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2016.09.05

上田秀人『表御番医師診療禄 8 乱用』 長崎編後編 秘術の行方は……

 波乱万丈の人生を辿ってきた表御番医師・矢切良衛も、これまでの功績が認められて長崎で南蛮医学の修行に励むことに。が、京で探索にこき使われたり、南蛮医学の懐妊の秘術を探るよう求められるなど、面倒を背負わされてばかり。挙句に様々な連中から命を狙われ……相変わらずの受難ぶりであります。

 幕政の闇に巻き込まれながらも、身につけた医術と剣術で辛くも切り抜けてきた良衛。これまで散々こき使われてきた報奨にと、医師として憧れの長崎遊学を認められた良衛ですが、その際に、将軍綱吉の寵愛厚いお伝の方から、懐妊のための秘術を会得するよう密命を下されるのでした。

 そんな都合の良い秘術があるかもわかりませんが、しかし相手はいま大奥で飛ぶ鳥を落とす勢い。やむなく自分の修行そっちのけで出島のオランダ商館に通う良衛ですが、専任の医師などはおらず、門限など厳しい条件の下、自分でその術を探る羽目となります。

 さらに、旅の途中に新興の薬種問屋・南蛮屋の抜け荷の証拠を目撃……したと勝手に勘違いされ、わけもわからぬうちに刺客に襲われる良衛。その上、将軍の寵愛を狙うお露の方がお伝の方の秘命を嗅ぎつけたことから、その実家の廻船問屋・房総屋の手の者も、良衛につきまとうことになります。
 しかも、その両者が、それぞれ長崎の警固を担当する福岡藩黒田家、佐賀藩鍋島家に手を回したことで、さらに状況は面倒なことに……


 というわけで、本人の責任ではないのにどこにいっても面倒事に巻き込まれ、長崎奉行も頭を抱えるほどの良衛。
 金と権力に執着する人々と、彼らに振り回され使役される人々……というのは上田作品に定番の構図(はっきり言ってしまえば、良衛も後者の一人ではあります)ですが、本作は江戸から遠く離れ、直接の政争から文字通り距離を置いた分、その争いの愚かさ、せせこましさが、より際立って見えるように感じます。

 何しろ、良衛を狙い、遺恨を抱くのは南蛮屋や房総屋だけではありません。彼の医術や地位を妬み、勝手に恨みを抱く者も、一人や二人ではないのですから……
 何はともあれ、そんな思わぬ良衛包囲網がクライマックスに達するのは、本作の表紙絵に描かれた場面。長崎といったらやっぱりこれでしょ、と言いたくなるような(?)相手との対決のシーケンスは、戦場から生まれた超実戦派武術を修めた良衛の面目躍如たるものがあります。


 さて、力で向かってくる敵はどうにかできても、悩ましいのはお伝の方から課せられた密命の行方。上で述べたとおり、あるかどうかもわからない……というより、現代人の目から見ても無理としか思えないその密命ですが、わかりませんでした、ではすまされません。
 その点をどう捌いてみせるのか、これはむしろ剣戟以上の難局ですが――

 詳しくは述べませんが、なるほどこう来たか、という物語展開でこの点をクリアしてみせたのにはただ感心なのです。
(そしてこのくだりで描かれた、これまであまり表に出てこなかった人物のしたたかな生き様にも……)

 しかしそれは良衛にとっては一難去ってまた一難、新たな難局の始まりでもあります。難題は持ってくるが手は貸してくれない上役もおらず、数は少なくとも好意的な周囲の人々にも恵まれた長崎を離れ、再び舞台は江戸へ……
 変化球の展開を終え、次に待ち受けるものは何か。やはり目が離せないシリーズであります。


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