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2017.01.23

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第1巻 若者たちを繋ぐ剣と食

 新撰組を描いた漫画はこれまで枚挙に暇がありませんが、そこにまた一作が、それも非常にユニークな作品が加わりました。山口一(斎藤一)と沖田宗次郎(沖田総司)の視点から、「食」を通じて新撰組を描く、一味も二味も違う物語であります。

 物語の始まりは、山口一が江戸の貧乏道場・試衛館に出入りしていた頃。年が近いせいか何かと絡んでくるものの、性格も食べ物の好みも正反対の宗次郎と何となく日々を過ごしている一は、落ち込んでいるという近藤勇のために一肌脱ぐことになります。

 念願であった幕府の武術指南所である講武所の教授方に内定した勇。しかし出身が農民であったことから内定を取り消された彼は、今でいうノイローゼのような状態で、食も細ってしまったというのです。
 勇の力になりたいという宗次郎に付き合って、勇でも食べられる料理を探す一は「玉子ふわふわ」という料理を見つけるのですが――


 という第1話から始まり、本作の各話のタイトルとなっているのは「とろ飯と納豆汁」「にら粥」「桜もち」「おにぎり」と、作中に登場する食べ物の名前。
 この食べ物に、良くも悪くも高級感がないのは、この時代の彼らのステータスを表しているようで何とも微笑ましく、そして物語の方も、どこかほのぼのしたムードが漂うのですが……しかし本作は決してそれだけで終わるものではありません。

 上で触れたとおり、第1話で描かれているのは、身分に翻弄される近藤勇の姿。そしてそれ以降のエピソードで陰に陽に描かれるのも、まだ何者にもなれない一や宗次郎、試衛館の若者たちの悩める姿なのです。

 その代表となるのが、本作の主人公たる一と宗次郎であることは言うまでもありません。
 彼ら二人は、どちらも歴とした武士の出身ですが、しかしどちらも家督を継げるわけでもなく、片や家の厄介者、片や外に養子を出され……と、ままならぬ日常を抱えているのであります。

 己がこの家に、この世に不要な人間なのではないか? 若き日々にそんな想いを抱えるほど哀しく辛いことはないでしょう。
 そんな若者たちが繋がり合う糸の一つが「剣」……というのは普通の新撰組ものですが、しかし本作においてはもう一つの糸として「食」が描かれるのが、何よりの特徴であり、魅力なのです。

 これは一見突飛なようですが、しかしまさしく「同じ釜の飯を食う」仲だったのが試衛館の仲間たち――といっても一はそこから少し外れているわけですが、しかしその関係も物語の中に取り込まれているのがまた何ともうまい――であります。

 そんな彼らが食べるものが物語の軸となるのは、実は理にかなっているように感じられます。
 少なくとも、その剣を――己の生を守るために――振るったことがきっかけで全てを失いかけた一に対し、彼を仲間たちと繋ぎ止めたか細い糸が食であったことを考えれば――

 この先、食と剣が如何に孤独な若者たちを繋げ、そして新撰組を生み出すのか……温かい中に、時々ドキリとする苦い隠し味を忍ばせた、何とも味わい深い物語の始まりであります。


 ちなみに本作のタイトルの一部となっており、そして第5話の前半部分の初出時のサブタイトルとなっていたのが「だんだら」。
 新撰組で「だんだら」と言えば、言うまでもなく連想されるのはあの隊服ですが、ここでは当時下級な魚の扱いであった、そして今ではそれとは正反対の扱いである、マグロの大トロのことを指します。

 この辺りも、この第1巻の時点の姿と、後の彼らの姿との違いを感じさせて心憎いところではありませんか。


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