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2016.09.30

霜島けい『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』 おかしな父娘の心の絆

 のっぺらぼうが江戸の町方同心を務めるという『のっぺら』でこちらの度肝を抜き、かつ大いに楽しませてくれた霜島ケイ(本作では「霜島けい」名義)、久々の新作であります。もちろんこちらもとんでもないアイディアの作品、なにしろタイトルの通り……

 早くに母を亡くし、左官の父と二人で暮らしてきたものの、ある日ぽっくりと父が亡くなってしまい、天涯孤独となってしまった少女・るい。
 真っ直ぐで明るい気性を持ちながらも、生まれつきこの世ならざるものを視る力を持つ彼女は、それがもとで(そしてもう一つ、より大きな理由から)奉公先をしくじり続け、途方に暮れる日々を送っておりました。

 そんなある日、何の気なしに入り込んだ路地で彼女が見つけたのは、「働き手求む」の貼り紙。それは、この世のものならざる曰く付きの品と出来事を扱っているという九十九字屋のものでした。
 背に腹は代えられないと店を訪れた彼女を待っていたのは、イケメンだけれども偏屈で態度の大きな主・冬吾。彼は、るいを雇うのにある条件を付けるのですが、それは……


 というあらすじを見ると、もしかすると何やら既視感があるかもしれません。真っ直ぐで明るいヒロイン、イケメンだけど奇人の店主、ちょっと変わった店に持ち込まれる事件――そう、近頃ライト文芸レーベルで大部分を占めている、あのパターンであります。

 しかし本作がそれらの作品と決定的に異なるのは、舞台を時代ものに移し替えた点だけではありません。一言で言えば、るいの場合「パパがぬり壁になっちゃった」のです!

 ……あ、わからないですね。実はるいの父親はぬりかべ――ゲゲゲの鬼太郎に出てくるあの壁の妖怪とは少々スタイルは違いますが、土壁の中に自在に出入りできる妖怪なのであります。
 もっとも、るいは妖怪と人間の間に生まれたというわけではありません。るいの父も生前は人間だったのですが、亡くなったと思ったら、生前の仕事が左官だった故か(?)ぬりかべになってしまっていたのです……いや、なってしまったのだから仕方ありません。

 かくてぬりかべになった父は、るいについて回っては面倒事を起こし、彼女が奉公先を追われる理由を作っていたのであります。
 そんな父を抱えたるいにとって、ある意味お仲間ともいえる(?)九十九字屋への奉公は渡りに船で――


 というわけで、妖怪時代小説数ある中でも屈指の個性的な設定を持つ本作は、全2話で構成されております。

 九十九字屋に雇われる条件として、自分に着いてきてしまった土左衛門を成仏させるべくるいが奔走する第1話。
 晴れて九十九字屋に奉公することとなったるいが、「その音がすると店に凶事が起こる」という鷽笛に秘められた謎を冬吾とともに追う第2話――どちらも人情怪異譚とも言うべき内容となっています。

 正直なところ、描かれる事件自体は比較的シンプルなのですが(特に第2話は、怪異の真相自体は予想がつきやすい)、本作は、ベテランらしい緩急付けた文章・構成と、何よりも九十九字屋の三人のやり取りが抜群に楽しい。
 やや直情径行だけれども心優しいるい、嫌味で自己中に見えるけれども実はツンデレ気質の冬吾、そして妖怪になってもバリバリの江戸っ子な親父と……そんな誰と誰が絡んでも楽しいトリオ(特に冬吾と親父の異次元っぷりがいい)のやりとりを見るだけでも、本作を読む価値はあるといえます。

 もっとも、本作で描かれるのは、楽しいことばかりではありません。
 本作の2つの事件の背後にあるのは、いずれも人の心の薄暗い部分――真っ黒ではないにせよ、時に人を傷つけ、害する負の部分であり、それが引き起こした事件は、真相が明かされてもなお、哀しくやるせないものを残すのですから。

 しかしそれでも、それだけではない、と思わせてくれるのは、たとえ始終口喧嘩していても、いや幽明界を異にするどころか、種族(?)まで異にしてしまっても、強い心の絆に結ばれたるいと親父の存在があるからにほかなりません。

 人間は天使ではないかもしれない。しかし悪魔でもない――いや、妖怪になっちゃうかもしれませんが、とにかく、この世も哀しいこと、悪いことばかりじゃないということを教えてくれる本作は、どこまでも暖かく魅力的です。
 そしてもちろん、そんな物語の続きにも期待している次第です。


『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
ぬり壁のむすめ: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2016.09.29

『コミック乱ツインズ』2016年10月号 新連載&移籍ラッシュで充実の誌面

 発売から半月が経った今頃で恐縮ですが、今回は「コミック乱ツインズ」誌最新号の紹介をしたいと思います。この数ヶ月同誌では新連載ラッシュ、特に今月からは休刊となった「戦国武将列伝」誌移籍組も加わり、相当の充実した内容となっていますが、その中から特に気になる作品を取りあげます。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 先月から連載スタートとなった本作、タイトルでおわかりの方も多いと思いますが、上田秀人の文庫書き下ろし時代劇シリーズの漫画化であります。

 時は六代将軍家宣のいわゆる正徳の治の頃、新井白石により勘定吟味役に抜擢された青年・水城聡四郎が、幕府の財政の闇に挑む……という内容は原作に忠実ですが、ビジュアルの方もこちらのイメージどおり。
 初々しい聡四郎に紅のツンデレぶり、白石や荻原重秀の陰険さ、紀伊国屋文左衛門の得体の知れなさ等々、実によい感じです。

 かどたひろしと言えば、同誌の『そば屋幻庵』の――すなわち人情ものの印象がどうしても強かったのですが、剣戟シーンの切れもなかなかで、この先も期待できそうな漫画化であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 冒頭で触れた「戦国武将列伝」移籍組第一号が本作。悠久の時の中で、唯一鬼を倒せる「鬼切丸」を振るう少年の物語です。

 これまでも平安時代から戦国時代・江戸時代まで、様々な歴史的事件や伝説を題材としてきた本作ですが、再開第一回の今回描かれるのは黒塚――すなわち、安達ヶ原の鬼婆であります。奥州安達ヶ原で旅人を襲っては喰らっていたという鬼婆。しかしその鬼婆も二百年前に高僧の導きで成仏し、今は既に人を喰らう鬼はいなくなったはずなのですが、少年の前に現れたのは……

 不幸な巡り合わせから自らの娘を殺し、赤子の生き肝を奪った後に真実を知り、絶望のあまりに人外の者と化したという鬼婆。その異形の母子像は、酒呑童子に食われた尼僧の胎内から生まれた鬼切丸の少年と、ある意味対照的なものがあります。
 その意味では再開第一話にこのエピソードを配置するのにも納得なのですが、それだけでなく、さらに重く切ないひねりが加わっているのが本作らしいところでしょう。

 ただ、今回の作中年代は927年(「奥州安達ヶ原黒塚縁起」の726年の二百年後)に対し、鬼切丸の少年が誕生したのは995年なので、矛盾が生じているのは残念ですが……


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 こちらも原作もの、それも山田風太郎のあの『忍法八犬伝』の漫画化であります。しかも、作画を担当するのがエロティックな作品を得意とする(そして時代ものも少なくない)山口譲司というのは、これはコロンブスの卵な組み合わせでしょう。

 連載第三回の今回は、里見家お取り潰しの陰謀により奪われた八玉奪還のため、一人奔走する犬村角太郎が犬田小文吾のもとを訪れるも彼は乞食稼業が板についていて……というくだりですが、そこに現れるのが、本作では(確か)初登場の村雨姫。
 八玉を奪った八人のくノ一が、いずれも作画者らしい妖艶な美貌なのに対し、村雨姫はあどけなさも残る清楚な姿で、この辺りはさすが、と納得させられます。また、ストーリーをかなり整理して展開をスピーディーにしているのも好印象です。

 時折絵的に粗い部分もあるような気もしますが、いよいよ次回から忍法合戦本格スタートということで期待したいと思います。


 以上、個人的に印象に残った三作品を取り上げましたが、その他の作品でも、武村勇治を作画に迎えた『仕掛人藤枝梅安』や、『ケダマメ』の玉井雪雄の『怨ノ介 Fの佩刀人』が気になるところです。

 前者は長きに渡りさいとう・たかをが漫画化してきた池波正太郎の名作ですが、作画者のバイオレンスフルな画風と、温厚な梅安のキャラクターのギャップが、彼の表裏を象徴しているようで面白い。
 また後者は、自分を陥れた相手を求めて刀剣男子ならぬ刀剣女子を伴に旅する男の復讐行ですが、今回は本作ならではの「刀を振るうこと」「人を斬ること」の意味を、丹念なビジュアルで描き出しているのが強く印象に残ります。

 次号からはやはり「戦国武将列伝」移籍組の重野なおき『政宗さまと景綱くん』がスタート。いよいよ充実する誌面に期待は高まります。


『コミック乱ツインズ』2016年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2016年10月号 [雑誌]

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2016.09.28

吉川うたた『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第6巻 そして旅は終わり、旅は続く

 この世ならざる者を見る目を持つ自由奔放な芭蕉と、そんな師匠に手を焼く堅物の曾良が珍道中を繰り広げてきた吉川うたた版「おくのほそ道」の旅もついにこの巻で完結。旅の終わりに、そしてその先に何が待つのか……堂々の大団円であります。

 みちのくへの歌枕を求める旅も折り返し地点を過ぎ、越後を過ぎた二人。この巻での旅は、金沢から始まります。

 そして金沢から福井、敦賀を経て大垣に向かう旅路となるのですが――途中の山中温泉で、なんと曾良が芭蕉とひとまずの別れを告げることとなります。
 「おくのほそ道」によれば、腹を病んでいたことが理由ですが、本作ではそこにアレンジを加え、これまでの物語で描かれてきたある要素を盛り込んでいるのがらしいところでしょうか。そして、彼の代わりとなる同行者への非常に細かい気遣いもまた……

 しかし、弟子というより無二の相棒とも言うべき曾良と別れても、芭蕉の旅が続くのは、これは史実どおりとはいえ少々、いえ実に寂しい。その事実自体が、二人の旅の終わりを象徴するようにも感じられるところであります。
 もちろん、これで芭蕉と曾良が永遠の別れとなったわけではありません。「おくのほそ道」の旅のゴールとなったのは大垣。そこで再び芭蕉の元に曾良は現れるのですが……


 さて、上でゴールと述べましたが、別に芭蕉が華々しくゴールテープを切ったわけでも、特別なイベントがあったわけでもありません。あくまでも一つの通過点として、すぐに芭蕉は伊勢神宮に向かい、その後も伊賀上野や京を訪れているのですから(曾良は再び離別)。

 その意味では、この旅の終わりを漫画化するのは相当に難しいものがあるのではないか……とも思っていたのですが、本作はその辺りを、その後の「おくのほそ道」成立に至るまでの道のりを含めて描くことで、巧みに物語として成立させていると感じます。

 「おくのほそ道」の旅自体は元禄2年(1689)の出来事ですが、芭蕉がその推敲を終えたのはその5年後の元禄7年。そしてそれは、芭蕉が没した年でもあります(さらに言えば、「おくのほそ道」が刊行されたのは実にそれから8年後の元禄15年)。
 曾良はその後、宝永7年(1710)まで生きたのですが、いずれにせよ、この巻で芭蕉が口にする「「おくのほそ道」を書き上げたら 北へ行こうな もっと北へ」という言葉は、生前果たされなかったことになります。

 そして主人公二人が去り、物語は終わった、かに見えたのですが――


 しかし、我々がこの物語を通じて目の当たりにしてきたことは、人の想いは、その想いを抱いた者の死によって消え去るわけではないということであります。

 本作においては、それを芭蕉が行く先々で死者のヴィジョンを見ることで、ある種象徴的に表現してきました。
 いや、超自然的なことではなくとも、その土地土地に残された旧跡に、そして本作的には、何よりもそこで詠まれた歌の中に、我々は往時を偲び、そこに生きた人々の姿を感じることができるのです。

 だとすれば、「おくのほそ道」を旅した芭蕉と曾良の姿も……

 「おくのほそ道」に魅力を感じ、本作がそうであるようにそれを語る人々がいる限り、芭蕉も曾良もそこにいる。どこかで旅を続けている――
 それは本作を詠んできた我々にとって、何よりも嬉しく、感動的な「事実」ではありませんか。


『鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録』第6巻(吉川うたた 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
鳥啼き魚の目は泪~おくのほそみち秘録~ 6 (プリンセスコミックス)


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2016.09.27

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」

 玄鬼宗を撒いて丹翡・捲殘雲と合流した殤不患。あくまでも飄々とした態度の殤不患に苛立ち、「刃無峰」の二つ名をつける捲殘雲だが、その場に現れた玄鬼宗に対し、殤不患はその真の力を発揮する。一方、ついに天刑劍の柄と鍔を手に入れ、鍛劍祠で天刑劍の封印を解いた蔑天骸たちが見たものとは……

 いよいよ残すところあと2回。今回は主人公の一人である殤不患の真の力が明かされることとなります。

 前回あっさり正体を見破られて玄鬼宗に追われる羽目になった殤不患。ようやく玄鬼宗を撒いた彼は、刑亥と狩雲霄から逃れて傷の手当て中の丹翡と捲殘雲を見つけます。お互いの状況を確かめ合う三人ですが、凜雪鴉の策が破れてむしろイイ気分な殤不患に捲殘雲のイライラが爆発。窮地にあっても呑気に笑い、名誉も沽券も気に懸けないくせに厄介事には平気で首を突っ込む……そんな殤不患が気に入らないようです(しかし捲殘雲よ、それこそが「大侠」というものでは……)
 その挙げ句、殤不患に「刃無峰」――「切れない刃」という二つ名をつける捲殘雲ですが、むしろ殤不患はそれが気に入った様子であります。

 と、そこに現れたのは凋命率いる玄鬼宗の皆さん。凋命が殤不患に対して「大根役者」と呼びかけるのは、前回を思い出すと笑ってしまうのですが……それはさておき、武器を手にして戦うものの、やはり精彩を欠く丹翡と捲殘雲。捲殘雲を助けるため、自分の剣を投げつける殤不患ですが、それを手にした捲殘雲が見たものは――なまくらどころか、木の刀を銀色に塗っただけのいわば竹光。だとすれば、これまで玄鬼宗と渡り合い、岩石巨人を破壊した殤不患は……
 かつて殤不患の技を見て、気功は見るべきところがあるが、剣の切れ味は二流と判断した殺無生。しかしそれも道理、殤不患は初めから剣など持っていなかったのですから。全ては彼の気の力、その辺りの木の棒に気を込めるだけで、肉を切り裂き骨を断つどころか、岩をも砕く剛剣となるのであります!

 まさしく刃無峰の技で以て、玄鬼宗を一掃する殤不患。その彼を大根役者と嘲った凋命こそ哀れ、むしろ登場人物全てに真の力を隠してきた殤不患こそは千両役者! 凋命の命をかけた一撃をあっさりと打ち砕いた殤不患は、しかし相手の命を奪ったことには憂い顔を見せます。そう、彼が竹光を差すのは、いかに技を極めようと人を斬るのを当然とせず、己を縛める――のも面倒なので最初から武器を持たぬこととしてためなのですから。
 その辺りの殤不患の想いをどこまで理解したか、捲殘雲は新たな英雄の登場にワクワク顔……のように見えます。

 さて、そんな一幕の一方で、ついに天刑劍が封印されている鍛劍祠に現れた蔑天骸、そして狩雲霄と刑亥。ついに柄と鍔の両方を手にすると、あっさりと封印を解いて天刑劍をその手に収める蔑天骸ですが――その時、不気味な鳴動とともに天刑劍の台座が崩れます。台座の下の空間に潜んでいたのは、巨大な魔物。これこそは天刑劍に倒されたと伝承されていた魔神・妖荼黎――二百年前の戦いの後、唯一魔界に帰還していなかったという妖荼黎は、やはり倒されたのではなく、天刑劍に封印されていたのであります。

 それを知って慌てたのは狩雲霄、さすがに自分の生きる世界が魔神に破壊されては、と蔑天骸に矢を向けるのですが、彼ほどの達人が慌てていたのか、後ろから刑亥の鞭で首を絞められ、天井の梁にぶら下げられる始末。そのまま力を緩めぬ刑亥に抵抗の力も薄れ、偽者とはいえ一個の英雄だった狩雲霄も無惨に絶命することに……
 刑亥の真の目的こそはこの妖荼黎復活、邪魔するのであれば容赦はしないと鞭を向ける彼女に対し、むしろ妖荼黎復活を歓迎する蔑天骸。魔神復活により到来する乱世こそは剣の天下、俺の歩む道に相応しいと、テンプレ通りの世紀末覇者ぶりであります(その割りに、後で妖荼黎を倒せば救世主にもなれるというのが何というか)。

 かくてそれぞれ望みを果たして鍛劍祠を出た二人。と、蔑天骸の前に姿を現したのは、隠れて一部始終を見ていた凜雪鴉であります。蔑天骸から最強の剣たる天刑劍を奪い取り、その心を折ることこそ盗賊の本懐と語っていた凜雪鴉。しかしここに至り彼が知ったのは、真に蔑天骸が恃むのは自分自身の無敵の剣術、天刑劍はあくまでもそれに釣り合う得物に過ぎなかった……という事実でした。
 だとすれば、その蔑天骸の誇りを奪うのは簡単、ただ彼を剣技で以て破ればよい。そう言い放った凜雪鴉の手には、この物語が始まって初めて剣が――


 今まで溜めに溜めてきたものが大爆発した前半の殤不患の大立ち回りと、後半の(ある程度予想はできていたものの)意外な展開で盛り上がった今回。思想的には、凜雪鴉よりも殤不患の方が、蔑天骸を倒すのに相応しいようにも思いますが、さて……


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』第4巻(BDソフト アニプレックス) Amazon
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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」

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2016.09.26

平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』 お庸の成長と彼らの正体と

 猫招き文庫の創刊からの人気シリーズである『貸し物屋お庸』シリーズも早いもので第4弾。江戸有数の貸し物屋・湊屋の両国出店を預かって活躍するお庸ですが、今回はタイトルから察せられるように、彼女に意外な(?)変化が……

 押し込みに両親を殺され、仇討ちのために力を借りた代わりに、湊屋の若き主人・清五郎の下で働くことになった少女・お庸。働くと言っても、本店でではなく、両国の出店(支店)を任されたお庸は、清五郎に付けられた手代の松之助とともに、次から次へと入ってくる依頼に応えるため、東奔西走する……というのが本シリーズの基本設定であります。

 家業が大工のためか、幼い頃からのべらんめえ口調が抜けず、今では一種の名物になっているお庸。そんな男勝りの彼女の弱点は清五郎――ちょっと得体の知れないところはあるものの、男っぷりのいい清五郎の前に出ると、普段の威勢の良さはどこへやら、借りてきた猫のようになってしまうお庸なのです。
 本作の第1話「萱草の簪」では、お庸がそんな自分の想いに気付くことになります。……今まで気付いてなかったのか!? と妙なところで驚かされたのはさておくとしましょう。

 ある日お庸の出店にやってきた美女・葛葉。芸者である彼女は季節外れの萱草のかんざしを借りに来たのですが、どうやら清五郎とは訳ありの様子……これまで不思議に周囲に女っ気のなかった清五郎ですが、思わぬライバル(?)の出現に、お庸は自分の中の想いと正面から向き合うことになります。

 読者の側としても、何となくこれまでずっとこのまま続くのではないかと思っていたお庸と清五郎の関係。それが今回、大きく揺らぐことになります。
 女性主人公だから恋愛話があって当然、などというありがちな物語では本作はありませんが、しかし逆にそれが全く描かれないのも不自然と思うべきでしょう。それが、お庸にとってはいずれ避けることのできない、一種の通過儀礼とも言うべきものであればなおさら――

 自分自身の想いに気付いた時、彼女は清五郎とどう接するのか、そして何よりも、葛葉からの依頼にどう対応するのか。もちろん、ここでお庸が仕事をないがしろにするはずもないのですが……
 しかしそれでもやっぱり本調子ではない彼女を助ける周囲の人々の存在も含めて、切なくも温かく、同時に彼女の成長ぶりが感じられるエピソードなのです。


 その他、これまでの巻同様、今回もバラエティに富んだエピソードが収録された本作。
 お庸の亡き(!)姉・おりょうとともに、彷徨う魂たちのためにお庸が意外なものを貸す「六文銭の夜」
 やはりおりょうがきっかけで、生臭霊能坊主・瑞雲が人形集めに奔走する羽目になる「人形」
 素行の悪さで周囲を困らせるさる大名の嫡男のしつけ役として、お庸が大名家に乗り込むことになる「初雪」

 いずれも意外な切り口で、しかし本作らしい内容の物語ですが、少々驚かされるのは、松之助の過去が語られる「秋時雨の矢立」であります。

 これまで、商売には不慣れかつ直情径行のお庸を陰ながら支えてきたしっかり者の松之助。一見、いかにも利け者の、しかしどこにでもいう御店者に見える彼ですが……しかし彼もまた、主人をはじめ皆どこか謎めいている湊屋の男、思いも寄らぬ過去があることが判明するのであります。

 その過去が何であるかは読んでのお楽しみですが、面白いのはこのエピソードが松之助を中心にフィーチャーしつつも、あくまでもお庸の物語でもあるところ。
 無茶ではあるし、知らぬうちに周囲に支えられているけれども、しかし関わった人間の心を暖めるお庸の明るい個性が、松之助の物語の背後にも、確実に存在しているのです。

 そして、松之助の過去を知ると、これまで以上に清五郎の存在が謎めいて感じられるのですが、あるいは彼は……


 さて、清五郎の正体も気になりますが、前作の読者にとってさらに気になるのは、お庸を密かに監視しているらしい陸奥国神坂家の存在。本作ではあまり表だった動きを見せなかった彼らですが、おそらくは近々大きな動きを見せることでしょう。

 お庸の成長ともども、こちらも気になるところですが……それが明らかになる時は、おそらくシリーズのクライマックスでしょう。その時が来るのが楽しみなような、残念ようなような、そんな気分であります。


『貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 娘店主、想いを秘める (招き猫文庫)


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2016.09.25

『エド魔女奇譚』第6回-第10回 二つの世界の間で彼女が選んだもの

 オンエアから一週間遅れの今ごろで大変恐縮ですが、NHK-FMの「青春アドベンチャー」で放送されたオリジナル時代伝奇ドラマ『エド魔女奇譚』の後半5回の紹介であります。八代将軍を巡る動きに絡んで暗躍する異国の魔女と、その秘密を知った人々との戦いの行方は……

 時は正徳三年、突然の死を遂げた尾張第四代藩主・徳川吉通が、生前、謎の異国の少女から将軍位に誘われたことを知った吉通の弟・通春とその腹心・星野藤馬、蘭学医・宮部牽牛と長崎から来た混血男装の少女・紅丸。
 その少女の謎を追ううちに、彼らは少女が次に紀州の徳川吉宗に魔手を伸ばしていたことを掴みます。

 その異国の少女こそは、若い少女の生き血を力の源として長き年月を生き続け、死人や動物を操るなど奇怪な力を持つ魔女。将軍位に野心を持つ吉宗はその魔女を受け入れ、その力を借りようとしていたのであります。
 その一方、日本人でもオランダ人でもなく、男でも女でもない紅丸に対して、魔女は自分とともに異教の巫女となれと誘ってくるのですが……


 というこれまでの展開を受けての後半では、魔女を裏切りその口を塞ぐべく抹殺に走る吉宗一派の動きと、新たに通春に魔手を伸ばす魔女の動きが、尾張5代藩主・五郎太の早逝という史実と絡めて描かれることになります。

 その一方、自らの力の源として少女たちの生き血を集める魔女の次のターゲットとなったのは、牽牛の助手であり、紅丸の友達でもある少女・なつ。攫われたなつを追う紅丸たちと魔女、そして吉宗の手勢との、船上での三つ巴の戦いが、本作のクライマックスとなるのであります。

 このクライマックスは、魔女により乗組員が皆殺しにされ、下僕とされた幽霊船上というシチュエーションの妙といい、非日常的な妖魔と戦うのが、紀州藩の武士というある意味日常的な存在という対比の面白さといい、伝奇時代劇ファンとしてはなかなか楽しめる展開。
 音だけという制限ゆえ、迫力という点ではどうしても他のメディアには一歩譲らざるを得ないラジオドラマの短所を、上手く補っていたかと思います。

 また、将としての気風はあるもののそのために他者の犠牲を顧みない吉宗と、いまだ若いながらも人の情を重んじる通春の関係も、後世の二人を感じさせるものがあって面白い。
 特に、死んだ家臣を打ち捨てていこうとする吉宗と、たった一人の家臣の藤馬の身を案じる通春という対比などは、物語の根幹に通じるものを感じさせました。


 そう、本作の物語の背景としてあるもの――それは、人と人との結びつきでしょう。

 一国の長の座を左右しかねない強大な魔力を持ち、他人の生き血をすすって生きながらも、同胞もないままたった一人生き続ける魔女。あるいは、将軍という権力の座を求め、そのために部下の命を擲って省みない吉宗。

 望むと望まざるとに関わらず一人で生きる彼女たちの姿は、藤馬との結びつきを何よりも重んじる通春、あるいは自らの想いを隠して愛した女の心を救うために奔走した牽牛ら、他人のために自らの力を尽くす者たちと対比する形となっていたと感じます。

 そしてその両サイドの間に立つ者が、本作の主人公・紅丸でありました。上で述べたように、二つの国の間に生まれ、女としての自分を厭って男装に身をやつす紅丸。その姿は、魔女が自らの仲間に誘ったように、「そちら側」に近いとも言えるものでもあります。

 しかし、彼女は決して望まれずに生まれた存在ではなかった、彼女は生まれた時から周囲の愛に包まれていた――それが彼女を「こちら側」に留まらせ、本作のクライマックスにおける選択に繋がったと言えるでしょう。

 もっとも、この辺りの構図が今ひとつ見えにくかった……というよりも、その選択の姿にあまりカタルシスが感じられなかったため、物語としては少々地味な結末に見えてしまった、というのも正直な印象ではあるのですが……
(もちろん、全てを描ききらないことで、未来に向けて開いた物語としたことは理解できます)


 しかし、いささかなりとも勿体ない部分はあったとはいえ、このような形で新たな伝奇時代劇が生まれたのは、何よりも嬉しいことであります。
 この「青春アドベンチャー」は今までも挑戦的な作品を取り上げてきた番組枠でしたが、これからもこのような冒険が続いて欲しいと、心から願う次第です。


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2016.09.24

『仮面の忍者赤影』 第40話「魔風忍者の来襲」

 賑やかに正月を祝う飛騨忍軍の影部落。そこに突如出現したグロンの大暴れとともに謎の一団が里を襲撃する。影一族を滅ぼして名を挙げ、黄金の仮面を奪おうとする魔風忍者の襲撃に、影烈風斎は青影の姉・陽炎に黄金の仮面を託して逃がす。そして飛騨に急ぐ赤影たちの前にグロンが現れる……

 今までとは一風変わったアバンタイトルの口上のテンションも高く始まった第四部。正月に放送ということで、いきなり第四の壁を超えて挨拶してくる赤影。さすが赤い仮面をつけたヒーローは違います。それはさておき、どこかの切り立った岩の上で初日の出に手を合わせる三人。久々の平和に里心がついたのか、青影は飛騨に伝書鳩を飛ばすのでした。

 その頃、里では里の者たちが総出でお神楽を舞って賑やかに楽しんでいる最中。伝書鳩は、青影の美しい盲目の姉・陽炎のもとに無事届き、周囲に笑顔をもたらします。と、その時陽炎の鋭い耳が怪音をキャッチ。その音の源は、上空に突然出現した黒い大怪球、そしてその正体は怪忍獣グロンであります。
 突然のグロンの出現に驚く里の人々ですが、すぐ次の瞬間にはバンバン手投げ弾を投げつけ始めるのは、さすがは影一族であります。

 異変の発生に飛び出した影一族の一人・紅影(性別:男)の前に現れたのは、白塗りのド派手で見るからに奇っ怪な男・魔風雷丸。彼に従うミッキーマウスのような頭の下忍たちに取り押さえられ、何故か殺されずに放り投げられた紅影から状況を聞いた薄影には、赤影への伝令を買って出るのでした。
 しかしその動きはすぐに敵に察知され、襲いかかってくる無数の魔風忍軍。名前に似合わぬ(?)巨漢の薄影は鉄棒を振り回して下忍を蹴散らしますが、その前に鐺から炎を吹き出す刀を持つ小文字右兵が現れて……

 さて岩の上で伝書鳩の帰りを持つ青影ですが、彼が見つけたのは瀕死の薄影。赤影に魔風忍軍の存在を言い残して絶命した薄影は無残にも赤影を巻き込んで爆発していまいますが、それは薄影を囮として赤影たちのもとに案内させた右兵の仕業でありました。離れたところで様子を見ていた右兵は雷丸に貝殻無線機に報告するのですが……
 しかしもちろん健在だった赤影は右兵の前に参上、これを火炎放射を連発して右近が迎え撃ちます。赤影をたじろがせた右京ですが、脇から迫った白影に飛びかかられ、取り落とした火炎放射器を青影に奪われた末に鎖で縛られるというお粗末ぶりであります。右兵は自分たちの狙いをベラベラと喋ったと思うと、意味ありげに間をおき、赤影たちが近づいてきたところで自爆するのですが、もちろんこれも効くはずがありません。かえって赤影たちに飛騨への帰還を決意させることになるのでした。

 一方、影部落では攻撃を仕掛けてくる魔風の下忍を、石灯籠からニョキニョキ出てくる鉄砲という矢車剣之助的武装によって次々と撃破。この辺りもやはり赤影の故郷であります。その間に一族の主だった者たちを集めた烈風斎は、魔風忍群の目的が、近頃の赤影たちの活躍で世に知られるようになった影一族を倒して自分たちが名を上げること、そして全ての忍者の上に立つ証であり莫大な黄金の在り処を隠すという黄金の仮面を奪うこと――つまり名誉と物欲であることを語ります。

 その間にも魔風忍群は盾を用意して銃撃を突破、館の敷地に雪崩れ込んできた下忍たちと影一族の総力戦が始まります。さらにグロンを操るスケイルメイルを着た男・夜目蟲斎は攻撃に参加させるべく変な指先の動作でグロンを起動しますが、雷丸はこれを制止します。そこでグロンを小さくして口の中に放り込み、飲み込んでしまう蟲斎ですが……

 その頃、いよいよ危うしと見た烈風斎は、黄金の仮面を陽炎に託し、館を抜け出させることを決意します(ここで仮面を肌身離さぬよう陽炎に命じるのですが、入ってきた拍子に両肩を露わにした彼女を見て慌てて目をそらす黒影・紅影が楽しい)。そして泣く泣く黒影と紅影は陽炎を守り脱出することに……
 一方、飛騨に向かう途中の赤影たちの前には怪球が落下。もちろん正体はグロン、白影の銃撃に赤影の爆弾、さらには必殺光線流れ星を放つものの、グロンには通じず、さしもの赤影も呆然としたところで次回に続きます。


 おそらくは漫画版の第2部「うつぼ忍群の巻」、第3部「決戦うつぼ砦の巻」をベースにしたと思しき展開。これまで外の世界で武将のために活躍してきた赤影たちが、自分たちの世界を攻撃された時、如何に戦うのか……期待しましょう。


今回の怪忍者
小文字右兵

 影部落を襲撃した魔風忍群の一人。火術を得意とし、鐺から炎を吹き出す刀を得物とする。影部落を脱出した薄影をつけて赤影を襲うが、赤影たちにあっさり囚われ、自爆して果てた。


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2016.09.23

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 2 うそつきの娘』 地獄の中の出会いと別れ

 正式に妖怪の子預かり屋となって相変わらず妖怪たちに振り回される中、少しずつ周囲とも打ち解けてきた弥助。そんなある日、妖怪の子供たちが次々と行方不明になっていることを知り、妖怪の子を探して浅草に出かけた弥助は、そこで一人の少女と出会う。しかし彼女はとんでもないうそつきで……

 妖怪専門のベビーシッターを押しつけられてしまった人間の少年の奮闘を描く『妖怪の子預かります』の続編が早くも登場しました。相変わらず妖怪たちがコミカルな顔を見せる中、ギョッとさせられるような暗黒展開もあり、いよいよ作者の本領発揮という印象の作品であります。

 子預かり妖怪・うぶめが住む石を割ってしまったことで、妖怪奉行所の奉行・月夜公から、うぶめが帰ってくるまで妖怪の子預かりをせよ、という罰を受けた弥助。
 育ての親である盲目の美青年・千弥以外とはろくに口もきけないほど引っ込み思案の弥助にとって、賑やかで個性的な妖怪の子と接するのは拷問のようなもの。それでも一つ一つの依頼をこなしていく中で、弥助は妖怪たちの信頼を得ていきます。

 そして自分の過去に隠されていた妖怪との因縁も解決、実は大妖怪であった千弥の尽力でうぶめも帰ってきて、ようやく子預かり屋から解放された弥助ですが……これまでの奮闘がうぶめに気に入られて、今後も子預かり屋を続けることになるのでありました。

 というわけで本作の前半で描かれるのは、相変わらず賑やかな弥助の子預かり屋生活。
 風呂屋に貼られたお札に悩まされるあかなめや、三味線にされた母を捜す子猫妖怪、さらには千弥を婿にしようと押し掛けてきた蛇妖の姫君など(最後もまあ、広義の子預かりということで)、相変わらず弥助は珍妙な騒動に巻き込まれることになります。

 しかしそんな忙しくも平凡な日常に忍び寄る影。江戸で続発しているという妖怪の子供さらいに、仲良しの梅の子妖怪・梅吉の友達も攫われたと知った弥助は、手がかりを求めて浅草に向かいます。
 そこで彼の前に現れたのは、彼とはあまり変わらない年格好の少女・おあき。彼女は洒落にならないような嘘をついて、弥助をひどい目に遭わせるのですが、しかし弥助はそれが彼女の真意だとは思えず……


 というわけで、このおあきこそが、 本作のタイトルである「うそつきの娘」。これまではごく普通の娘だったのに、ある日突然、悪意ある嘘をつくようになった彼女のことを信じ、弥助は奔走します。
 その結果、彼女を今の境遇から救い出し、彼女と仲良くなった弥助ですが、彼女の笑顔を見ると、今まで感じたことのない想いを感じるようになって……

 いやはや、今まで甘やかすというにはあまりにもあまりにもな溺愛ぶりを見せる千弥にべったりで、何というかこう、色々と不安になった弥助ですが、今回めでたく初恋を経験することに。
 これまで外の世界との関わりを断ってきた彼にとって、これは妖怪の子預かり屋となって以来の大きな変化であり、成長といえるでしょう。この辺り何とも微笑ましく、こちらの顔もほころぶのです。

 が……その笑顔が凍り付くような展開を、本作は用意しています。いまだ解決していない妖怪の子の行方不明事件――その事件が思わぬ形で、それも最も残酷な形で、弥助の身にも迫るのです。
 その詳細はここでは述べません(述べられません)が、いみじくも作中で弥助が「地獄」と評したとおりのものであることは間違いありません。

 この暗黒ぶりは作者の真骨頂、ある意味こちらとしても望むところではあったのですが、まさかここでこんな形で突きつけられるとは……と震え上がった次第。
 この辺りの容赦のなさは(かなりレベルが異なるものの)前作の終盤でも見られたものではありますが、妖怪時代小説が数多い中で、一つの個性というべきでしょう。


 子供が大人になるまでには、様々な出会いを経験することになります。もちろん、出会いだけでなく別れもまた。妖怪の子預かり屋として、様々な出会いと別れを繰り返し、これからも弥助は少しずつ成長していくことでしょう。
 そこで何が描かれるか楽しみにしつつも、しかし同時に恐ろしくなる……本作は、本シリーズは、そんな物語であります。


 ちなみに本作には、人の魂を好む幼い姫君姿の強大な猫の妖が登場するのですが、これはやはりあの作品の……作者のファンにとっては、何とも嬉しいサプライズであります。


『妖怪の子預かります 2 うそつきの娘』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
うそつきの娘 (妖怪の子預かります2) (創元推理文庫)


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2016.09.22

丸木文華『カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語』 「彼女」たちの情念が生み出す鬼

 代々悪路王を祀る坂之上伯爵家の令嬢・香澄。平凡な日常にうんざりしていた彼女の前に、長きに渡る眠りから覚めた悪路王が甦った……が、完全に目覚める前に香澄は悪路王に「朧」という名をつけ、自分の僕として縛り付けてしまう。人の歪んだ心に憑く鬼たちと対峙することになる香澄と朧だが……

 副題どおり、大正時代を舞台に徘徊する「鬼」たちを描く、しかし一風変わった味わいのファンタジーであります。

 主人公である15歳の少女・香澄は、かの坂上田村麻呂の子孫である坂之上伯爵家の令嬢。代々強い霊力を持つ者を輩出する坂之上家は、田村麻呂が討った悪路王を祀り守護霊としてきたのですが、香澄もまた、生まれつき常人には見えぬものを視る力を持っております。
 実は彼女は自覚はないものの、悪路王の妻でありながら田村麻呂を愛し、裏切った鈴鹿御前の転生。その気配に惹かれて甦った悪路王とともに、香澄は人間界に蠢く鬼たちと対峙することに……

 というと、いかにも伝奇活劇的ですが、本作は直球ではなく変化球で攻めてくる作品であります。

 何しろ、香澄は少々、いやかなり歪んだ美的センスの持ち主の上に、鬼を鬼とも思わぬイイ性格。復活したての悪路王が寝ぼけた状態であるのを良いことに「朧」という名をつけ、ビシビシと使役してしまうのです。
 朧の方も、かつての最強の鬼ぶりはどこへやら、香澄の下僕に甘んじて、洋装に身を固め好物となった羊羹をパクつくという大正の世への馴染みぶりであります。

 しかし彼の本当の食べ物は「鬼」。人の歪んだ感情を養分に肥え太った鬼ほど旨いという彼に餌を与えるために、香澄は様々な鬼を求めて――すなわち、様々な人の執念・邪念・欲望を求めることになのです。


 そんな基本設定で描かれる本作は、全3話構成となっています。
 香澄と朧の出会いと、彼女のクラスメイトである没落華族の令嬢に憑いた猫鬼との対決を描く第1話「憎悪の鬼」
 奔放な生活を続ける魔性の美少女に魅入られ、蛇の呪いに衰弱していく教師を描く第2話「愛欲の鬼」
 香澄の父が屋敷の離れに新たに住まわせた妾の周囲に出没するという亡霊を巡る因縁譚の第3話「嫉妬の鬼」

 いずれのエピソードも派手さはなく、伝奇ホラーというよりサイコサスペンス的な趣がありますが、香澄と朧の、どこかズレたやりとりはなかなかに魅力的。
 特に、弱みを握られ、一方的にこき使われているように見える朧が、実は愛する鈴鹿御前の生まれ変わりである香澄を掌の上に載せ、あえてそんな境遇を楽しんでいるかに見える辺りのこじらせ具合は実に面白いのです。

 そしてまた、本作に登場する女性たちが(香澄を含めて)、「この時代の女性」として一種の枷をはめられた、籠の中の鳥として描かれていることも、その好悪は別として印象に残ります。
 本作に登場する朧以外の鬼たちは、実にその彼女たちの想いから生まれるのですから……


 ただ、最終話の香澄の行動は、明らかに洒落にならないものであって、華族のお嬢様の気紛れというには(あるいは「女は恐ろしい」を見せるという目的があるにしても)、あまりにもやりすぎの感があって、ただ嫌悪感のみが募りました。

 また、この最終話においては、作品全体を通じて描かれてきた「男は愚かで女は恐ろしい」(それと「女の敵は女」も)という紋切り型のテーゼが、最も前面に出ているのもすっきりしないところではあります。

 もちろんこれは、先で述べた本作ならではの構造に基づくものであり、ある意味必然的なものであることは理解の上ではあるのですが――個人的にはこの辺りには乗れなかった、というのは正直な印象なのです。


『カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語』(丸木文華 集英社オレンジ文庫) Amazon
カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語 (集英社オレンジ文庫)

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2016.09.21

佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝臓器奇譚』 異なる二人の相互理解

 最近とみに増えてきたライト文芸作品ですが、その中には、私のような人間にはたまらない、舞台と設定の物語も含まれています。本作もその一つ、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に、熱血だけが取り柄の新米刑事と、スナークと呼ばれる異能の中年男がコンビを組む、バディものの快作です。

 かつて驚異的な技術力で世を驚かせながらも、忌まわしき実験に手を染め処刑された外科医ブラッド・ロングローゾ。
 突出した能力を持つ犯罪者の臓器にその力が宿ると信じた彼は、その犯罪者の臓器を摘出、その臓器を移植され、異能を手にした人々は「スナーク」と呼ばれ、怪物として忌避されることになるのでした。

 そんなスナークの力の悪用に備えてスコットランド・ヤードは対スナーク班を設置、その花形とは言いがたい部署に配属された新米刑事アッシュは、あるスナークとコンビを組むよう命じられます。
 怪物と組まされるなんて、と憤慨する彼の前に現れたのは気怠げな中年男・ジジ。そして彼こそがそのスナークだったのです。

 ジジを相棒にできなければクビ、と上司から無茶振りされたアッシュですが、しかしジジはアッシュに対して非協力的。それでも、アッシュは相棒の条件であるジジの能力を突き止めるために、奔走するのですが……


 熱血青年刑事と、老練なベテランのコンビというのはバディものの王道ですが、本作はその基本にある意味忠実。
 どこまでも真っ直ぐで正義感は強いものの世間知らずで空回りしてばかりのアッシュと、世慣れているけれども冷笑的でやる気を見せないジジは、全く正反対の個性という点で、名コンビと言えるかもしれません。

 本作ではそんな二人の物語が、上で触れた第一話を含め、全四話構成で描かれます。
 さる貴婦人の屋敷の金庫が文字通り破られた事件を追う第二話。
 ジジを含め人々を次々と石化していく謎の通り魔にただ一人アッシュが挑む第三話。
 ヤードの内部が平面化し、さらに自らも透明化してしまうという理解不能の事態解明にアッシュが奔走する第四話。

 どのエピソードも、スナークという特異な存在を軸に、謎解きとアクションがバランスよく盛り込まれ、そしてそこに個性の塊のようなアッシュとジジが絡んでいくのですから、つまらないはずがありません。
 特に、どのような能力を持っているかわからないスナーク(しかしその能力も決して万能ではなく、あくまでも元になった犯罪者の能力に左右されるのが面白い)の正体を探り、その能力と対決するという展開は、一種の能力バトルとしても楽しめます。


 しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。各エピソードで発生するスナーク絡みの事件解決に奔走する中でアッシュが知ることになるのは、事件を起こしたスナークの能力や正体だけではありません。
 彼が知るのは、そのスナークが、何故その事件を起こしたのか……その理由なのです。

 その異能と出自から、怪物として蔑まれ、差別されるスナークたち。しかし彼らは、心の中までも怪物になったわけではありません。それどころか、彼らの心は普通の人間と全く変わることなく、やむにやまれぬ理由で、その力を使ってしまっただけなのだと……言い換えれば、彼らもまた、一人の人間に過ぎないと、アッシュは気付くのです。

 そう、本作で描かれるアッシュの事件捜査、スナークとの対峙は、同時にアッシュがスナークの存在を理解し、受け入れていくこと過程にほかなりません。
 そしてそのスナークの筆頭が、彼の傍らにいるジジであることもまた、言うまでもありません。相手を理解するのが、アッシュからジジだけではないということも……


 バディものの醍醐味は、生まれも育ちも何もかも違う二人が、一つの目的のために協力する中で、相互理解を深める――言い換えれば、相手を自分とは異なる、しかし尊重すべき存在として認めることにあるでしょう(そしてその一方に自分を投影する読者もまた、自分が認められたと感じることができるのです)。

 本作は、そんなバディものの醍醐味を、スナークという存在を通じて、より先鋭化した形で、強調して見せてくれる作品であります。そしてそれは何とも刺激的かつ魅力的で、何より心暖められるものとして感じられます。

 物語が進む中で、少しずつ互いを認めていくアッシュとジジ。彼らの相互理解が何を生み出すのか――その先を、ぜひ見てみたいものです。


『刑事と怪物 ヴィクトリア朝臓器奇譚』(佐野しなの メディアワークス文庫) Amazon
刑事と怪物―ヴィクトリア朝臓器奇譚― (メディアワークス文庫)

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2016.09.20

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」

 凜雪鴉に変装して蔑天骸とともに下山した殤不患。その間に天刑劍の柄を盗み出さんとする凜雪鴉だが、既に柄は蔑天骸が持ち出しており、殤不患の変装もすぐに見破られてしまう。一方、無垠寺に向かい、隠されていた鍔を見つけた丹翡と捲殘雲の前に、蔑天骸と手を組んだ狩雲霄と刑亥が現れる……

 気がつけば残すところ今回を入れてわずか3回。いよいよ事態が錯綜してきた今回、冒頭で描かれるのは、鍔の受け渡しのために凜雪鴉に化けて下山する殤不患と、玄鬼宗を率いて同行する蔑天骸なのですが……口調はいつも通りだわ、衣装や剣へのツッコミにもしどろもどろだわ、ガバガバの殤不患に頭を抱えたくなります。
 それでも何とか七罪塔を出発した一行ですが、一度使っているはずの魑翼の飛行高度にいまだ殤不患は馴れない様子。彼は怖さ紛れか、神誨魔械数ある中で何故天刑劍にのみ目をつけたのか――すなわち、何故天刑劍が最強なのか、蔑天骸に質問いたします。

 魔界と交信できると称する蔑天骸曰く、神誨魔械が魔神を滅ぼすというのは巷説で、追い返すのが関の山。魔界ではかつての大戦で人間界に現れた魔神たち、すなわち神誨魔械に倒されたはずの連中が健在であると――一柱、いまだ魔界に姿を見せない魔神・妖荼黎を除いて。その妖荼黎を倒したのが天刑劍であり、それが天刑劍最強の証なのだと……
 それは単に妖荼黎が人間界のどこかに封印されただけではないか、という気もしますが、殤不患の方も、魔神の何たるかを知っているかのような口ぶりなのも気になるところです。

 それはさておき下界に到着して玄鬼宗の下っ端が荷台に載せてきた金塊の箱に出迎えられる一行。ここで中身を確かめるように言われた殤不患は、一番上の一箱をチェックしてOKを出すのですが、これが罠でありました。金塊が入っているのはその箱だけでそれ以外は偽物、本物の凜雪鴉であれば荷車の沈み具合を見ただけで箱の重さが、すなわち中身がわかるはず! という理屈で正体が露見してしまうのですが……むしろここまで丁寧に正体を暴いてくれる玄鬼宗が丁寧すぎる。
 何はともあれ変装の必要がなくなた殤不患は、気合いだけでダイナミックに変装を吹き飛ばすと、豪快に玄鬼宗との立ち回りを始めるのでした。

 一方、七罪塔で隠密行動の凜雪鴉は、その途中で甲斐甲斐しく(本当にちまちま動いて可愛らしい)玄鬼宗が宴の後片付けをしているのを発見。食器の数から、蔑天骸の他に二人いたことを知った彼は、ここでも天刑劍絡みで何ごとか話し合われていたことを悟ります。それはさておいて、蔑天骸の金庫を開けたものの、そこに柄は既になく、蔑天骸が持ち出したことを凜雪鴉は知るのでした。
 さらに丹翡が何者かに助け出され姿を消したことから、殤不患が鍔の在処を教えたかと推理する凜雪鴉ですが……てっきり全て計算済みだったのかと思えば、彼がここまで尽く出遅れるのも珍しい。それだけ事態は錯綜しているということでしょうか。

 一方、七罪塔を脱出した丹翡と捲殘雲は、丹翡が見つけた気配を辿り、近くの霊木に丹翡が開けた霊脈(ワープゾーン)の入り口から、目的地の無垠寺までひとっ飛び。無事に鍔を見つけるのですが、そこに現れたのは刑亥と狩雲霄……蔑天骸と取り引きしたという二人は、丹翡たちの後をつけ、やはり刑亥の術で霊脈を通り抜けてきたのであります。
 そして始まる二組のバトル。丹翡対刑亥は比較的いい勝負ですが、心配なのは捲殘雲。一度だけなら咎めはすまいと意外と甘い狩雲霄の言葉を、あくまでも捲殘雲は拒絶します。ああ、よせばいいのに……と思いきや、ここで一皮むけたところを見せることになります。

 本物の誇りとは命と引き替えに手に入れるものだとというのならば、だからこそ、いつか誇り高く死んでいくためにも恥じるような生き方はできない! そんな啖呵を切った捲殘雲のバックについに念白が流れ、素晴らしい盛り上がりであります。
 が、片手で鍔を持った状態で狩雲霄とやり合おうというのはどだい無理、お互い奥義を繰り出すも狩雲霄に及ばず、その必殺の一矢が捲殘雲の頭を射貫いた……と思いきや、辛うじて顔を掠めただけですみましたが、その矢は彼の右目を奪っていたのでした。

 そして狩雲霄に奪われる鍔。それを見た丹翡も奥義を放つのですが――それは二人を倒すのではなく、逃走用の目くらましのため。鍔に拘泥せず、捲殘雲を連れて再起を期して脱出した彼女もまた、大きく成長したと言うべきでしょう。


 というわけで、ついに柄も鍔も蔑天骸側の手に落ちてしまったわけですが、だとすれば蔑天骸が次に向かう場所はおそらく物語の始まりの地……そして非常に格好いい次回予告の口上からすれば、次回はついに殤不患の正体が明かされる様子であります。
 今回シルエットで登場した妖荼黎も気になりますが、さすがに今から登場はないか……?


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』第4巻(BDソフト アニプレックス) Amazon
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2016.09.19

柴田錬三郎『真田十勇士 三 ああ! 輝け真田六連銭』 殺すためでなく生きるための戦い

 全三巻で復活したNHK人形劇のノベライゼーション版『真田十勇士』も、この第三巻でついに完結。ついに幸村の下に集った十勇士たちが、大坂の陣を舞台に、最後の活躍を見せることとなります。

 運命に導かれるように真田幸村の下に集い、幸村と豊臣家を守って戦ってきた九人の勇士――猿飛佐助・霧隠才蔵・三好清海・高野小天狗・由利鎌之助・呉葉自然坊・筧十蔵・為三・穴山小助。
 既に天下の趨勢はほぼ徳川家康の下に固まった中、それでも豊臣家を何とか存続させるべく、幸村と勇士たちは歴史の陰で戦ってきました。

 しかし、豊臣と徳川の開戦を避けんとする彼らの奮闘むなしく、ついに大坂の陣は勃発。最後の十勇士、幸村の息子・大助を加えてついに全員集結した勇士とともに幸村は九度山を離れ、真田丸に籠もって徳川軍を迎え撃つのですが――

 いささか意外なことに、と申しましょうか、大坂冬の陣は比較的この巻の早い段階で終結することになります。

 言うまでもなく、残るは大坂夏の陣のみですが、しかし十勇士の戦いは、その前にも繰り広げられることとなります。それは、敵を倒す、相手を殺すための戦いではなく、生かすための戦い――
 そう、既に大坂城落城は確実な状況の中、豊臣秀頼を落ち延びさせる、その工作のために、勇士たちは駆けるのです。

 「花のようなる秀頼様を鬼のようなる真田が連れて」と歌われるように、大坂の陣の後、幸村が秀頼を連れて大坂城を脱出し、薩摩に落ち延びたというのは有名な伝説ですが、本作はそれを踏まえつつも、さらにスケールアップ。
 落ち延びる候補地として、薩摩だけでなく、蝦夷地の秘境、さらには山田長政が活躍する暹羅まで……文字通り勇士たちは東奔西走して、新天地を求めるのです。

 この辺りは、とにかく何でも盛り込んでやろうという本作らしい展開ではありますが、しかし、その候補地として薩摩以外が登場するのは、十勇士ものとしてはかなり珍しい(柴錬立川文庫でもやっていない)展開。
 この、戦後を見越して動く十勇士という点は本作の特徴の一つと言ってもよいかもしれません。そこに、これまで幾度も描かれた、敵を殺すことに強いためらいを持つ佐助のキャラクター像を重ねることも。


 そして始まる最後の戦い。ここからの展開は、これまでめまぐるしい展開の多かった本作とは思えないほど(という言い方はいささか失礼ではありますが)、幸村と勇士だけでなく、登場人物の一人ひとりの行く末が、丁寧に掘り下げられ、描かれていくことになります。

 戦いの中に命を擲つ者、生き延びて小さな幸せを掴む者、新たな世界に向かう者……これまでの物語の積み重ねを踏まえて描かれるそれぞれの姿は、ただ圧巻。
 これは少々ネタバレとなりますが、十勇士それぞれの去就が、かなりバラバラなのも面白い。大坂城で討ち死にという(十勇士ものではよくある)パターンがほとんどないのも、豊臣家のためではなく、真田幸村のために集まった勇士たちを描く本作らしいという印象があります。

 そしてその結末は、より血生臭い結末を迎えた(特に佐助の姿はほとんど対極とも言える)柴錬立川文庫と比較すると、より際立って感じられるのです。


 何はともあれ、長きに渡り幻の作品と化していた本作は、ここに復活を遂げました。

 正直なところ、人形劇のノベライゼーションという性質ゆえか、物語の起承転結が激しすぎる(そして同じような展開が繰り返される)点はあります。
 描写の面でも人が鳥や魚に変身したり空を飛んだりと、今の(大人の)目で見ると荒唐無稽に過ぎる面は否めません。

 しかしながらそれは柴錬一流のアイディアの奔流と相まって、得難い野放図さ・豪快さと表裏一体となっているのもまた事実。
 そして何よりも、第一巻の紹介で触れたように、柴錬立川文庫を中心に、様々な柴錬作品のクロスオーバー的性格の強い内容は、柴錬ファンとしては決して見逃せないものがあります。

 今回電子書籍化もされていることを考えれば、本作はこれまでにも増して多くの人々に読み継がれていくことになるのではないでしょうか。
 殺すためだけではなく、生きるために戦った十勇士たちが長い命を得る……それはなかなかに気持ちの良いことであります。


『真田十勇士 三 ああ! 輝け真田六連銭』(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon
真田十勇士 (三) ああ! 輝け真田六連銭 (集英社文庫)


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2016.09.18

『仮面の忍者赤影』 第39話「六大怪獣大逆襲」

 暗闇鬼堂により紀州根来の暗闇寺に捕らえられた信長と青影。すぐに信長を殺そうとする夕里弾正を制し、鬼堂は根来の手練れたちを討った赤影と白影をまず血祭りに上げんとする。下忍に化けて根来に潜入するも、鬼堂に正体を暴かれた赤影。彼の前に現れたのは、黄泉の法で復活した六大忍怪獣だった!

 京を目前としながら捕らえられ、暗闇寺の柱に縛り付けられた信長と青影。そこに鬼堂だけでなく弾正も登場。一刻も早く信長を討ち、その首を晒すことで織田軍の士気を下げようというのですが、鬼堂は殺すのはいつでもできる、その前に十二忍を討った憎き赤影と白影を討つと弾正を止めます。どちらもすごくフラグを立てていますが……
 そして信長と青影の前で鬼堂が使って見せたのは「黄泉の法」なる呪法。十二忍の霊が祀られた祭壇の前で鬼堂が呪文を唱えれば画面がモノクロに変わり、そして復活するのは六大忍怪獣!(ちなみにこの法、鬼堂が祈る相手は操っていた六忍の方なので、その魂を呼び出してさらに怪忍獣を操るという仕組みなのでしょう。ジャコーは変身ですし)

 その頃、根来の下忍たちの前に現れたのは、伊賀忍者・ましらの甚内。兄弟分を死に追いやった赤影に復讐したいと告げる甚内をあっさり信用して、下忍は鬼堂のところに甚内を連れて行くことになります。もちろんこれは甚内の策、密かに矢羽根を途中途中に落として、赤影たちの道標にするのですが……しかしその前に現れた鬼堂にはあっさり見破られて、下忍に斬られて敢えなく斃れるのでした。そして道標を手に入れた鬼堂は、二又の道に仕掛けて赤影と白影を分断する策に出ます。

 さて、鬼堂の待ち受ける側に向かい、一騎打ちを繰り広げることになった白影。白影の槍と鬼堂の杖、さらには数珠が激突しますが白影は苦戦。池に飛び込んで逃れる白影ですが、鬼堂の数珠が池に火を放って――
 一方赤影の方は、崖の上から下忍が落とした岩の下敷きに……なるわけはなく、様子を見に来た下忍とすり替わって敵の本拠に潜入。しかし待ち受けていた鬼堂の数珠が放つ光に照らされて正体が露見、下忍たちと斬り合いになるのでした。

 その斬り合いの最中も数珠の激しい光に苦しむ赤影ですが、下忍も目が眩んでおりある意味立場は対等、激しい戦いの末に下忍を全て倒してしまいます。が、ここからが本番……鬼堂が召喚した六大怪忍獣が赤影に迫ります。順番に映る六体の鳴き声も喧しい中、赤影は忍法影分身で三体に分身。平然と分身するのも、等身大で怪獣に挑むのも冷静に考えればとんでもないのですが、これこそが赤影と言うしかありません。。
 が、さすがの赤影でも相手が悪い。それぞれ口から何か吐けるものは吐いてくる怪忍獣ですが、特にドグマの吐く炎が赤影を苦しめます(というかそれ以外はいまいち……)。ついに分身が解除されて赤影はピンチに……!

 その頃、鬼堂は自分が殺したと思い込んでいた白影ですが、しっかり暗闇寺に忍び込んで二人を救出。大乱戦の中、激しく弾正と切り結ぶ信長は、あわやというところを青影のフォローで立て直し、弾正を見事討ち取るのでした。そして青影が祭壇に仕掛けた爆弾が大爆発! 暗闇寺は木っ端微塵になるのでした。
 そして祭壇が消滅したことで力を失った六大怪忍獣に赤影の宝石からのビーム、忍法流れ星が炸裂し、怪忍獣たちは消滅。さすがにたじろぐ鬼堂に最後の一騎打ちを挑んだ赤影は、相手の杖を叩き斬ると、何だかよくわからない念を飛ばして画面が赤く染まり(本当にこのシーン、何が起きたかわかりずらい)、さしもの鬼堂も倒れるのでした。

 弾正も鬼堂も倒れ、残る弾正軍の残党を倒すだけとなった信長。彼を見送る赤影・白影・青影に対し、信長は深々と頭を下げると京に向かうのでした。


 冷静に考えると結構あっけなくはあったのですが、原健策と汐路章の熱演もあって最後を盛り上げてくれた二大悪役。見得を切っている時間が大部分だった再生怪忍獣軍団は、これは東映特撮名物ということで……


今回の怪忍者
暗闇鬼堂

 根来十三忍を束ねる頭領。「夜の世界」を報酬に夕里弾正に手を貸し、信長抹殺を狙った。杖と数珠を武器にし、金縛りや巨大化、発光・発火など様々な妖術を操る。信長を捕らえて赤影たちを本拠に誘き寄せるが、全ての術策が敗れ、赤影との一騎打ちに倒れる。

今回の怪忍獣
再生六大怪獣

 暗闇鬼堂が黄泉の法で復活させたガンダ、ガバリ、アゴン、ドグマ、ガッポ、ジャコーの六体。赤影を苦しめるが、暗闇寺の祭壇を爆破されて力を失ったところに、赤影の忍法流れ星連射に倒される。


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2016.09.17

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者

 突然現れた鬼に母を、弟妹たちを殺され、残る妹・禰豆子を鬼に変えられた少年・竈門炭治郎が、鬼を討ち、妹を人に戻すために戦う時代アクションの第2巻であります。鬼を討つ者たち・鬼殺隊に加わるための最終選別を乗り越えた炭治郎の初任務、そしてその先に待つ思わぬ出会いとは……

 鬼殺隊で後継を育てる男・鱗滝の下で、無茶とも言える厳しい特訓を続けてきた炭治郎。彼にとっては兄姉弟子に当たる錆兎と真菰の助言により己の持つ力を極限まで出しきった炭治郎は、ついに鬼殺隊の隊員となる最終試練の場に向かうことになります。
 そこで幾多の候補者たちを――錆兎と真菰も含めて――屠ってきた異形の鬼と退治することとなった炭治郎は……

 という引きで第1巻から続きますが、ここは炭治郎があっさりと強敵を粉砕、彼を含めて四人(五人?)が新たな隊員として鬼殺隊に迎えられることになります。
 そして鱗滝のもとに帰った炭治郎を待っていたのは、眠りから覚めた禰豆子。いまだ鬼と人の間の不安定な状態を彷徨う彼女を連れ、炭治郎は鬼殺隊として初の任務を与えられることとなります。

 毎夜少女が消える街で炭治郎を待つ新たな鬼。意外な能力を持つこの鬼との戦いを終え、次の任務に向かう途中、覚えのある「匂い」を嗅いだ炭治郎は、そこであまりにも意外な相手に出会うことになります。
 それは炭治郎の家族を殺し、禰豆子を鬼と変えた鬼・鬼舞辻無惨――

 この巻の表紙に炭治郎とともに登場している洋装の男こそがその無惨。炭治郎の仇にして、人を鬼に変える力を持つ最古の鬼であります。
 そして、その無惨によって鬼に変えられた男を救おうとする炭治郎の前に現れたのはさらに意外な人物で……


 というわけで、序章とも言うべき内容であり比較的緩やかな展開であった第1巻に対し、本編に入ったということか、一気に物語が加速した印象のあるこの第2巻。
 最終試練の結末、鬼殺隊としての初陣、そして早くも宿敵さらには第三勢力との遭遇と、全く出し惜しみすることなく矢継ぎ早に繰り出してくるのには、この先大丈夫なのかしら……と思わなくもありませんが、しかしこのスピード感が本作の魅力の一つでしょう。

 そしてそんな第2巻の中でも最大のイベントが、ラスボス候補である鬼舞辻無惨との出会いであることは言うまでもありません。

 本作に登場する鬼たちが、いずれも人間の姿を醜く歪めたかのような異形であったのに対し、見た目は全く人間と変わらず、むしろ端正とも言える容姿の持ち主である無惨。
 その容姿にふさわしい落ち着いた物腰と、そして(おそらくは)人間の妻子とともに登場する意外性にもかかわらず、次の瞬間、炭治郎から逃れるために、たまたま近くにいた男を鬼に変えるというのは、まさしく鬼の所業であります。

 そしてそこからさらに新たな、それも物語の根幹に関わる人物との出会いが……という展開にも驚かされます。
 しかし、これだけ矢継ぎ早にイベントが展開し、新たなキャラクターが登場しても炭治郎の存在感がしっかりとあるのは、彼の傍らに禰豆子の存在があるためでしょう。

 炭治郎にとってはバディであり、弱点であり、戦う理由である禰豆子。
 そんな複雑な彼女の存在はまぎれもなく本作の最大の独自性であり、そしてその彼女の存在があるからこそ、炭治郎が物語の流れに押し流されることがない、物語の起伏に埋もれてしまうことがないのだと……そう感じます。

 そしてもう一つ、炭治郎が鬼を、人を等しく悼むことができるのは――そしてそこから生じるバトルものでありつつも本作にどこか漂う寂寥感は――やはり鬼と人の中間に在る禰豆子を知るからなのではないでしょうか。


 無惨の側にも、炭治郎――正確には、彼がつけている耳飾りの持ち主――と因縁があるらしきことが語られ、まだまだ物語の全貌は見えませんが、この先の展開がいよいよ気になる本作。
 この先もこのスピード感と独自性を持ち続けてくれることを期待しています。


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2016.09.16

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」

 自分の前に現れた殤不患に対し、凜雪鴉は彼を仲間に加えた真意と、自分が盗みに拘る理由を語る。天刑劍の柄を取り戻すため、やむなく凜雪鴉に協力することとした殤不患。凜雪鴉が七罪塔で柄を盗み出す間、彼に化けて蔑天骸に金と引き替えに天刑劍の鍔の元へ案内することとなった殤不患だが……

 ぼやぼやしている間に一週間遅れとなってしまい恐縮ですが、東離劍遊紀の感想であります。凜雪鴉の裏切り、殺無生の死と物語が大きく動き出した中ついに凜雪鴉の真意が語られることになるのですが……

 前回、殺無生が七罪塔に殴り込んできた陰で、凜雪鴉を探してうろつき回っていた殤不患(血塗られた剣は、彼が誰かを斬ったのではなく、拾いもの)。刃を突きつける殤不患に対し、凜雪鴉はいつもの如く油断できない調子で、彼を仲間にした真意を語ります。
 七罪塔までの関門を突破するのに必要な刑亥と狩雲霄。しかし彼らは極悪人、いつ出し抜かれたり襲われるかわかりません。そこで全く謎の第三者である殤不患を入れることで、彼らを警戒させ、彼らが謀を巡らす余裕がなくなるようにした……殤不患が言うとおり、要するに囮ですが、なるほど、悪人の猜疑心を利用したうまい策ではあります(ここで逆に、一人で二つの関門を突破できるほどの腕前があると何故言わなかった、と凜雪鴉が文句を言うのが実におかしい)

 さて、蔑天骸に渡した鍔は偽物であること、本物は廉耆と待ち合わせていた寺の石灯籠の中と教えられた殤不患ですが、しかし既に蔑天骸の手中にある柄を手に入れなければ剣を奪還したことにはなりません。そこで凜雪鴉は殤不患に再び協力を依頼します。他に手もなく、今度裏切ったらぶった斬ると言いつつ殤不患はその申し出を受けるのでした(不安……)。
 そして凜雪鴉は黄金五千斤で鍔を売り渡し、その在処まで(もちろん場所は事前に教えずに)案内するという約定を蔑天骸と結びます。その間に殤不患は丹翡の牢に向かい、剣と食料を渡すと、事が落着するまでここで待つように言うのですが……

 これからが凜雪鴉の策、七罪塔から蔑天骸を引き離した隙に、柄を盗み出そうというのですが、しかし蔑天骸を案内するのが凜雪鴉なら、盗み出すのも凜雪鴉。一体どうすれば……というところで殤不患に被せたのが、彼の顔になってしまうという不思議な頭巾(ここで二人分台詞を頑張る鳥海浩輔)。つまりは、盗賊スキルは必要ない案内役の凜雪鴉を、殤不患にやらせようというのであります(やっぱり不安……)

 ここで何故そこまで蔑天骸から天刑劍を盗むことに拘るのか問う殤不患に答える凜雪鴉。人生を娯楽ととらえる彼にとって最高のゲームとは、人を騙すこと。しかし善人はすぐ騙されるからつまらない、どうせ騙すならば己を恃むこと甚だしい、傲岸不遜な悪人がいい。その驕慢の鼻をへし折って屈辱にまみれさせることこそが人生の醍醐味だと――
 なるほど、被害者の刑亥や殺無生が根に持つわけですが、これはこれで大丈夫の見識。そしてこれがおそらく前回彼が蔑天骸の前で口にした「覇者の気風」なのでしょう。

 と、彼が盗賊の矜持を語っている間に密かに丹翡のもとを訪れたのは捲殘雲であります。兄貴と慕っていた狩雲霄がどうしようもない偽英雄だと知ってしまった以上、自分の正義感に従って丹翡を助けるという彼に、思わず鍔の在処を語ってしまった丹翡。彼女は殤不患の言いつけを守らず、二人で寺に向かうことに……
 大体、こういう真面目で正義感は強いが腕前がいまいちのキャラが女の子を助けようとすると(ひどいときは二人揃って)惨殺されるのがパターンなので、いつ矢が飛んできて彼の脳天をブチ抜くか心配しましたが、(今回は)大丈夫でした。

 そうとも知らず作戦を決行する二人。寺への出発の直前、服が破れたと嘘をついて、凋命に替えの服を持ってきてもらい(前回といいほとんどボーイさん状態)、その服を着て凜雪鴉の顔となった殤不患。
 いよいよ蔑天骸を連れて鍔の受け渡しに向かう殤不患ですが、さて、そう簡単にことが運びますかどうか。まさかここまで来てまた下界に戻るとは思いませんでしたが……


 ついに凜雪鴉の真意が明かされた今回。さすがに殤不患を仲間に加えた理由は思いつきませんでしたが、盗賊をしている理由は、思い切り要約すれば「冒険を愛するから」というもので、これはある意味定番でしょう。
 が、それを実際に行動で見せられると、コノヤロウ……という気分になること不可避で、この辺りはうまいところ作り手の掌に乗せられた感があり、やられたなあ、という気分なのであります。


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2016.09.15

『エド魔女奇譚』第1回-第5回 異国の魔女、徳川家を惑わす

 蘭方医・宮部牽牛を頼って長崎から江戸に出た男装の少女・紅丸は、若い侍・星野藤馬と出会う。尾張藩主・吉通の死に不審があり、牽牛の話を聞きに行くという藤馬。折しも江戸では若い娘の失血死が連続、紅丸と藤馬、牽牛、そして藤馬の主の尾張通春は、一連の事件の背後に潜む魔女の存在を知る……

 NHK-FMのラジオドラマ枠「青春アドベンチャー」は、荒山徹の『魔岩伝説』をドラマ化するなど、以前からユニークな作品チョイスで大いに気になっておりました。
 そして今回放送されるのは、なんとオリジナルの伝奇時代劇。とりあえず全10回のうち、前半の5回までを聴きましたが、なかなか丁寧に作られた作品という印象があります。

 時は七代将軍家継の治世である正徳3年、男装の少女・紅丸が、生まれ育った長崎を飛び出し、江戸を訪れた場面から物語は始まります。オランダ人と遊女の間に生まれた紅丸は、自分の境遇とこの先待つ未来を嫌い、母の馴染みであったという蘭方医・宮部牽牛を頼ってやってきたのです。

 その牽牛、実は先に若くして亡くなった尾張藩主・吉通と交流があったのですが、生前の吉通に不思議な話を聞かされていました。かつて吉通の前に不思議な異国の少女が現れ、彼を将軍位につけてやると誘うも、吉通はこれを撥ね除けたというのであります。
 さらに牽牛は、顔なじみの町方同心の依頼(というより自身の学問的興味)で町で見つかった変死体を検死した際に、死体から血液が失われていることを知ることになります。

 一見無関係に見える二つの事件。しかし吉通の前に現れた少女こそは、名も無きものの僕たるテッサリアの巫女――古代ギリシャのヘカテー女神を崇める魔女であり、その力の源は、若い娘の大量の血だったのであります。
 その魔女は謎を追う紅丸たちの前にも出現。さらに、既に死んだはずの男が彼女たちを襲います。そして紅丸たちは、魔女が紀州の吉宗の周囲にも出没していることを知り、吉宗に迫るのですが……


 タイトル通り江戸に密かに「魔女」が入り込んでいたとしたら……という本作。しかしその魔女の力の源が、ヘカテー女神というのには、オッと思わされます。

 ヘカテーとは元々は古代ギリシアの力ある女神だったものが、やがて夜や魔術、妖魔といった存在の支配者となった存在。夜に十字路や三叉路に現れる三つの体を持つ女神として、中世以降、魔術・魔女術を信奉する人々に崇拝されることになります。
 これまで時代もので黒魔術を道具立てにした作品は幾つかありますが、それらが転び伴天連らによるものであったのに対して、本作の独自性が感じられるというものでしょう。

 そしてその魔女が絡むことになるのは、第八代将軍位を巡る争い。最終的にこの位に就くのが誰であるかは言うまでもありませんが、ここに至るまでに、尾張、そして紀州で徳川家の人間が幾人も亡くなっているのは史実であります。(特に吉宗の場合、その都合の良さにしばしばフィクションでは疑いの目を向けられるほど)。

 そして主人公サイドにいるのが、その吉宗とは後年ライバル関係にあったと言える尾張藩主・徳川宗春の若き日の姿というのも面白い(ちなみに藤馬も実在の人物)。なるほど、この人物であれば、紅丸のような娘にも気さくに接し、市井に混じって怪事件に挑む――その一方で、徳川家の人間として魔女のターゲットともなる――のも違和感はありません。


 この前半部分は、題材のわりには比較的おちついた展開が続くのですが、これは後半に向けての助走と考えればよいでしょうか。
 正直なところ、まだまだこの先の展開はわかりませんが、しかし注目すべきは、紅丸の存在でしょう。

 歴史上の人物や超自然の魔女が登場する本作においては、一歩間違えればキャラが食われかねない紅丸。しかし第5回において、魔女が紅丸に語りかけた言葉が印象に残ります。
 西洋人と日本人の間に生まれながらどちらの側にも属さず、そして女であることを捨て、しかし男にもなれない紅丸。二つの世界の狭間にあって、どこにも属せぬ存在である点において、紅丸は魔女に等しく、そして共にテッサリアの巫女になるに相応しいと。

 通春や藤馬が史実を、そして武士を象徴するキャラクターだとすれば、紅丸は虚構を、庶民を象徴するキャラクターでしょう。
 その両者の間に滑り込んできた魔女に対し、彼女が、彼女の周囲の人間たちがどのように立ち向かうのか。そして両者の間にあるものは埋まるのか――

 後半戦で何が描かれるのか、そして何よりも物語の果てで紅丸を待つものは何か、楽しみにしているところであります。


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2016.09.14

松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その二) 人間を、自分を勝ち取るための戦い

 松尾清貴による全く新しい真田十勇士伝、初めの一巻の紹介の続きであります。それぞれ人間性を奪われた存在として描かれてきた佐助と才蔵の二人。これに対して、二章「真田昌幸、二男幸村に天下を語る」では、また別の切り口から人間性が語られることになります。

 北条によって真田の名胡桃城が奪われたことをきっかけとして始まる秀吉の小田原攻め。幸村にとっては初陣となるこの戦の前夜が、この章の舞台となります。

 これまでにないほどの規模の軍勢が集結したこの戦を「天下のため」と逸る家臣たちに対し、名胡桃城のことを思い出させ、この戦は「真田のため」でもあると語る幸村。
 清濁併せ呑む器量を見せる兄・信幸に対し、どこまでも純粋な「私心なき者」の顔を見せる幸村に対し、昌幸は天下とは何かを語るのですが……この内容がまた凄まじい。

 一所懸命の言葉は示すように、これまで長きに渡り己の土地を守るために命懸けで戦ってきた武士。その姿は、信長が天下布武という言葉を作り出し、「天下」という「概念」を提示した時に根本から変わってしまった。
 個々の土地を奪い合うのではなく、天下を平定するために戦う。天下平定の先に平和が待つと考えればそれは素晴らしいことであるかもしれない。しかし命を賭けるべきもののない戦いの中で、人間は人間たりえるのか……?

 一見突飛な、飛躍した理論に見えるかもしれません。
 しかし天下が統一され、個々の土地が交換可能なものとして扱われるようになった時、武士もまた交換可能なものとして扱われるという昌幸の言葉は、戦国大名とそれ以降の大名の姿を思えば、正鵠を射たものと感じられます。

 そして、それは評する昌幸の「人間の敗北した絶望の未来」という言葉のセンスには、もう痺れるしかないのですが……先に述べたように、ここでもまた、人間性の喪失が語られていることに注目するべきでしょう。


 そう、本書を通じて描かれたのは、「自分」という存在をなくし、「人間」であることを奪われた者たちの存在であり、彼らをそんな存在に貶めていく時代の流れであります。
(幸村はそうした流れと無縁に見えるかもしれませんが、「私心」なき者である彼もまた、自分の望み・欲望を持たぬ者、すなわち自分を持たぬ者と呼んでよいのでしょう)

 だとすれば、この先の物語は、そんな時代に対して、自分自身を、自分が人間であることを取り戻すための戦いとなるのではないか。絶望の未来を防ぐための戦いとなるのではないか――
 そう予想することは、そう突飛なことではないでしょう。そしてその物語が「希望」を描く物語であると期待することも。

 もちろんまだまだ物語は始まったばかり。十勇士も、作中で名前の挙がった穴山、海野を含めてようやく半数であり――何よりも、未だ佐助・才蔵と幸村は出会ってもいません。
 彼ら三人の、いや十人と一人の運命が交わり、一つに結ばれる時――その時こそは人間を勝ち取るための最後の戦いが始まる時なのでしょう。


 いささか本作のテーマ性の部分を述べるのに力を入れすぎたかもしれません。様々な忍術描写に代表される斬新なアイディアと、出し惜しみなしの伝奇的ガジェットの面白さと……本作には伝奇時代小説として、理屈抜きの面白さに溢れていることは間違いありません。

 伝奇時代劇としての、エンターテイメントとしての「真田十勇士」ものの面白さに加え、それを通じて「人間」「自分」という存在にまで切り込んでみせる。
 この新たな、誰も見たことのない十勇士の物語が行き着く先はどこか――必見である、としか言いようがありません。


『真田十勇士 1 忍術使い』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈1〉忍術使い

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2016.09.13

松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その一) 容赦なき勇士たちの過去

 真田イヤーに向け、昨年後半から数多く出版されてきた真田もの、十勇士もの。そんな中でもおそらくは最も独創的で、最も先鋭的な「真田十勇士」は、本作でしょう。猿飛佐助が、真田幸村が、霧隠才蔵が――お馴染みのキャラクターたちがここで繰り広げるのは、全く見たことないような物語なのですから。

 タイトルどおり真田十勇士を題材とした本作ですが、三章構成のこの巻で描かれるのは、それぞれ「戸沢白雲斎の下で修行する猿飛佐助」「小田原攻めでの初陣を前にした幸村」「京で石川五右衛門と対決する霧隠才蔵」。
 (特に一章と三章は)いずれも十勇士ものであればお馴染みのシチュエーションですが……しかし、そこで描かれるものは、これまでとは全く異なる世界なのであります。


 まず最初の章「猿飛佐助、妖術使いに囚われる」では、猿飛佐助の修行模様が描かれるのですが――しかしその修行が尋常ではありません。
 浅間山近くの村で暮らす、武士を夢見る少年・佐助。村が賊の襲撃を受け、さらに浅間山が噴火するという大混乱の中、家族たちを失い、白雲斎に拾われた佐助は、白雲斎に忍術を仕込まれることとなるのですが……さて、これを修行や稽古と呼んで良いものか。

 何しろ、この白雲斎、佐助を救い出したかと思えば放りだし、告げる言葉が「逃げねば殺す」の一言。単なる少年である佐助から見れば妖術使いのような白雲斎から逃げるはずもできず、傷を負わされる佐助ですが、しかし白雲斎は必要以上に佐助を傷つけることなく、また同じ言葉をかけるのです。

 病になれば看護されて体を癒やし、飢えることなく食事は与えられる。しかしそれでも休む暇もなく襲撃を受ける。死ぬことも許されぬまま、佐助曰く「頭のおかしい猫」にいたぶられる中、佐助は徐々に白雲斎に抗する力を身に着けていくのですが……

 徹底的に佐助の存在を否定し、(彼にとっては無意識のうちに)忍術を叩き込んでいく。佐助の個を、人間性を否定するかのようなこの修行の姿は、その容赦のなさと(尤も、読者の目からすると白雲斎の行動の中にある想いが見えてくるのですが……)、同時にこんな描き方があったかと、切り口の新しさに圧倒されるのであります。

 そして容赦がないといえば、三章「霧隠才蔵、京の都で天下の大泥棒と相見える」もまた凄まじい。ここで描かれるのは、講談などでもお馴染みの、才蔵と石川五右衛門との対決――伊賀の上忍・百地三太夫門下の兄弟弟子である二人の対決なのですが、しかし形の上では同じでも、才蔵の人物造形には驚かされるのです。

 天正伊賀の乱の混乱の最中、必死に自分を守ろうと胸に抱え込んだ――そしてそれはその場から逃げられなくなることを意味する――母の息の根を止め、逃れた才蔵。
 一切の気配を感じさせぬ謎の男・四方髪の丹波に救われ、三太夫と引き合わされた才蔵は、命じられるまま、追い忍として伊賀の掟を破る抜け忍を次々と殺してきたのです。伊賀が滅びぬために、己の父も含めて。

 そして抜け忍の一人である五右衛門と対峙した才蔵は、五右衛門と行動をともにする望月六郎、信濃を飛び出し都にやってきた佐助を含めた乱戦の中で、五右衛門と三太夫の、白雲斎と三太夫の因縁を知るのですが……

 十勇士ものにおいては、喜怒哀楽が豊かな佐助に対して、冷徹で非情な人物として描かれることが多い才蔵。本作においてもその構図は同様ですが――しかしその才蔵の冷徹ぶりを示す過去のハードさには驚かされます(申し遅れましたが、本作は対象年齢中学生以上向けの児童書であります)。

 ただあるべき伊賀の姿のみを追い求め、そのために言われるがままに人を殺す――佐助とは別の形で「自分」というものをなくした才蔵の姿と、そして結末で明かされるあまりに残酷な真実(……と言ってよいものか)には言葉を失うほかありません。


 いささか長くなりますので、次回に続きます。


『真田十勇士 1 忍術使い』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈1〉忍術使い

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2016.09.12

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだ暑い日が続きますが、暦の上ではもう秋。そして来月になれば今年も残すところあと3ヶ月……と、恐ろしいことに気がついてしまいました。そんな今年もカウントダウンに入った10月ですが、とりあえず読書の秋を前向きに楽しみましょう。というわけで10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 と言ったものの、意外と発行点数は少なめの10月。

 まず文庫小説の方で気になるのは、平谷美樹の新シリーズ『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』。戯作者と版元が怪異の謎を解く物語のようです。
 また、シリーズの続巻としては、鳴神響一『影の火盗犯科帳』第2巻、上田秀人『禁裏付雅帳』第3巻、かたやま和華『大あくびして、猫の恋 猫の手屋繁盛記』が楽しみなところです。

 もう一点、新作では友野詳『ジャバウォック 真田邪忍帖』が気になるのですが……これはあらすじを見た限りでは、パラレルワールドもののようでもあります。

 一方、文庫化では何と言っても北森鴻のデビュー作が、幻の続編とともに帰ってくる『狂乱廿四孝/双蝶闇草子』に注目。また、
田中啓文『シャーロック・ホームズたちの冒険』は、タイトルどおりホームズもののパスティーシュ集ですが、時代伝奇ファンにも興味深い作品が少なくありません。

 また、『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選』が気になるところですが、こちらはおそらく新作ではなく、過去の名作を集めたアンソロジーとなっています。


 さて、漫画の方は、ほぼ既存シリーズの新巻という印象。
 杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第9巻、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻、川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第2巻、森野きこり『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』第5巻辺りが気になるところです。
(なお、『あかねや八雲』はこれで完結)

 また、『お江戸ねこぱんち傑作集でござる!』と『ThunderboltFantasy東離劍遊紀アンソロジー』も、収録作品はわかりませんが気になる企画であります。



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2016.09.11

木原敏江『白妖の娘』第1巻 私は私、の妖狐伝

 赴任先の信濃国で、癖っ毛でおてんばだが美しい娘・十鴇と出会った下級官人の葛城直。とある事件がきっかけで親しくなった二人だが、十鴇の父と姉が都の貴族の横暴で命を落としてしまう。生きる気力を失った十鴇のため、直は禁足地の森で先祖と因縁を持つ「お塚様」の封印を解いてしまう……

 ベテラン少女漫画家・木原敏江の最新作である本作の題材は、あの玉藻の前……金毛九尾の狐に憑かれた娘にまつわる物語。しかしここで描かれるものは、いま描かれるに相応しくアップデートされた物語であります。

 本作のヒロイン・十鴇は、信濃国の田舎官吏の娘。父と美しい姉とともに暮らす彼女の悩みは、その髪が大変な癖っ毛であったことでありました(言うまでもなくこの時代、長く真っ直ぐな髪は美人の条件の一つであります)。
 そんな彼女の前に現れたのは、先祖の故郷でありかつて育ったこの国に赴任してきた青年官吏の葛城直。髪のことで絡まれていた十鴇を直が助け、彼女の髪を水にたなびく藻のように美しいと評したことから、十鴇と直の間は急速に縮まっていくことになります。

 コンプレックスから解放され、持ち前の明るさと美しさを取り戻した十鴇ですが、しかしほどなくして彼女の家を悲劇が襲います。都の貴族からの熱烈な求愛に応えて都に行った彼女の姉が、貴族に捨てられて首を吊り、父も悲憤のあまりに倒れ、亡くなってしまったのです。
 瞬く間に家族を失い、自らも生きる気力を失った十鴇。そんな彼女を救うため、直は自分の家に伝わる伝説を思い出します。

 はるか昔、狩人に追われていた白狐を助けた直の先祖。しかしその白狐こそは異国を騒がせた末に日本に現れた大妖であったことを知った彼は、相打ち同然に妖狐をこの地に封じ、禁足地としたのであります。
 その妖狐――「お塚様」が眠る地に向かい、その封印を解いた二人。そして現れたお塚様に対し、十鴇はその身を差し出す代わりに、この国の一番上に立つ者の后となり、貴族たちの社会に復讐することを望むのでした。

 かくてお塚様こと白妖と都に出て、その美貌で貴族たちに少しずつ食い込んでいく十鴇と、彼女のためとはいえ白妖を解き放ったことを悔やみ、修行の末に陰陽頭・安倍泰親の弟子となった直と――二人の物語が始まるのです。


 封印されていた妖狐に憑かれた少女と、彼女を慕う陰陽師の青年――この構図を見た時にまず思い浮かんだのは、岡本綺堂『玉藻の前』でした。
 能や御伽草子、読本などで古くから知られる金毛白面九尾の狐・玉藻前の物語に、平安末期の時代性と、何より美しくも儚い悲恋譚としての性格を与えたこの作品は、以降の作品に様々な影響を与えてきました。

 本作もその影響下にあることは間違いないと思いますが――しかし、そこから大きく踏み出した独自性を持っているのです。
 その際たるものが、二人の――特に十鴇の――意思の有無でしょう。本作において、十鴇は復活した妖狐に襲われてその身を奪われた哀れな犠牲者として存在するのではありません。上で述べたように、二人は自分たちの意思で以て妖狐を復活させ、そして十鴇は自ら望んで妖狐と一体となったのですから。

 もちろんそこに至るまでには、決して二人の責任ではない、この時代の、この社会が生んだ、理不尽と言うほかない運命の存在があります。
 それでも、二人はその運命に逆らうために選び取った……それは、この玉藻の前の物語を現代に描く、大きな意味付けでしょう。

 そして十鴇は、自分についた白妖に対して、こう言い放ちます。「なにがあっても私は私!」であると――これこそは本作を象徴する台詞と言ってよいのではないでしょうか。


 しかしもちろん、白妖の力は強大であり、この先どこまで十鴇の意思が保たれるのかはわかりません(この辺り、お塚様による十鴇への淑女教育の描写など、ベテランならではの緩急つけた展開の面白さがうまく煙幕になっているのに感心)。白妖と接する中で、彼女の純粋さがいつまで保たれるのかも。
 そして、一度はお塚様の復活に手を貸しながらも、それを悔い、修行の末に陰陽師に弟子入りすることとなった直と十鴇が再会した時に何が起こるかもまた――

 この巻の後半に登場する都側の登場人物たちのキャラクターも面白く、この先物語がどこまで広がっていくのか、そして二人の想いは妖狐に打ち克つことができるのか……期待は尽きない作品であります。


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2016.09.10

『仮面の忍者赤影』 第38話「怪忍獣勢揃い」

 京まであと一歩というところで信長は青影ともども暗闇鬼堂に連れ去られてしまった。気落ちする白影に最後の最後まで望みを捨ててはいかんと語りかけ、紀州暗闇寺に向かう赤影と白影。その脳裏には、これまでの忍怪獣たちとの激闘が浮かぶ……

 根来十三忍も残すところ頭領の暗闇鬼堂一人、そして第三部根来篇も残り二話。サブタイトル画面では、アゴンの角の上に颯爽と立つ赤影……はて? と思いきや、ここにきてまさかの総集編であります。

 新撮部分は冒頭、前回ラストで小屋もろとも連れ去られた信長と青影に落胆する白影に対し、かつて第二部の最終話で青影にも語った最後の最後まで望みを捨ててはいかんという言葉を赤影がかける場面。
 その言葉に踏みとどまった白影が、岐阜からの戦いの旅路を回想する……という趣向であります。

 ここで登場するのは以下の場面――
・ガンダと赤影たちの対決
・かげろう兄弟の野火・つむじと赤影・白影の対決
・ガッポと赤影・青影の対決
・信長と青影たちを襲うアゴン
・ガバリと赤影たちの対決
・ドグマ対アゴンの対決
・ドグマと赤影たちの対決
・ジャコーと赤影の対決

順番は放映順ではない(=旅路の順ではない)ですし、繋ぎも結構アバウトなのですが、興味深いのは、場面のチョイスが怪忍獣中心であることでしょう。
 サブタイトルで「怪忍獣」と謳っているのだから当たり前と言えばそうですが、回想シーンの根来十三忍がつむじ・野火・風葉・矢尻と4人しか登場していない(しかも後ろ2人は怪忍獣使いとしての性格が強い)というのは、明らかに忍者よりも怪忍獣を優先していることは間違いありません。

 ここでこちらも振り返ってみれば、この第三部を構成する要素の一つが怪獣であったことは間違いないところでしょう。
 もちろん、第一部の千年蟇や第二部の大むささびなど、これまでにも怪獣キャラは登場していますが、あくまでも忍者の添え物、忍法の一部(あるいはビジュアライズの一種)であったもの。しかしこの第三部では独立したキャラクターとして(もちろん厳密に言えば、皆忍法の一部ではありますが……)登場しているのですから。

 時あたかも前年の『ウルトラQ』『マグマ大使』そしてもちろん『ウルトラマン』から始まる第一次怪獣ブームのまっただ中、そこに本作も乗ったのは間違いありません。
 しかし比較的オーソドックスな忍者ものであった第一部、超科学と派手な忍者が乱舞した第二部と積み重ねてきたものがあって、ここで一気に怪獣ものとしての本作が花開いた感があるのは、なかなか興味深いところであります。


 と、折角ですので、この回ではほとんど描かれなかった部分に触れれば、この第三部を構成するもう一つの要素は、背景にあるのが大名と大名との争い――すなわち、戦国という時代の有り様であることでしょう。

 第一部・第二部が、あくまでも秀吉や信長の命によるものであれ、金目教やまんじ党といった一種のテロ組織との対決であり、この後の第四部が忍者集団同士の争闘であったのに対し、この第三部の中心は、あくまでも信長と夕里弾正の対立。赤影たちも根来十三忍も、その中で雇われた者というスタンスであり、その意味で第三部はより「忍者もの」的であると言えるのではないでしょうか。
 怪忍獣が闊歩する一方で、それを支える物語はあくまでも忍者もの……そのバランスの絶妙さが、この第三部の最大の魅力ではないかと感じるのです。

 ちなみに、第三部スタート時にも軽く述べましたが、悪役たる夕里弾正と暗闇鬼堂のモチーフは、まず間違いなく松永弾正(松永久秀)と果心居士でありましょう。
 (さすがに実在の人物ではなくとも)敵役として史実に片足を置いたキャラを配置することで、上に述べた第三部独特のバランス、リアリティを実現できたのでは……というのはもちろん私の勝手な想像ですが、しかし当たらずしも遠からずではないかと思うのです。


 次回はおそらく話を追うのがやっとで、第三部全体を振り返るスペースはあまりないかと思いますので、ここで一足先に振り返っておいた次第です。


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2016.09.09

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第8巻・第9巻 陰の主役、お品の表情

 故あって間が空いてしまいましたが、せがわまさき版『魔界転生』の第8巻・第9巻をまとめてご紹介。これまで田宮坊太郎、宝蔵院胤舜と二人の魔界転生衆を破ってきた十兵衛の前に現れる次なる刺客は柳生如雲斎――ついに禁断の同門対決が実現することとなるのですが……

 紀州大納言の背後で暗躍する七人の妖剣士たちを討ち、三人娘の父・祖父たちの仇を討つために旅立った柳生十兵衛と柳生十人衆。
 西国三十三番札所を辿るその旅路の途中、十兵衛を討ち、そして仲間に引き入れんとする魔界転生衆との戦いは、その度ごとに十人衆に犠牲者を出しながらも続き、まずは二人までをも討ち果たすことができました。

 その一方で十兵衛と紀州側で繰り広げられる虚々実々の駆け引きもあり、十兵衛が一旦一行から外れた中、三人娘と十人衆が辿り着いたのは道成寺。言うまでもなく安珍清姫の伝説の残るあの道成寺であります。
 そこで根来衆に包囲された一行の前に颯爽と現れ、バッタバッタと根来衆を倒す十兵衛先生ですが……その前に現れた影こそは第三の刺客・柳生如雲斎。見開きで十兵衛の背後に出現するその場面の妖気溢れる姿は、この作者ならではの一流のビジュアルでもって大いに痺れさせられます。

 さてその柳生如雲斎、かつての名である柳生兵庫助利厳のほうがお馴染みの方も多いと思いますが、言うまでもなく彼は柳生新陰流にその人ありと知られた名剣士。
 その逸話は様々にありますが、流祖・石舟斎から新陰流の正統を許されたのが、石舟斎の子である宗矩ではなく彼であったというだけで、その腕のほどは察することができましょう。

 この如雲斎――柳生新陰流の同門であり叔父甥の間柄の相手に対し、十兵衛はやむなく刃を向けることとなります。
 同門といえば、同じ技を学んだ間柄であり、その同門同士が対決すれば、勝負は一瞬となるか、あるいは千日手となるかのどちらかですが、今回の対決は前者

 お互い一つずつ、十兵衛はないものを喪い、如雲斎はあるものを喪い……押される形となった如雲斎は、お雛を捕らえて思いがけぬ、しかしいかにも山風らしい趣向でこの場から一時撤退をしてのけることになります。

 お雛という人質を取られ、身動きの取れぬ状況ながら、西国二番札所・紀三井寺で、柳生道場の出張所を開くという挑発行動に出る十兵衛一行。
 その一方で、家光重篤の報に魔界転生衆の制止も聞かず紀州大納言は江戸へ出ることを決めるなど、相変わらず事態は錯綜に錯綜を重ねることとなります。

 ここで頼宣出立の血祭りというべきか、事もあろうに和歌山城に十兵衛をおびき寄せ、頼宣の眼前で立ち会おうという如雲斎。そしてその使者として選ばれたのはお品なのですが――ここで十兵衛の前に現れた、いや姿を見せずに彼に語りかけるお品の姿が、なんとも印象に残ります。

 忍法魔界転生の忍体として、十兵衛を堕落させるべく近づいたお品。しかしその旅の最中に十兵衛や十人衆と触れる中、彼女の中に変化が生じていくこととなります。
 その彼女が、十兵衛を必殺の罠に招き寄せる際に何を思うか……ここで描かれる彼女の微妙な表情は、その複雑な胸中を見事に浮かび上がらせていると感じます。

 思えばこの第8巻と第9巻、表向き中心となるのは二度にわたって十兵衛と激突する如雲斎ですが、その実、陰の主役というべきはお品ではないでしょうか。
 主たる任務は果たせなかったものの、無事に仲間たちのもとに帰還したお品。しかしその後も彼女は陰になり日向になり十兵衛に接近し、様々な役割を果たしていくことになります。……十兵衛のために。

 そしてその決定的な役割が、第9巻において描かれるのですが――

 スパイに入った者が、接近した相手にほだされ、逆スパイとなる……という趣向は古今東西枚挙に暇がありません。
 その定番のパターンでありながらも、お品の姿に不思議な魅力を感じるのは、不安・思慕・哀しみ・覚悟……様々な想いが無言のうちに浮かぶ、その表情を切り取ってみせる作者の描写力あってこそでしょう。

 そのお品がいかなる運命を辿るのか、何とも気になるところで終わる第9巻ですが――この先お品がどのような表情を浮かべるのか、次なる転生衆と十兵衛の対決と同じくらいに気になるのであります。


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2016.09.08

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第3巻 もう一人のねこまた憑き登場!?

 京で、「ささめ(つぶやき)の親分」と呼ばれる岡っ引きの仁兵衛と、彼に取り憑いた不思議な存在「ねこまた」の交流を、美しい京の風物や四季と絡めて描く四コマシリーズの最新巻であります。今回は何と仁兵衛とは異なるねこまた憑きが……?

 本作に登場する「ねこまた」とは、耳が尖っていて尻尾が二つに分かれているものの、猫が変化した「猫又」にあらず、正体不明の何とも不思議な存在。
 「家」一軒に一匹ずつ憑いてはその家を守る、可愛らしい(のですが目が虚無的でちょっと怖くもある)一種の精霊のような存在なのです。

 そんな常人には見えないねこまたたちを、幼い頃から見ることができる仁兵衛は、家ではなく彼自身に取り憑いた一匹、家に取り憑いた四匹の、都合五匹に取り巻かれ、それなりに賑やかな一人暮らし。
 唯一の悩みは、自分に憑いているねこまたと会話している姿が、独り言を呟いているようにしか見えないことですが……

 何はともあれ、そんな仁兵衛とねこまたたちの交流を描いてきた本作も、早いものでもう3巻目。ある意味日常系の漫画(?)であるため、基本的に大きな物語展開や変化は生じない作品なのですが、もちろん、それがむしろいい。
 不気味可愛いねこまたたちと、ちょっと強面だが心優しい仁兵衛の、静かで、暖かい日常は、実に微笑ましく、心地よく感じられるのです。


 ……が、この巻において、そんな世界にもある変化が生じることとなります。ある日、京に現れた旅姿の浪人。笠で顔を隠し、剣呑な雰囲気を持つその男・三好高久の動きに、岡っ引きとして仁兵衛は目を光らせることになります。
 社会的な身分で目をつけられるのもいやなものですが、しかしここは仁兵衛の目が正しく、実はこの男の稼業は金でお尋ね者を斬る賞金稼ぎ。剣呑なのも道理、本作には珍しく血の匂いを漂わせる男なのであります。

 しかし、注目すべきはそこ(だけ)ではありません。実はこの男が肌身離さぬ笠、その上にはねこまたが常に乗っているのですから。そう、この男もまた、ねこまた――それも仁兵衛の黒ねこまたと対になるような、白ねこまた――を連れる者だったのです。
 と言っても仁兵衛と異なるのは、彼にはねこまたを見ることができず(したがってねこまたが憑いていることも知らず)、そしてねこまたが憑いているのも彼自身ではなく、彼の笠なのですが……

 いささか事情は異なるにせよ、本作では初めて登場した仁兵衛以外のねこまた憑き。彼の出自は、彼がそんな稼業についているのは何故か、そして何よりも何故彼にねこまたが憑いたのか……本書の時点では何もわかりませんが、大いに気をそそるところではあります。

 しかし、そのねこまたが何故笠に憑いているかは語られています。それは、無宿人にとっては笠が軒(屋根)であるから――なるほど、これはこれで理に適っていると同時に、何とも切なさを感じさせる設定ではありませんか。

 そしてもう一つ、この点で気になる物語が、この巻には収録されています。それは仁兵衛の家に憑いたねこまたのうち一番幼い一匹、水玉模様のねこまたが、仁兵衛の家に来るまでの物語。
 その物語の内容は読んでのお楽しみですが、そこでは、また全く似て非なる形で、笠が用いられているのです。

 あるいは白ねこまたと対になるのは、水玉ねこまたの方では、というのはさすがに考えすぎですが、しかしここで描かれたものに、三好とねこまたの関係性を探る――そしてそれは同時に、三好の過去を探るものでもあるでしょう――ことは可能なように思います。

 ここに来て新たな、謎めいた形のねこまたと人の関係性を提示してみせた本作。いつもどおりの変わらぬ物語と、新たな変化の物語と……両方を楽しみするという、少々欲張りな気分になってしまいますが、それも無理もない話でしょう。


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2016.09.07

『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その二) 人間臭い武将たちの戦場

 七人の歴史時代小説作家が、それぞれのスタイルで戦国時代を描く『戦国秘史』の紹介の後編であります。

『死地奔槍』(矢野隆)
 戦う者、戦い続ける者を描かせれば当世右に出る者がいない第一人者である矢野隆にとって、戦国は最も得意とする舞台でしょう。しかし今回主人公とするのが片桐且元というのには、いささか虚を突かれます。

 というのも、且元は秀頼の補佐役でありながらも、大坂の陣前に家康を説得(弁明)できず、大坂城を捨てて家康についた人物。フィクションでは大抵いい描き方をされない人物であります。
 しかしその彼も若き日には一人の武将として戦場を往来し、賤ヶ岳の七本槍に数えられた男。且元の回想の形式を取る本作で描かれるのは、まさにその賤ヶ岳の戦なのです。

 信長の実質的な後継者の座を得るために柴田勝家を破るべく、わずか5時間で50kmを移動する美濃返しという奇策を仕掛けた秀吉。その中にいた七人の若者――ただひたすらに戦いを求める者、強行軍に息も絶え絶えの者、陰気で何を考えているかわからぬ者等々、と個性豊かな七人、後の七本槍が決戦に向かう様を、本作は丹念に描きます。

 冒頭に述べたとおり、合戦シーンの迫力は作者の面目躍如たるものがありますが、しかしそれ以上に印象に残るのは、その血戦に向かうまでの且元の心の動き。
 個性的な面々の中では常識人で、どこか醒めた視点を持つ且元。そんな彼が何を想い、何のために戦ったのか。彼の心情や視点が激しく動き変わっていく様は、彼が我々に近い存在であるからこそ生々しく感じられます。

 そしてその過去の姿が、彼の現在の、未来の姿に重なっていくもの悲しさたるや……


『春の夜の夢』(吉川永青)
 巻末に収録された本作の主人公は北条氏康。関東の覇者としての北条氏を確立したと言うべき名将が、一夜にして関東の勢力図を塗り替えたあの戦いの姿が、克明に描かれることになります。

 亡き父・氏綱を継いで当主となった若き氏康を襲った、北条家最大の危機。北条家に奪われた東駿河を奪還すべく、山内上杉・扇谷上杉と連携して今川義元が挙兵、駿河では今川家が、武蔵では両上杉家が、さらに晴信の武田家までが加わり、北条に挟撃を仕掛けてきたのでありあます。
 勇猛を以て知られる義弟・綱成が両上杉家の大軍を河越城で食い止めている間に打開策を探る氏康ですが、北条の命運は風前の灯。万策尽きた時、彼がとった行動は……

 氏康といえば、かの謙信・信玄とも真っ向から渡り合った文武両道の名将という印象がありますが、本作で描かれるのは、その前夜とも言うべき時期。ここで描かれるのは、読者も愕然とするほどの窮地に悩み、苦しむ、等身大の青年の姿であります。
 特に印象に残ったのは、事において神仏に頼まず、という信条を持っていた氏康が、思わず……というくだり。ある意味、極めて非日常的な、我々とは遠い世界において、誰でもやってしまいそうな行動を思わずとった氏康の姿が、ここでは何とも人間的臭くそして魅力的に感じられるのです。

 そしてもちろん、そんな悩める氏康の姿があるからこそ、クライマックスで描かれる、戦国史に残るあの戦いが何とも痛快に感じられることは言うまでもありません。


 その他の三作品のうち『ルシファー・ストーン』(伊東潤)は、日本に渡ったという魔王の石を求めて海を越えたイエズス会士を主人公とした伝奇もの。謎多き信長の「盆山」が実は……という趣向は面白いのですが、短い中で比較的長いスパンの物語を描いた故か、キャラクター個々の描写と物語のディテールが甘くなってしまったのは残念です。

 『伏見燃ゆ 鳥居元忠伝』(武内凉)は、元忠がワタリの出身という点をクローズアップした点が作者らしいと感じられる武将伝。自らが武士の理想として語る「すがすがしき武士」そのものの元忠の姿が素晴らしいのですが、後半、史実に沿った展開では、いささか独自性が薄れた感があります。

 『神慮のまにまに』(中路啓太)で描くのは、阿蘇家を支えてきた甲斐宗運。阿蘇神社の神慮を受け、肉親を害してまでも御家のために生きてきた彼が老いて後、歩んだ運命は……彼が神慮を信じて積み重ねてきたものが、人の業によって打ち砕かれていく結末の皮肉さが印象に残ります。

 以上七篇、それぞれに異なる味わいはアンソロジーならではの楽しさでしょう。ぜひ、続編を期待したいところであります。


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戦国秘史 歴史小説アンソロジー (角川文庫)

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2016.09.06

『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの

 最近は文庫形式の歴史・時代小説アンソロジーも珍しくありませんが、本書はその中でもなかなか魅力的。書き下ろし+単行本初収録の作品で構成されたものですが、伊東潤/風野真知雄/武内涼/中路啓太/宮本昌孝/矢野隆/吉永永青と、凄まじく豪華な執筆陣の一冊なのであります。

 タイトルどおり「戦国」という共通項は持ちながらも、しかし舞台となる場所も、登場する人物も、それぞれ全く異なる物語を収録した本書。その中で、個人的に特に印象に残った作品を取り上げていくとしましょう。


『戦国ぶっかけ飯』(風野真知雄)
 どこかコミカルで、しかしペーソス溢れる作品を得意とする作者の作品は、タイトルのとおり一筋縄ではいかない作品であります。
 主人公となるのは、毛利輝元の腹違いの妹・月姫と、彼女に仕える侍・星野十五郎ですが――本作では、この二人が思わぬ形で合戦の流れを左右することになるのです。

 秀吉によって攻められた上月城に居合わせ、辛うじて逃れた直後に籠城していた者たちが尽く殺されたと思えば、その後に身を寄せた三木城でやはり秀吉による二年にも及ぶ兵糧攻めを受けた主従。
 かねてより草木や虫などに詳しい月姫の知識により干殺しを生き延びた二人は、秀吉軍の傘下で暮らすことになったのですが……今度は吉川経家の鳥取城を攻めるという秀吉に対し、月姫が思わぬ策を献じることになります。

 その策こそがもちろん本作の眼目、タイトルから察せられるように、食物に関するものなのですが……そのあまりに奇想天外な食物(その正体は比較的早い段階で想像できてしまうのですが)もさることながら、月姫が城攻めのために動く理由こそが本作最大の魅力であります。
 上月城と三木城に共通したある事情。その事情によって最も苦しんだのは誰であったか……
 仇とも言える秀吉のためではなく、その苦しむ者たちのためにこそ、月姫は立ち上がるのです。それは作者の作品に通底する、弱者からの、一般人からの視点でしょう。
(もっとも、史実では鳥取城攻めの結末も……なのですが)

 なかなか題材的には難しいかもしれませんが、ぜひシリーズ化していただきたい快作です。


『武商諜人』(宮本昌孝)
 家康の懐刀として活躍した豪商・茶屋四郎次郎。彼が経済面で家康を支えたことはもちろんですが、しかしその青年期はあの三方ヶ原の戦いをはじめとする合戦に従軍した戦場往来の人物であります。
 その四郎次郎の名を歴史に強く刻みつけたのが本能寺の変の際の、神君伊賀越えですが、本作はそんな彼の活躍の陰に、意外な人物への想いを浮かび上がらせるのです。

 父・明延の代からの京の商人として、混沌たる時代を渡ってきた四郎次郎清延。その彼の剣の師は足利義輝(!)。商いで義輝と出会った清延(そもそも茶屋の名は、義輝が明延の屋敷にしばしば茶を飲みに立ち寄ったことからついたものであります)は、その縁でかの剣豪将軍に剣を学んでいたのですが――
 そんな清延が淡い想いを寄せていた相手こそは、義輝の最愛の室である小侍従。そうと知らずに初めて出会った際、その鮮やかな才知と美貌に惹かれた清延は、彼女の正体を知った後も、敬愛の対象として彼女の役に立つことを、何よりも楽しみにしていたのです。

 そんな最中に突如起きた松永久秀の謀叛。何も出来ぬまま小侍従の死を知った清延は、己が冷静に動けば彼女を救えたのではないか、そもそも自分(の家)の力を使えば、事前にこの動きを察知できたのではないかと、強く悔やむことになります。
 それを機に、より積極的に政に、戦に踏み込むことを決意した清延は、若き家康に希望を見て、全力で彼を支えることに……

 いやはや、作者といえば『剣豪将軍義輝』、それ以降の作品でも義輝は幾度となくその姿を見せていますが、まさかその影響が茶屋四郎次郎にまで及んでいたとは、作者のファンにとっては驚き&感動であります。
 しかし本作においてはむしろ義輝本人よりも小侍従の存在が大きいのがミソと言えるでしょう。彼女を救えなかった清延の悔悟がその原動力となり、そしてある意味義輝暗殺の再来とも言うべき本能寺の変において、それが彼に如何なる行動を取らせたか……

 人の純なる想いが歴史を動かす様を描いた本作もまた、作者の作品らしく、爽やかな後味を残してくれるのです。


 長くなりますので、次回に続きます。


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戦国秘史 歴史小説アンソロジー (角川文庫)

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2016.09.05

上田秀人『表御番医師診療禄 8 乱用』 長崎編後編 秘術の行方は……

 波乱万丈の人生を辿ってきた表御番医師・矢切良衛も、これまでの功績が認められて長崎で南蛮医学の修行に励むことに。が、京で探索にこき使われたり、南蛮医学の懐妊の秘術を探るよう求められるなど、面倒を背負わされてばかり。挙句に様々な連中から命を狙われ……相変わらずの受難ぶりであります。

 幕政の闇に巻き込まれながらも、身につけた医術と剣術で辛くも切り抜けてきた良衛。これまで散々こき使われてきた報奨にと、医師として憧れの長崎遊学を認められた良衛ですが、その際に、将軍綱吉の寵愛厚いお伝の方から、懐妊のための秘術を会得するよう密命を下されるのでした。

 そんな都合の良い秘術があるかもわかりませんが、しかし相手はいま大奥で飛ぶ鳥を落とす勢い。やむなく自分の修行そっちのけで出島のオランダ商館に通う良衛ですが、専任の医師などはおらず、門限など厳しい条件の下、自分でその術を探る羽目となります。

 さらに、旅の途中に新興の薬種問屋・南蛮屋の抜け荷の証拠を目撃……したと勝手に勘違いされ、わけもわからぬうちに刺客に襲われる良衛。その上、将軍の寵愛を狙うお露の方がお伝の方の秘命を嗅ぎつけたことから、その実家の廻船問屋・房総屋の手の者も、良衛につきまとうことになります。
 しかも、その両者が、それぞれ長崎の警固を担当する福岡藩黒田家、佐賀藩鍋島家に手を回したことで、さらに状況は面倒なことに……


 というわけで、本人の責任ではないのにどこにいっても面倒事に巻き込まれ、長崎奉行も頭を抱えるほどの良衛。
 金と権力に執着する人々と、彼らに振り回され使役される人々……というのは上田作品に定番の構図(はっきり言ってしまえば、良衛も後者の一人ではあります)ですが、本作は江戸から遠く離れ、直接の政争から文字通り距離を置いた分、その争いの愚かさ、せせこましさが、より際立って見えるように感じます。

 何しろ、良衛を狙い、遺恨を抱くのは南蛮屋や房総屋だけではありません。彼の医術や地位を妬み、勝手に恨みを抱く者も、一人や二人ではないのですから……
 何はともあれ、そんな思わぬ良衛包囲網がクライマックスに達するのは、本作の表紙絵に描かれた場面。長崎といったらやっぱりこれでしょ、と言いたくなるような(?)相手との対決のシーケンスは、戦場から生まれた超実戦派武術を修めた良衛の面目躍如たるものがあります。


 さて、力で向かってくる敵はどうにかできても、悩ましいのはお伝の方から課せられた密命の行方。上で述べたとおり、あるかどうかもわからない……というより、現代人の目から見ても無理としか思えないその密命ですが、わかりませんでした、ではすまされません。
 その点をどう捌いてみせるのか、これはむしろ剣戟以上の難局ですが――

 詳しくは述べませんが、なるほどこう来たか、という物語展開でこの点をクリアしてみせたのにはただ感心なのです。
(そしてこのくだりで描かれた、これまであまり表に出てこなかった人物のしたたかな生き様にも……)

 しかしそれは良衛にとっては一難去ってまた一難、新たな難局の始まりでもあります。難題は持ってくるが手は貸してくれない上役もおらず、数は少なくとも好意的な周囲の人々にも恵まれた長崎を離れ、再び舞台は江戸へ……
 変化球の展開を終え、次に待ち受けるものは何か。やはり目が離せないシリーズであります。


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表御番医師診療禄 (8) 乱用 (角川文庫)


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2016.09.04

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」

 鬼鳥の正体が大盗賊・凜雪鴉であり、全ては天刑劍を奪うための謀であることを知った殤不患と丹翡。捲殘雲も尊敬する狩雲霄の真の姿にショックを受ける。一方、凜雪鴉は天刑劍の鍔を偽造し、蔑天骸に取引を持ちかけていた。そこに現れた殺無生は、己の剣に賭ける信念のために蔑天骸に刃を向ける……

 鬼鳥=凜雪鴉が、掠風竊塵すなわち「風を掠め塵を窃む」盗賊であることを知らされた牢の中の殤不患と丹翡。ということは、その凜雪鴉に声をかけられた刑亥と狩雲霄もまた、世間知らずの小娘を騙して天刑劍を奪うという企みに乗った同類ということであります。(ということは死んだ廉耆もまた……)。これは確かに、正体のわからない殤不患のことを、異常に狩雲霄が気にしたわけです。
 この辺り、武侠ものだから……というこちらの「侠」への固定観念を見事にひっくり返してみせた面白い仕掛けです。

 そしてこの企みを知らなかったのは、殤不患と丹翡、そして捲殘雲。特に捲殘雲は、狩雲霄を大侠と信じ、兄貴と慕ってきただけに大きなショックを受けております。しかし狩雲霄に言わせれば清濁併せ呑むのが英雄。生きて誇らしげにする者には必ず秘めた恥がある、手際よく恥を隠したものだけが武林に名を残すことが出来る……と一見正しいけれどもやっぱり駄目な大人全開の発言であります。
 そして恥を隠すというのが、今回の場合何を指すかは明確ですが――

 そんな一行が立ち去った後、あまりに世間を知らなかった自分自身を恥じ、殤不患を巻き込んだことを詫びる丹翡。その時、静かに内功を練っていた殤不患は、その黄金に輝く巨大な気の力で以って、素手で堅固な牢を粉砕! そして丹翡にかけた言葉が素晴らしい。
「騙されることを悔やんでもいいが、正しくあろうとしたことは悔やむんじゃない」
 ……これもまた大人の言葉ではありますが、しかしどちらの大人が望ましいか、そして何よりも格好いいか! 言うまでもありません。

 さて、その頃諸悪の根源二人は腹の探り合い。前回、丹翡から奪った天刑劍の鍔に不審を抱くような描写があった蔑天骸ですが、やはり鍔は偽物。十秒見れば贋作が、五秒触れればさらに素晴らしい贋作が作れるというのが凜雪鴉の特技だったのです。それでは本物の鍔はといえば……もちろんここに持ってくるはずがない。何とかして蔑天骸が持つ柄を奪うのかと思いきや、モノがモノだけに、本物の鍔を蔑天骸に売りつけた方がいいかも、というのが凜雪鴉のスタンスであります。

 しかし既に強大な力を持つ蔑天骸が、何故剣を、それも天刑劍を求めるのかと問う凜雪鴉に対して、この世で剣こそは力の証、生と死を分かつものの象徴であり、それゆえ最強の剣を求めると語る蔑天骸。
 そして逆に何故それだけの能力を持ちながら盗みに拘るのか、と問われた凜雪鴉の「覇者の気風」という答えも、禅問答のようで、あるいは蔑天骸の答えと通じるものがあるように感じますが……

 と、そこにほかの面子は置き去りに、単身殴りこんできたのは殺無生。もちろん凜雪鴉のに首を取り立てにやってきたのであります。闇の迷宮を突破したら首をやると言ったが、自分は結局迷宮を通らなかったし? と(予想通りの)言い訳をする凜雪鴉ですが、もちろん殺無生が聞くわけもありません。
 七罪塔の奥はどん詰まり、これより先に逃げようはないという殺無生には、なるほどこれを狙っていたのかと感心させられますが、しかし彼の刃が向けられたのは蔑天骸。強者と見れば斬りたくなる殺無生にとって、蔑天骸こそはそれに敵う強者、そして蔑天骸も、己の信奉する剣の体現者ともいうべき殺無生の挑戦を拒むいわれはありません。

 そして対峙する両者ですが、しかし二人の達人の目には、既に決着は、その道筋まで見えていました。わずか九手、それだけで決着――九手で詰むのは自分だとわかりつつも、歓喜の表情で剣を抜き、その通りに蔑天骸の刃に胸を貫かれた殺無生。「決して勝てぬと悟った以上は、実際に負けてみなければ気がすまぬ……」愚かと言わば言え、これもまた一つの見事な生き方でしょう。
 そんな殺無生に最大限の敬意を果たしつつも、自分の剣が無双である以上、武林で名を上げる必要はない、と蔑天骸も自分の道との違いを断言するのでした。

 そして与えられた部屋に戻り、手に入れた殤不患の刃を改める凜雪鴉。その刃はなまくら同然、そしてその持ち主である殤不患が、彼の後ろに立って……次回に続きます。


 ストーリーは佳境に入りましたが、それ以上に印象に残るのは、登場人物それぞれの生き様、人生哲学の発露(特にようやく蔑天骸のキャラが立った印象)。というよりそれこそが、本作という物語の中核なのでしょう。
 一体誰が正しいのか、などという問いかけは無意味かもしれませんが、しかし物語の結末には、それが見えるのではないでしょうか。


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2016.09.03

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第2巻 伝奇へと飛躍する物語

 宮川輝による第三の「九頭竜」――『買厄懸場帖九頭竜 KUZURYU』第2巻の登場であります。これまで石ノ森章太郎、さいとう・たかをと錚々たる面々で描かれてきた作品に現代的なアレンジを加えた本作は、この第2巻に入っていよいよ快調、物語はついに一大転機を迎えることとなります。

 旅から旅へ、薬を背負って各地を流れ歩く青年・九頭竜。売薬人である彼の裏の顔は、金で人の厄を買う面倒始末人、「買厄人」であります。
 金さえ積まれれば人を殺めることも躊躇わない九頭竜ですが、しかし彼の真の目的は、己の母を殺した謎の一団を探すこと。その手がかりとなるのは、母の死体が手にしていた九頭の竜の前金物で……

 という基本設定で展開していく本作、第1巻に収録された全6話は、原作の冒頭6話をベースとしたものでしたが、この巻の冒頭4話も、続く第7話から第10話までをベースとしたものとなっています。

 成り上がりを夢見て人を斬ろうとする若者と九頭竜の出会い「唐変木」、故郷を捨て荒みきって帰ってきた男が引き起こす惨劇「血達磨」、孝行な子供のために母を連れ戻そうとした九頭竜が知る真相「龍の髭」――

 冒頭3話は、第1巻と同じく独立した内容のエピソード。冷たく乾いた人情ものとでも申しましょうか、そこでは人と人とが織りなす、どうにもやり切れない重苦しい物語が綴られていくこととなります。
 しかし、そこに良い意味での軽みを感じさせるのは、もちろん本作の九頭竜のキャラクター像によるものでしょう。他の版と異なり、飄々とした美青年といった雰囲気の九頭竜が時折見せる人間味が、一種のスパイスとして、物語の苦味を和らげ――あるいは強めて――いるのです。


 しかし、続く第10話「ぬばたま」(ちなみに、さいとう版はこれが最終話)において、物語は大きく趣を変えることとなります。
 父の薬のために自らを売ろうとする娘と出会った九頭竜。彼が証文を取り返すために訪れた検校の屋敷で見たもの――それは、自らの持つものと同じ九頭の竜の前金物でありました。

 この検校こそはこの世に九つあるという前金物を持つ者の一人にして、九頭竜の養父であった行者の同輩。そして九頭竜の養父こそが、彼の母の仇だという言葉に、激しく九頭竜は動揺することになります。
 そして辛くも検校との戦いに勝ち(ここで本作独自のアレンジが加わっているのが実にいい)、なおも前金物の秘密を追う九頭竜の前に現れたのは、いずれも一癖ありげな四人の男たち。武田家の残党だという男たちもまた、前金物の謎を追っていたのであります。

 そして九頭竜の窮地を救った謎の女が語る、驚くべき秘密とは――ここに至り、物語は一気に飛躍を遂げ、この国の源流にまで遡る伝奇ものへと変貌することになります。

 この辺りの展開もまた、ほぼ原作を踏まえているのですが、しかしこの辺りの大展開ぶりはやはり何度読んでもテンションが上がります。
(ちなみに原作では「ぬばたま」の後に数話、単発エピソードが入るのですが本作ではそれをオミット、スピード感が増してるのが嬉しい)

 そして物語に伝奇性が増すのと比例して、アクションの度合いもグッと増すのですが――本作の場合、そのアクションの完成度が素晴らしい。
 九頭竜の殺陣の特徴とも言える、一対多数のバトル、そして静から動へと一瞬に切り替わるアクションを、ケレン味たっぷりに、描き出す点において、本作はオリジナルに勝るとも劣らぬものを持つ――私はそう感じます。


 そして一気に盛り上がったまま、次巻へと続いていく物語。原作を忠実に踏まえつつも、また新しい魅力を見せる本作がどこに辿り着くのか……まだ結末は少し先のことになるかと思いますが、最後まで見届けたいと思います。


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2016.09.02

『仮面の忍者赤影』 第37話「怪忍獣ジャコー」

 ジャコーの襲撃から辛くも逃れた赤影一行。しかし京は既に弾正軍に封鎖されていた。助っ人に伊賀の忍び・ましらの甚内を呼んだ白影だが、既に甚内は根来忍者・十六夜月心がすり替わっていた。さらに行く先々に変装して現れ、一行を誘導する月心。ついにその刃が赤影を襲うが……

 前回の引きで信長と青影の前に出現した山猫の怪忍獣ジャコー。口から吐く白煙に苦しめられながらも、青影は赤影直伝の影一文字で大ジャンプ! ……するのですが、ジャンプ力が足りず、白煙の直撃をくらってあえなく墜落してしまいます。そこに参上した赤影が火薬玉連発して辛うじて逃れる一行を見送るは、やけに芝居がかった喋りの根来十二番目の刺客・十六夜月心であります。

 さて、一刻も早く京に向かいたい信長ですが、京に偵察に行って帰ってきた白影の言では、京の信長の軍勢は、弾正軍の攻撃に押されまくっている状況。しかし京に入る道も、弾正軍が番所を設け、あまり似てない似顔絵を貼りだして警戒中とのことです。
 ここで白影は、旧知の伊賀の忍び・ましらの甚内を助っ人に招くべく伝書鳩を飛ばすのですが……しかしその鳩は月心に落とされ、月心は先回りして甚内を襲撃、何食わぬ顔で甚内に化けて白影の前に現れるのでした。

 甚内(月心)が言うには、京の油屋・山城屋清八が、京に入る間道を知っているとのこと。この物騒な時代、東国から油の原料を運んでくるために、油屋が秘密の間道を知っているというのは、なるほど納得ですが……
 その山城屋に会うため、老人に変装して番所を通り抜ける白影(この時、手形を受け取り忘れかけて呼び止められた白影ですが……)。そうとも知らず、山城屋に会い、信長のためならばと特別に間道を知る猟師の作造のことを教えてもらう白影。しかし本物の山城屋は既に始末され、この山城屋もまた月心の変装だったのです。

 そうとも知らず作造の山小屋に向かった一行。白影は一足早く京に向かい、信長到着の報を伝えようとするのですが、今度は片目の男に化けて番所を通り抜けようとした白影がまた手形を忘れかけたのに、二度も忘れるなと返してよこす役人。……そう、既に白影の変装は見破られていたのであります。
 そして白影を狙う無数の銃口ですが、そこに駆けつけた甚内が、火遁の術で鉄砲隊をひるませます。辛うじて逃れた白影は、河原で倒れている本物の甚内を発見し、真相を悟るのでした。(しかしここのくだり、繋がり的にはちょっとおかしい。まあ、本調子でないところに必死に白影を助けたので甚内はダウンしたのかもしれませんが……)

 一方、山小屋に泊まることになった一行に酒を勧める作造(意地汚くこの酒まで飲んだ青影)。しかしこれが眠り薬入り、眠り込んだ赤影に刃を向ける作造ですが――しかし赤影にそんなものは効かない! 小屋の外に逃げ出した作造の悲鳴が響き、そこに作造を斬ったと言って現れた甚内。しかし赤影は彼の刃に血糊がついていないことを見抜きます。
 そこに白影と本物の甚内も駆けつけ、ついに正体を現す月心ですが――しかし、三人に取り囲まれても平然とした態度を崩さぬ月心に、赤い月から謎の光線が降り注ぎます。その中から現れたのは、ジャコー!

 その巨体に似合わぬ俊敏な動きと白煙に苦しめられる赤影たち。強敵を前にして赤影は、月心をジャコーに変えたのが月の光であったことに気が付きます。そこでその身を超回転させた赤影の忍法影風車が黒雲を起こし、赤い月を覆い隠します。力を奪われ元の姿に戻る月心は刀の方はさほどではなかったか、敢え無く赤影の刀の前に散るのでした。

 しかしそこに突如出現するは巨大な暗闇鬼堂の姿。その手は未だ信長と青影が眠りこける小屋をがっきと掴むと消え去るのでした。紀州根来の暗闇寺に来いと言い残して――


 実は鬼堂を除けば最後の十三忍である月心。一人で幾人にも化けて赤影たち(というか白影)を翻弄した上に、自らが怪忍獣に変身するという活躍ぶりでしたが、やはり単独行動ゆえの限界だったのかもしれません。
 そして京を目前として、決戦の地は根来に戻ることに……


今回の怪忍者
十六夜月心

 変装を得意とする根来十三忍。ましらの甚内はじめ様々な人間に化けて信長を誘き寄せ、殺害を狙った。赤い月の力でジャコーに変身する力を持つが、赤影の忍法影風車に月を隠されて元に戻ったところを斬られる。

今回の怪忍獣
ジャコー

 四つの目を持つ山猫の怪忍獣。敏捷な動きと巨大な爪、口からの白煙が武器。二度に渡り赤影たちを襲うが、力の源の月を隠されて月心の姿に戻された。


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2016.09.01

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」

 一行の態度に怒って飛び出した殤不患。その後を追った丹翡と鬼鳥は、殤不患ともども玄鬼宗の操る魑翼を使って七罪塔に潜入する。それを待ち受けていた蔑天骸と一騎打ちする丹翡だが、蔑天骸と思い込んでいた相手は別人だった。捕らえられた丹翡や殤不患の前に現れた狩雲霄らが語る鬼鳥の正体とは……

 前回のあまりと言えばあんまりな一行の手抜きっぷりに激怒して、俺はピンでやらせてもらう! と飛び出した殤不患。やはりあれは殤不患の真の力量を見極めるためにわざと手を抜いたらしく(そしてそれに乗って適当こいてた鬼鳥)、殤不患が怒るのも無理はありません。しかし、内勁は強力だが剣は一流ではない、おそらく真の技は掌法という狩雲霄らの評価はなかなか興味深い。金庸主人公的に、偶然物凄い強力な内功を手に入れたので技が追いついていないという可能性もありますが……(というか、酒を酌み交わしながらこいつは斬れない! とか言ってた殺無生の立場は)

 何はともあれ、そんな連中の態度に丹翡も怒り出して殤不患を連れ戻すために後を追い、絶対こじらせるだけなのに鬼鳥までもそれに同行。殤不患に二人が追いついてみれば、そこでは玄鬼宗の手下がせっせとわかりやすい罠を仕掛けている最中であります。どうやらそれは魑翼――蔑天骸がぶら下がって飛んでいるあの骸骨鳥を捕らえるためのもの、これ幸いと手下を倒した一行は、魑翼を呼び出して一気に七罪塔までショートカットするのでした(そして残された四人は徒歩でナントカの迷宮を抜けることに)。

 さて、首尾良く塔に忍び込んだ三人ですが、その前に早速現れるのは待ち構えていた玄鬼宗の皆さん。全て計算通りとかなんとか、前回と微妙に矛盾することを口にしながら現れた蔑天骸に激高した丹翡に対し、蔑天骸は一騎打ちを受けようと(表面は紳士的ですが実際は猛烈に自分が有利な)申し出をします。
 それを受けて猛然と斬りかかる丹翡、これは前回の捲殘雲との会話が伏線で色々あるのかと思いきや、そうでもなくて普通に蔑天骸を追い詰めます。ついに放った最後の一撃を何とか受け止めた蔑天骸の口から出るのは「一体なんだってんだ!?」と、同じ声ながらキャラ違いのようなセリフ……?

 なんとこれも鬼鳥の幻術、丹翡が蔑天骸と思って戦っていた相手は殤不患だったのであります。本当に蔑天骸と丹翡が戦えば殺されてしまうから、という鬼鳥の理屈はそれなりに正当かもしれませんが、しかしその後に丹翡と殤不患だけは囚われて天刑劍の柄は奪われ、鬼鳥のみ蔑天骸の客分となったのは如何なるわけか?

 と、丹翡ともども牢に入れられた殤不患は頭を悩ませますが、それに答えをもたらしたのは、後から正規ルートで追いかけてきた狩雲霄らでした。
 鬼鳥は天刑劍を利用するために丹翡たちを利用したのだと語る狩雲霄。驚く丹翡に彼が語る鬼鳥の真の名は凜雪鴉、その渾名は掠風竊塵――世間を知らぬ丹翡ですら知る(そして殤不患は知らない)その名こそは天下に名高い大怪盗のものだったのであります。


 というわけでついに明らかになった鬼鳥の正体。いささか意外でしたが、なるほど、死霊術師に殺し屋に盗賊を連れて「義士です!」と言っていれば、それは蔑天骸が鼻で笑うわけです。

 しかし残念なのは、公式サイトでは既に凜雪鴉も掠風竊塵も名前が記載されていたことで、その意味が今回明らかになったとはいえ、意外性を損ねていたのは残念。
 それではサイトを見なければ良いのに、というのも一理ありますが、しかし本作の場合は公式サイトを見ないと固有名詞の意味や字面がわからないケースが非常に多いため、見ないわけにはいかないわけで……

(ちなみに以前も触れたかもしれませんが、「内勁」や「掌法」といった用語も、馴染みのない方には意味はおろか字面もわからないわけで、この辺りはどうにかならないものか、という気はいたします)


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