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2016.08.25

上田秀人『禁裏付雅帳 二 戸惑』 政治と男女、二つの世界のダイナミズム

 思わぬことから公家の監察官たる禁裏付に任じられた青年武士・東城鷹矢の苦闘を描くシリーズの第二弾であります。前作は鷹矢が禁裏付に任じられるまでを描いたいわばプロローグでしたが、本作においていよいよ鷹矢は京に赴任し、禁裏付としての道を歩み始めることになります。苦難に満ちた道を……

 公儀御領巡検使に選ばれたことから、運命が大きく変わることとなった鷹矢。本来であれば別の役目となるはずが、公儀御領の担当とされてしまった彼に課せられた任務、それは朝廷側の不正・弱みを探ることでした。
 実はこの時代、今上帝が父・閑院宮典仁親王の太上天皇号を宣下する内意を幕府に示してきたことから、これを阻まんとする時の老中・松平定信の意により、京と全く縁のなかった鷹矢が選ばれたのです。

 帝位になかった典仁親王に太上天皇号を送ることは、神君家康が作った禁中並公家諸法度に反する行い。そしてより直接的には、宣下に伴う諸々の儀式のためにかかる費用が、これから改革の大鉈を振るおうとしている定信にとっては認められない状況なのであります。
 それ故、定信が自分の自由にできる手駒として、鷹矢は送り込まれることになったのですが……もちろん、鷹矢にとっては大きな災難であることは間違いありません。

 何しろ、江戸で、武家の間で暮らしてきた鷹矢にとって、京の、公家の社会は全くの異世界。物理的な力、世俗的な力はほとんど全く持たぬものの、官位は高く、そして何よりも政治と陰謀好きな公家たちは、彼にとっては理解の範疇の外にあります。

 そしてまた、禁裏付という役目自体が、有名無実どころか無名無実。禁裏を、公家を監察し、異変や事件が起きれば所司代に報告するのがその役目ではありますが、この時代にまずそんなことが起きることもなく(そして何よりも官僚制特有の事なかれ主義もあり)、実務は配下の与力同心が行う……
 一見気楽な役目に見えますが、裏を返せば、それはその役目で何かを為そうとすれば、常の何倍もの労力が必要となるということであります。

 そして、そんな禁裏付に、異例の配属ルートで回ってきた鷹矢の存在が、周囲の耳目を集めるのもまた事実。早くも定信の意図を見破った大納言にして五摂家の一つ・二条家の当主である二条治孝は、鷹矢を己の掌中に収め、禁裏側で操ろうといたします。その手段とは……


 古来より誰かをスパイに仕立て上げるための手段でまず使われるのは金。そしてそれと並ぶのが、女であります。
 ここで治孝が使った手段はまさにそれ。下級公家の次女・温子を自らの養女(という名目の手駒)として、鷹矢を籠絡させるべく、送り込んだのであります。

 腕は立つが若く世間知らずな青年武士が、突然政略と陰謀の世界に放り込まれ、権力を巡る暗闘に巻き込まれるという構図が大半を占める上田作品。
 四方八方が敵か自分を利用とする者だらけという世界の中で、主人公たちの数少ない救いとなるのは、男女の愛――最もパーソナルな人間の関係性でありました。

 それが本作においては、それすらも封じられている――いやむしろ利用されようとしているのですから、何ともやりきれない状況ではあります。
 しかし同時に、(このような言い方は誤解を招くかもしれませんが)それだからこそ本作はこの先が楽しみになると感じます。

 「捨て姫」(事がなろうとなるまいと、実家からは捨てられた扱いとなる姫君)という、人を人とも思わぬような、何とも腹立たしい扱いで送り込まれてくる温子。そのある意味「堂々たる隠密」であり、双方に愛情どころか不信感すらある鷹矢と温子の関係性が、どのように変わっていくのか(あるいは変わらないのか)。
 そのある種のダイナミズムが、大いに興味をそそるのです。


 実は本作は、作者の作品としては珍しく剣戟シーンがないのですが(おそらくは次巻冒頭でドッとくるはずですが)、それでも緊張感を持って最後まで読むことができたのは、政治の世界のダイナミズムだけでなく、この男女の世界のダイナミズムがあったからにほかなりません。

 もちろんこの二つの世界の動きは、端緒についたばかり。これからまだまだ様々な動きが待ち受けていることでしょう。現に、ラストにはもう一人……という何とも空恐ろしい状況が待ち受けており、この先の展開にも興味をそそられるのであります。


『禁裏付雅帳 二 戸惑』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
戸惑: 禁裏付雅帳 二 (徳間文庫)


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