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2016.11.26

夢枕獏『陰陽師 玉兎ノ巻』 30年目の物語、月の物語

 今年は陰陽師連載開始から30周年ということですが、本書はその第15弾目。晴明と博雅、時々道満や蝉丸の物語は、今日も変わることなく美しい世界を描き出しています。

 シリーズ第1作である『玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること』が発表されたのが1986年、単行本第一弾と第二弾の間にはかなり時間も空いてはいますが、それでも30年というのは大変な年月であります。
 本書の中では「いつまでも夏というわけにはいくまいよ」とドキリとさせられる台詞もありましたが、なんのなんの、晴明と博雅の冒険は今回も快調の一言であります。

 さて、本書のタイトルは「玉兎ノ巻」。玉兎といえば晴明が秘蔵していたという卜占の秘伝書「金烏玉兎集」が思い浮かびますが、そちらとは特に関係なく、作中に登場するキャラクターから取られたものでしょうか。
 収録されているのは『邪蛇狂い』『嫦娥の瓶』『道満月下に独酌す』『輪潜り観音』『魃の雨』『月盗人』『木犀月』『水化粧』『鬼瓢箪』と、いつもよりも少し多い全9編であります。

 その中で印象に残った作品を幾つか挙げれば、まず『輪潜り観音』でしょうか。没落貴族の娘で、男も通わなくなり洛外に暮らすこととなった女性が奇行を示すようになり、心配した侍女が晴明に相談を持ち込んでみれば……という物語であります。
 その奇行の果てに待つものは、というのが一種実話怪談的な味わいでゾッとさせられるのですが、しかし強く印象に残るのはラストの展開。晴明によって怪異の謎は解き明かされたものの、彼でもどうしようもない人の心。それを救ったのは……という、本シリーズのファンであれば誰もが納得し、にっこりとできるであろう展開が嬉しい作品です。

 もう一つ面白いのは『水化粧』。冒頭で「今昔物語集」などに登場する伝説の絵師・百済河成の逸話が語られたかと思えば、ある晩、泣き腫らした女と美男子の出会いという曰くありげな場面が描かれ、そこから全く異なる形で本編が展開していく……というなかなか凝った構成の作品であります。
 物語が進むにつれて、これらの要素の意味が明らかになっていくのも見事ですが、そこで描かれる怪異の正体がまた実に独創的であり、そしてそれでいて実にもの悲しいもので、本シリーズならではの味わいなのです。


 さて、本書には一つ隠された趣向があるように感じます。それは「月」にまつわる物語が数多く収録されていること――『嫦娥の瓶』『道満月下に独酌す』『月盗人』『木犀月』と、実に本書の半分を占めるのであります。

 もとより本シリーズは昼の日中よりも、夜の月の下で繰り広げられる物語が多い印象があります。これまでの作品の中でも、月を扱って印象深い作品が幾つもありました。
 まさか「30」周年故に「月」ということではないだろうとは思いますが、何はともあれこれだけ一冊に「月」の物語が集まればなかなかに壮観で、しかもまたそれぞれに切り口の異なる作品なのが面白いのです。

 月蝕の晩を舞台に不思議な物言う兎を描く『嫦娥の瓶』、題名通りにある月夜の晩の道満の姿を描く散文的な『道満月下に独酌す』、病身の男を癒やすために月夜に露を集める女を巡る奇譚『月盗人』、木犀が香る晩に晴明と博雅が出会った何ともすっぽ抜けた怪異『木犀月』。

 「月みれば千々にものこそ」云々というように、月をモチーフにこれだけ様々な物語が描かれるというのは、何とも楽しいものです。
 そしてまた、その中で天体としての月、神話上の存在としての月、人の心の中の概念としての月が入り乱れ、しかしそれらがすべて一つのものとして矛盾なく存在しているのは、実に本作らしい愛すべき世界観ではありませんか。


 さて、冒頭に述べたとおり、今回も変わることなく楽しい本書。かと思えば冒頭のいつものやり取りの中で、博雅の方が先にあの言葉を口にしたりと、長寿シリーズだからこその楽しさもあります。

 シチュエーション的に重なる物語もいくつかあったのは残念ではありますが、それでも安心して楽しめる一冊であることは間違いありません。


『陰陽師 玉兎ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon
陰陽師 玉兎ノ巻


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