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2016.12.13

高井忍『名刀月影伝』 名刀の謎が突きつけるもの

 『漂流巌流島』で歴史上の事件に驚くべき真相を示し、 『柳生十兵衛秘剣考』では剣豪たちの秘剣の正体を解き明かしてみせた高井忍の新作の題材は、名刀……史上名高い刀剣の数々にまつわる事件に、白河藩の腰物方(刀剣の管理役)と絵師の凸凹コンビが挑むことになります。

 時は松平定信による寛政の改革が失敗に終わった直後、役目を退いた定信は、古宝物図録集『集古十種』の編纂を始めます。その一環で刀剣の調査の任務を与えられたのが、無聊を託っていた腰物方の山本助十郎と、その親友で絵師の林幹之助であります。
 助十郎が刀剣の目利きを行い、幹之助が絵に残す……特に問題となる点もないような任務ですが、しかし二人が行くところ、次々と厄介事が追いかけてくるというのです。

 物語の始まりとなるのは、江戸で話題となった平家の宝剣・小烏丸にまつわる騒動。さる旗本の家に伝わるはずのその宝剣が、市井からもう一振り発見され、しかもそちらの方が本阿弥光悦が残した図面と照合していたのであります。
 果たしてどちらの小烏丸が本物なのか、そしてその証拠となるのは何か。そもそも小烏丸とは何なのか……助十郎の推理により思わぬ真相が浮かび上がる時、血風が吹き荒れることになるのです。

 ……という『陰陽小烏丸』を皮切りとする本作は全四話から構成されています。

 騒動を大きくしすぎたことから、ほとぼりを冷ますために西国行きを命じられた二人。そこで向かった大坂で廻船問屋の主が持つ正宗を巡る誘拐事件に巻き込まれ(『楠龍正宗』)、南河内では八幡宮で起きた放火事件の最中に奪われた粟田口則国の作刀を追い(『八幡則国』)、そして大和一帯を荒らすという刀盗人を柳生家の剣士団と追う中で三条宗近の知られざる名刀の存在を知り(『天狐宗近』)――

 と、手を変え品を変え展開される物語は、名刀にまつわる逸話の数々が散りばめられて否応なしに興味を煽る上に、凸凹コンビのやりとりも楽しく、そしてチャンバラも……と、時代小説の楽しさが横溢。
(逸話のボリュームが大きく、物語のテンポを削いでいるのは些か残念ですが、しかし物語としては不可欠の要素であるだけに仕方がないと言えるかもしれません)

 何よりも楽しいのは、いかにも作者らしいミステリとしての仕掛けの数々。そもそも、名刀として伝えられる刀剣が本物なのか、という時点で一種の謎解きであるところに、名刀を巡って様々な事件が発生するから、事態はいよいよややこしくなっていきます。
 特に第四話など、殺人事件の謎を巡り、フーダニット、ホワイダニットが絡み合い、さらに名刀そのものにまつわる伝奇的な謎解きが……と盛りだくさんなのです。

 内容的には、歴史上の謎を解き明かす歴史ミステリの側面よりも、過去の人物が事件の謎を解き明かす時代ミステリとしての側面が強いのですが、いずれにせよ作者の持ち味は存分に引き出されていると言えるでしょう。


 が、本作の魅力はそれらに留まるものではありません。本作はその物語を通じて、一つの大きく重い問いを投げかけてくるのです。
 すなわち、刀剣の価値とは何か、刀剣において真に大事なものは何なのか、と――

 本作の舞台となるのは江戸時代後期。この時代、日本近海では外国船の来航が頻発し、知識人の間で海防が論じられるようになると同時に、それと重なり合うようにして、尊皇意識の芽生えが見られるようになります。

 松平定信は尊号事件を通じてそうした空気に真っ向から対した人物とも言えますが、その家臣である主人公コンビが対峙することになるのは、いわば剣の中に尊皇意識を見い出す人々。帝との関わりを持つものが少なくない名刀を手にし、帯びることで、尊皇意識を高め、アピールする……そのためには手段を選ばぬ者たちなのです。

 しかしそれは、真に刀剣の価値を認めてのものと言えるでしょうか。そこにあるのは刀剣そのものの価値――切れ味や形の美しさなど――ではなく、それにまつわる逸話や伝説といった由来のみをありがたがる態度ではないでしょうか?
 物語の終盤で助十郎が異議を申し立てるのは、実にこうした思想に対してなのであります(そしてそれは、実は刀剣に対してだけのものではないと感じられるのですが――)。

 その想いは、本作のタイトルにも表れていると感じます。いずれが天心の月か、水にうつる月影か――刀剣そのものとそれにまつわる物語と、どちらが真で、どちらに価値を見い出し、愛するべきなのか……時代ミステリの形をとりつつ本作が突きつけてくるものは、どこまでも鋭く、重たいのであります。


『名刀月影伝』(高井忍 角川文庫) Amazon
名刀月影伝 (角川文庫)

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