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2017.01.08

『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』 イメージとしての、アイコンとしての「芭蕉」

 「俳聖」として後世に名を残し、「おくのほそ道」の旅によって、旅に生きた漂泊の人という印象が強い松尾芭蕉。その芭蕉と弟子たちが諸国で出会った不思議な出来事を描く奇談集を現代語訳したものに、詳細極まりない解説を付した、実にユニークな一冊であります。

 ……と申し上げれば、なるほど、芭蕉や弟子たちの随筆や日記から、怪談奇談を抜き出して集めたものなのかな? と思われる方も多いと思いますが(かく言う私もその一人)、さにあらず。

 本作のベースとなった『芭蕉翁行脚怪談袋』は、江戸時代後期に成立したと考えられる書物ですが、内容はほぼ完全にフィクション。
 タイトルに「行脚」とあるように、芭蕉らが旅先で出会った出来事を中心とした内容ですが、史実では足を運んだのがせいぜいが京阪周辺までだった芭蕉が、中国地方から四国、九州まで足を運んでいるのですから、豪快といえば豪快であります。

 そんな『怪談袋』は、基本的に芭蕉その人と弟子たち、それぞれが主人公となるエピソードを交互に配置し(底本によってこの辺りは異動があるとのこと)、冒頭に彼らの句を掲げ、それにまつわる逸話を語っていくスタイルのエピソードがで、本書では全24話収録されています。

 上で述べたとおり、舞台となるのは実際には芭蕉が足を運んでいない地を含めて日本各地に渡ります。
 その土地土地で怪異や面倒事などに巻き込まれた芭蕉たちが、時に俳句の霊威や当意即妙の知恵でもってそれを切り抜け、あるいはその様を俳句として残すというスタイル自体は、なかなかユニークで楽しめるものではあります。

 が、その内容自体は、実はあまり大したことはない、というのが正直なところ。
 どこかで聞いたような内容であったり、そもそも怪談奇談としては物足りないものであったり、元々の記載の不備故か話が繋がらないものであったり――単純に怪談奇談集としてのみ読めばかなり苦しい内容であることは間違いありません。

 ……が、しかし本書は、それでも実に面白い一冊なのです。


 先に述べたとおり内容的にはほぼ完全にフィクションであり、「説話」というべきものであるこの『怪談袋』。
 それであれば、わざわざ芭蕉や弟子たちが主人公でなくとも……と思いたくもなりますが、しかし、その説話の主人公が芭蕉たちでなければならなかったという、その点にこそ注目することで、『怪談袋』は、本書は俄然興味深いものとなるのです。

 冒頭に述べたとおり、おくのほそ道の旅によって、そして辞世の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の句によって、「旅」の印象が強い芭蕉。
 そしてそのおくのほそ道では僧形で旅をした芭蕉は、世俗から離れ、漂泊の旅の中で数々の歌を残していった西行らのイメージ上の後継者とも言うべき存在として受け止められている……そう本書の編著者である伊藤龍平は語ります。

 すなわち、史実か否かに関わらず、江戸時代において旅をして歌を読み(その句も、必ずしも芭蕉や弟子たちのものではなく、別人の句であったりするのですが)、怪異に対するのは、芭蕉でなければならなかった。彼だからこそ、そのような出来事に出会い、そして解決することができた――

 そんな「俳諧説話」の主人公として、一種の文化的なアイコンとして芭蕉が存在していた……それを、芭蕉イメージの一種の集大成である『怪談袋』を通じて、本書は教えてくれるのです。


 本書のタイトルに使われている「おくのほそ道」。そこで描かれる芭蕉と曽良の旅自体は言うまでもなく史実ですが、しかし「おくのほそ道」に記された内容自体は、必ずしも史実に即したものではないこともまた、知られているところです。
 そこには芭蕉自身の手によって、史実のイメージ化、説話化が行われているのであり、そこに『怪談袋』の源泉があると言うこともできるでしょう。

 実は『怪談袋』には東北のエピソードはほとんど収録されていないのですが、にもかかわらず本書が「おくのほそ道」を冠しているのは、この点を鑑みればむしろ適切と言えるでしょう。
 このタイトルにも見られるように、編著者が『怪談袋』を読み解く態度、語る内容は実に当を得たものであり、各話の解説及び解題を含めて一つの作品であると言っても良い一冊であります。


『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』(伊藤龍平 訳・解説 国書刊行会) Amazon
怪談おくのほそ道  現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』

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