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2016.09.22

丸木文華『カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語』 「彼女」たちの情念が生み出す鬼

 代々悪路王を祀る坂之上伯爵家の令嬢・香澄。平凡な日常にうんざりしていた彼女の前に、長きに渡る眠りから覚めた悪路王が甦った……が、完全に目覚める前に香澄は悪路王に「朧」という名をつけ、自分の僕として縛り付けてしまう。人の歪んだ心に憑く鬼たちと対峙することになる香澄と朧だが……

 副題どおり、大正時代を舞台に徘徊する「鬼」たちを描く、しかし一風変わった味わいのファンタジーであります。

 主人公である15歳の少女・香澄は、かの坂上田村麻呂の子孫である坂之上伯爵家の令嬢。代々強い霊力を持つ者を輩出する坂之上家は、田村麻呂が討った悪路王を祀り守護霊としてきたのですが、香澄もまた、生まれつき常人には見えぬものを視る力を持っております。
 実は彼女は自覚はないものの、悪路王の妻でありながら田村麻呂を愛し、裏切った鈴鹿御前の転生。その気配に惹かれて甦った悪路王とともに、香澄は人間界に蠢く鬼たちと対峙することに……

 というと、いかにも伝奇活劇的ですが、本作は直球ではなく変化球で攻めてくる作品であります。

 何しろ、香澄は少々、いやかなり歪んだ美的センスの持ち主の上に、鬼を鬼とも思わぬイイ性格。復活したての悪路王が寝ぼけた状態であるのを良いことに「朧」という名をつけ、ビシビシと使役してしまうのです。
 朧の方も、かつての最強の鬼ぶりはどこへやら、香澄の下僕に甘んじて、洋装に身を固め好物となった羊羹をパクつくという大正の世への馴染みぶりであります。

 しかし彼の本当の食べ物は「鬼」。人の歪んだ感情を養分に肥え太った鬼ほど旨いという彼に餌を与えるために、香澄は様々な鬼を求めて――すなわち、様々な人の執念・邪念・欲望を求めることになのです。


 そんな基本設定で描かれる本作は、全3話構成となっています。
 香澄と朧の出会いと、彼女のクラスメイトである没落華族の令嬢に憑いた猫鬼との対決を描く第1話「憎悪の鬼」
 奔放な生活を続ける魔性の美少女に魅入られ、蛇の呪いに衰弱していく教師を描く第2話「愛欲の鬼」
 香澄の父が屋敷の離れに新たに住まわせた妾の周囲に出没するという亡霊を巡る因縁譚の第3話「嫉妬の鬼」

 いずれのエピソードも派手さはなく、伝奇ホラーというよりサイコサスペンス的な趣がありますが、香澄と朧の、どこかズレたやりとりはなかなかに魅力的。
 特に、弱みを握られ、一方的にこき使われているように見える朧が、実は愛する鈴鹿御前の生まれ変わりである香澄を掌の上に載せ、あえてそんな境遇を楽しんでいるかに見える辺りのこじらせ具合は実に面白いのです。

 そしてまた、本作に登場する女性たちが(香澄を含めて)、「この時代の女性」として一種の枷をはめられた、籠の中の鳥として描かれていることも、その好悪は別として印象に残ります。
 本作に登場する朧以外の鬼たちは、実にその彼女たちの想いから生まれるのですから……


 ただ、最終話の香澄の行動は、明らかに洒落にならないものであって、華族のお嬢様の気紛れというには(あるいは「女は恐ろしい」を見せるという目的があるにしても)、あまりにもやりすぎの感があって、ただ嫌悪感のみが募りました。

 また、この最終話においては、作品全体を通じて描かれてきた「男は愚かで女は恐ろしい」(それと「女の敵は女」も)という紋切り型のテーゼが、最も前面に出ているのもすっきりしないところではあります。

 もちろんこれは、先で述べた本作ならではの構造に基づくものであり、ある意味必然的なものであることは理解の上ではあるのですが――個人的にはこの辺りには乗れなかった、というのは正直な印象なのです。


『カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語』(丸木文華 集英社オレンジ文庫) Amazon
カスミとオボロ 大正百鬼夜行物語 (集英社オレンジ文庫)

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