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2016.09.06

『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの

 最近は文庫形式の歴史・時代小説アンソロジーも珍しくありませんが、本書はその中でもなかなか魅力的。書き下ろし+単行本初収録の作品で構成されたものですが、伊東潤/風野真知雄/武内涼/中路啓太/宮本昌孝/矢野隆/吉永永青と、凄まじく豪華な執筆陣の一冊なのであります。

 タイトルどおり「戦国」という共通項は持ちながらも、しかし舞台となる場所も、登場する人物も、それぞれ全く異なる物語を収録した本書。その中で、個人的に特に印象に残った作品を取り上げていくとしましょう。


『戦国ぶっかけ飯』(風野真知雄)
 どこかコミカルで、しかしペーソス溢れる作品を得意とする作者の作品は、タイトルのとおり一筋縄ではいかない作品であります。
 主人公となるのは、毛利輝元の腹違いの妹・月姫と、彼女に仕える侍・星野十五郎ですが――本作では、この二人が思わぬ形で合戦の流れを左右することになるのです。

 秀吉によって攻められた上月城に居合わせ、辛うじて逃れた直後に籠城していた者たちが尽く殺されたと思えば、その後に身を寄せた三木城でやはり秀吉による二年にも及ぶ兵糧攻めを受けた主従。
 かねてより草木や虫などに詳しい月姫の知識により干殺しを生き延びた二人は、秀吉軍の傘下で暮らすことになったのですが……今度は吉川経家の鳥取城を攻めるという秀吉に対し、月姫が思わぬ策を献じることになります。

 その策こそがもちろん本作の眼目、タイトルから察せられるように、食物に関するものなのですが……そのあまりに奇想天外な食物(その正体は比較的早い段階で想像できてしまうのですが)もさることながら、月姫が城攻めのために動く理由こそが本作最大の魅力であります。
 上月城と三木城に共通したある事情。その事情によって最も苦しんだのは誰であったか……
 仇とも言える秀吉のためではなく、その苦しむ者たちのためにこそ、月姫は立ち上がるのです。それは作者の作品に通底する、弱者からの、一般人からの視点でしょう。
(もっとも、史実では鳥取城攻めの結末も……なのですが)

 なかなか題材的には難しいかもしれませんが、ぜひシリーズ化していただきたい快作です。


『武商諜人』(宮本昌孝)
 家康の懐刀として活躍した豪商・茶屋四郎次郎。彼が経済面で家康を支えたことはもちろんですが、しかしその青年期はあの三方ヶ原の戦いをはじめとする合戦に従軍した戦場往来の人物であります。
 その四郎次郎の名を歴史に強く刻みつけたのが本能寺の変の際の、神君伊賀越えですが、本作はそんな彼の活躍の陰に、意外な人物への想いを浮かび上がらせるのです。

 父・明延の代からの京の商人として、混沌たる時代を渡ってきた四郎次郎清延。その彼の剣の師は足利義輝(!)。商いで義輝と出会った清延(そもそも茶屋の名は、義輝が明延の屋敷にしばしば茶を飲みに立ち寄ったことからついたものであります)は、その縁でかの剣豪将軍に剣を学んでいたのですが――
 そんな清延が淡い想いを寄せていた相手こそは、義輝の最愛の室である小侍従。そうと知らずに初めて出会った際、その鮮やかな才知と美貌に惹かれた清延は、彼女の正体を知った後も、敬愛の対象として彼女の役に立つことを、何よりも楽しみにしていたのです。

 そんな最中に突如起きた松永久秀の謀叛。何も出来ぬまま小侍従の死を知った清延は、己が冷静に動けば彼女を救えたのではないか、そもそも自分(の家)の力を使えば、事前にこの動きを察知できたのではないかと、強く悔やむことになります。
 それを機に、より積極的に政に、戦に踏み込むことを決意した清延は、若き家康に希望を見て、全力で彼を支えることに……

 いやはや、作者といえば『剣豪将軍義輝』、それ以降の作品でも義輝は幾度となくその姿を見せていますが、まさかその影響が茶屋四郎次郎にまで及んでいたとは、作者のファンにとっては驚き&感動であります。
 しかし本作においてはむしろ義輝本人よりも小侍従の存在が大きいのがミソと言えるでしょう。彼女を救えなかった清延の悔悟がその原動力となり、そしてある意味義輝暗殺の再来とも言うべき本能寺の変において、それが彼に如何なる行動を取らせたか……

 人の純なる想いが歴史を動かす様を描いた本作もまた、作者の作品らしく、爽やかな後味を残してくれるのです。


 長くなりますので、次回に続きます。


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戦国秘史 歴史小説アンソロジー (角川文庫)

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