森川楓子『国芳猫草子 おひなとおこま』 一人と一匹、謎を追う?
第6回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉作家による、なかなかにユニークな時代活劇であります。ひょんなことから猫の言葉がわかるようになった歌川国芳の押しかけ弟子の少女が、国芳の飼い猫とともに怪事件の謎を追う物語です。
タイトルの「おひな」は本作の主人公、鰹節問屋の娘ですが今をときめく国芳の絵に一目惚れ、周囲の反対を押し切って押しかけ弟子となった少女であります。
しかしこのおひな、弟子にはなったものの絵の才能はからっきし。それでも何とか師匠と一門の力になりたいと、子守と猫守に奔走する毎日なのでした。
そんなある日、自分以外には懐かない国芳の娘・とりの子守に出たおひなは、何者かに当て身を喰らわされて失神。気がつけばとりは攫われた後でありました。
自分の責任だと心を痛めた彼女はとりを探して奔走しますが、もちろんただの少女に何ができるわけもありません。と、そんな彼女の前に現れたのは、彼女の兄弟子の一人の友人を名乗る薬師の男。盲人なのか目を隠したその男の怪しさも気にならず、彼が差し出す「耳が良くなる」という薬を飲んだおひなですが――
確かに普通では聴くことができないものを聴くことができるようになったおひな。しかしその薬は単に耳を良くするのではなく、「猫の言葉が理解できるようにする」ものだったのであります!
それだけでなく猫と会話までできるようになったおひなは、本作のもう一人(?)の主人公――国芳の家に飼われていた美しい雌猫・おこまの協力を得ると、猫のネットワークを使ってとりの行方を追うのでした。
しかし事態はいよいよ複雑な様相を呈することになります。
いつの間にか国芳のもとに帰されてきたとり。とりを追って入り込んだ大名屋敷の姫君に気に入られて飼い猫になってしまったおこま。しかしその屋敷では凄惨な殺人事件が発生、一方、突然姿を見せなくなった国芳門下の天才少年・周三郎にもとんでもない秘密が――
相変わらずの猫人気によるものか、小説・漫画・映像を問わず、結構な点数が発表されている猫時代劇。そしてそこにしばしば登場してくるのは、自身が大の猫好きとして知られ、猫を描いた作品も多い国芳であります。
その意味で本作は鉄板とも言える組み合わせですが、国芳はむしろ一歩退いて――しかし彼と一門のいかにも江戸っ子らしい明るさと賑やかさも本作の魅力の一つでしょう――その弟子の少女を主人公にしたのが工夫でしょう。
しかも彼女はなりゆきとはいえ猫と会話する力を持ち、その力で猫から手がかりを集めるという、一種の異能探偵ものとなっているのも楽しい作品であります。
(自分の能力で集めた証拠でいかに周囲を納得させるかで悩むのも、定番ですが楽しい)
その一方で、タイトルロールの一匹であるおこまが、あっさり国芳の家を離れて大名屋敷を選んでしまったりという妙なリアリティのある描写などをはじめ、猫サイドも楽しく、まずはこの辺りを期待された方にとってはなかなか楽しい作品と言えるかと思います。
が、「このミス」という言葉に期待して本作を読むと、うーんと悪い意味で唸らされてしまうというのが正直なところであります。
物語の中心となるのは、国芳の娘の誘拐事件と、大名屋敷での首なし殺人事件ですが、前者はすぐに真相が明かされるのはいいとして(ちょっとした捻りはありますし)、後者については、あまりに定番通りの展開なのを何と評すべきか。
上で触れたおひなの探偵要素もあまり活かされておらず、厳しい言い方になりますが、この辺りはいささか中途半端な印象は否めません。
もっとも、これはやられた! と唸らされた点も確かにあります。
少々物語の核心に触れかねませんが、天才少年絵師・周三郎にまつわるある伝説と、本作の事件を絡め、思わぬ形で事件の核心に迫らせるのは、これはミステリとしてよりもむしろ時代ものとしてお見事、と感心いたしました。
(その活かし方について、普通の猫にこういうことができるのかな、と科学的な観点から思わされましたが、そこはさすがに野暮というものでしょう)
色々と食い足りない部分はありますが、確かに光るところはある作品……そう申し上げるべきでしょうか。
『国芳猫草子 おひなとおこま』(森川楓子 宝島社文庫) Amazon

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