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2016.10.18

『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望

 実に約1年ぶりの『ばけもの好む中将』であります。しかし今回はいつもとは少々異なる雰囲気……あれだけ怪異を愛し、求めてきた「ばけもの好む中将」こと宣能が、怪異巡りをしなくなったというのですから、ただごとではありません。こんな時こそ自分が頑張らねば(?)と立ち上がった宗孝ですが……

 高貴な生まれで美男子でと、平安貴族としては非の打ち所のない左近衛中将宣能。しかし実は彼は怪異を何よりも愛し、ばけものと出会うためにせっせと夜歩きをする変人、人呼んで「ばけもの好む中将」であります。
 その宣能に何故か気に入られた、(姉が十二人いるほかは)ごく普通の下級青年貴族の宗孝は、毎回毎回宣能に引きずられて世にも恐ろしい目に遭うことに――

 という基本設定の本シリーズですが、しかし本作においては、なんと宣能が怪異を求めなくなってしまったという異常事態。すわ怪異探しも卒業か、と思いきや、それどこではなく、彼は何ごともに鬱々と塞ぎ込む毎日を送っていたのであります。
 ここでお人好しさというか健気さを発揮したのが宗孝。怪異巡りに付き合わされるのは嫌ですが、しかし理由は知らねど常ならぬ状態の宣能を放ってはおけないと、敬愛する人物を元気づけるために、今度は彼が怪異を探して、宣能に教えようというのです。

 何となく木乃伊取りが木乃伊になった感がありますがそれはさておき、人間の手によるものではない、本物の怪異を求めてせっせとあちこちに足を運ぶことになった宗孝。
 そんな中、前作で宗孝の姉の一人・真白に恋してしまった春若こと東宮は、何とか恋を成就させるべく暗躍(?)を開始、それがまた宗孝と宣能に思わぬ影響を与えることに……


 前作『踊る大菩薩寺院』では、これでもかと言わんばかりにスラップスティック大活劇が演じられましたが、本作はそれに比べるとかなり静かなイメージ。
 宗孝が一人で巡る怪異の出没場所は、これまでの作品と縁のある場所も多く、どこかこれまでのおさらい的な印象もあります(この辺り、一年ぶりの新刊ゆえ……という気がしないでもありません)。

 しかしもちろん、物語の面白さ、楽しさはこれまでと変わることはありません。
 宗孝と宣能を取り巻くキャラクターたちの楽しさ、怪異の真相の意外さ、そして油断しているとスッと入り込んでくるパロディ・小ネタの可笑しさ――そんな本作の魅力は、もちろん本作においても健在なのですから。(今回の名作漫画ネタ2つには不覚にも噴出)

 特に、真白の気を惹こうと幼いなりに必死な春若の姿が健気というか愉快というか、これまでのシリーズでも問題を起こしてきた雅平中将と組んでの悪だくみ(?)が引き起こす騒動は、まさに本作ならでは。
 「伊勢物語」のあの有名なエピソード映しで恋の逃避行を演じようとする姿は、古典好きにも必見でしょう。


 しかし同時に本作においては、これまで物語の裏側で描かれてきた陰の部分が、よりはっきりと浮かび上がってきた感があります。
 その陰を象徴するのは、右大臣として宮中で権力を振るう宣能の父。妹の弘徽殿の女御の存在もあり、権勢並びなき彼ですが、しかしライバルを蹴落とし、自らの権力を維持するためには、表には出せない陰、いや闇の部分があることが、前作の結末ではっきりと示されます。

 実は本作において宣能が普段のような顔を見せないのは、まさにその闇をはっきりと目撃してしまった――そして自分もやがてそれを受け継ぐ運命にあることを否応なしに感じてしまったからにほかなりません。

 やがては自分にとって可愛い妹である初草の君を東宮妃として、さらに自らの権勢を揺るぎないものにしようとする父。
 そのやり方を否定しつつも、その血からは逃れられないことを自覚している宣能の屈託は、本作に、本シリーズに、深い陰影を与えているのです。(そしてその右大臣自身も、秘められた苦くも甘い過去の存在が……)

 これまでのシリーズにおいては、特殊な体質である初草の君に対する一種の救いとして機能していた感もある怪異の存在。しかしその怪異は、表面上は恵まれた立場にありつつも、ままならぬ現実に縛られた宣能にとっても、救いなのだと、今回感じられます。
 そしてもう一つ、どこまでも懸命に二人の力になろうとする愛すべき凡人である宗孝の存在もまた、大いなる救いなのですが……

 この先、宣能の怪異探求がどのような先行きを迎えるかはわかりません。しかしそれは同時に、宣能が現実にどう立ち向かうか――その動きと表裏一体のものではないかと、感じた次第です。


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