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2016.10.04

東村アキコ『雪花の虎』第3巻 兄妹の情が招くもの

 実は上杉謙信(長尾景虎)は女性だった、という巷説をベースに彼女の生き様を描く本作も、はや第3巻。武将としての初陣で圧倒的な力を見せた景虎ですが、長尾家のために振るったその力が、皮肉な事態を招くことになります。

 越後に覇を唱える長尾為景の二女として生まれながらも、病弱な兄・晴景に代わる将器を見いだした父により、男として育てられた景虎。
 しかしその父も亡くなり、晴景の下では抑え切れぬ越後の豪族が動き出す中、ついに景虎は栃尾城の戦いで初陣を飾ることになります。

 補佐についた本庄実乃のフォローを受けつつも、傑出した才を見せて見事な初勝利を飾った景虎ですが、しかし体を休めるまもなく、彼女は新たな戦いに向かうこととなります。
 その相手とは黒田秀忠。為景の若い頃より長尾家に仕えた老臣が、居城の黒滝城で謀反を起こしたのであります。

 これに対して兄に代わって討伐の軍を進め、瞬く間にこれを下した景虎。一度は守護の調停が入り、隠居で許した景虎ですが、再び秀忠が謀反を起こすに至っては許せるはずもなく、一族郎党に至るまで滅ぼすに至ったのですが……
 彼女の戦いは全て兄に代わり、兄を補佐するためのもの。しかしそれが彼女の声望を高め、そして皮肉にも兄の立場を弱めていくのであります。

 そして反・晴景派の国人衆が、景虎を奉じるべく動き出すのに対し、彼女は――


 ここで描かれるものは、ある意味、戦国時代ではごく普通に見られた光景であります。
 激動の時代に所領を守るため、あるいはより利を得るため、劣った主を見限り、より優れた新たな主(そしてそれは多くの場合、旧主の血縁なのですが)を迎える……このような動きのなかった家の方が、あるいは少ないかも知れません。

 そしてその典型がこの当時の長尾家の状況であるのですが――しかしここで決定的に異なるのは、景虎が晴景の妹であったこと、そして晴景の妹、景虎には姉である綾姫がいたことであります。

 もちろん、女性の方が男性よりも平和的などと根拠なく言うつもりはありませんが、しかし本作の場合、景虎が当時の一般的な武将(当然ながらその性別は男)と異なる感性の持ち主であることに違和感はありません。
 そしてさらに一般的な女性である綾が間に入ることで、二人の間が一層融和的な空気になることもまた。

 さらにそこに、三人の母の体調不良も重なり、三人の絆は一層強まるのですが、この辺り、物語の当初から本作にあった、一種のホームドラマ……という語が誤解を招くとすれば、家族のドラマの色彩が強いのが、本作らしいユニークさでしょう。

 もちろん戦国時代の家族に、現代のそれを単純に重ねて見ることができないのは言うまでもありません。
 しかしすぐ上で述べたように、本作においては特異な設定を用意することにより、その重ね合わせを違和感ないものとして提示し――そしていささか矛盾した言い方ですが、だからこそ明らかになる相違点を浮き彫りにしていると感じられます。

 その相違点が今後何を招くのか、それは戦国ファンであればよくご存じかと思いますが、その歴史的事実の背後に、家族の、兄妹の、姉妹の情の存在を浮かび上がらせてみせるのは――言い換えれば、史実の陰に埋もれた人間の姿を垣間見せるのが本作の魅力なのだと、改めて感じた次第です。


 ちなみにこの巻においては、新たな景虎の家臣として、(鬼)小島弥太郎が登場いたします。

 数々の逸話を持ちながらも、実在したか確証のない一種巷説上の人物ですが、巷説といえば、冒頭に述べたとおり謙信女性説がその最たるもの。そんな本作においては、彼も実在の(?)人物として登場。
 色々と規格外の彼のキャラクターが、ある意味実に戦国らしい豪傑として――そしてもちろん、本作らしい味付けで物語を賑わわせるのも、実に楽しいところであります。


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