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2017.01.03

『決戦! 桶狭間』(その一)

 一つの合戦をテーマに、その合戦に関わった人々一人一人を主人公として様々な作家が競作するアンソロジー「決戦!」シリーズ。私も毎回楽しませていただいていますが、今回のテーマは「桶狭間の戦い」。今回も直球ど真ん中から思いもよらぬ変化球まで、バラエティ豊かな作品が並んでおります。

 今回もまた、特に印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『いのちがけ』(砂原浩太朗)
 前回の「決戦!」から開始された公募制度「決戦! 小説大賞」を今回受賞したのはこの作品。テーマは前田利家ですが、しかし物語の中心となるのは、その利家の家臣・村井長頼というユニークな作品です。

 信長の腹心、あるいはそれ以上の存在として知られる利家ですが、本書のテーマである桶狭間の戦いの際には、信長の同朋衆を斬ったことを咎められて浪人……出仕停止となっていたのもよく知られた話でしょう。
 そしてある意味そのとばっちりを受けたのが利家付きの長頼。利家とともに浪々の暮らしを送る彼は、かつての主家に危急存亡の秋が迫っていることを知るのですが――

 あえて利家という有名人ではなく、その家臣という視点から、利家を、そして利家と信長の家臣の絆を描く……それもその中で利家浪人の真実をも描くのが心憎い本作。
 物語的にはかなり地味な内容なのですが、利家主従が寄宿する郷士の娘も絡めて皮肉な味わいを生み出しているのも面白く、これがデビュー作とは思えぬ達者な作品です。


『わが気をつがんや』(富樫倫太郎)
 桶狭間の時点では人質として今川家の下にいた松平元康。その彼が義元の敗死の混乱の最中に今川家の軛から脱し、後の徳川家康となったことを考えれば、この戦はその後の日本の歴史を変えたとも言えるでしょう。
 その元康、人質といっても義元の下で厚遇され、義元を支えた太原雪斎の弟子という説もありますが……本作はその説をベースとした物語です。

 幼い頃から俊英ぶりを顕した元康を見込み、学問を、軍略を教えこむ雪斎。彼は自分の、義元の亡き後、氏真の軍配者として元康を育て上げようとしていたのであります。
 そう、本作は作者の人気シリーズのタイトルをもじれば『義元の軍配者』なのです(幼い元康と雪斎のやり取りが、小太郎と早雲のそれと重なる形で描かれているのにニヤリ)。

 ……と言いたいところですが、本作はその軍配者にならなかった男の物語。そもそも本作で描かれる氏真は、これがまた無能というより実に厭な厭な奴(これがまた実に作者らしいキャラ)であり、主君と仰ぐに足りない人物なのですから。
 既に雪斎は亡く、義元は討たれた今、氏真の下で今川家を支えていくのか。それとも……雪斎が最期に遺した「我が気をつがんや」という言葉を元康が自分流に受け止める結末が印象に残ります。


『非足の人』(宮本昌孝)
 その元康に見限られた氏真を中心に、敗者たる今川家の人々を描く本作。氏真といえば、父が築いた今川氏の栄光を一代で潰し、無能の代名詞のように描かれることがほとんどの人物ですが、その彼がほとんど唯一得意としたのが蹴鞠というのは、よく知られた話でしょう。

 実は名目上とはいえ、桶狭間の時点では今川家の家督を相続していた氏。
 しかし織田家との決戦――いや、織田家を揉み潰して天下に乗り出そうという時期に、自分の立場を顧みず蹴鞠に耽溺する氏真に苛立ちを募らせる者が家中に少なくないのも無理はない話でしょう(その筆頭として登場するが井伊直盛なのがタイムリーで楽しい)。

 そこで本作において、氏真を出陣させ、周囲を納得させるために警護役を買って出るのがあの武田信虎というのが実に面白い。言うまでもなくこの時点では子の晴信に追放され、今川家の客分となっていた信虎ですが、なるほどその信虎をこう使うとは……と唸らさられるばかり。
 そして義元が討たれた後の大混乱の最中、信虎らは氏真を守り、本陣であった沓掛城から決死の撤退をするのですが――

 蹴鞠においては「上足」(名手)であった氏真が、決死の場において思わぬ力を示すラストには感動してよいのか呆れるべきなのか……氏真以外の登場人物が多いため焦点がぼやけたきらいもありますが、ドラマチックな展開は作者ならではでしょう。


 明日に続きます。


『決戦! 桶狭間』(冲方丁、花村萬月ほか 講談社) Amazon
決戦!桶狭間


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