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2016.11.09

青山文平『半席』 ホワイダニットの向こうにある人臭さ

 Twitterのミステリクラスタの方々の間で評判が高かった本作、作者のイメージから最初は疑問符だったのですが、一読してみればなるほどこれは……と感心。徒目付の青年が、下手人たちの「何故」を追う、武家小説の名品にして、優れた「ホワイダニット」のミステリー連作であります。

 タイトルの「半席」とは、一代御目見――すなわち、代々の御目見=旗本ではない御家人の家格のこと。御目見の御役目に二回つけば旗本にランクアップでき、その二回は父子二代がかりでもよい……そんな徳川幕府のシステムであります。
 本作の主人公・片岡直人は、父が一度御役目についたものの二度目はなく、一度小普請組に落とされたところから苦労して徒目付(目付の下で監察・調査の任務に当たる御役目)となった青年。徒目付から勘定方に出世し、旗本となって、子孫に自分のしたような苦労をさせたくない……そんな想いを胸に日々お勤めを果たす優等生であります。

 そんな彼に何かとちょっかいをかけてくるのは組頭の内藤雅之。「旨いもんを喰やあ、人間知らずに笑顔になる」がモットーの捌けた人柄ですが、出世を目指すでも余録を求めるでもない、直人にとっては得体の知れない人物であります。
 そんな彼から、本来業務ではなく様々な人伝手に持ち込まれる「頼まれ御用」を頼まれた直人。初めは業務の――つまり出世の邪魔と反発するのですが、しかしついついその内容が気になって引き受けてしまい……というのが、本作の基本設定となります。

 さて、その頼まれ御用の内容ですが、これが何とも面白い。直人に持ち込まれるのは、下手人は捕まっていたり、事件性はないと判断されていたりと、いずれも表向きは終わっている事件なのです。
 しかしその中でただ一つわかっていないのは、「何故」そんなことに……という点。それを知りたいと願った被害者や、加害者の周囲の人間たちの依頼により、直人は頭を悩ませることになるのです。なるほど、見事に「ホワイダニット」であります。

 この頼まれ御用で厄介なのは、既に裁きは定まっている点。刑が執行されるまで時間はわずかしかなく、しかし下手人(と目される人物)は口を固く閉ざして語ろうとしない……そんな状況で、いかにして直人が事件の真相を悟り、そして相手を落とすか。この点が、ミステリとして見て堪らなく面白いのであります。
(ここでもう一人直人と絡むのが、系図買いであったり、歩き巫女のヒモであったり、名前も職業もコロコロ変わる謎の浪人というのも楽しい)

 しかし本作の真に見事な点は、そのホワイダニットの解明という、ミステリ性にだけあるのではありません。各エピソードで圧倒されるのは、その「何故」の中身――それであります。

 本作に登場する下手人たちは、ほとんどの場合が老人、それも長年御役目を忠実に果たし、社会的身分も分別もそれなりにある者たちであります。
 そんな彼らが、突然に罪を犯した理由――それはいずれも、些細なようでいて、しかし本人たちにとっては決して見過ごしにできないもの、知った時に「嗚呼!」と天を仰いで嘆息したくなるようなものばかりなのです。

 そしてそんな彼らの姿は、「半席」であり、そこから抜け出そうとあがく直人の心にも、強い影響を与えることとなります。なるほど、彼らは罪を犯しました。しかし自分と彼らとの間にどれほどの差があるのか。武士たらんとする自分と、武士であったがために罪を犯した彼らとの間に……と。
 この点において、本作は優れたミステリであると同時に(そしてそれ以前に)優れた武家小説であると言えるでしょう。


 しかしそんな本作の読後感は、決して悪いものではありません。それは、本作が、「武士」や「御役目」という一種のシステムだけではなく、その背後に確かにいる「人間」の存在をも、物語を通じて浮かび上がらせるからではないでしょうか。
 この世界は、決してシステムだけが動かしているものではない。時に過ちもするが、心を持ち血の通った人間が動かしている――直人が知るその事実は、同時にこの世界に、人間として自分自身の居場所があるということを意味するのです。

 何故を解き明かすために奔走する中で、不思議な人臭さを感じ、本来は脇道でしかなかった頼まれ御用に惹きつけられていく直人。
 それは半席というシステムに埋もれかかっていた彼の人間性回復の過程であり――だからこそ、形こそ違え実は同様の境遇にある現代の我々の心を動かしてくれるのではないでしょうか。


『半席』(青山文平 新潮社) Amazon
半席

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