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2016.11.14

たみ&富沢義彦『クロボーズ』第1巻 天国から地獄へ……現代の黒人ボクサー、「弥助」になる

 連載開始以来二回ほど取り上げて、後は単行本刊行時のお楽しみ(?)のために取っていた、たみ&富沢義彦『クロボーズ』第1巻が発売されました。現代の黒人ボクサーが、何と織田信長の時代にタイムスリップ、信長に仕えた実在の人物として活躍するという、驚天動地の物語の始まりであります。

 貧しい中から這い上がり、愛する妹たちの目の前で、ついにボクシングヘビー級のタイトルを掴んだヤーボ・モートン。しかし一瞬意識が遠のいた彼が次の瞬間にいたのは、見慣れぬ格好の兵士たちが殺し合う戦場でした。
 そこで宣教師ヴァリニャーノと出会ったヤーボは、自分がいる場所が四百年前の日本の戦国時代と知ります。そこでヴァリニャーノから信長に引き合わされ、やむを得ず信長に仕えることとなったヤーボ。信長はそんな彼に「弥助」という名を与えて――


 フィクションの世界では、いかに信長が現代人のタイムスリップを引き寄せる機会が多くとも、その中でも本作の意外性は随一といって良いでしょう。もちろん、タイムスリップするのがヘビー級ボクサーというのも意外ですが、その彼が「弥助」に「なる」のが実に面白いのであります。
 というのも弥助は確かに実在した人物。天正9年に信長に謁見したヴァリニャーノが連れていた「黒坊主」として『信長公記』に描かれ、以降、様々な文書にその存在が記されている人物なのであります。

 戦国時代に黒人というのは確かに嘘のような本当の話で、時代伝奇ものの世界でも「弥助」はなかなかの人気者。ブードゥー教の妖術師であったり、アレキサンダー大王の剣を持ってきたり、五条河原でドラマーとして演奏したり――
 と、いささか極端な例ばかりではありますが、しかしそれが現代のボクサーというのは、さすがに空前絶後であります(現代の野球選手という例はありますが……)


 しかし本作は、その題材の意外性のみに寄りかかった作品ではありません。本作で描かれるのは、信長麾下に加わり、その無双の豪腕で並み居る敵(その中には、腕試しを仕掛けてきた前田利家や、信長暗殺を狙う望月千代女までもが!)を吹き飛ばすヤーボの活躍だけではありません。
 何よりも本作の基調をなすのは、彼が異なる時代、異なる世界にやってきて抱く違和感と望郷の念といった内心の葛藤なのですから。

 この辺り、上記のとおり弥助が記録に現れるのが天正9年という信長の最晩年である(すなわち、最前線にはほとんど出ていない)ことも関係しているかもしれません。
 しかし、苦労に苦労を重ねて這い上がった頂点、天国からいきなり異境の地獄――年端もいかぬ子供すら武器を構える世界――に突き落とされたとあらば、その心中を描くのはむしろ当然でしょう。

 そして、その地獄で彼が見つけた思わぬ蜘蛛の糸――それはなんと信長その人という展開が実に面白い。信長がある折りに口にした歌……それは明らかにこの時代にあるはずのない異国の歌、それもかつてヤーボが妹たちに歌っていたものなのですから……! 
 果たして信長はいかにしてこの歌を知ったのか。その謎を信長が語る時、あるいはヤーボの旅も終わるのかもしれません。

 そしてもう一人、ヤーボと近くに接し、そして同様に信長あってこその人生を送ってきた人物がいます。それは羽柴秀吉――物語の当初からヤーボに何くれとなく世話を焼き、彼のこの時代で唯一の友となった彼女にとっても、信長の存在はあまりにも大きいことは言うまでもないでしょう。

 ――彼女? そう、実は本作の秀吉は女という設定。それも単純に性別が逆転しているだけでなく、性は女だが心は男(つまり史実通り女好き)というありそうでなかった設定であります。
 果たしてこのあまりに特異な秀吉像がいかにこの先の物語に影響を与えるのか……こればかりは全く予想がつきません。


 しかし、二人に、信長に、残された時は多くありません。この巻のラストではあの本能寺の変が勃発。いまにも本能寺の炎の中に信長は消えんとしているのであります(そしてそこに登場したある人物にまた仰天!)。

 史実では本能寺の変の直後までしか記録が残されていない「弥助」。方や、その後の快進撃は歴史が示すところである秀吉。
 果たしてこの物語がどこまで描かれるのかはわかりませんが、少なくとも本作においては、この事件が二人にとっては史実以上の大きな意味を持つことは間違いないでしょう。

 果たしてヤーボを待つ「未来」は……この先の展開が否応なしに気になるヒキの第1巻なのであります。


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