると随分と色々な場所が舞台になっていたものだと感心)

 そしてこの巻で彼ら犬士たちに並び活躍(?)するのがかの毒婦・船虫。武蔵国で小文吾を罠にはめようとしたのを皮切りに、下野国では化猫一角の妻となって大角の妻を死に追いやり、越後国では山賊の女房となって小文吾と荘助の命を狙いと……実に忙しい。
 本作では玉梓の呪いの象徴とも言える船虫ですが、これだけあちこちに登場すると、何やら少々可哀想な気もいたしますが――。


 さて、この時海版八犬伝では主人公に位置づけられている信乃ですが、この巻においては犬士それぞれにスポットライトが当てられることもあり、出番自体は決して多くはありません。それでも信乃は、この巻で極めて重要な出会いを経験し、そしてそこで大きな決意を固めることとなります。

 その出会いとは、上で述べたように、転生した浜路との出会い――信乃が一人旅立った後に悪人に殺され、生き別れの兄・道節の腕の中で息絶えた浜路が、時を超えて転生し、行方知れずとなっていた浜路姫として信乃の前に現れたのであります。

 ……実はこの浜路転生、これまで様々な八犬伝に触れてきた私としては、毎回釈然としない想いを抱かされてきました。
 時を超えた転生という豪快な設定もさることながら(これ、一種のタイムパラドックスが生じるのでは……)、死んでも転生して再登場すればOKというのは、人一人の命を軽く扱い過ぎているのではないか、と。

 その点は、もちろん本作でも同様ではあるのですが、しかし主人公たる信乃が浜路姫を前にして誓う言葉によって、だいぶ印象が変わったようにも感じられます。
 そう、生まれてから悲しい運命に――玉梓の呪いに――翻弄され、流され続けてきた信乃は、浜路を喪ったことで、そしてその彼女と再び出会ったことで、自分の守るべきもの、戦う理由を強く強く自覚するのですから。

 確かに信乃は、彼ら犬士たちは、宿命を背負って生まれてきた存在。しかしそれが宿命だからとただ従うだけでは、運命に流されているのと変わりありません。
 ここで犬士たちの代表たる信乃が、自分の意思で戦いを決意する――すなわちこれが自分自身の戦いと意識することは、彼が犬士である以前に一人の人間であること、自分自身の運命を切り開いていくことの自覚と、その宣言なのです。

 それはこの時代に描かれ、そしてこれからの時代を切り開いていく子供たちが触れるものとして、相応しい犬士像ではないでしょうか。


 さて、子供といえば、残る最後の犬士・親兵衛。この巻では行方知れずのままの親兵衛ですが、次の巻では無双の活躍を見せてくれることでしょう。
 残すところあと一巻、その中で親兵衛のキャラクターがどのように消化され、どのように描かれるのか。そしてその中で信乃は主人公足りえるのか? 最後まで興味は尽きない八犬伝であります。


『南総里見八犬伝 二 呪いとの戦い』((時海結以 講談社青い鳥文庫) Amazon
南総里見八犬伝(二) 呪いとの戦い (講談社青い鳥文庫)


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2016.08.04

深山くのえ『飛天の風 六男坊と陰陽師』 似た者同士の二人の冒険

 平安もので陰陽師とのバディものとくれば、ある意味鉄板ですが、本作は一風変わったキャラの組み合わせが印象的な作品であります。タイトルのとおり、主人公の一人は太政大臣の六男坊、名門の出とはいえ微妙な立場の青年が、同じ年頃の陰陽生と冒険を繰り広げることになります。

 太政大臣の六男坊・藤原有視は、母親の身分の低さから、二の兄からは使い走り同然の扱い。今日も表に出せぬ文を預けられての使いの途中、夜道で人を追っていた陰陽寮の学生・安倍春秋とぶつかってしまいます。
 何者かを追っていた春秋は相手を逃がしてしまい、口論となる二人ですが、その際に偶然都を騒がす盗賊団「密かの賊」が盗みに入った現場を目撃してしまうのでした。

 こうした成り行きから事件の捜査に巻き込まれてしまった有視。春秋も、賊が盗みを働く前に怪異――烏や犬の死骸が見つかっていたことから、陰陽寮の人間として、事件に関わることになります。

 そんな中、二の兄の屋敷の女房たちの中に、幼なじみの小色、今は玉篠と名乗る彼女と思わぬ形で再会した有視は、かつて惹かれていた彼女のことが気にかかって仕方ない毎日なのですが、しかし玉篠は不自然に彼を避けてばかりで――


 という本作は、内容的には比較的シンプル。有視と春秋の出会い、有視の玉篠への想いと、「密かの賊」追跡が交錯する物語は、しかし第1作ゆえの設定説明の部分もあってか、さまで入り組んだものではなく、静かに物語は展開していくことになります。
 が、本作においてはそれがむしろ似合っているように感じられます。

 というのも、本作の主人公・有視は、先に述べたとおり六男坊という何とも微妙な立場。二の兄にはこき使われ、彼の家の女房たちからも六郎と呼ばれて便利屋扱いされる有様であります。(この辺りの描写がリアルなのかはわかりませんが、しかしいかにもありそう……と思わされるところではあります)

 有視自身、しばらくは自分の父のことを知らずに平民の中で育ち、さほど遠くない頃に自分の出自を知らされて貴族の末席に迎えられたことから、貴族離れした性格と感性を持つ――つまりは、現代に生きる我々に近い中身を持つ――青年。
 そんな有視を主人公とする本作は、絢爛たる貴族文化を背景とした物語ではなく、むしろその陰で暮らしてきた人々に焦点を当てて展開していくことになります。

 そしてもう一人の主人公たる春秋もまた、その貴族文化の陰で背負ったきたキャラクターです。
 早くに両親を亡くし、周囲をたらい回しにされながら生きてきた春秋。ようやく陰陽寮に学生としての自分の居場所を見出したものの、しかしこれまで周囲に気を使って生きてきたために、まだ自分というものを出せずにいる青年なのです。

 本作の中心にあるのは、そんなある意味似たもの同士の二人が出会い、ぎこちなくも微笑ましく――特に、春秋が、有視の家の女房が作った菓子を初めて食べる場面が実にいい――友情を深めていく姿であり、本作の物語展開は、それと巧みに寄り添い、補っているように感じられます。
(尤も、賊の正体に関する謎がわかり易すぎたきらいはありますが……)

 そしてそれを象徴する存在が、サブタイトルの「飛天」であります。
 幼い頃から陰陽の術に特異な才能を示した春秋に、亡き母が遺した護符から生まれた式神――その名の通り、美しい天女の姿を持つその式神は、母と春秋の絆の証であると同時に、物語の中において、春秋から有視に託され、二人の絆の証ともなっていくのです。

 私は作者の作品は本作が初めてですが、これまで平安時代などを舞台にした恋愛ものを中心とした作品を発表してきた方の様子。
 あとがきで、陰陽師ものは苦手と書かれていますが、なるほど、陰陽師絡みの描写は抑えめではあるものの、この飛天の扱いをはじめ、作中の各所で見られる陰陽の術に関する描写は印象的で、これはむしろ作者の技というものでしょう。


 何はともあれ、恋愛よりも友情を中心としてスタートした本作。8月には続編も登場とのことで、気になるシリーズの誕生と言ったところであります。


『飛天の風 六男坊と陰陽師』(深山くのえ 小学館ルルル文庫) Amazon
飛天の風 六男坊と陰陽師 (ルルル文庫)

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2016.08.03

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃

 週刊少年ジャンプは、時代ものが多いようで少ない(定着しない)雑誌ですが、本作は現在それに真っ向から挑んでいる作品であります。大正時代、鬼に家族を殺され妹を鬼にされた少年・炭治郎が、鬼を討ち妹を救うために、苦難の道を歩む姿が描かれます。

 山中で母と5人の弟妹とともに平和に暮らしてきた炭治郎。町で炭を売って生計を立てていた彼がある日炭売りから戻って来た時に見たものは――朱に染まった母と弟妹たちの死体でありました。

 そんな中で唯一生き残っていた妹の禰豆子。しかし彼女は凶暴な鬼に変じて炭治郎に襲いかかります。
 人を襲い、その肉を食らう「鬼」。その鬼の血が体に入った者もまた鬼と化し、人を食らうことになる。禰豆子が家族を襲ったわけではないことに気付いた炭治郎は、断片的に人の心を残す禰豆子を背負い、鬼を追って旅立つのですが……

 本作の第1話のタイトルは「残酷」。
 まさにこの言葉以外はないショッキングな展開から始まる本作は、いわゆるジャンプ漫画(という区切り自体が非常に古臭いものであることはさておき)らしくない、どこか静かで寂寥感すら感じさせる、そしていい意味での不安定さを漂わせる絵と物語で展開していきます。

 そしてそんな作品世界とマッチしているのが「鬼」の設定。理性を失い人を食らう、襲われた者に伝染する、日光が弱点という設定は、吸血鬼+ゾンビ(尤も後者はそもそも吸血鬼の影響大……というのはさておき)的ではありますが、そこに一種の神通力的なものも加わり、能力のバリエーションが発生するのが面白い。
 そんな彼らが人間と完全に異なる存在ではなく、どこか人間臭い部分を持っているのが、やり切れなくもあり、どこか可笑しくもあり、物語のアクセントとして機能していると感じます。


 さて、山を降りてほどなく、鬼を狩る者たち「鬼殺隊」の隊士・冨岡義勇と出会い、禰豆子を守るために必死に立ち向かうこととなった炭治郎。
 その覚悟を認め、そして禰豆子が鬼としては自分を抑えた特異な状態にあることを知った義勇の紹介で、仮面の男・鱗滝の下で鬼殺隊に入るための修行を積むことになった炭治郎は――

 と、この第1巻の後半で描かれるのは、炭治郎の修行の数々。素人同然だった少年が、その力を引き出し、認められるために修行を重ねる、というのは少年漫画では定番展開ではありますが、しかし、その描写はなかなかに丹念であります。

 物語冒頭から示される炭治郎の特技――異常なまでの嗅覚の鋭敏さが、気配を読む力に転化していく(そのビジュアルもまた面白い)というのもなかなかの説得力ですが、何よりも鱗滝の下での最後の試練のくだりがなかなかいい。
 巨岩を刀で斬るという試練、そして悩む炭治郎の前に現れた兄弟子・姉弟子の助けで……という展開自体は新味はありませんが、しかし後になって実は、とさらりと読者に明かされる真実が印象に残るのです。
(もっとも、その後の展開ですぐに炭治郎にも明かされてしまうのはちょっと残念のような気も)


 しかし先に、修行展開は定番と申し上げましたが、実はこれは諸刃の刃。本当の敵との戦いに入るまでに読者の興味が失われてしまえば、たちまち打ち切り一直線、というのもまた、ある意味定番であります。

 本作もそうなるのではないか……と心配いたしましたが、どうやら現在も好評連載中の様子。先に述べたように、定番を押さえつつも、どこか「らしさ」を外した不思議な味わいを持つ作品だけに、この先も独自の世界を見せて欲しい――そう感じます。


『鬼滅の刃』第1巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックス)

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2016.08.02

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」

 因縁があるらしい鬼鳥(凜雪鴉)を前に激昂する刑亥。しかし刑亥は奪われたのが天刑劍と知り、一転して協力を申し出るのだった。一方、闇の迷宮を超えるために必要な迴靈笛の持ち主・廉耆は、鬼鳥たちと合流の途中、鬼鳥を付け狙う殺無生に倒され、迴靈笛も奪われてしまうのだった。

 前回の引きより、捲殘雲と丹翡に死霊を任せて先に急ぐ鬼鳥・殤不患・狩雲霄たちですが、なおも死霊の数は増すばかり。ここで鬼鳥が口を尖らせれば、たちまち周囲に吹き出すのは死霊を焼く炎、しかも鬼鳥はその炎を周囲にまで広がらせると、早く出てこないと森に火が回ると煽りまくるのでした。

 と――四方八方から飛んでくる色鮮やかな反物。ああっ、武侠ドラマっぽい!(即物的な感想) そしてそれに身を預けるように現れたのは、巨大な角を戴く美女・刑亥です。
 しかし登場したときから刑亥が怒り心頭なのは、森に火をつけられたからではなく、鬼鳥そのものの存在。何やらこの二人、訳ありのようですが……しかし、その刑亥も、奪われたのが天刑劍と聞くや、あっさりと態度を変えて鬼鳥への助力を申し出るのでした。

 と、このくだり、
「怒り狂っていた刑亥が一瞬で変心するほど天刑劍が恐るべき存在であること」
「そうでもなければ刑亥が決して許さないほどのことが二人の過去にあったこと」
「それでも刑亥はあっさりと宗旨替え(したように見せることが)できること」
と、やり取りの中で二人の性格と関係性を一瞬で見せているのには大いに唸らされました。いやはや、この辺りは脚本の巧みさというべきでしょう。

 さて、三つの関門のうち二つまでを突破する手段が手に入ったところで残る一つは迴靈笛。それを持つのは鬼鳥にとっては師の一人である廉耆先生。道具に魔力を込めるのに長け、さらに剣を取っても天下屈指の遣い手である老人。しかしビジュアル的にもえらく威勢のいい襟や肩の辺り、枯れたものは感じさせない、意気軒昂たる人物であります。
 が、待ち合わせの寺に向かう廉耆に現れたのは、見るからに凶剣の遣い手という印象の鋭い目の男・殺無生。鬼鳥に激しい怨みを持ち(またか!)、鬼鳥の行方を捜す殺無生は、鬼鳥に縁のあると睨んだ者を次々と襲い、屠っていたのでした。

 殺してしまってはわかるものもわからないと思いますが、しかしこの辺りを何となく納得させてしまう理屈といい、何よりもその言動といい、この殺無生からは猛烈な古龍イズムが感じられます。……そしてその殺無生と立ち会った廉耆が一瞬で倒されてしまう展開もまた。そして廉耆の懐を探った殺無生が見つけたのは、鬼鳥からの手紙と迴靈笛――

 そして待ち合わせの寺を目前とした鬼鳥たち一行の耳に響く笛の音を奏でていたのはもちろん殺無生。鬼鳥を待っていた殺無生に対し、まず挑んだのは狩雲霄であります。
 天空高く矢を射てから、相手の懐に飛び込んでその動きをコントロールし、落ちてきた矢で相手を貫く――以前、獵魅らに対して披露した技ですが、相手は達人だけあって、そう簡単にはコントロールすることはできません……というより、この攻防が本当に素晴らしかった!

 ドニー・イェンなどのアクション映画で、ほとんどゼロ距離の密着したから相手に打撃を当てる-それを避けて当て返すというシーケンスを観ることがありますが、今回はまさにそれを彷彿とさせるもの。しかもそれを演じるのは人間ではなく、人形! 派手な合成や豪快なアクションがまず目につく本作ですが、ある意味地味な、しかし非常にかっちりした殺陣を見せてもらえるとは……
(しかもこのシーケンス、仕掛けるのが弓使いの方というのも楽しい)

 しかし必殺の一矢は逆用されてあわや狩雲霄を貫きかけ、兄貴分の危機に割って入った捲殘雲もあっさりと吹き飛ばされたところに、刑亥までもが参戦して三対一となりますが――しかし全く動じない殺無生を前に、鬼鳥は笛を取られていることの不利を挙げて一旦引くのでした(というか、本人たちは忘れていたようですが、狩雲霄も刑亥も、どちらが欠けても先に進めないわけで……)


 と、今回はツッコミ役程度の出番だった殤不患ですが、丹翡が殺無生戦に加わろうとした時に「あいつの前で剣は抜くな」と制止するナイスフォロー。まず間違いなく、殺無生は自分に剣を向けた相手には女でも容赦しないから、だと思いますが、この辺りは江湖の往来が長い彼ならではのものを感じさせます。
 正直なところ、これまで少々キャラの薄さが気になっていた本作ですが、今回はどのキャラもちょっとした台詞からその人となりや背景事情が浮かんできて、繰り返しになりますが、脚本の妙に感心した次第です。


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2016.08.01

柴田錬三郎『真田十勇士 二 烈風は凶雲を呼んだ』 対比される佐助と武蔵

 真田イヤーとも言うべきこの年に復活した幻の『真田十勇士』、柴田錬三郎によるNHK人形劇原作のノベライゼーション全3巻中の第2巻であります。豊臣と徳川の間の緊張が高まる一触即発の状況の中、開戦を避けるべく、猿飛佐助をはじめとする九人の勇士は各地に飛ぶのですが――

 武田勝頼の忘れ形見である猿飛佐助、その佐助に挑戦するために暹羅からやってきた英国人剣士の霧隠才蔵、石川五右衛門の遺児の美青年・三好清海……一人ひとりが様々な物語を背負い、超人的な技に秀でた勇士たち。
 真田幸村の十の守り星を象徴する彼ら勇士は、第1巻において幸村の下に九人までが集まりました。この巻で描かれるのは、彼ら九勇士が、幸村の命の下、日本各地で縦横無尽に活躍する姿であります。

 この第2巻の物語は、時期的には幸村が九度山に蟄居していた時代――すなわち、関ヶ原の戦から大坂の陣に至るまでの期間。この期間は、史実の上では幸村に動きはなく、そして徳川家と豊臣家の間も、平穏を保っていたように見えますが……もちろんそれは(本作においては)表面上のこと。

 本書の前半で描かれるのは、秀頼を除き、豊臣家を滅ぼさんとして次々と仕掛けられる徳川家康の陰謀を迎え撃つ九勇士の活躍。
 いやそれだけではなく、攻撃は最大の防御、とばかりに秀忠を呪詛する、江戸城天守に火をかける……歴史の表に出ない者たちならではの戦いを、勇士たちは仕掛けていくのであります。

 さらに中盤では、幸村にそれぞれ個別の命を授けられた勇士たちが、日本各地に散って大活躍。豊臣の隠し軍資金集めや関ヶ原西軍の残党の糾合など、様々な冒険を繰り広げるところに、武蔵や小次郎、十兵衛といった剣士たちに後藤又兵衛、岩見重太郎ら豪傑たちといった有名人が絡んでくるのですから、これがつまらないはずがありません。

 さらにそこに豊臣家滅亡の怨念を背負った怪人・亡霊道人や、死して後に吸血鬼と化した地獄百鬼(おや、改心したはずでは……と思いきや、終盤でとんでもない設定が発覚)などといった面々も登場し、これが伝奇だ! と言わんばかりの奇想天外の物語が展開するのですからたまらないものがあります。


 ……しかし、ここで印象に残るのは、主人公とも言うべき佐助の魂の遍歴とも言うべき展開であります。

 忍者として天才的な才能を持ちながらも、その優しすぎる性格が災いし、どうしても無抵抗の者、弱き者を殺せぬ佐助(この辺り、『柴錬立川文庫』の佐助と微妙に異なるのも面白い)。忍者として、いや乱世に生きる武士としては致命的とも言うべき弱みを抱え、中盤において佐助は彷徨を続けることになります。
 そしてその佐助と対置される存在が――なんと宮本武蔵というのが面白い。

 幼い頃に父を殺され母を誤って殺し、その仇を師として育つという幼少期を送った武蔵。
 剣の道を極めるためであれば、立ち塞がる何者をも切り伏せる剣鬼――尤も、決して理由もなく人を殺める殺人鬼ではないのですが――と化した彼は、これまでの物語の中で幾度か佐助と関わり、敵とも味方とも言えぬ不思議な距離感を以って登場してくることになります。

 ともに壮絶な出生・過去を背負い、己の技を頼りに生きてきた佐助と武蔵。方や忍者として主君を仰ぎ、方や武芸者として孤剣を振るう――それだけでも対照的ですが、しかし真に異なるのは、先に述べた如く、佐助が己の技を振るうことに悩み続けるのに対し、武蔵が決して悩まない点であります。

 その最たるものが、武蔵と吉岡一門の決闘――それも幼い又七郎を容赦なく斬った一乗寺下り松の決闘――なのですが、佐助と武蔵が共演する作品は決して少なくないものの、このような形で対比してみせたものは、珍しいのではないでしょうか。


 さて、本書の後半では、大坂城の鯱の目玉を破壊するため、徳川方に雇われた外国商人の南蛮船に搭載された巨砲を巡って、一大血戦が展開。各地から集結しる勇士たちとその協力者、さらに宿敵たちが集結しての大決戦は、本作の中盤のクライマックスを飾るに相応しい、読み応えある内容であります。

 そして――十勇士に欠けるところあと一人、最後の勇士たる真田大助(!)もついに登場、まだ幸村の下に参じてはいないものの、十勇士が全て揃う日も遠くはないでしょう。

 尤もそれは、最後の戦いが近いことをも意味します。いよいよ迫る大坂の陣、そこで誰が勝ち、誰が生き残るのか――最後の最後まで、何が起こるかわからない作品です。


『真田十勇士 二 烈風は凶雲を呼んだ』(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon
真田十勇士 (二) 烈風は凶雲を呼んだ (集英社文庫)


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