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2016.08.11

『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの

 七人の作家により、天下分け目の合戦での七人の武将の姿を描く『決戦!』シリーズ第四弾の紹介の後半であります。残る三作品は、これまでのものに加えて輪をかけてユニークな作品揃いであります。

 ある意味タイムリーな真田昌幸を主人公に据えたのは、奇想に満ちた作品を得意とする乾緑郎。『影武者対影武者』というタイトルの時点で、大いに気を持たされます。
 さてこの昌幸の初陣と言われるのが、まさに本書の題材たる第四次川中島の合戦。既に頭角を表していた父・幸隆にも負けぬ才気を見せながらもまだ青い昌幸が見たものは……

 川中島で影武者といえば、すぐに思い至るのは信玄の影武者を務めた武田信廉(逍遥軒)ですが、しかしもう一人の影武者とは……それが誰のものか、言うまでもないでしょう。
 この合戦のクライマックスとして後世に名高い信玄と謙信との一騎打ち。実はこの信玄は信廉だった、という説もあるようですが、本作はそこからさらに一歩踏み込んでみます。そこにあるのは、さすがの昌幸をもってしても唖然とさせられる奇怪な合戦、奇怪な読み合いの世界なのです。


 そして同じように奇怪な……と思いきや、別の方向に意外な変化球を投げてきたのが、甘粕景持を描く木下昌輝『甘粕の退き口』であります。
 本書の主人公の中では、知名度は一枚落ちるかもしれませんが、しかし上杉四天王の一人として殿軍の将を務め、武田の別働隊を長時間荷渡り足止めしてその勇名を轟かせた景持。しかし本作の景持は……と言えば、聖人君子の仮面の下にあまりに自由奔放な行動をとる主君の言動に頭を抱える常識人という役回りなのです。

 もともと越後は有力な国人たちが割拠し、決して一枚岩とは言えない状況、その越後を治める謙信の立場も盤石ではありません。その果てに謙信が取った強硬策が(本書で何度も登場する)高野山の家出だったわけですが……しかしこれをやられた方の家臣たちの反応は、想像するに難くありません。
 しかも本作の謙信は、行動する際に考えなし、しかし戦えばバカ強いというある意味始末に負えない人物。そんな謙信に憤り、一度はクーデターまでも考えながらも、結局は川中島の戦場に引きずり出されてしまう景持なのですが……

 と、ひたすらマイペースな謙信に振り回される景持の姿が可哀想で、そして可笑しい本作。戦いすんで日が暮れて、そんな彼の心境がどう変わったのか……それでいいのか、というツッコミを入れたくなりますが、しかし彼は間違いなく幸せなのでしょう。


 そしてラストに控えしは、曲者揃いの本書らしい極め付きのクセ球『うつけの影』。宮本昌孝が武田信玄を描きます。
 本書の題材である第四次川中島の合戦が行われたのは永禄四年。実はその前年には、これも戦国史に名高い――そして後世への影響がより大であったと言うべき合戦が行われていました。それは桶狭間の戦い。うつけと呼ばれてきた信長が、寡勢を率いて今川義元を討ったあの戦であります。

 その義元は、信玄にとっては同盟相手であり、そして同時にライバル、障害でもある存在。その義元を倒した信長は何者か……胸中で得体のしれぬ形で膨れ上がる影が、信玄を苦しめるのです。
 そしてその恐れが、信玄をして宿敵との決戦に――自身を囮とするかのような形で直接対決を行うという、無謀とも言える形での決戦に向かわせたとしたら……

 本作の発想は、一見突飛なものに見えるかもしれません。内容的にも、川中島以上に桶狭間の方が印象に残るきらいもあります。しかし、双方があまりにもインパクトのある合戦ゆえに、全く独立した、別個のものとして受け止められてきたこの二つの合戦を、有機的に結びつけてみせる視点は見事と言うべきでしょう。
 そしてまた、次に控える「決戦!」シリーズの予告編的な役割を果たしている点も……


 そう、「決戦!」シリーズ第五弾は桶狭間。誰が誰を、如何に描くのか……こちらも今から気になるところであります。


『決戦! 川中島』(冲方丁、宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!川中島


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