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2016.08.10

『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち

 七人の作家が、武将たち一人ひとりの視点から天下分け目の合戦を描くアンソロジー『決戦!』シリーズの第四弾であります。上杉謙信と武田信玄が激突した川中島の合戦――その中でも最大の激戦となった四度目の合戦が本書の題材。今回もまた、収録された作品を一つずつ紹介していきましょう。

 冒頭に収められたのは、冲方丁が上杉謙信を描く『五宝の矛』であります。内憂外患の越後において、幼い頃からの抜きん出た才を振るい、越後を統一するに至った謙信(政虎)。彼が己の力としてきたのは四つの宝――豊かな富・精強な兵・大義名分・信仰でありました。しかし武田晴信の存在を知った時、彼は五番目の力の存在に気づくことになります。謙信をしても我が物とするのに長き時を要したその宝とは……

 既に本シリーズではお馴染みの、主人公の心中深く入り込み合戦に至るまでの半生を辿るという作者のスタイルが貫かれた本作。謙信の越後統一過程だけでも一冊になりそうな内容ですが(特に、普通の作品では病弱で凡愚な人物と描かれがちな兄・晴景の人物像が面白い)、そこに彼の力の源を絡めていく展開がユニークです。
 が、今回は物語の中心たる五番目の力の披露――すなわち川中島での決戦――に至るまでが少々長すぎたため、途中で倦んでしまった印象が否めません。五番目の力の正体も、なるほどと言えばなるほどではあるのですが、やはり引きが長すぎて、そのインパクトが薄れた感があるのは、残念でなりません。


 続く、佐藤巖太郎による山本勘助が主人公の『啄木鳥』は、公募の「決戦!小説大賞」受賞作。作者は既にプロデビュー済みではありますが、ここまで勝ち上がってきたのは伊達ではない、と思わせる内容です。

 第四次川中島の合戦において勘助が啄木鳥戦法――妻女山の上杉軍を武田の別働隊が攻撃し、下山してきたところを本隊とで挟撃する――を発案したことは、よく知られています。そしてそれが見抜かれた結果、武田軍に甚大な被害が発生し、勘助自身も討ち死にしたことも。
 本作は、なぜ勘助が啄木鳥戦法を選び、そしてそれが敗れ去ったかを描く物語。自分を爺と慕う武田勝頼との会話から、上杉必殺の策を考案した勘助ですが、しかしその背後にあったある人物の想いとは……

 戦国の習いとはいえ、時に非道に見える手段を取らざるを得なかった勘助と、それを理解しつつも許せぬ者の想いが絡まり合い、一つの悲劇が――いや、それは未来にも続くものなのですが――生まれる様を、本作は巧みに描き出すのです。


 武田に山本勘助あらば、上杉にはこの人あり、というべき宇佐美定満を主人公とするのは、吉川永青『捨て身の思慕』。しかし本作の定満は、神憑り的な強さを持つ主君には無用の存在、ただ徒に齢を重ねた者として家中から低く見られているというのが意外です。

 定満自身、謙信を主君の座にそぐわずと思い、名ばかりの軍師の立場に甘んじていたのですが…五年前のある事件をきっかけに、彼の中に変化が生じることとなります。
 その想いはタイトルどおり、ほとんど思慕の域となり、謙信に認められるために己の首を賭けた策へと彼を駆り立てるのですが……予想通りではあるものの微笑ましい結末の、そのまた先にある史実をみれば、戦国武士の思慕の凄まじさに唸らされるのです。


 そして個人的には本書でベストの作品が、矢野隆による武田信繁『凡夫の瞳』であります。典厩の名で知られ、信玄を忠実に支えてきた弟・信繁は、この第四次川中島の合戦の死亡者の中に名を残しているのですが……本作は、そこに至るまでの信繁の半生と、彼の抱えた想いを巧みに描き出します。

 信玄が疎んじられたのと対照的に、父・信虎から溺愛されて育てられた信繁。そんな二人が少年時代に起きたある事件は、信繁に自分の限界を悟らせ、兄への畏敬の念を根付かせることとなります。どこまでも己の道を貫く兄・信玄。その彼の前に立ち塞がり、危機に陥れる相手が出現した時、凡夫たる信繁に出来ることは、彼が選んだ道とは……

 デビュー以来、多くの作品において「戦う者」を描き続けてきた作者。しかしその戦う者とは、決して「強者」のみを指すわけではありません。たとえ弱くとも、己が己であるために戦わずにはいられない、立ち上がらずにはいられない者たちをも、作者は描いてきました。
 本作の信繁は、まさにその一人。彼の一世一代の活躍とその結末は、同じく凡夫であるこちらの胸に強く強く突き刺さるのです。


 残り三作品は、次回紹介いたします。


『決戦! 川中島』(冲方丁、宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!川中島


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