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2016.10.29

荒山徹『大東亜忍法帖』上巻(その二) 幕末・明治だからこその無念と後悔

 荒山徹の話題作『大東亜忍法帖』上巻の紹介の続きであります。あまりに「あの作品」写しにも見える本作。そこに引っかかるものが感じられるのですが、しかし……

 しかしそんな引っかかり、拘りは、本作の圧倒的な面白さの前にはくすんでしまうものでもあります。

 何よりも、本作に登場する12人の剣豪の顔ぶれたるや……
 千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衛(八郎)、近藤勇、土方歳三、沖田総司、物外不遷(拳骨和尚)、大石進、坂本龍馬、岡田以蔵、田中新兵衛、河上彦斎と、いやはや集めも集めたり!

 佐幕も倒幕も一度死に、明治の世になってみればノーサイド、これほどの顔ぶれが一堂に会せば、それはもう幕末ファン、剣豪ファンとしては盛り上がるしかないのでしょう。

 そしてまた、あちらとほとんど同じようなであっても、決して全く同じではない展開・構成・設定が、本作独自の魅力を強く放つことになります。
 この巻のほとんどを占める、彼ら12人が転送されるまでの経緯。そこに触れてみれば、「剣士が無念と後悔を呑んで亡くなるのに、幕末以上の舞台はないのでは」という強烈な印象を抱かざるにはおれません。

 少々生まれた時期が早かったばかりに、実戦の場で存分に剣を振るえなかった千葉、男谷、大石。朝敵として長きに渡り汚名を着せられた新撰組の三人。そして薩長土肥のために剣を振るいながらも、走狗として無惨な最期を遂げた三大人斬り。

 なるほど、一人一人は無双の力を持ちながらも、時代の流れに呑まれて虚しく消えた剣士たちの存在は、戦国・江戸初期よりも、幕末の方が遙かに多かったのではないか……そう感じさせられるのです。
(本作の剣士たちは、決して魂は魔人のそれなどではなく、生前のそれをそのまま残しているのがまた切ない。……千葉周作はともかく)

 さらにまた、冒頭から登場する榎本の役回りの意外さなどを見るに、決して本作が、偉大な先駆者のまがいものなどで終わるものではないこと(と同時に本作なりの「ルール」をきっちりと守ろうとする作者の一種の律儀さ)を示していると感じられるのです。

 そしてもう一つ、作中で折に触れて描かれる一風斎の行動原理は、これはこの作品ならではのものとしか言いようがないものであり――そしてそこから一部のキャラクターへの共感が生まれるのも実にいい――その手段は本当にとんでもないものなのですが、しかしある意味時代小説の欺瞞とも言うべきものに切り込んだ、恐ろしくドラスティックなものですらあると感じます。
(そしてこの点がまさに一風斎の(そして彼の……の)正体を感じさせるものとなっているのも見事、というのは私の全くの想像ではありますが)


 もっとも、その一方で人を食ったようなパロディやギャグが堂々と描かれるのも、これはこれでどうかと思うのですが、しかしやはり面白い。

 この上巻の終盤の舞台となる、南海の竜ならぬ南海の鯨・山内容堂(この対応関係もまた見事)の別荘に集った転送剣士団が、どれほどおぞましい血と肉の祝宴に耽るかと思いきや、ほとんど体育系学生の合宿的なノリのなったり、「Gメン75」「菊池俊輔」といった時代小説とは無関係に見える(いや、後者はOKか?)ワードが飛び出したり……
 個人的には河上彦斎が「何故か」ござるしゃべりをするのがツボでありました。

 ただし、クトゥルーものとしては、少なくともこの上巻の時点では、本当にエクスキューズ的な要素に留まるのが不満といえば不満ではありますが……


 何はともあれ、この上巻ほとんど全てを費やして、敵の編成は終わりました。明治天皇暗殺という大逆を狙う山田一風斎の正体は何か、そして天皇を守り、転送衆を討つ侍は誰なのか……
 真の物語は、ここからが開幕なのであります。


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