佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝臓器奇譚』 異なる二人の相互理解
最近とみに増えてきたライト文芸作品ですが、その中には、私のような人間にはたまらない、舞台と設定の物語も含まれています。本作もその一つ、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に、熱血だけが取り柄の新米刑事と、スナークと呼ばれる異能の中年男がコンビを組む、バディものの快作です。
かつて驚異的な技術力で世を驚かせながらも、忌まわしき実験に手を染め処刑された外科医ブラッド・ロングローゾ。
突出した能力を持つ犯罪者の臓器にその力が宿ると信じた彼は、その犯罪者の臓器を摘出、その臓器を移植され、異能を手にした人々は「スナーク」と呼ばれ、怪物として忌避されることになるのでした。
そんなスナークの力の悪用に備えてスコットランド・ヤードは対スナーク班を設置、その花形とは言いがたい部署に配属された新米刑事アッシュは、あるスナークとコンビを組むよう命じられます。
怪物と組まされるなんて、と憤慨する彼の前に現れたのは気怠げな中年男・ジジ。そして彼こそがそのスナークだったのです。
ジジを相棒にできなければクビ、と上司から無茶振りされたアッシュですが、しかしジジはアッシュに対して非協力的。それでも、アッシュは相棒の条件であるジジの能力を突き止めるために、奔走するのですが……
熱血青年刑事と、老練なベテランのコンビというのはバディものの王道ですが、本作はその基本にある意味忠実。
どこまでも真っ直ぐで正義感は強いものの世間知らずで空回りしてばかりのアッシュと、世慣れているけれども冷笑的でやる気を見せないジジは、全く正反対の個性という点で、名コンビと言えるかもしれません。
本作ではそんな二人の物語が、上で触れた第一話を含め、全四話構成で描かれます。
さる貴婦人の屋敷の金庫が文字通り破られた事件を追う第二話。
ジジを含め人々を次々と石化していく謎の通り魔にただ一人アッシュが挑む第三話。
ヤードの内部が平面化し、さらに自らも透明化してしまうという理解不能の事態解明にアッシュが奔走する第四話。
どのエピソードも、スナークという特異な存在を軸に、謎解きとアクションがバランスよく盛り込まれ、そしてそこに個性の塊のようなアッシュとジジが絡んでいくのですから、つまらないはずがありません。
特に、どのような能力を持っているかわからないスナーク(しかしその能力も決して万能ではなく、あくまでも元になった犯罪者の能力に左右されるのが面白い)の正体を探り、その能力と対決するという展開は、一種の能力バトルとしても楽しめます。
しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。各エピソードで発生するスナーク絡みの事件解決に奔走する中でアッシュが知ることになるのは、事件を起こしたスナークの能力や正体だけではありません。
彼が知るのは、そのスナークが、何故その事件を起こしたのか……その理由なのです。
その異能と出自から、怪物として蔑まれ、差別されるスナークたち。しかし彼らは、心の中までも怪物になったわけではありません。それどころか、彼らの心は普通の人間と全く変わることなく、やむにやまれぬ理由で、その力を使ってしまっただけなのだと……言い換えれば、彼らもまた、一人の人間に過ぎないと、アッシュは気付くのです。
そう、本作で描かれるアッシュの事件捜査、スナークとの対峙は、同時にアッシュがスナークの存在を理解し、受け入れていくこと過程にほかなりません。
そしてそのスナークの筆頭が、彼の傍らにいるジジであることもまた、言うまでもありません。相手を理解するのが、アッシュからジジだけではないということも……
バディものの醍醐味は、生まれも育ちも何もかも違う二人が、一つの目的のために協力する中で、相互理解を深める――言い換えれば、相手を自分とは異なる、しかし尊重すべき存在として認めることにあるでしょう(そしてその一方に自分を投影する読者もまた、自分が認められたと感じることができるのです)。
本作は、そんなバディものの醍醐味を、スナークという存在を通じて、より先鋭化した形で、強調して見せてくれる作品であります。そしてそれは何とも刺激的かつ魅力的で、何より心暖められるものとして感じられます。
物語が進む中で、少しずつ互いを認めていくアッシュとジジ。彼らの相互理解が何を生み出すのか――その先を、ぜひ見てみたいものです。
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