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2016.10.30

矢野隆『生きる故 「大坂の陣」異聞』 歴史を、戦いを、そして人の生を描き抜いて

 デビュー以来ほぼ一貫して「戦う者」を描いてきた矢野隆。その作品の多くの舞台を戦国時代としてきた作者の最新作の題材は、その終焉とも言うべき、大坂の陣。その激戦の最中に交錯する、生きるために戦う少年・飢と、死ぬために戦う老将・後藤又兵衛が生み出すものとは……

 大坂近辺を荒らし回る盗賊団の中でも腕利きの少年・飢。仲間と馴染もうとせず、それどころか女を襲う奴は平然と叩き斬る飢は、大坂で豊臣と徳川の大戦が行われると知り、戦いを求めて豊臣方に潜り込むことを決意します。
 そんな彼を阻もうとするかつての仲間たちと飢が大立ち回りを繰り広げていたところに偶然出くわしたのは、寓居を離れ、大坂城へ向かう途中の後藤又兵衛。言うまでもなく、かつて黒田家でその剛勇を知られながらも、主君と衝突して飛び出し、以来乞食同然の暮らしで浪々としてきた老将であります。

 初めはほとんどすれ違ったに等しい飢と又兵衛。しかし二人の運命は、徳川勢との緒戦の中で再び交錯することになります。

 部隊が壊滅し、仲間たちもほぼ命を落とした中、ただ一人、多勢を相手に戦いを繰り広げる飢の阿修羅の如き姿に興味を抱き、彼を拾い上げた又兵衛。かくて又兵衛の近くに仕えることとなった飢ですが、彼が見た又兵衛、そして真田信繁ら五人衆は、彼とはあまりに異質な精神構造を持つ者たちで――


 本作の主人公・飢は、関ヶ原の戦の落ち武者に犯された母から生まれ、望まれぬ命として彼を扱う周囲を叩きのめして故郷を捨てたという凄絶な過去の持ち主。
 そんな彼にとって戦いとは生きるための手段であり、そして生きるとは、自分を望まれぬ命と呼んだ周囲に対する復讐にほかなりません。生まれついての卓越した戦闘センスを持つ飢は、その想い――すなわち「生」への執念の赴くまま暴れ回ってきたのであります。

 これに対し、後藤又兵衛をはじめとする大坂方の将たちの望むのものは「死」――既に豊臣家に未来は、勝利はないことを察しつつも、戦って戦って戦い抜いて、その果てに華々しく散る、死に場所を求めて彼らはやって来たのです。

 生と死――全く相反する目的のために同じ城に依ることとなった飢と又兵衛。本作はその二人が時にぶつかり合い、時に支え合いながらも、同じ戦場を駆け抜ける様を描き出します。


 そんな本作の物語は、ある意味シンプルといえばシンプルであります。飢を盗賊団の頭領に預けたという、飢と何かの縁のあるらしい男を巡る物語はあるものの、基本的に本作は、大坂の陣に関する史実を踏まえつつ、激しくも淡々と進んでいくことになります。
 しかし、本作においては、その史実通りが必要である……そう感じます。

 もはや変わるとも思えぬ天下の趨勢と、そのとおり決して変わることない厳然たる歴史。
 本作で描かれるのは、その歴史の中に名を残そうとする武将たちと、その歴史の陰に埋もれながらも、どこまでも生き抜こうとした一人の少年の姿なのですから。

 そしてそこで描かれる両者の姿は、決してどちらが正しく、どちらが間違っているとは描かれません(たとえ前者が、当初はどれだけ理解不能な存在として描かれていたとしても)。
 そう、生きるも死ぬも、一人の人間が己の生の道を貫く――すなわち、戦い抜いた末にたどり着く結果。そしてその生の、戦いの理由も、人それぞれであり、そこに上下はないのですから。

 そしてそれはもちろん、望まれぬ生、価値のない命などはない……その強烈な宣言でもあるのです。


 これまでの作者の作品同様、どうしようもない衝動に駆り立てられて戦い続ける者たちを描いた本作。
 その戦闘描写はいよいよ研ぎ澄まされつつも、それを通じて描かれるものは、戦いのための戦いの先にある、人が生きるということそのものでした。

 歴史を、戦いを、そして人の生を描き抜く……作者としても一つの到達点と感じられる作品です。


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生きる故(ゆえ)

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