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2017.01.04

『決戦! 桶狭間』(その二)

 「決戦!」シリーズ第5弾、織田信長と今川義元の決戦に関わった人々を通して戦の前後を描く『決戦! 桶狭間』の紹介の後編であります。

『義元の首』(木下昌輝)
 戦国時代の大事件直前の24時間を描く『戦国24時 さいごの刻』において、義元の最期にまつわる奇譚を描いた作者。その作者による本作は、義元の死に大混乱となった今川家中でほとんど唯一その威を見せた男・岡部五郎兵衛元信を主人公とする作品です。

 桶狭間の戦いをテーマとした本書ですが、本作の始まりはその約四半世紀前の花倉の乱……今川家の家督相続を巡り、梅岳承芳(後の義元)と玄広恵探が戦い、後者が討たれた御家騒動であります。
 義父に逆らい、一度は玄広恵探の側についた五郎兵衛。しかし時既に遅く玄広恵探は敗死寸前、彼の忠義心を気に入ったという一人の老忍者に誘われた五郎兵衛は、玄広恵探から末期の頼みとして、今川家を滅ぼさぬため、梅岳承芳に仕えるよう告げられて――

 というのが本作の前半部、そして後半部において、描かれるのが、桶狭間の戦いとその後の五郎兵衛の活躍。
 五郎兵衛が後世に名を残した最大の所以は、義元が討たれた後にも織田方を相手に鳴海城で奮闘を続け、ついに開城と引き換えに義元の首を取り返したという事績であります。本作はその五郎兵衛の原動力に、前半で描かれた玄広恵探の遺命の存在を描き出すのです。

 クライマックスの五郎兵衛の決断のきっかけに、義元と信長の隠れた共通点を絡めてみせるのも心憎く、また老忍者の正体と彼の語る来歴など、一つの物語以上の広がりが感じられるのも巧みなところで、まずは本書において最も印象に残った作品です。
(桶狭間の戦いの背後に、尾張の熱田神宮の神人と三河の一向宗門徒の対決を見る視点も、これだけで一作品描けそうなほどであります)


『漸く、見えた。』(花村萬月)
 そしてラストに収録されたのは、極めつけの問題作にして怪作であります。
 本作は、主人公たる今川義元の一人称で綴られる物語なのですが……しかし本作で描かれる義元の姿は、桶狭間で討たれた首、なのです。

 毛利新助に討たれて首を取られ、信長の前に引き据えられた義元の首。その首は自分を睨めつける信長を仔細に観察し、そして自分が討たれる直前を回想してその情景を述懐するのであります。

 その中で浮かび上がるのは、彼が領土拡張に明け暮れ、ついには天下を目指すまでとなった原動力、いや動機であるところの彼のコンプレックス。
 極めて切実で、そして(失礼ながら)誠に滑稽なコンプレックス……そこから思わぬ形で解放されることとなった義元の目に漸く見えたものの美しさと解放感は、グロテスクな物語の結末に不思議な感動をもたらしてくれます。

 ちなみに本作、冒頭から結末に至るまで、読点はあれど句点は一度もない、すなわち一文で成り立っているというユニークな構成。少々強引なところもありますが、本作の特異な内容にマッチした文章ではあると言えるでしょう。


 残る二作品の一つ、『覇舞謡』(冲方丁)は信長を主人公とした作品ですが、「決戦!」シリーズでのこの作者の作品に共通する、主人公の内面描写で展開していくスタイルによる一種の体温の低さが、いささか逆効果となっている印象。
 もう一つの毛利新介が主人公の『首ひとつ』(矢野隆)は、義元の首を取った男が我武者羅に死闘を繰り広げる姿を描いた、実に作者らしい作品ではありますが、それだけで終わってしまったのが勿体ないところであります(義元像があまりにも旧来のものであったのも残念)。


 以上、今回も駆け足の紹介となりましたが、桶狭間の戦い自体、後世に与えた影響は計り知れないものがあるものの、一つの戦としてはある意味局地戦レベルであった故か、このシリーズのスタイルとはちょっと相性が良くなかったかもしれない、という印象があります。
 もちろん、それと個々の作品の個性と完成度はまた別の話であり、これまで縷々述べてきたように、大いに楽しませていただいたのですが――

 次回は『決戦! 関ヶ原2』とのこと、シリーズの原点に返った舞台で何が描かれるか、こちらにも期待したいと思います。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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