« 『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの | トップページ | 琥狗ハヤテ『ねこまた。』第3巻 もう一人のねこまた憑き登場!? »

2016.09.07

『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その二) 人間臭い武将たちの戦場

 七人の歴史時代小説作家が、それぞれのスタイルで戦国時代を描く『戦国秘史』の紹介の後編であります。

『死地奔槍』(矢野隆)
 戦う者、戦い続ける者を描かせれば当世右に出る者がいない第一人者である矢野隆にとって、戦国は最も得意とする舞台でしょう。しかし今回主人公とするのが片桐且元というのには、いささか虚を突かれます。

 というのも、且元は秀頼の補佐役でありながらも、大坂の陣前に家康を説得(弁明)できず、大坂城を捨てて家康についた人物。フィクションでは大抵いい描き方をされない人物であります。
 しかしその彼も若き日には一人の武将として戦場を往来し、賤ヶ岳の七本槍に数えられた男。且元の回想の形式を取る本作で描かれるのは、まさにその賤ヶ岳の戦なのです。

 信長の実質的な後継者の座を得るために柴田勝家を破るべく、わずか5時間で50kmを移動する美濃返しという奇策を仕掛けた秀吉。その中にいた七人の若者――ただひたすらに戦いを求める者、強行軍に息も絶え絶えの者、陰気で何を考えているかわからぬ者等々、と個性豊かな七人、後の七本槍が決戦に向かう様を、本作は丹念に描きます。

 冒頭に述べたとおり、合戦シーンの迫力は作者の面目躍如たるものがありますが、しかしそれ以上に印象に残るのは、その血戦に向かうまでの且元の心の動き。
 個性的な面々の中では常識人で、どこか醒めた視点を持つ且元。そんな彼が何を想い、何のために戦ったのか。彼の心情や視点が激しく動き変わっていく様は、彼が我々に近い存在であるからこそ生々しく感じられます。

 そしてその過去の姿が、彼の現在の、未来の姿に重なっていくもの悲しさたるや……


『春の夜の夢』(吉川永青)
 巻末に収録された本作の主人公は北条氏康。関東の覇者としての北条氏を確立したと言うべき名将が、一夜にして関東の勢力図を塗り替えたあの戦いの姿が、克明に描かれることになります。

 亡き父・氏綱を継いで当主となった若き氏康を襲った、北条家最大の危機。北条家に奪われた東駿河を奪還すべく、山内上杉・扇谷上杉と連携して今川義元が挙兵、駿河では今川家が、武蔵では両上杉家が、さらに晴信の武田家までが加わり、北条に挟撃を仕掛けてきたのでありあます。
 勇猛を以て知られる義弟・綱成が両上杉家の大軍を河越城で食い止めている間に打開策を探る氏康ですが、北条の命運は風前の灯。万策尽きた時、彼がとった行動は……

 氏康といえば、かの謙信・信玄とも真っ向から渡り合った文武両道の名将という印象がありますが、本作で描かれるのは、その前夜とも言うべき時期。ここで描かれるのは、読者も愕然とするほどの窮地に悩み、苦しむ、等身大の青年の姿であります。
 特に印象に残ったのは、事において神仏に頼まず、という信条を持っていた氏康が、思わず……というくだり。ある意味、極めて非日常的な、我々とは遠い世界において、誰でもやってしまいそうな行動を思わずとった氏康の姿が、ここでは何とも人間的臭くそして魅力的に感じられるのです。

 そしてもちろん、そんな悩める氏康の姿があるからこそ、クライマックスで描かれる、戦国史に残るあの戦いが何とも痛快に感じられることは言うまでもありません。


 その他の三作品のうち『ルシファー・ストーン』(伊東潤)は、日本に渡ったという魔王の石を求めて海を越えたイエズス会士を主人公とした伝奇もの。謎多き信長の「盆山」が実は……という趣向は面白いのですが、短い中で比較的長いスパンの物語を描いた故か、キャラクター個々の描写と物語のディテールが甘くなってしまったのは残念です。

 『伏見燃ゆ 鳥居元忠伝』(武内凉)は、元忠がワタリの出身という点をクローズアップした点が作者らしいと感じられる武将伝。自らが武士の理想として語る「すがすがしき武士」そのものの元忠の姿が素晴らしいのですが、後半、史実に沿った展開では、いささか独自性が薄れた感があります。

 『神慮のまにまに』(中路啓太)で描くのは、阿蘇家を支えてきた甲斐宗運。阿蘇神社の神慮を受け、肉親を害してまでも御家のために生きてきた彼が老いて後、歩んだ運命は……彼が神慮を信じて積み重ねてきたものが、人の業によって打ち砕かれていく結末の皮肉さが印象に残ります。

 以上七篇、それぞれに異なる味わいはアンソロジーならではの楽しさでしょう。ぜひ、続編を期待したいところであります。


『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(角川文庫) Amazon
戦国秘史 歴史小説アンソロジー (角川文庫)

|

« 『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの | トップページ | 琥狗ハヤテ『ねこまた。』第3巻 もう一人のねこまた憑き登場!? »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/64158613

この記事へのトラックバック一覧です: 『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その二) 人間臭い武将たちの戦場:

« 『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(その一) 戦国に生きる者たちを動かしたもの | トップページ | 琥狗ハヤテ『ねこまた。』第3巻 もう一人のねこまた憑き登場!? »