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2016.12.10

広瀬正『マイナス・ゼロ』 タイムトラベルが描き出す歴史の中の人間

 昭和20年、浜田俊夫は空襲で瀕死の隣人・伊沢先生から、18年後の今日ここに来てほしいと頼まれる。そして昭和38年、旧伊沢邸を訪れた彼の前に現れたのは、18年前に行方不明になった当時と変わらぬ姿の先生の娘・啓子だった。その出会いが、俊夫を時間を超えた運命の変転に巻き込むことに……

 長らく絶版となっていたものが、先日電子書籍として復活した作品、直木賞候補作ともなった作者の代表作にして、タイムトラベルSFの古典であります。
 恥ずかしながら私もこれまで未読だったのですが、尊敬する先輩の言葉に押されて手にしてみれば、なるほどその言葉には全く偽りはなかった……と唸らされた次第です。

 少年時代、大戦末期の不思議な体験から18年後、かつて想いを寄せていた隣家の少女・啓子が、当時と変わらぬ姿で現れたのと出会うこととなった主人公・俊夫。そのあり得るはずのない出会いの背後にあったのは……そう、タイムマシンであります。
 啓子の父が残したタイムマシンの存在を知った二人。意味不明の文字が記されたノートとタイムマシンを調査した結果、啓子の父が現れたと思しき昭和9年へのタイムトラベルを二人は計画するのですが――

 しかし思わぬトラブルから一人で昭和7年にタイムトラベルしてしまい、さらにタイムマシンに置いて行かれてしまった俊夫。幸いタイムマシンの中の古い紙幣を手にしていた俊夫は、人の良い鳶の親方一家に居候し、先生が現れるのを待つのですが、しかし思わぬ波乱が彼を待ち受けているのでありました。


 なるほど、タイムトラベルもの、タイムマシンものの定番の一つは、思わぬトラブルで過去の時代に置き去りとなった主人公が、何とかしてタイムマシンを取り戻し、元の時代に帰ろうとするという物語でしょう。
 未来を知る主人公が、その知識を活かして過去の世界で活躍し、未来に帰るべく悪戦苦闘するも……という本作は、まさにその定番そのもの、というより1965年という発表時期を考えれば、少なくとも日本においては本作がその鼻祖と言えるのかもしれません。

 果たして俊夫は元の時代に帰ることが、啓子と再会することができるのか――俊夫を襲うトラブルの数々と、タイムトラベルに隠された謎が絡み合い、そして物語を構成する全ての要素がかっちりと繋がりあった末に浮かび上がる驚愕の真実! と、タイムトラベルもののお手本のような作品なのです。


 しかしこのブログ的な視点で述べさせていただければ、本作の素晴らしさは、そうしたSFの妙味だけでなく、一種の「時代もの」としての完成度の高さにもあります。そう、本作の主な舞台となる昭和7、8年の世界を、本作は丹念に、そしてある意味独自の観点で描き出すのです。

 昭和7、8年といえば上海事変の勃発、満州国の樹立、五・一五事件に日本の国連脱退と、日本があの戦争になだれ込んでいく時期にあたります。当然と言うべきか、フィクションの世界においても暗いムードで描かれることの多い時期であります。

 しかし本作は基本的に異なるスタンスを取ります。それらを遠景に置きつつもここで描かれるのは、そんな未来を知らず、現在を謳歌する人々の明るくも逞しい姿なのです。
 オリンピックに胸躍らせる人々、普及し始めた乗用車やラジオといったテクノロジー、猥雑なパワーに溢れる銀座などの繁華街……それらの姿を、本作は丹念な考証と往時への愛情を込めて描き出すのです。

 そこから生まれるリアリティが、SFとしての本作を支えていることは言うまでもありません。しかしそれだけでなく、ここで描き出されるのは、いつの時代も変わらない人間の営み、人間のバイタリティであり、その人間たちの繋がりこそが我々の歴史を繋いできたと、本作は語るようにすら感じられるのです。

 しかし同時に、時間の流れ、歴史のうねりの前でのこうした人間一人一人の存在のちっぽけさをも、本作は描き出します。タイムトラベルの存在を通じてだけでなく、遠景にあったあの戦争が人々を飲み込んでいく瞬間を以て――
 これはいささか考えすぎかもしれませんが、本作が一種のノスタルジーだけで構成された物語ではないことは、物語後半で俊夫が辿る運命を見ればわかるでしょう。


 個人的にはラストの大どんでん返しは本当に必要だったのかなあと思わなくもありません(他の要素がある意味必然だったのに対し、あれのみは偶然の産物ということもあり)。
 しかし、SFとして、一種の時代ものとして、本作が歴史の中の人間の姿を浮き彫りにした名作である……それはもちろん、間違いのないことであります。


『マイナス・ゼロ』(広瀬正 集英社文庫) Amazon
マイナス・ゼロ (集英社文庫)

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