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2016.11.10

宮本昌孝『ドナ・ビボラの爪』下巻 美しき復讐鬼、信長を狙う

 織田信長の正室にして斎藤道三の娘・帰蝶を中心に、信長の天下布武の有様と、彼に対する驚天動地の復讐絵巻を描く大作の下巻であります。運命の悪意に翻弄され、歴史の闇に埋もれた帰蝶。彼女はどこに消えたのか、そして謎の「ドナ・ビボラ」とは……(上巻の詳細に触れますのでご容赦下さい)

 未曾有の大洪水の中で産声を上げた道三の娘・帰蝶。父と瓜二つの顔立ちであった彼女は、しかし信長から特にと請われて彼の正室となり、信長と深い愛情で結ばれ、若き彼を支えて活躍することになります。
 やがてついに彼の子を宿した彼女ですが、しかし、兄の地位を狙う織田信行とのたった一度の過ちが、信行誅伐という最悪のタイミングで明かされたことで、。幸せの絶頂から不幸のどん底に引きずり落とされることに――という上巻の結末から八年後の時点から下巻の物語は始まることとなります。

 道三にその才能を認められた麒麟児であり、そして帰蝶の守り役にして親友、母にして姉のような存在だった煕子の夫である明智十兵衛(光秀)。諸国を渡り歩いた末、信長の下に参じた彼は、瞬く間に頭角を現していくことになります。
 木下藤吉郎と並び、信長の天下布武を支えて活躍する十兵衛。しかし彼には隠された大望がありました。信長を討つという……

 表向きは信行誅伐に驚き、転倒して頭を打って亡くなったと語られてきた帰蝶。しかしその実、信長の容赦ない打擲によって力尽きた彼女の無念を晴らすため、十兵衛と煕子は、獅子身中の虫となって、信長の隙を窺っていたのであります。
 「ドナ・ビボラ」を奉じて――


 というわけで、ついに登場する謎の存在ドナ・ビボラ。……なのですが、しかし弱ったことに、これ以上は何を述べても物語の興を削ぐことになりかねません。
 詳細に触れぬように申し上げれば、この下巻で描かれるのは、復讐劇の陰に存在する、奇しき人々の因縁。それは上巻の時点から既に綿密に用意され、思いも寄らぬ形でこちらの前に明かされることとなります。

 その意外性、そしてフェアさは、ほとんどミステリ小説的と言えるでしょうか……真実が明かされるたびに、嗚呼! と驚き唸らされるばかりなのであります。

 その一方で本作は、主に十兵衛の視点から、織田信長という男が、その破天荒なやり方で天下布武を押し進めていく、その姿を描き出す、歴史小説としての性格も強く持つ作品であります。

 かの道三を瞠目させ、何よりもその薫陶を受けた娘・帰蝶が心身を捧げ尽くした信長。この下巻ではその非情ぶり、酷薄さが嫌と言うほど描かれるとはいえ、彼自身が歴史を変えた風雲児であることは間違いありません。
 そしてその信長の姿は、次第に十兵衛の心をも変えていきます。その行き着く先を見てみたい、その中で己の力を試したい……と。

 それが物語にいかなる影響を与えるかは置いておくとして、この十兵衛の姿、さらには信長の姿から浮かび上がるのは、野心を抱き、他者の血肉を喰らってでものし上がろうという、乱世における男という存在の愚かしさであると感じます。
 そしてもう一つ、煕子や帰蝶のように、そんな彼らを案じながらも愛し、包み込もうとする女の強さもまた。

 その両者の溝とすれ違いは、復讐という本作の主題と相まって、何とも切なく、もの悲しく感じられるのです。


 しかし、本作で描かれるのは、決して哀しみや虚しさだけではありません。

 本作における復讐者たち――帰蝶を慕い、彼女のために信長を討たんとする者たちは、誰に命じられたわけでもありません。彼らは皆、ただ帰蝶を慕い、彼女の無念を晴らすために立ち上がるのです。
 そこから浮かび上がるのは、たとえ不幸に死したとしても、その人物を悼み、慕い続ける者がいるとすれば、その者の生は決して無駄ではなかったと言うべきではないか――その想いであります。

 本作のエピローグ――あまりにも意外な、しかし極めてフェアな「最後の一撃」が用意された結末は、これぞ宮本作品! と叫びたくなるほど痛快極まりないものであると同時に、この想いを形にしてみせたものである……そう感じるのであります。
 そして同時にそれは、男の野心に対する女の愛情の勝利であるとも――

 伝奇色の強い復讐劇であると同時に骨太の歴史小説であり、何よりも男と女の愛の物語である……作者ならではの一大ロマンであります。


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ドナ・ビボラの爪 下


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