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2017.02.28

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』下巻 日常の謎、日常を破壊する謎

 人に、物に込められた記憶を覗く「浄天眼」の力を持つ戯作者・燕石と、その世話役の由之助が巻き込まれる事件を描く「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作の下巻であります。非道な強盗殺人犯・辻の桐生を追うことになった二人が知った真実とは……

 まだ若いにもかかわらず、女中の千代と二人、ほとんど世捨て人のような暮らしを送る戯作者・魚目亭燕石。故あって彼の世話役となった由之助は、燕石が浄天眼の力を持つこと、それ故に人を避けて暮らしていることを知ります。

 しかしその力ゆえに、様々な騒動に巻き込まれ、騒々しい毎日を送る羽目になる燕石と由之助。そんな二人の前にある日持ち込まれたのは、かつて連続強盗殺人で帝都を騒がせた凶悪犯・辻の桐生の遺留品でした。
 実は桐生は、由之助の実家である劇場・大北座の花形女優と素性を隠して通じた過去を持ち、その忘れ形見が由之助の許嫁・小梅だったのです。

 そして燕石の家族とも悍ましい因縁を持つ桐生。幾重にも因縁重なる相手に挑むことになった二人の運命は――


 と、上巻の展開を引き継いで、最大の山場から始まることとなったこの下巻。浄天眼により、桐生の狙いが実の娘である小梅の命であることを知った燕石と警察は、大北座の舞台に小梅を立たせ、桐生をおびき寄せるという一世一代の賭けに出ることになります。
 小梅ともども舞台に上がる羽目になった由之助は、彼女を守りきることができるのか。そして自分の子を狙うという桐生の真意はどこにあるのか――

 と、この辺りの展開は、文字通りの舞台の派手さもさることながら、明らかに正気を失っているようにしか見えなかった桐生の中にあった真実が、なるほど! と思わず納得させられたのが嬉しい。
 燕石の手になる演目――愛する小紫との逢瀬のために辻斬りとなった白井権八を描く、異形の権八小紫の物語と重なり、不覚にもグッと来るものがありました。


 が、下巻の冒頭でこれほど物語を盛り上げて大丈夫かしら、というこちらの懸念はかなりの部分で当たり、物語はここから小粒なエピソードが続くこととなります。
 燕石の昔なじみが持ち込んできた謎の記号、福を招く雄の三毛猫を巡る争奪戦など、それなりに面白くはあるのですが、ここに配置するかな……という印象は否めません。

 特に、燕石自身の物語……燕石と千代を巡る物語が、割合あっさりと解決した感があるのは、彼らの過去の真実の意外な軽さ(まあ、真実は得てしてこういうものかもしれませんが)も相まって、かなり勿体ないという気がいたします。

 さて、これで如何にして物語を締めるのか……と思ってしまったのですが、しかしここで思わぬ爆弾が飛び出すことになります。

 大北座の頭取であり、かつては熱狂的な女性ファンも多かったという由之助の兄・由右衛門。由之助は、その由右衛門の大ファンだったという中年の婦人に、町で偶然出会うことになります。そして由之助が由右衛門の弟だと知り、過剰なまでの執着を見せる婦人。果たしてその婦人の真意は……


 上で述べた辻の桐生を巡るエピソードは実は例外で、描かれるエピソード、そして燕石と由之助が挑む事件の内容自体は、むしろ「日常の謎」とも言うべきものがほとんどであった本作。

 このラストの展開も、ある意味日常の謎ではありますが、しかしそれは、由之助の日常を根底から破壊しかねない謎であります。
 これも本作の一つの特徴である、男女の関係性の生々しさが、一気に頂点に達した感のあるその真相には、思わず言葉を失いました。

 もちろん、それが悲劇では終わることはなく、あくまでも後味は爽やかなのですが――


 上巻の紹介でも述べたとおり、本作をお仕事小説と呼ぶのは違和感が残りますし、やはり下巻の構成にも難はあると感じます。
 こうした不満はあるものの、それでも上下巻という結構なボリュームを最後まで一気に読んでしまったのは、やはりそれなりの力がある作品と言うべきでしょうか。

 少なくとも、作者の今後の作品をチェックしておきたい、それが本作の続編であれば嬉しいなあ、という気持ちになったことは確かであります。


『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』下巻(一色美雨季 マイナビ出版ファン文庫) Amazon
浄天眼謎とき異聞録 下 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)


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2017.02.27

木原敏江『白妖の娘』第2巻 復讐という「意思」、それぞれの「意思」

 塚に封印されていた白い妖狐を巡り、復讐のために妖狐にその身を差し出した少女・十鴇と、妖狐を倒すために陰陽師となった青年・葛城直を中心に描かれる時代ロマンの続巻であります。妖狐の力で貴族たちの間に食い込んでいく十鴇がついに見つけた憎き仇。それは姉を弄んだ貴族で――

 都の貴族に捨てられた姉が首を吊り、父も悲憤のうちに亡くなった少女・十鴇。生きる気力を無くした彼女を救うため、直はかつて先祖が禁足地の塚に封じた妖狐「お塚様」の封印を解き、お塚様は十鴇の身に宿ることになります。

 妖狐に身を差し出す代わりにその力を借りて復讐を誓う十鴇と、妖狐を復活させたことを悔い、封印するために術道の修行に励む直。
 ともに惹かれ合い、想い合いながらも、敵対することとなった二人は、それぞれ京に向かうことになって――

 と、美しき復讐鬼として男たちを手玉に取っていく十鴇と、陰陽師として内に眠る力に目覚めていく直と、二人の主人公がそれぞれ京で本格的に動き出したこの第2巻。

 第1巻の紹介でも触れましたが、妖狐に憑かれた少女と陰陽師の若者を中心とする本作の物語のベースにあるのは、岡本綺堂の『玉藻の前』だと思われます。
 しかし本作は、この第2巻から決定的にそちらと異なる要素の存在を前面にしていくこととなります。その要素とは復讐――姉を奪った貴族と、そんな貴族たちによる社会に対する十鴇の復讐であります。


 お塚様の手引きで京に出るや、名門の御曹司である五葉織草を魅了し、貴族の世界への第一歩を歩み出した十鴇。宮中に出仕することとなった彼女が出会ったのは、憎き姉の仇・雲居小路内麿でありました。

 名門の出身であることを鼻にかけた放蕩三昧、咎められれば自慢の美しい涙でごまかしてしまう内麿(あの悪左府・頼長すら煙に巻いてしまうのだからすごい)。
 しかし、姉が養っていた少女・螢から、内麿の涙の秘密を知った十鴇は素性を隠して内麿に接近。織草、螢の力を借りて、恐るべき復讐を遂行することに――

 宮中での出世物語&復讐譚というのは、古今東西のエンターテイメントで枚挙がありません。その意味ではこの第2巻での展開も(そのあまりに鮮やかな復讐は、痛快ですらあるほど見事なものなのですが)、こうした物語の系譜に属する物語ではあります。

 しかし、ここで注目すべきは、十鴇の復讐という強烈な「意志」であります。そう、彼女はお塚様に憑かれながらも、あくまでも自分の意志を持って復讐しようとしているのです。

 実は、先に挙げた『玉藻の前』においては、ヒロインの意志は妖狐に奪われ(あるいは乗っ取られ)、ほとんど消滅した状態にありました。
 しかし本作の十鴇とお塚様は、明確に別の人格として存在し、互いを利用する関係にあります。すなわち、十鴇は単純に妖狐の哀れな犠牲者というわけではないのです。

 そしてその明確な「意志」の存在は、ひとり十鴇だけのことではありません。十鴇=妖狐を知りつつも彼女に寄り添い続ける織草、彼女に仕える螢――彼らもみな、自分たちの意思を持って、妖狐と接しているのです。
 彼女たちの意志の存在が、本作において希望なのか絶望なのか……それはまだわかりませんが、物語の方向性を左右する要素となるだろう、と言うことはできるでしょう。

 そして、彼女たちに意志があるということは、彼女たちが様々な過去を背負い、そこから生まれた想いを抱いた、「生きた」存在であることをも意味します。
 それはまた、彼女たち妖狐サイドの登場人物に限るものではありません。直はもちろんのこと、彼の後ろ盾であり織草の友人でもある藤原玄雪、そして内麿にすら、それぞれの人生の存在が浮かび上がるのです。

 それが本作の物語に、一層の陰影と魅力を与えていることは言うまでもありません。


 内麿への復讐を果たした十鴇。しかしそれは実はまだ始まりにすぎません。彼女の復讐の対象は、彼のような貴族の横暴を許す貴族社会そのものなのですから。
 己の意志でもってそれを為そうとする十鴇と、それを止めようとする直、そしてそれを見つめるお塚様……三者の物語はどこに向かうのでしょうか。

 「妖狐の物語」ではなく、「妖狐と人間の物語」としての姿をはっきりと見せた本作からは、もう目が離せません。


『白妖の娘』第2巻(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
白妖の娘 2 (プリンセスコミックス)


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2017.02.26

みなと菫『夜露姫』 自分らしくあるための戦い

 平安時代を舞台に、濡れ衣を着せられて亡くなった父の無念を晴らすため、盗賊団に加わった姫君の活躍を描く痛快な物語……講談社児童文学新人賞佳作を受賞した作者のデビュー作であります。

 後三条帝の御代、笛の名手として知られ、帝からも引き立てを受けた中納言。その娘で15歳の晶子姫は、帝と対立する左大臣の息子で色好みの蔵人の少将からの求婚を手ひどくはねのけるのですが、その直後に彼女の運命は大きく変転することになります。

 帝から預かっていた名笛・黒鵜……その名笛が屋敷から忽然と消え失せ、帝への叛意までも疑われてしまった中納言。心労から寝付いた彼は、たちまちのうちに儚くなってしまったのです。
 後ろ盾もなくなり、瞬く間に没落した晶子。この世に生きる望みを失った彼女は、ある晩出会った盗賊・狭霧丸の正体を知ったのがきっかけに、さらわれてしまうのでした。

 神出鬼没の盗賊として、鬼とも恐れられた大盗・狭霧丸。しかし彼の素顔を知り、そして彼を通じて外の世界で暮らす人々……貧富の差に苦しみながらも必死に生きる人々の存在を知った彼女は、自分も盗賊になることを望みます。
 晶子……昼の世界の水晶から、夜の闇に輝く夜露へと名を変えた彼女は、やがて狭霧丸一味にとって、そして狭霧丸にとってもなくてはならない存在となっていくのですが――


 没落の姫君が、苦難の末に奪われたものを取り戻し、そして優しく頼もしい伴侶を得る……そんな貴種流離譚は古今東西に数え切れぬほどそれこそ本作の舞台である平安時代においても語られています。
 本作もそんな典型的な作品に見えるかもしれません。しかし本作の主人公・晶子/夜露は、「普通の」姫君とは異なり、自ら盗賊となって活躍するという、いそうでいなかったタイプのヒロインとして描かれるのです。

 幼い頃から男の子に混じって遊び、姫君としては少々、いやかなりおてんばに育った晶子。そのパワフルさは、無理矢理言い寄ってきた少将に対して硯を振り上げる冒頭にもよく現れていますが……しかし彼女の魅力は、そして主人公たる所以は、彼女がおてんばで、活動的であるからだけではありません。

 それは彼女の心の中にあるもの、そして不幸な境遇に陥りながらも、いやそれだからこそ彼女を奮い立たせた想い――それは真に自由でありたいという想い、「自分は自分」でいたいという想いなのです。

 生まれながらに高い身分にあり、衣食住に悩むこともなく、いつか素敵な殿方と恋をして結ばれることを夢見る……いささかステロタイプではありますが、我々の頭のなかにある平安時代の姫君像は、だいたいこのようなものでしょう。

 それはもしかしたら一つの理想であるかもしれません。そう思う気持ちは決して否定しませんが……しかしそれは時代や社会が決めた一つの枠、もっときつい言い方をしてしまえば、檻であるとも言えます。

 もちろんそれは平安時代に特有のものではあります。しかし、人に嵌める枠、人を閉じこめる檻は、いつの時代も、どの世界にも存在します。もちろんこの時、この場所にも。
 そしてそれを良しとはせず、周囲からは道見られようとも、自分は自分らしくありたいと思う者もまた――


 本作にはファンタジー要素はほとんどありません(せいぜい、自在に姿を消す狭霧丸の術くらいでしょう)。しかしドキドキハラハラの冒険の末に、正義が勝ち悪が滅びる、そしてヒロインは幸せを手に入れるという内容は、やはりファンタジー――お伽話と言ってよいかもしれません。

 しかし、お伽話だからこそ描ける理想が、その理想の尊さがあります。それは一方で、時代によって様々に変化していくものでしょう。
 そして本作は、平安時代を舞台にしつつも、この時代だからこそ生まれ、そしてこの時代だからこそ読まれるべきお伽話であると感じます。

 平安の世に、悲運に負けることなく活躍する盗賊姫の物語は、現代の日本で、自分らしくありたいと願う女の子たちへのエールなのであります。

 まだまだ荒削りな部分もありますが、しかし作者のこの先の活躍が楽しみになる、素敵な児童文学であります。


『夜露姫』(みなと菫 講談社) Amazon
夜露姫

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2017.02.25

片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻 海から来た侍、その名は……

 実に13年前に第一報が出て以来、発売されることなく時は流れ、ついに今年発売に至った際には公式がネタにしたほどの(正直それはどうかと思いますが)ゲーム『仁王』。本作はその漫画版――日本に漂着した金毛碧眼の侍・ウィリアムと魑魅魍魎との戦いを描く物語です。

 時は1600年、徳川家康と石田三成の間の緊張が爆発寸前の頃に日本に漂着した一隻の異国船。「愛」を意味する名のその船に乗っていた金髪の大男・ウィリアムは、海に投げ出され、岸に漂着したところを、漁村の少女に救われます。

 折しも漁村は野武士の一団に蹂躙され続け、少女も、かつて彼らに逆らった父を殺されたという過去の持ち主。そして今また来襲した野武士に対し、ウィリアムが立ち上がる――

 と、この第1話の展開は、もはや懐かしいような典型的バイオレンスもののそれ。ヒャッハーな連中に蹂躙される弱き者を救うため、正体不明の来訪者が一人戦いを挑む……というあれです。

 しかし本作が独自の展開を見せ始めるのは、ウィリアムと野武士の長が激突した時からであります。
 常人離れした力でもって野武士たちを叩き伏せるウィリアムに対し、長が見せた奥の手。それはアムリタなる秘薬の力により、我が身を奇怪な鬼と変えることだったのです。

 しかしウィリアムにとってそれは、意外ながらも望んだ展開。実は彼は、そのアムリタを用いて他者を怪物とする者を追って、この日本にやってきたのですから。
 そして両者の戦いを見つめる忍び、その名も服部半蔵正就(!)の思惑とは――


 冒頭に述べたとおり、ゲームを原作としている本作。私は今のところゲームの方は未プレイですが、本作はそんな人間でも問題なく楽しめる(時折、これはゲームに登場する用語なのだろうな、というものはありますが、それも気にならず)、一個の作品として成立しております。

 何よりも気に入ったのは、主人公「ウィリアム」の存在。
 彼とその船の名、そして日本を訪れた年からすれば、彼が何者なのかはほぼ明らかですが、しかしまさかあの人物が――そもそも主人公になるのも珍しいのに――これほどのバイオレンス伝奇ヒーローになるとは! と大いに驚かされました。

 そしてその相棒的存在になるのが、部下にストライキを起こされたことで悪名高き三代目服部半蔵正就というのにも驚かされますが、本作の正就は、そうした史実とは無縁の、人間臭い若者として描かれているのが面白い。
 家康に仕えることは史実通りの彼ですが、その目的・信念は、ウィリアムのようなヒーローとはまた異なる、常人サイドのキャラクターとして描かれていると言えるでしょう。


 さて、この第1巻の後半では、正就に誘われて黒田如水・長政親子が守る豊前中津城を訪れたウィリアム(史実で彼が漂着したのは豊後なのでそれなりに平仄はあっている)が、城を襲う魑魅魍魎の群れと戦うことになります。
 この辺り、魑魅魍魎にまともにダメージを与えられるのはウィリアムのみ、という物語のルールを踏まえて、正就や長政たちが彼らなりの戦いを見せるというのは、なかなか面白いところであります。

 正直に申し上げれば、バトル描写、特に籠城戦のそれにはかなりガチャガチャした印象を受けるのですが、しかしこれまで述べたとおり、史実とのリンク、そして史実との違いが楽しく、それなりに楽しめる本作。

 この先ウィリアムの戦いが、日本にどのような影響を与えていくのか……ゲームとは独立した、もう一つの『仁王』の物語が描かれることに期待したいところです。


『仁王 金色の侍』第1巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(1) (講談社コミックス)

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2017.02.24

谷口ジロー『柳生秘帖 柳生十兵衛 風の抄』 名手が描いた時代活劇

 先日、惜しまれながらもこの世を去った谷口ジローが描いた数少ない時代活劇の一つが本作。柳生十兵衛を主人公に、幕府の存在にも関わる秘文「風の抄」と、天下を巡る争いを描いた物語であります。以前文庫化の際にも取り上げましたが、その際は触り程度の紹介だったため、改めて紹介させていただきます。

 柳生の菩提寺・芳徳寺を襲撃し、本尊の中に隠された「風の抄」を強奪した謎の一団。急報を受けた父・宗矩から派遣された十兵衛は、その背後に後水尾上皇の存在を知ることになります。

 皇位にあった頃から幕府と熾烈な対立を続けてきた上皇。幕府の存立に関わる秘事が記された風の抄を手にした彼は、都を脱出すると、各地の有力大名、そして様々な階層の人々に檄を飛ばし、幕府との戦いを呼びかけます。
 一歩間違えればこの国を二分する大戦となりかねぬ中、十兵衛は上皇方の怪剣士・夜叉麿と、幾度となく死闘を繰り広げることに――


 明治時代、隠居して久しい勝海舟が、自分の江戸城無血開城と幕府瓦解にまつわる秘話を語り始める……という、何とも気になる冒頭から始まる本作。

 正直に申し上げれば、古山寛の原作によるストーリー展開自体はかなりオーソドックスと申しましょうか、裏柳生や八瀬童子といったガジェットも、時代伝奇ものとしては見慣れたものが多く用いられています。
 その意味では物語的にそこまで意外性に富んだものではないのですが、しかしそれは面白くないということとイコールなどでは、もちろんありません。

 十兵衛の前に次々と現れる、夜叉麿をはじめとする強敵との対決。京を脱出し、後醍醐帝をなぞらえるように吉野に篭もった上皇一派との戦。そして風の抄に隠された意外な家康の言葉――本作には伝奇時代活劇として描かれるべきものがきっちりと描かれています。


 しかし本作の最大の魅力が、谷口ジローによる絵の力にあることは言うまでもありません。

 作者一流の緻密な情景描写は様々に舞台を変えて繰り広げられる戦いを巧みに彩って飽きさせませんが、何よりも印象に残るのは、時代劇最大の見所――剣戟シーンであります。

 柳生新陰流をはじめとして、作中に次々と登場する登場する様々な武器や武術、剣術流派。その丹念な描写は、格闘描写にも定評のあった作者らしいものと言えるでしょう。
 特に十兵衛のライバルとなる夜叉麿の、古代剣法とも言うべき独特の技の描写は、本作ならではとしか言いようがありません。

 そしてこうした武術・剣術描写の頂点が、ラストに描かれる十兵衛の活人剣であります。一見奇妙に見えるその技の動きに説得力を与え、そしてその中に十兵衛の「思想」を見せる――そしてその境地に至るまでの心の遍歴が、そのまま本作の物語に重なるクライマックスには、何度読んでも唸らされるのです。


 「風の抄」の正体の一部はかなり早い段階でわかってしまいますし、残る部分も蓋を開けてみれば……という印象はあり、ちょっと勿体ない部分はあるものの、再読でも十分以上に楽しめた本作。

 作者の作品の中ではあまり知名度の高い部類ではないかと思いますが、しかし、不世出の漫画家は時代活劇においても確かな実力を有していたことがよくわかる佳品です。


『柳生秘帖 柳生十兵衛 風の抄』(谷口ジロー&古山寛 リイド社SPコミックス) Amazon
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2017.02.23

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』3月号の感想の続きであります。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作ですが、絵・物語ともその影響は感じられぬ確かなもの。いよいよクライマックス目前であります。

 新井白石からの催促が厳しく迫る中、柳沢・荻原サイドからの縁談という干渉を受けることとなった聡四郎。刺客だけでなく、こうした搦め手の攻撃というのが実に上田作品的ですが、追いつめられた聡四郎は、自らの身を囮に勝負を決意することになります。
 そして訪れた道場で待っていた師が聡四郎に語るのは……という今回、上田作品名物の師匠の説教が描かれるのですが、そこでの描写、具体的には聡四郎と対峙した師の放つ圧力の描写が素晴らしい。

 内容的にも聡四郎が己にとって真に大事なもの、剣を振るう理由を悟るというシーンだけに、重みのある描写は嬉しくなってしまいます。嬉しいといえば、聡四郎の頼もしい配下、いや仲間となる玄馬の初登場も嬉しいところであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 道節一世一代の香具師忍法により窮地を脱したかに見えた村雨姫と信乃。しかし服部忍軍の外縛陣がなおも迫った時、現れたのは……葭原は西田屋の遊女たちを連れた女郎屋の用心棒・現八でありました。
 姫と信乃を遊女の中に隠すという奇策でその場を脱出したものの、しかし服部のくノ一もまた葭原に――

 というわけで今回は嵐の前の静けさ的な会ではあったのですが、敵味方で美女美少女が入り乱れるのはこの作者らしい華やかな画面造りで印象に残ります。
 が、今回の最大の見所は、信乃、現八、そして合流した角太郎が、既に散った三人を偲びつつも、彼らを含めた自分たちが何のために戦うか再確認するシーンでしょう。

 忠義のために戦った祖先とは違い、ただ一人の女人にいいところを見せるためだけに戦う……その心意気が泣かせるのであります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 自分の国を奪った男・多々羅玄地への復讐のために旅を続けてきた怨ノ介の物語も今回で最終回。自分の仇は既に亡く、その名を継いだ当代の玄地と対決というのは、ちょっと最後の対決として盛り上がらないのでは……と前回思いましたが、しかしそれこそが本作の恐ろしさ。
 既に怨念を晴らすための、そして生み出すための一種のシステムと化した多々羅玄地「たち」に対して、復仇という概念は意味はないのですから――

 しかしそれでは本当に怨ノ介の戦いに意味はないのか、という想いに、見事に応えてみせたクライマックスが実にいい。さらにそこから、数々の魔刀の中で何故怨ノ介の持つ不破刀のみが女性の姿を持つのかという、「言われてみれば……」という謎にきっちり答えを出してみせるのも泣かせます。

 なるほど彼にはこういう役割があったのね、という結末も微笑ましく、まずは大団円というべきでしょう。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 前髪立ちの少年・久馬を守る豪剣士・又蔵相手の仕掛のはずが、又蔵が自害してしまい……という「後は知らない」の後編。

 意外な展開から、真相を知った梅安たちの仕掛けが描かれることとなりますが、印象に残るのは、梅安と彦次郎、久馬と又蔵、そして悪人たちといった登場人物たちの感情の起伏の大きさであります。
 特に久馬と又蔵の絆、二人の武士としての矜持は、テンションの高い画風ならではのインパクトと言うべきでしょう。

 それを受け止める梅安の、姿はゴツいけれども口調は妙に丁寧なところも含めて、好みが分かれるところかもしれませんが、私はこの作者の「梅安」として、さらに突き詰めてもらいたいと感じているところです。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.22

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)

 乱ツインズの3月号は、新連載やゲスト作品はありませんが(強いて言えば『勘定吟味役異聞』と同時掲載の『そば屋幻庵』がゲスト?)、その掲載作品はむしろ充実の一言。印象に残った作品を挙げるだけで、相当な分量になってしまいました。

『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 水野忠邦を暗殺しようとした相手が、旧知の甲府勤番だった男・矢代田平内と知った蔵人介ですが、平内の仇と勘違いされ、ドテっ腹を刺されて……

 という前回を受けての後編、事件の黒幕があまりにも短慮で、いかにもな悪人なのは、まあこの作品らしいのかもしれませんが、平内を友と呼んで仇討ちに向かう蔵人介の姿はやはりグッとくるものがあります。
(しかし明らかにどうしようもない悪人とはいえ、形の上は蔵人介の独断に任せる上役もどうかと……)

 それにしても、刺されても軽傷だったからと、自分で傷を縫いながら毒味役を務める蔵人介にはこちらもビックリ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 関西鉄道の命運を賭けた高性能機関車・早風を導入したものの、その扱いに苦慮する島安次郎が出会った機関士・雨宮。扱いの難しい早風を滑らかに発車させる雨宮の技の秘密を知ろうとする安次郎ですが……

 と、日本の鉄道技術者の元祖ともいうべき安次郎を主人公とした連載第2回。前回は人命よりも定刻を重視する雨宮の姿に、正直全くついていけなかったのですが、今回の機関車発車を巡る展開は、きっちりと理詰めの内容が面白く、素直に感心しました。
 おまけページの様々な機関車に関する蘊蓄も楽しく、なかなか面白い存在になりそうです。

 しかしラストの主人公の選択は、仕方はないとはいえどうなのかなあ……


『鬼切丸伝』(楠桂)
 連載再開となった今回の題材は信長と本能寺の変。信長についてはこれまで連載化第1回に比叡山焼き討ちを、そして最近、天正伊賀の乱を題材に描いてきましたが、今回は後者のB面にして続編とでも言うべき内容であります。

 かつて伊賀の百地三太夫により、死して鬼と化す秘術を掛けられた少女・蓮華。彼女は鬼切丸の少年と出会い、一時の安らぎを得たものの、その秘術を求める信長により非業の死を遂げることとなりました。

 そして今回描かれるのは、その三太夫がそれとほぼ同時期に仕掛けた呪い――信長に対して無私の忠誠心を抱く森蘭丸は、死してなお信長に仕えるために、三太夫の誘いに乗ったのであります。
 そして訪れた本能寺の変。深手を負い、信長の眼前で鬼と化した蘭丸と少年は対峙するのですが――

 人間が人間を殺し、人間のものを奪う……ある意味人間と鬼の境目が現代以上に薄かった、戦国時代を中心とした過去の時代を舞台とする本作。その中でも信長は、一際鬼に近い存在として描かれてきました。
 しかし今回のエピソードのラストで信長が見せた想い、それはまさしく人間ならではのものであり、人間を冷笑し、鬼を斬る少年をして愕然とさせるものでありました。

 ラストの少年の表情が強く心に残る本作、冒頭に述べたとおり充実の今号においても、個人的に最も印象に残った作品であります。


 長くなりますので続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.21

六本木歌舞伎『座頭市』 奮闘、海老蔵&寺島しのぶ しかし……

 この20日までEXシアター六本木で上演されていた六本木歌舞伎の『座頭市』を観ました。座頭市を演じるは市川海老蔵、二人のヒロインを演じるのは寺島しのぶ、そして脚本はリリー・フランキー、演出は三池崇史と、異色の歌舞伎であります。

 舞台は六本木温泉宿場町、時は江戸時代――それも、史実よりもずっと長く続いた(おそらくは現代に近くまで)江戸時代。
 この六本木に流れ着いた盲目の男・市は、放浪の按摩は表の姿、実は凶状持ちで莫大な賞金をかけられた侠客でありました。

 そんな市が出会ったのは、宿の女中として懸命に働く盲目の少女・おすずと、江戸随一の花魁・薄霧太夫。特に薄霧は市の危険な香りに強く惹かれるようになります。
 しかし町を牛耳る六樽組の親分・権三は、市を危険視し、六樽組の用心棒である狂剣士・風賀清志郎らに抹殺を指示。陰謀を察知した薄霧は、市を連れて町を抜けようとするのですが――


 というこの歌舞伎、物語的には上の概略がほとんど全てと、非常にシンプル。流れ者が土地を牛耳る顔役と対決、ヒロインと別れて再び旅立つ……というのは、流浪のヒーローものの定番ではありますが、相当にあっさりした内容ではあります。
 が、その分、存分に見せてくれるのは、海老蔵と寺島しのぶの演技合戦なのです。

 海老蔵の座頭市というのは、坊主頭がトレードマークの一つであるだけに、コロンブスの卵的なビジュアルですが、これがなかなかにはまっている印象。
 本作の市は、一般的な座頭市のイメージに比べれば若くまた格好良すぎるようにも見えるのですが……しかしその無頼さ・慇懃さ・無愛想さ・人懐っこさ・真摯さ・洒脱さetc.といった、相反する要素が入り混じったキャラクターは、海老蔵という役者自身のイメージとも重なって、本作ならではの座頭市像を生み出していると感じます。

 特に冒頭、なんとTシャツにスウェットという姿で現れ、本水を被りながら立ち回った後で、コンビニのビニール袋を片手にタオルで顔を拭い、袋から取り出したモンキーバナナをつまらなそうに頬張る姿は、「今の」座頭市像として、一気に心を掴まれました。
(その後、早変わりで真っ赤な衣装に着替えるのですが、これはこれで格好良い)

 そして対する寺島しのぶですが――梨園の名門に生まれながらも、女性という理由で歌舞伎役者になれなかった彼女にとって、「歌舞伎」の舞台は夢だった、と思ってもよいでしょうか。
 薄霧の情念に満ちた役どころはお得意のそれかと思いますが、しかしむしろ舞台の上でのはっちゃけぶりが凄まじく、海老蔵との濡れ場はほとんどアドリブで無茶なネタの連発ですし、後半には歌謡ショー(!)まであったりと、大暴れであります。

 二役で演じた少女・すずの方はうって変わって可愛らしい役どころですが、舞台上での二人の早変わりも楽しく、実に楽しそうに舞台上を走り回っていたのが印象に残ります。


 しかし――舞台全体として見れば、正直なところ、この二人の奮闘ぶりが全てという印象であります。

 上で述べたとおり物語としては相当に薄い本作。2時間と比較的短いためもあるかもしれませんが、その時間の多くがアドリブに割かれた印象で、二人を除けば辛うじて印象に残るのは、市川右團次演じる清志郎のみ。
 そもそも、基本的に市はただ六本木にやって来て普通に過ごしているだけなのに、一方的に薄霧や六樽組がエキサイトして彼に絡んだ末に、自滅していくのですから……

 終わらない江戸時代という舞台設定も、有効に利用されていたのは先に触れた冒頭の市の姿くらいで、「今」の物語としては突っ込み不足でありました。

 しかし何よりも驚かされたのはクライマックス。死闘の末に辛うじて清志郎を倒した市。しかしその時、周囲がにわかにかき曇り、倒されたはずの清志郎が不気味な姿で復活。そしてその背後から現れる、巨大な怪物・鵺――
 いやはや、座頭市と怪物が戦う話は初めて見ましたが、普段であれば大好物の要素も、何の伏線もなく突然出てくれば、夢でも見たかと思うほかありません。
(鵺の造形が結構良かっただけに残念)


 ラスト、市にとって美しいもの、純粋なものの象徴であるはずのすずが……という苦い結末は良かった(「厭な渡世だなァ」という台詞も納得)だけに、尚更、そこに至るまでが残念に感じられた次第です。


関連サイト
 公式サイト

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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


関連記事
 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.19

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 雪が降ったかと思えば四月並みの気温と落ち着かない毎日が続きますが、しかし着実に春は近づいて3月は目前。2月は短いせいか発売点数は少々不満でしたが、3月はかなりの充実度で、春とともに明るい気分になります。というわけで、3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 というわけで相当の点数が発売される3月の新刊。まず文庫新刊では、霜島けい『九十九字ふしぎ屋商い中 ぬり壁のむすめ ふたたび(仮)』、友野詳『ジャバウォック 2 真田冥忍帖』、紅玉いづき『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』と気になる作品の続編が並びます。
 また新作では、第23回電撃大賞銀賞受賞作のさとみ桜『明治あやかし新聞 1 怠惰な記者の裏稼業』も、題材的に要チェックでしょう。

 そして復刊・文庫化でまず注目は、柴田錬三郎『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』。最近絶版となっていて非常に寂しかった眠狂四郎が、まさかこのような切り口で! と仰天&感動であります。
 また、ドクロイヤーということか古巣双葉文庫から刊行の中島かずき『髑髏城の七人』、何故か新刊リストでは作者名が横文字のToru Ishiyama『新八犬伝 起』『新八犬伝 承』、その他、新宮正春『芭蕉庵捕物帳』、平岩弓枝『私家本 椿説弓張月』、浮穴みみ『おらんだ忍者・医師了潤 御役目は影働き』とかなりのラインナップ。

 中国ものでは文庫化続行中の北方謙三『岳飛伝 5 紅星の章』のほか、仁木英之『仙丹の契り 僕僕先生』が文庫化。『僕僕先生』は大西実生子の漫画版第3巻も同月に刊行です。また宮崎市定の古典的名著『水滸伝 虚構のなかの史実』も復刊であります。


 そして漫画の方は、何といっても唐々煙『煉獄に笑う』第6巻、『曇天に笑う 外伝』下巻に注目。そして野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻、霜月かいり『BRAVE10 戯』第1巻もやはり必見でしょう。

 新作ではフカキショウコ『鬼与力あやかし控』、崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)『大江戸国芳よしづくし』が気になるところですが、続巻の方も、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第7巻、宮島礼吏『もののて』第3巻、山田秋太郎『墓場の七人』第2巻、大羽快『殿といっしょ』第11巻、竹内良輔『憂国のモリアーティ』第2巻とこちらも相当の数であります。

 また、こちらは新刊か再録ものかはわかりませんが、『お江戸ねこぱんち 花見舟編』の刊行も嬉しいところです。



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2017.02.18

篠綾子『紫式部の娘。 賢子がまいる!』 暴走ヒロインの活躍と母娘の和解

 かの紫式部が中宮彰子に仕えていたことは有名ですが、その娘もまた彰子に仕えたことはどうでしょうか。本作はタイトルのとおり、その紫式部の娘・賢子を主人公にした物語。14歳の彼女が、大人の貴族の世界に飛び込んで活躍するお話であります。

 母と同じく中宮彰子に仕えることとなり、期待に胸膨らませる賢子。控えめな母とは違い、負けず嫌いで勝ち気な性格の彼女は、お約束の新人いじめも軽々と跳ね返し、今光君と呼ばれる藤原頼宗をはじめ、素敵な殿方との恋愛に胸をときめかせる日々であります。
 そんな彼女の周囲にいるのは、地味ながら人の良い先輩の小馬、元は賢子いじめの先頭に立っていた中将君良子、そしてかの和泉式部の娘で母譲りの言動の小式部……賢子は勝手に小式部をライバル視していますが、まずは賑やかな宮中生活であります。

 そんなある日、彰子の伴で参内した賢子たちが巻き込まれた物の怪騒動。占いによればその原因が小馬であるという噂が流されていることを知った彼女は、小馬の汚名を雪ぐために立ち上がります。
 それがやがて、宮中の権力の座を巡る争いにまで繋がっていくとも知らずに――


 おそらくは主人公と同年代の女の子を対象としているであろう本作、その親の世代の年齢である僕の目から見ると、暴走気味の賢子の第一印象は何ともハラハラさせられる……というか、正直に言えば辟易とさせられるものではありました。
 新人いじめ上等、仕掛けて来た相手には弱みを見つけて逆襲するのはいいとして、顔だけでなく血筋や出世の見込みも計算に入れて男の品定めをするのは、当時は現代よりも早熟だったとしてもどうなのかなあ……と。

 しかしその印象は、後半に行くに従って大分変わったものとなっていきます。

 早くに亡くなった父のことをほとんど知らず、仕事に執筆にと忙しく暮らしてきた母を持つ賢子。
 特に母に対しては、一つにはその文学者としての盛名から、そしてもう一つはそんな母に自分は放置されてきたという想いから、彼女はむしろ敵愾心にも似た感情を抱いているのであります。

 そんな境遇は彼女の境遇に影響を与えないはずはありません。過剰なほどに早く大人になることを望み、誰に頼ることなく――男と恋愛したとしても依存せず――生きていこうとする彼女の姿は、そんな彼女の複雑な心情の現れと言うべきでしょう。
 軽薄に見える貴公子たちへの態度も、中流の生まれである自分が、真に彼らと結ばれることはないと理解しているゆえ、というのがまた切ないのであります。

 そしてそんな肉親への複雑な想いは、一人賢子のみが抱えているわけではありません。彼女同様、偉大な母を持った彼女の友人・同僚たち(小馬の母には仰天)。そして彼女の周囲に現れる名門の男性たちもまた……
 皆、エキセントリックとも言えるキャラクターですが、しかしそんなキャラたちの姿から、それぞれに己の生まれに縛られ、親との相剋を抱えながら生きている様が浮かび上がってくるのに感心させられるのです。

 そしてそんなキャラクター造形が、そして物語の中心となる物の怪騒動が、この時代の政治の、権力のあり方と繋がっていく展開も、お見事と言うほかありません。

 作者は本作以前に『藤原定家謎合秘帖』『在原業平歌解き譚』と、貴族社会を舞台とした歴史ミステリを発表していますが、本作も控えめではあるものの、物の怪の正体を推理し、それに基づいて「犯人」を追い詰めるくだりなどにミステリ要素が見られるのも嬉しいところであります。

 そしてその先には、大人たちの浅ましい権力闘争の姿が浮かび上がるのですが――しかしそれに対して賢子が怖じることなく、闘志を燃やすのもまたいい。
 そんな彼女の真っ直ぐな思いが、先に述べた複雑な心情と結びつき、ポジティブに昇華される姿は、児童文学として理想的な結末といえるでしょう。

 さらに紫式部の意外な姿、彼女が背負ってきた真の役割が明かされ、それが母娘の和解に繋がっていく結末は、大人であっても唸らされるものであることは間違いありません。


 後に数々の男性と恋愛遍歴を重ね、歌人としても幾多の勅撰和歌集に採録され、何よりも従三位という高位に上りつめた賢子。

 しかしそこに至るまではまだまだ時間があります。この後彼女がどんな活躍をして、どんな恋をするのか……本作のその先が見てみたいものです(特にラストで描かれたある男性のことを思えば――)

『紫式部の娘。 賢子がまいる!』(篠綾子 静山社) Amazon
紫式部の娘。賢子がまいる!

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2017.02.17

滝沢聖峰『WHO FIGHTER』 その恐怖は空の高みから

 最近は江戸時代の出版界を舞台とした時代漫画『二兎物語』を発表しているものの、やはり滝沢聖峰といえば航空戦記漫画の第一人者という印象が強くあります。本作はそんな作者の作品の中でも異色中の異色作……太平洋戦争終戦間際の日本上空に現れた謎の発光体を巡る怪異譚であります。

 昭和19年11月、立川を飛び立ち機載レーダーのテストをしていた陸軍航空兵・北山中尉は、夜空に眩い光を放つ正体不明の物体と遭遇、機体の電子部品が全て焼き切れるという奇怪な状況に見舞われます。

 翌日、北山の前に現れたのは、秘密の研究を行っていると噂される登戸研究所からやってきた軍属の男・尾崎。
 発光体について北山の知らぬ情報を握っているらしい尾崎とともに発光体の墜落地点を北山は訪れるのですが、それ以降、彼の周囲では奇怪な現象が相次ぎます。

 内臓を抜き取られた犬の死体、偶然立ち寄った先にかかってくる電話、無理矢理日本語を喋っているような黒衣の男の来訪……
 そして尾崎の案内で、自分以前に発光体と遭遇し、一ヶ月後に帰還した兵士と対面した北山は、その帰りに蛾を思わせる奇怪な生物と遭遇、直後の記憶を失うことになります。

 北山の身に何が起きたのか。空で何が起きているのか。登戸研究所の地下に隠されたモノの存在を知った北山は、尾崎が計画する発光体奪取作戦に志願するのですが――


 タイトルとなっているフー・ファイターとは、第二次大戦中に世界各地で目撃されたという、未確認飛行物体/発光体のこと。
 実際には戦場の緊張が生んだ錯覚によるものが大半だったのではないかという気もしますが、しかし記録を信じるならば、どう考えても後世に言うUFOのことを指していたのでは……というケースもあり、なかなかに不気味な存在であります。

 本作はそのフー・ファイターを題材に、いわゆるUFO都市伝説――キャトル・ミューティレーション、MIB、ミステリー・サークルなど――を取り込んで描いてみせた、異形の軍記漫画であります。
 これらの題材や、登場する発光体の搭乗者の姿など、多分に通俗的なスタイルではあるのですが、しかしその作中での投入の仕方は実に巧みで、特に先に述べた電話の怪のくだりなど、実にゾクゾクさせられます。

 また嬉しかったのは、個人的に最愛のUMAである――UFOやMIBとの関連も噂される――モスマンまで登場してくることで……というのはともかく、いずれにせよ登場する題材は、いずれも実にツボを心得たものであるのがたまらないのです。


 それにしても、UFO都市伝説に、他の都市伝説や実話怪談の類とは異なる不気味さがつきまとうのは、その「わけのわからなさ」に依るところが大ではないでしょうか。
 因果因縁や怨念といった、ある意味人間のロジックでは図りかねる行動原理で動く存在が蠢く物語……それは裏返せば、対処の手段がない、頼るべき存在がないということでもあります。怪異に晒されても救いの手はない……これほどの恐怖があるでしょうか。

 そしてその理不尽な怪異と、戦争というある意味究極の国家の活動――すなわち極めて論理的に実施される(理論上は、ですが)行為が激突した時、何が生まれるか……
 本作は、作者一流の筆致を以て、すなわちどこまでもリアリティを保ちながら、その異次元の世界を描き出すのであります。

 もちろん、壮大なホラ話として楽しむべきものではあるかもしれませんが……しかし出色の戦争ホラー、UFOホラーであることは間違いありません。


 ちなみに単行本は本作のほか、中編『HEARTS OF DARKNESS』を収録。
 こちらはビルマの密林の奥深くで軍の命を離れ、独立王国を築こうとする部隊を処理するため、装甲砲艇で河を遡上する特務機関の中尉を主人公とした物語であります。

 その部隊長の名が来留津大佐というのを見るまでもなく、『地獄の黙示録』の第二次大戦版……というより、その原作であるコンラッドの『闇の奥』を原作としてクレジットしている本作。
 もっとも展開的には『地獄の黙示録』の翻案の要素がやはり強いのですが、しかし大戦末期のビルマという舞台から生まれるどうしようもなさ、一種の虚無感は、本作を独自の作品として成立させていることは間違いありません。
(もっとも、もう少し王国側の人間に狂気が欲しかった気はしますが……)


『WHO FIGHTER With heart of darkness』(滝沢聖峰 大日本絵画MGコミック) Amazon
フー・ファイター―With heart of darkness (MGコミック)

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2017.02.16

『風雲ライオン丸』 第6話『黒豹よ三吉を助けろ!』

 人間の子供を動物に変える研究のため、子供を狩り集めるケカビーに三吉が攫われてしまった。三吉を助け出すために豹馬を雇う志乃だが、途中で加わった獅子丸の目がケカビーの忍法で見えなくなってしまう。三吉が実験台になる時が近づく中、ようやく目が癒えた獅子丸に豹馬は勝負を挑もうとするが――

 開幕早々、ウェスタンな感じの村を襲撃する地虫忍者たち。何の説明もないので違和感バリバリですがそれはさておき、村の子供・平太と、折悪しく村にやってきた武士の子・信之助が攫われ、大人たちは武士を含めて皆殺しに……実はこれは奴隷にするため人間の子供を動物にする実験(???)のための人間狩り。あと三日の内に実験を完成させろと無茶を言うアグダーの命を受け、実験担当のケカビーが子供たちを集めていたのです。

 そしてその標的にされるビックリ号ですが、いきなり馬車の後ろから自分が発明した竹製の……爆発する水鉄砲? で地虫を蹴散らす三吉が恐ろしい。しかしケカビーの投げ縄に三吉が捕らえられ、志乃も万事休す……というところに、「礼は後でたんともらうぜ」とらしい台詞とともに豹馬が登場、地虫を蹴散らします。そんな豹馬に対し、志乃は、あるだけの金を払うと言って彼を雇うのでした。
 一方、件のウェスタン村を通りかかった獅子丸は、まだ息があった武士の最期を看取り、子供が攫われたことを知ります。

 さて、ケカビーの基地らしい、なんか凄いトーテムポール? が立ったテントに捕らえられていた三吉ら三人の子供。怖がって泣く平太に進之助が説教しているところにやってきたケカビーは平太を実験台に選び、自分のカビを混ぜたらしい液体を飲ませますが……そのシルエットは獣人のそれになったものの、しかし実験は失敗と宣言されます。
 一方、三吉を追う志乃と豹馬を密かに狙う地虫を脇から倒した獅子丸ですが、現れたケカビーが投げつけてきたものを切り払うとそれが爆発。吹き出したカビによるマントル忍法カビ流れで視力を奪われてしまいます。

 豹馬と獅子丸の連携で何とかケカビーを撃退した一行。獅子丸にどんな猛毒にも効くという三吉の薬を塗る志乃ですが、治ると思えば治る、治らないと治らない、しかし三吉は助けようと思えば助けられると、獅子丸は動ぜず先に進みます。
 さて、戻ったケカビーは、先ほどまでの態度はどこへやら、泣き出す信之助を実験台に使いますが、映像にもならず上半身だけ獣人化したと台詞で処理される始末。そして期限の明日、三吉も実験台にされることに――

 その晩、満月に向かって獅子丸の治癒を一心に祈る志乃、その満月に向かって盲目のまま刀を振るう獅子丸、その姿を見て奴は月を斬った!? という驚く豹馬……三人三様に過ごした一行。翌日、目が見えてきた獅子丸の目の焦点が志乃の横顔に合い、そしてその獅子丸を見て嬉しそうに微笑む豹馬というシーンも合わせて、本作には珍しい、仲々珍しい、若者たちの瑞々しい描写であります。
 しかしそこで獅子丸に勝負を挑むのが豹馬。そんな豹馬をなだめるために刀を抜く獅子丸も獅子丸ですが……しかしそこで平然と豹馬の腕に鞭を絡め、あなたは私に雇われているのよ、と言い放つ志乃が一番大人でした。

 そんな三人を迎え撃つケカビーと打ち合い、ケカビーの狼牙棒をはじき飛ばす豹馬ですが、しかし狼牙棒が爆発。そこから赤いカビを撒き散らす忍法カビ隠しにたじろいだものの、変身した獅子丸が志乃と豹馬を先に行かせ、単身ケカビーに挑みます。丁度その時、実験を監督に来ていたアグダーはブラックジャガーが来たと聞いてさっさと姿を消し、三吉は無事に救出されるのでした。
 さて、激しく斬り合う獅子丸とケカビーですが、鍔競り合いの中、ケカビーが口から微妙な角度でカビを吹き出したのに不意を突かれて刀を落とされ、さらにそこで水死体みたいなポーズで空を飛んで来るケカビーに苦しめられます。しかし、そこで豹馬が投げた刀をキャッチ、ケカビーを撃破するのでした。

 そしてピープロ的に助からないんじゃないかと心配した子供たち三吉の薬で人間の姿に戻り、さあ対決を、という豹馬を置いてさっさと獅子丸21歳は姿を消すのでした。


 本作にしては珍しく、作戦内容と怪人の能力が咬み合っていた今回、子供を獣人に変えるというのは仲々忌まわしいのですが、そちらの描写はあっさり目なのが残念。共通の目的のために行動する中で、少しずつ距離が縮まっていく獅子丸・志乃・豹馬の姿の方に重点が置かれていたということなのでしょう。


今回のマントル怪人
ケカビー

 古代の武人のような姿をしたカビの怪人。刀と狼牙棒を武器とし、赤いカビで相手の目を潰す忍法カビ流れ、カビの煙幕を作るカビ隠しを使う。子供を獣人に変える実験を続けていたが、豹馬と獅子丸の連携に倒される。


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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


『岳飛伝 二 飛流の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 二 飛流の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

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2017.02.14

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第10巻 原作から一歩踏み出した最期の姿

 まだまだ続く十兵衛と魔界転生衆の死闘旅、ついに巻数も二桁に突入です。和歌山城での死闘を経て、粉河寺に至った十兵衛。そこで彼を待つのは、クララお品を捕らえた天草四郎であります。ついに激突する二人の戦いの結果が更なる波乱をもたらし、そして意外すぎるゲストキャラの登場が――

 囚われの身となったお雛を追い、和歌山城に赴いた十兵衛。そこで天守閣で彼を待ち受ける同門の名剣士・柳生如雲斎との二度目の対決は、お品の助勢により十兵衛が辛くも勝利することになります。

 が、お雛が敵の手にあることは変わらず、そして密かに十兵衛を助けてきたお品も、西国三番札所・粉河寺で、ついに天草四郎に責め問われることに――
 そしてお品に対し落花狼藉に及ぶ天草四郎ですが、これは彼にとっては必勝の儀式でもあることは、これまでに描かれたとおり。彼の忍法髪切丸は、女人の髪を用いることで、鋼の刃をも砕く力を生むのですから。

 かくて、万全の体制でもって、遅れて駆けつけた十兵衛と対峙する四郎(背中に黒い羽根と無数の亡骸を背負ったようなエフェクトが格好良い)ですが、その結果は……
 はは、本作で初めて『魔界転生』に触れた、いや原作以外のバージョンに触れていた方の驚きが目に浮かぶようであります。

 この辺り、どこまでも原作に忠実な本作らしいところですが、しかしここで本作は、原作からわずかに踏み出してみせることになります。

 四郎の傍らで、命の火が耐えようとしているお品の心に去来するのは、今よりももっと前、まだ純粋な二人が初めて出会った時の姿。
 そして十兵衛に、涙ながらにこれまでの旅の楽しさを彼女が向かう旅路とは、そしてそれに伴うのは…――

 ここで僕が思い出したのは、『バジリスク 甲賀忍法帖』での初の(と言ってよいかと思いますが)オリジナル要素であったお胡夷の最期。
 原作にはない、作者独自の描写は、ごく短いものでありつつも大いにこちらの心を揺すぶってくれたのですが……それと同様に、強く印象に残る最期の姿でありました。


 が、その一方で四郎が十兵衛に語ったのは、十兵衛の知らなかった――いやよく知っているというべきか――転生衆の名。
 そしてそれが柳生家を滅ぼしかねぬものであったことから、十兵衛は次善の策として密書を託していた弥太郎を、逆に止めねばならぬこととなります。

 この辺りは、「ゲーム」としてのこの
戦いのややこしさ、面白さがよく表れた部分ではありますが、しかし、ここからの弥太郎を巡っての柳生十人衆と根来衆の追いかけっこは、個人的にはあまりノレない展開で――

 と思いきや、ここでまたもやオリジナル(?)要素が、それもせがわまさきの山風ものファンには驚愕のものが飛び出すことになります。

 ただ一人道を往く弥太郎が、途中の村で出会った少女。弥太郎に根来衆の追手が襲いかかった時、彼女が持ちだした刀の持ち主は……
 かなりの年齢に見えながらも、しかし強者の風格と、どこか飄々としたものを伺わせる男。少女の祖父であるその老人の名は与五郎、そして(直接には登場しないものの)祖母の名は登世……そう、「あの作品」の主人公カップルのその後だったのです!

 基本的に原作に忠実であるせがわまさきの山風ものの中では異数の、原作とは異なる結末を迎えた「あの作品」。山風作品にして山風作品ではないその結末のその先がここで描かれるというのは、何とも楽しいファンサービスであります。

 もちろん、正直に申し上げれば唐突感は否めません。しかし、与五郎と武蔵の因縁を考えれば、そしてその時彼が囚われていた妄執に、今は武蔵が囚われているとも言える状況を考えれば、何とも皮肉なシチュエーションと言えるのではないでしょうか。


 もちろんこれはあくまでもファンサービスのスペシャルゲスト、物語は何事もなかったかのように先に進んでいくのですが……さて、この鬼ごっこがいつまで続くのか。個人的には早めに終わらせてほしいのですが。


『十 忍法魔界転生』第10巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(10) (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.02.13

高井忍『蜃気楼の王国』(その三) 我々の住む国、我々の生きる時間の物語

 高井忍が稗史・偽史の中に浮かび上がる「国」の姿を鋭く浮き彫りにしていく時代ミステリ短編集の紹介その三です。最後に収められた作品は本書の表題作にして、本書が語り続けてきたものを象徴するような物語であります。

『蜃気楼の王国』
 あまりにも有名なペリーの日本来航。しかしペリーは同時に琉球に対しても修好条約の締結を要求していました。日本同様、琉球にも一年後の再来を期したペリーは、琉球に水兵を残していたのですが……その水兵が、琉球の人々に殺されるという事件が本作では描かれることになります。

 本作の主人公となるのは、ハンガリー出身のイギリス人宣教師ベッテルハイム――ペリーの琉球来航の十年近く前に琉球を訪れ、以来布教に努めていた実在の人物であります。
 当時キリスト教を禁教していた琉球王国との対応に苦慮しながらも、琉球の人々と共に暮らし、親しまれたベッテルハイム。この地で娘も生まれた彼が巻き込まれたのが、件の事件だったのです。

 泥酔した水兵の一人が、琉球人の家に押し入り、女性に乱暴しようとしたことから、怒った人々に追われ、頭を石で殴られた末に、溺死しているのが発見された……
 この微妙な時期に致命的とも言える事件の検死に当たり、一つの疑念を抱くベッテルハイム。しかし事件は彼自身の身にも関わる顔を見せることに――

 米兵による婦女暴行(未遂)という、尖った題材を中心と据えた本作。これが実は実際に起きた事件というのには驚かされますが、本作はそこに幾重にも意味を見出す形で、独自の物語を描き出します。
 物語の核心に触れるため、詳細は触れませんが、結末に浮かび上がるもう一つの差別と偏見の構造も含め、事件の謎以上に、そこに関わる人々の心の在り方は、深く心に残ります。

 ……しかし本作で真に驚くべきは、結末でベッテルハイムが知ることとなるもう一つの真実であります。
 そのある意味空前絶後のスケールの「替え玉」トリックに愕然とさせられると同時に、そこから浮かび上がる本作のタイトルに込められたもの、ベッテルハイムらの想いを全て飲み込んで浮かび上がるものの巨大さ・空虚さに、索漠たる想いを抱かざるを得ません。


 ……ここまで、本書に収録されてきた全五話を一話一話紹介させていただきました。

 これまで何度も申し上げたとおり、各話は直接には関係しない、完全に独立した内容となっています。しかしそこで描かれるものは、偽史・稗史を通じて、国という存在のあり方を描くという点で、通底していたと言うことができます。

 もちろんここで描かれたものはいずれも作者の空想……という言い方が良くなければフィクションの物語であります。
 しかしこの中に仮託されたもの、特に琉球と中国の関係に仮託されたものが何を指すか――それは明らかでしょう。最後の作品のタイトルであり、本書のタイトルでもある「蜃気楼の王国」が真に何を指すのかも。

 その意味では紛れもなく本作は、我々の住む国、我々の生きる時間の物語であると言えるのです。


 ここからは個人的な話となりますが、僕は時折、「伝奇」(「稗史」とかなりの部分でイコールかもしれません)と「偽史」の違いについて考えてきました。

 「史実」の陰に隠れた、それとは異なる「もう一つの真実」を描く歴史……その点では共通する両者は、しかしその動機、意図において明確に異なると……そう僕は考えます。
 伝奇があくまでもその「真実」を物語の枠の中で描く一方で、偽史はその「真実」こそが真の歴史であると語ること……その点が両者の決定的な相違点と言えるのではないか、と。

 もちろん、その出発点は共に等しいものでしょう。本書で繰り返し描かれてきたように、人々の願い――歴史の真実の姿はこうあって欲しいという思いが、こうしたもう一つの歴史を生み出すのです。
 しかしそれを物語として、一時の楽しい空想という慰めとして終わらせることと、こちらこそが本物であると史実を塗り替えようとすることは同じではありません。少なくとも伝奇は、その基礎となる確かな史実があってこそ成立するものなのですから。

 僕はあくまでも伝奇を愛し、追いかけていきたい……本書を読んで、その想いを新たにした次第です。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.12

高井忍『蜃気楼の王国』(その二) 二つの古典に秘められた想い

 高井忍が稗史・偽史を題材に描く時代ミステリ短編集の紹介その二であります。その一で紹介した二編同様、いやそれ以上にこちらも挑戦的な、挑発的な内容であります。

『雨月物語だみことば』
 京で次々と起きる、謎の侍たちによる怪事件。それが近頃評判の読本『雨月物語』の各話の見立てとなっていることに気付いた大坂で医者を営む主人公。かつて国学を学んだ師である加藤宇万伎とともに事件を追う彼が知った犯人たちの意外な思惑とは――

 という本作は、本書に収録された作品の中ではほとんど唯一、琉球には直接関わらない物語です。ですが、しかしその根底に存在するのは、他の作品に通底する、作者の偽史への眼差しなのであります。

 今なおその名を残す『雨月物語』の各話に登場する地名、登場する事物・人物をモチーフとした見立てを続ける一味を追うという、時代ミステリとしても非常にユニークな本作ですが、主人公の探索の果てに浮かび上がるのは、本居宣長とその弟子たちの存在。
 「古事記」や「源氏物語」を独自の立場から解釈し、国学四大人の一人とも言われる宣長ですが……しかし本作で描かれるのは、神代の世界をそのまま受け取り、そして我が国独自の文化を最古最高のものとして他国のそれの上に置く、ファナティックな思想家としての姿であります。

 そんな宣長像は、決して本作独自の、偏った見方とばかりは言えないものがあるですが……そんな宣長と、そして彼以上に狂信的に日本の素晴らしさを説く弟子たちの姿に、一種の既視感を覚えるのは、決してうがった見方ではないでしょう。
 そしてそんな彼らに対して、『雨月物語』が用意していた最大のカウンターとは……いやはや、このような読み方があったか! と、驚き呆れるばかり。いやはや、作者は恐ろしいことを考えるものです。

 ちなみに本作、文学史の知識がある方であれば、冒頭から「おや?」という描写があるのですが――これも一種の叙述トリックと言うべきでしょうか。この点もまた、時代ミステリとしての本作の面白さでしょう。


『槐説弓張月』
 タイトルから察せられるとおり、本作は冒頭の『琉球王の陵』において描かれた為朝の琉球渡航伝説が人口に膾炙するきっかけともいえる、滝沢馬琴の『椿説弓張月』を巡る物語。
 馬琴の死をきっかけに、実は八犬伝の大ファンであった将軍家慶に対し、腹心である遠山景元(金四郎)が、在りし日の馬琴との出会いを語る……というユニークなスタイルの作品です。

 まだ放蕩生活を送っていた頃、女郎に蛸をけしかけたことで袋叩きにあっていた老人(この時のメタな言い草が実に楽しい)を助けた金四郎。金四郎が弓張月のファンであることを知った老人が彼を誘った先は、飯田町の馬琴邸でありました。
 そこで金四郎は、弓張月の製作秘話を聞くことになって……というのが本作の趣向であります。

 いわば作者による一種ストレートな弓張月解題である本作は、本書に収録された作品の中ではある意味異色の内容ではあります。しかしそこで語られる内容は、他の作品とは遜色のないほど刺激的であることは言うまでもありません。

 弓張月以前からも存在した為朝の琉球渡航説。金四郎が教えられるのは、その「真実」――そもそも為朝なのは何故か、そして為朝を琉球に渡らせたのは誰なのか……
 つまりはホワイダニット、フーダニットの問題として、本作は『琉球王の陵』とは別の視点から、為朝という特異な立ち位置の(そしてここで前作との接点が生じているのですが)英雄伝説を捉え直すのであります。

 そこに浮かび上がるのは、琉球の庶民の、そして為政者の切なる願いであり……それは同時に、国は如何に在るべきか、という点に繋がっていくことを、本作は明らかにしていきます。
 そしてそこで描かれるのはもちろん、国を守るために周囲の強国に追従し、しかしその強国に翻弄され続けた琉球独自の物語ではありますが……しかしその立場にあるのは琉球だけではないことを、今の我々は知っています。いや、知るべきなのでしょう。

 と、非常に尖った切り込みを見せつつも、前作同様、途中で感じた些細な違和感が、ラストのどんでん返しを招くのが実に楽しい。
 いやはや、ここまでシリアスにしておいてこのオチか! と言いたくなるようなすっとぼけた結末には脱帽であります。


 あともう一回、続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.11

高井忍『蜃気楼の王国』(その一) 意外な「探偵」たちが解き明かす「真実」

 時代ミステリの快作を次々と送り出してきた作者が、「国」と「歴史」を題材として描く、極めてエッジの立った短編集であります。それぞれ別々の時代、別々の謎に挑む意外な「探偵」たちを描いた五つの物語から浮かび上がるものは……以下、収録作を一つずつ紹介いたします。

『琉球王の陵』
 バルチック艦隊の行方を求める中、西表島に立ち寄った東郷平八郎と秋山真之。そこで一人のアメリカ人記者と出会った二人が見せられた一枚の写真……ペリー艦隊に同行した絵師が撮影したそれに映るのは、琉球最初の王の伝説が残る源為朝の墓でありました。
 果たして伝説は真実なのか、写真に写った地を探しに出る一行が見たものは――

 いずれの作品においても実在の人物、有名人が探偵役となる本書ですが、いきなり冒頭からとんでもない探偵役であります。何しろ、日本海海戦の立役者である軍神・東郷と秋山弟が、源為朝伝説を追うというのですから。
 かの滝沢馬琴の『椿説弓張月』で今なお知られる為朝の琉球渡航伝説――その成立過程については後の作品で語られますが、本作で描かれるのは、琉球で発見されたという彼の墓の謎であります。

 その証拠というのが、かのペリー艦隊が持ち帰ったというスケッチの中から出てきた一枚の写真というのがまた伝奇的で痺れるほかないのですが、しかし本作は、そんな伝奇的真実、稗史の陰に潜むものを、容赦なくえぐり出します。
 何故、為朝の墓が琉球にあるのか。いや、琉球になければならなかったのか? ミステリに例えるとすればその墓の存が犯行結果であり、そして二人が探るのは、ホワイダニットとフーダニット……そんな構図なのです。

 その謎解きの中で浮かび上がるのは、琉球にまつわるある史実。そしてそこから繋がっていく、琉球は何処の国の物なのか、琉球とは如何に在るべきなのかという問いかけは、今この瞬間に、驚くべき鋭さで我々に突き刺さるのです。
 人々の願いと、権力者たちの思惑の間に揺れる「真実」として――


『蒙古帝の碑』
 為朝以上に人口に膾炙している渡海伝説――それは為朝の甥である義経がかのジンギスカンとなったというあの伝説でしょう。本作で語られるのはその伝説なのですが……ここでその謎に挑むのはなんとシーボルト、そして聞き手となるのは若き日の遠山金四郎というのですから、奇想ここに極まれりであります。

 来日前に日本のことを学ぶ中で、源義経が実は生きて蝦夷に、そして大陸に渡り、その子孫が清朝皇帝の先祖になったという奇説――しかし新井白石が書き残したもの――を目にしたシーボルト。
 来日したシーボルト、そして彼の通訳を勤める遠山金四郎(父が長崎奉行だった関係で、という設定が面白い)は、この時代にただ一人、黒竜江地方に足を踏み入れたただ一人踏み入った日本人の存在を聞かされます。

 その日本人、かの間宮林蔵と対面したシーボルトは、林蔵の口から義経渡来説を聞いた上で、「より無理がない」説を開陳することとなります。そう、それこそは義経=ジンギスカン説……!

 本作でも冒頭に引用されているように、高木彬光の『成吉思汗の秘密』などで知られるようになった義経=ジンギスカン説。本作はシーボルトがその真実を推理する……というよりも、その成立過程が彼の口から語られていく様を描くことになります。
 一見義経とシーボルトというのは突飛すぎる組み合わせにも見えますが、しかし実は記録上初めてこの説を残したのは実はシーボルト。ある意味探偵=犯人のような状況が実に面白いのですが、しかし本作はその先に、ある種の人の想いをあぶり出すのであります。

 本朝の英雄が異国に渡り、その祖となる――確かに気宇壮大なロマンではありますが、そこにある種の政治的な意図が働いていたとすればどうであるか? 本作でシーボルトが推理したある「真実」の中に存在する我が国の姿は、前話の琉球の姿となんら変わることはないものなのであります。

 自国に都合のよい歴史ばかりをありがたがろうとする態度に対する、どこかうそ寒くなるシーボルトの予言とも言うべき言葉と、彼の推理が招いた皮肉な結末……非常に興趣に富つつも、何とも苦い後味の物語であります。


 どうにも熱が入り、長くなってしまいました。次回以降に続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.10

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻 急展開、そして明かされた纐纈城の秘密

 戦国時代の日本に現れ、次々と人々を狩り集めていく纐纈城。この魔界の存在を討伐するため、武田信玄により集められた外道者たちの戦いを描く本作もこの巻で急展開、纐纈城と外道者たちの最終決戦が描かれるのですが――

 川中島に現れ、不死身の兵でもって戦場を蹂躙した纐纈城。その纐纈城攻めを決意した武田信玄により、地獄を見る目を持ち、地獄の牛頭馬頭を喰らう力を持つ加藤段蔵を筆頭に、異能を持つ外道者たちが集められることになります。
 その外道者の一人を求めて常陸に向かった段蔵たちは、猿神憑きの剣客・猿御膳、そして彼と虚ろ舟の蛮女との間に生まれた子供を巡り、纐纈城の使者と激突することに――

 という第2巻の展開を受けてまず描かれるのは、猿御前の子・前勝坊を巡る戦いの行方。あまりにも無垢で儚い蛮女と、異形の猿神憑きの間に生まれた彼は、果たして母と父――異界からやって来た人間と、異形と化した人間の、どちらに近いのか?
 戦いの末に描かれる、人間という存在、命の在り方に繋がるその答えは、殺伐とした展開が続く本作において、一つの「愛」の姿を描き出すことになります。

 そして続いて登場するのは、新たな外道者……いやむしろ、彼の存在があったからこそ外道者が集められることとなったという一人の剣豪。その名は草深甚四郎!
 この名を聞いて盛り上がるのは、剣豪ファン――それもかなり偏った方でしょう。本作でも描かれる、盥に張られた水に斬りつけることで、遙か遠くの相手を斬ったという逸話で知られる「実在の」剣豪であります。

 なるほど、剣豪としてこれほど異界に近い存在はあるまい……と大いに盛り上がるのですが、しかしこの辺りから物語は急展開。終焉に向かって爆走していくこととなります。

 物語冒頭から纐纈城との戦いに巻き込まれてきた小姓・五郎丸――成り行きから段蔵らとともに対纐纈城戦の一員となっていた彼が纐纈城の手に落ちたことから始まる、纐纈城による武田家急襲。
 思わぬ決戦の始まりに、纐纈城に乗り込むのは、段蔵と死者が見える少女・火車鬼、前勝坊と歩き巫女のふふぎ、そして城の実験部屋から脱走した行者・長谷川角行――

 と、あまりに急な展開に驚かされるのですが、これは作中でも何度かメタ的に言及されるように、作品の完結を急がざるを得ない状況になったということなのでしょう。しかし、いや実に勿体ない。
 どうも展開的には「纐纈城の七人」とも言うべきものになのではないかと思われただけに――そしてこうした物語の面白さは、メンバーが一人ずつ集まってくる過程にあるだけに――急展開が悔やまれてなりません。

 甚四郎はもちろんのこと、こちらも実在の人物である角行も、突然の登場ではあるもののビジュアル、設定(特に人穴、宗教者というキーワードは「纐纈城」としては実に気になります)ともに、非常に美味しいキャラクターであっただけに――


 しかし本作は、そんな状況の中であっても、描かれるべきものはきっちりと描いてみせた、ということだけは言えるでしょう。
 その描かれるべきものとは、纐纈城主、いや纐纈城の生みの親の正体、言い換えれば纐纈城は何故存在するのか……その謎解きであります。

 纐纈城に突入した者たちの前で語られる、纐纈城誕生の秘密。そこには、遙か過去、遙か遠くの地で、死から甦ったというある男の存在がありました。
 その男の名はここでは伏せさせていただきますが、あまりにも意外のようでいて、「纐纈城」とは決して無縁な人物ではない、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。

 そして「彼」の存在が纐纈城を……纐纈城で繰り広げられる地獄を生む、その過程の凄惨さには、ただただ圧倒されるばかり。
 さらに「彼」と、その目で文字通りの「地獄」を見てきた段蔵との思わぬ共通点(そして同時にそれは前勝坊の存在とも重なる部分が)に思い至れば、ただただもう唸らされるほかありません。


 物語展開には残念な点は残ったものの、描かれるべきものは描かれた本作。あるいは性急な展開故に、その結末にも違和感は残るかもしれません。

 しかし、生と死、現世と地獄、生者と死体、誕生と死亡……と、相反するものが入り乱れ、しかしそのほとんどがわかり合えず擦れ違うままに終わるこの結末は、途方もない虚無感を漂わせつつも、本作に相応しいもののようにも感じられるのです。


『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻(長谷川明&佐藤将 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
戦国外道伝 ローカ=アローカ(3)<完> (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.02.09

『風雲ライオン丸』 第5話「燃える水を奴らに渡すな」

 犬山村一帯から涌きだした燃える水を狙い、たちまち村を占領した怪人ガー。燃える水を汲み上げるために周囲の人々をさらう地虫忍者に志乃までが攫われてしまった。村に潜入した獅子丸は志乃と村人たちを救出、三吉が仕掛けた爆発の隙に脱出するが、怒りに燃えるガーが執拗に後を追う。

 炭坑か何かの中で地面を掘る村人たち。と、地中から何かが吹き出した……と思えばそれは燃える水、つまり石油。いち早くその価値に気づいているマントル一族はガーを派遣、もの凄い勢いで村一帯を占領すると、村人を使って採掘を開始します。しかしそれでも人手が足りぬと地虫忍者は人狩りを始めるのですが……それに捕まったのが志乃。三吉が水を汲みに行った間に地虫に捕まってしまったのであります。

 そして地虫の魔手は、それとは別の場所で呑気に肉を食っていた獅子丸にも及びますが、獅子丸はからくもこれを退けます。
 一方、単身姉の後を追う三吉は、姿を隠しながら地虫の後を付けるのですが……険しい表情で脇の木に手を伸ばした彼の手がまるでわざとのように掴んだのは、彼の苦手なデンデンムシ。悲鳴を上げたおかげで地虫に追いかけられ、無駄に長い追いかけっこの末に捕まった三吉は、獅子丸に助けられるのでした。そして地虫の一人を生かして木から吊り下げ、「言わなければ黙って地獄へ行け」と手裏剣で脅して行き先を吐かせる獅子丸、マントル殺すマンに容赦はありません。

 さて、村の様子を探る獅子丸と三吉ですが、地虫は闇夜は人間を襲ってはいけないという迷信があるという獅子丸(どこで知ったのか……)は、夜に月が隠れた隙に村に潜入。残された三吉は、燃える水のガスが炎を上げているのを見て、「吹き飛ばしてやる」と、据わった目で物騒な言葉を吐きます。
 そして捕らわれの志乃と村人たちを解放した獅子丸ですが、逃げる途中で雲が晴れ、地虫が活動再開。当たる幸い斬りまくる獅子丸ですが、その時三吉が仕掛けた爆薬(前回の爆弾?)がそこら中で盛大に爆発。夜だけに周囲の闇に映える炎はえらい迫力で、特に櫓が爆発炎上するのはやり過ぎ感が――

 それはさておき、その隙に馬車に飛び乗って逃げる三人ですが、ここまでやられたガーは怒り心頭。「追って追って追いつめて、生まれてこなければよかったという目にあわしてやる!」とスゴい台詞を吐くと、「既知外みたいに」(獅子丸談)彼らを探し回ります。
 そこで馬車を藁を山積みにした荷車に偽装して峠を越えようとする三人。そこに地虫たちとガーが襲いかかりますが、馬車には誰も乗っていません。これはこれで怪しいのですが、深く考えていないのかガーがその場を去ると、藁の下から志乃と三吉、台車の下から獅子丸が顔を出します。間抜けなガーを出し抜いて無事に脱出した……と思いきや、やっぱり待ち受けていたガーと地虫。

 二人を先に行かせて一人戦う獅子丸を苦しめるガーの奥の手・口からの毒粉。しかし獅子丸はガーの頭にマントをかぶせた隙に脱出、ロケット変身! 最近は様になってきたクレーン吊りでの対決は、ガーが蛾モチーフということもあってなかなか面白いのですが……しかし地面に落ちたガーに、上から落下して刀をブッ刺すというライオン滝落としが容赦なく炸裂。
 これで爆破か……と思いきや、ガーの首が分離して飛行! 口からの毒粉でライオン丸に襲いかかりますが、しかし手裏剣で撃墜されたガー首を、今度こそライオン風返しが爆破するのでした。

 そしてまた二人と別れ去っていく獅子丸。以前はかかわりになりたくなさそうだった志乃と三吉も、今回はかなり同情的に彼の戦いの毎日に想いを巡らせるのでした。


 特撮ヒーローもの、特に特撮時代劇には定番の、悪の組織による強制労働ネタの今回。労働の対象が燃える水というのはなかなか面白いのですが、三吉による爆破シーン以外あまり話に絡んでこなかったのは残念。そしてあの後燃える水は……あれで全部爆発して、結局マントル一族の手には渡らなかったということでしょうか。


今回のマントル怪人
ガー

 犬山村一帯で見つかった燃える水奪取を命じられた蛾の怪人。両方に巨大な刃のついた棒と、口からの毒粉を武器とする。獅子丸に出し抜かれて執拗に襲撃するがライオン滝落に倒され、首だけを分離してなおも襲いかかるが及ばなかった。イボや棘のある胴体は、幼虫がモチーフか。


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2017.02.08

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』 科学捜査でも解き明かせぬ思い

 現代と江戸時代で二重生活を送るヒロイン・おゆうが江戸の名探偵となって活躍する本シリーズもこれで第3弾。今回彼女が挑むのは、数年前に姿を消し、今また江戸に現れた伝説の盗人ですが……しかし事件は根津の寺院で行われる富くじにも関わり、思わぬ様相を呈することになるのであります。

 祖母が残した家の中に江戸時代に繋がるタイムトンネルを見つけたことから、現代と江戸時代を行き来するようになった元OL関口優佳=おゆう。
 現代の分析オタクの友人・宇田川の力を借りた科学捜査で、南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を次々解決してきた彼女は、今では伝三郎に十手を預けられるほどであります。

 そんなおゆうが近所の長屋のおかみさんから頼まれたのは、女と一緒にいるところを見られて以来行方不明の彼女の亭主・猪之吉探し。やむなく引き受けたものの、しかしすぐに彼女はそれどころではない事件に巻き込まれることになります。

 さる大店の呉服商で起きた蔵破り……その鮮やかな手口は、数年前に江戸を荒らし回り、忽然と姿を消した伝説の盗賊・疾風の文蔵のそれを思わせるもの。
 内輪揉めの末に仲間一人の死体を残して消えて以来、消息不明だった文蔵が帰ってきたのだとすれば大事と、伝三郎や源七親分、さらに文蔵を執拗に追ってきた老岡っ引き・茂三とともに事件を追うおゆうですが――

 さっそく宇田川の助けを借りて呉服商の蔵破りの真相を解き明かしたおゆうですが、しかしその過程で、彼女は行方不明の猪之吉の指紋が、蔵の鍵から見つかったことを知ることになります。
 指紋のことは伝三郎に明かせぬまま、猪之吉の行方を追うおゆうは、金物細工師だった猪之吉が、賞金千両と評判の根津明昌院の富くじに関わっているらしいことを知るのですが――


 既に3作目ともなれば、設定もキャラクター配置もすっかりお馴染みのものとなった本作。
 そのため……というべきか、タイムトラベルという設定にあまり新味はなくなってきたのは痛し痒しかもしれませんが、しかし捕物帖としての面白さは、これまで以上に増してきた印象があります。

 伝説の盗人による蔵破りを縦糸に、行方不明の職人探しを横糸に、一見関係のなさそうな出来事が、人物が思わぬ繋がりを見せ、そして恐るべき事件の全貌を明らかにする――
 定番と言えば定番ですが、物語が始まって以来、刻一刻と様相を変えていく事件像に、適度に配置されたサスペンスと、時代ミステリとして、最後の最後まで楽しませていただきました。

 もちろん、おゆうの(というか宇田川の?)科学捜査は健在で、今回も事件の核心に迫る手がかりを次々と明らかにしていくのですが……しかし面白いのは、その科学捜査でも、そしてそれを活かすおゆうの推理でも解き明かせないものがあることでしょう。
 それは人の心の内……人が心の中に秘めた思いの存在であります。

 おゆうたちの活躍により、ひとまずの解決を見た事件。
 しかしさらにその先――事件に関わった人々の心の内が明かされていくことにより、どんでん返しのように、見えていたものが変わっていく終盤は、おゆうの謎解き以上に強く印象に残ります。

 特にある人物の述懐により、ある意味おゆうにとっては他人事であったこの江戸という時代、江戸という世界が一気にその姿を変えていく展開など、本作ならではの味付けで、感心させられました。


 もっとも、未だにおゆうに対して心の内を明かさない人物は、彼女の一番近くにいるのですが――
 しかしこれは前作の紹介でも触れましたが、おゆうの秘密が彼にバレたところで、対して問題になるように見えないのはやはり大きな弱点と感じます(そしてその逆もまた同様なのですが)。

 もっとも今回、その辺りもほんの少し変化の兆しが見えるのですが……これが今後の物語にどう影響するのか。こちらも気になるところではあります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.02.06

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻 前代未聞!? 秀衡vs清盛開戦

 宿敵・平清盛を討たんとする源義経と弁慶の物語から、超絶の力を発揮する六韜を持つ者たちの天下を巡る戦いへと飛翔する驚天動地の物語もいよいよクライマックス。義経一行が奥州の藤原秀衡のもとを訪れたのをきっかけに、一気に六韜を持つ者たちの戦いに火蓋が切って落とされることになります。

 かつて都を舞台に展開していった義朝・清盛・秀衡の三人の友情と夢。しかしその三人の関係が後白河院の悪意によって歪められ、壊れていった末にこの物語があることが、前巻では描かれました。
 そしてこの巻の中心となるのはその三人の一人――藤原秀衡であります。

 奥州の莫大な黄金を背景に、都何するものぞの心意気を見せてきた豪放無頼の秀衡。史実同様、義朝の遺児である義経を、そして双子の妹である遮那を庇護してきた秀衡は、二人にとっては頼もしくも温かい「秀じい」だったのですが――
 しかし、秀衡もまた六韜の一つ・虎韜を持つ男。そしてその力は巨大からくりの製造と操作……そう、秀衡は巨大からくり兵団によって平清盛撃滅を企図していたのであります!


 いやはや、史実では上に述べたとおり義経を匿いはしたものの、源平合戦においては静観を保っていた秀衡。しかし本作においては、この国に争いを招く呪いの書・六韜の力に毒され、からくり兵団を用いて因縁の清盛との全面対決に臨むことになります。
 そして秀衡が天下獲りに立ったことで、残る六韜の持ち主も同様に動き出すことに――

 かくて繰り広げられるのは秀衡vs清盛、そして源義仲vs平教経の決戦。後者はともかく、前者は史実が変わってしまう……どころの騒ぎではないのが本作の恐ろしさであります。
 身の丈数丈はあろうかという巨大なからくり兵の力の前に文字通り薙ぎ払われていく平家の兵たち。しかしそこで発揮される清盛の犬韜の真の力。人心を操るものと思われた犬韜の力の極まるところ、操られた者は死をも超えた不死身の亡者と化すのであります。

 すなわち、ここで繰り広げられるのは巨大ロボット軍団vsゾンビ軍団の決戦。今まで色々な源平合戦を読んできましたが、こんなとんでもないものはさすがに初めてであります。

 しかし、前巻で描かれた過去の物語の中で描かれたのが、紛れもなく生身の人間の弱き心であったのと同様に、この地獄絵図の中で消費されていくのもまた、紛れもなく生身の人間たち。
 その地獄にあって、弁慶は、遮那は如何に対するのか……六韜を操る地獄の鬼に対するために、自ら鬼になることは許されるのか。「その力」を持ち、その誘惑に晒されながらも戦い続けてきた弁慶は、一つの決断を下すことになります。

 そしてこれに対するのが、六韜の力を持たぬまま、地獄の鬼の心を持った義経。ある意味この物語の中で全くぶれない男(表面では殊勝なことを言っていても全く当てにならないのはある意味凄い)である彼もまた、ある行動に出るのですが――それがこの物語に如何なる影響を及ぼすのか。

 この第8巻発売時の作者の言によれば、本作はあと2巻……ということは次巻がラストということでしょうか。残された時間は短い中で、如何にこの物語に決着をつけるのか、非情に気になるところです。

 しかしただ一つ、地獄の前では人間はただ鬼となるしかないのか……その答えが示されることには期待したいと思います。


『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻(武村勇治&義凡 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
天威無法-武蔵坊弁慶(8) (ヒーローズコミックス)


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 『天威無法 武蔵坊弁慶』第4巻 二人の過去と求める力、そして真の旅の始まり
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第5巻 激突! 突き抜けた力を持てる者
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第6巻 新たなる六韜、そして頼朝が示す弁慶の道
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第7巻 破天荒なる青春と等身大の人間と

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2017.02.05

吉川景都『鬼を飼う』第2巻 異形の人情譚と骨太の伝奇物語と

 昭和初期の薄暗い時代を舞台に、この世のものならざる「奇獣」の存在を巡り、帝大生・鷹名をはじめとする様々な人々の運命が交錯するユニークな物語の第2巻であります。奇獣商・四王天と、彼と行動を共にする美少女アリスの正体は、鷹名との因縁は……その一端がここで明かされることとなります。

 不思議な美少女・アリスに誘われ、本郷の「四王天鳥獣商」なる店に足を踏み入れた鷹名と友人の司。そこで扱われているのは、通常の鳥獣とは異なる存在――神話や伝説に登場するような妖怪・精霊・神獣の類である「奇獣」でありました。
 鷹名は、そこで主の四王天から「鬼」を飼うのを勧められたのをきっかけに、司とともに奇獣を巡る様々な事件に巻き込まれていくことになります。

 その一方で、東京で頻発する奇獣絡みの事件の頻発に新聞記者が興味を持ち、さらにその背後では奇獣の対処に当たる特高の特殊部隊の暗躍が――


 という基本設定を見れば、なかなかにハードな伝奇物語を想像させられますが、そうした色彩は持ちつつも、それだけに留まらず、本作は同時に様々な顔を見せることになります。
 現在のところ、本作では短編連作的スタイルで奇獣にまつわるエピソードが展開していくのですが、そこで描かれるのは、時に恐ろしく、時に哀しく、そして時に微笑ましく、時にすっとぼけた、バラエティに富んだ物語なのです。

 そもそも、「奇獣」自体がバラエティに富んだ存在。一口に奇獣とまとめられていても、実体を持たぬ存在もいれば、生物としての生態を持つものもおり、自分の意思を持つかも怪しい存在もいれば、あたかも人間のように考え行動する者もいるのですから。
 それだけに奇獣たちにまつわる物語は千差万別。特にこの巻に収録された、間の抜けた化け狐・葛の枝のエピソードなど、むしろ作者が得意としてきた猫や動物もののコメディに通じる楽しさがあります。

 しかしその中で共通するのは、奇獣と人間の関わりであることは間違いありません。その意味で本作は一種の人情もの的側面を持つのですが、その人間たちも、また千差万別であります。
 そして鷹名たちが登場せず、全く別個の登場人物たちが奇獣とか関わるエピソードも少なくなく、彼らと奇獣の関わりもまた本作の魅力であります(特に、大人の粋な女を気取りながらもお人好しさが抜けない女給さんのキャラクターなど実にイイ)。


 そうした物語を描きつつも、本作は次第にそれらを貫く背骨の存在を明らかにしていくこととなります。
 上で述べたように、あまりにも千差万別の存在である「奇獣」。しかし、その奇獣たちに一つの共通点があるとすれば……この巻で描かれる、鷹名の里帰りのエピソードでは、思わぬ形でその秘密が明らかにされることとなります。

 裏世界に通じ、未だに得体の知れぬ存在である四王天。しかしそんな彼と常に行動を共にするアリスもまた、あどけない美少女であるだけに、より一層、得体の知れぬ存在でもあります。
 そんなアリスに懐かれている鷹名が背負った思いもよらぬ過去と因縁……その中身は読んでのお楽しみですが、ここに来て本作のタイトルに、全く別の新たな意味が与えられたことには興奮を隠せません。


 そしてそんな秘密が明かされる一方で、静かに進行していく何者かの思惑。奇獣を狙い、奇獣を用いるその何者かに引き寄せられるように、鷹名と司が、四王天とアリスが、そして特高が新聞記者が、それぞれに動き、そして近づいていく――
 この巻の時点ではまだ決定的なものは見られないものの、いずれ彼らの運命が大きく交錯していくことは必定。その時にこの奇獣を巡る物語がどのような全貌を現すのか?

 奇獣にまつわる、バラエティに富んだ異形の人情譚と、謎と秘密に彩られた骨太の伝奇物語と……そのどちらの顔も魅力的で、どちらの顔も気になる物語であります。


『鬼を飼う』第2巻(吉川景都 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
鬼を飼う 2巻 (ヤングキングコミックス)


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2017.02.04

上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

 今や大人気作家となった上田秀人の2番目のシリーズ……それが吉原を舞台に青年剣士の愛と戦いを描いた『織江緋之介見参』であります。その第1弾である本作は以前取り上げていますが、少し前に新装版が刊行され、何よりも現在森田信吾が漫画版を連載中ということで、もう一度取り上げたいと思います。

 ある日ふらりと御免色里・吉原に現れ、おもむろに慶長大判を取り出して登楼を望んだかと思えば、名妓と同衾しても指一本触れず、そして恐るべき剣技を持つ青年剣士。
 名を問われれば、「織江緋之介」と明らかに偽名で答えるこの青年剣士が本作の主人公であります。

 吉原でも屈指の歴史を持つ遊女屋・いづやの主・総兵衛に気に入られて仮寓することになった緋之介ですが、しかし彼の周囲には常に剣難あり。
 幾度となく彼を襲撃する刺客の群れは、いづやにも襲いかかるのですが……しかし、刺客に狙われているのは彼だけではなく、いづやそのものも狙われていたのであります。

 何故緋之介は刺客に襲われるのか。彼の過去に何があり、何故吉原に現れたのか。そしてまた、いづやを狙うのは何者なのか……絡み合う二つの謎に、緋之介を巡る三人の美女、繰り広げられる幾多の死闘。その果てに物語は意外な結末を迎えることになります。


 私は本作の旧版を発表時に手に取り、このブログでも紹介しているのですが、今回再読したのはほぼその時以来――実に13年ぶりであります。そのため大筋はもちろん憶えていたものの、細かい部分は記憶が薄れていたところも多く、新鮮な気分で……いや、大いに楽しみ、テンションを上げながら読むことができました。

 何より、剣豪小説として実に本作は面白い。純粋に剣戟シーンの完成度もありますが、それ以上に、緋之介の正体と過去――そしてそれはそのまま彼が狙われる理由に繋がるわけですが――が、剣豪小説として、そして伝奇小説として実に盛り上がる内容なのであります。(何しろ、緋之介は、ライバルとして描かれることも少なくない○○○○流と○○○○流のハイブリッドであるわけで……)

 そこにさらに、吉原に関わる一大秘事が絡むのですから、面白くならないはずがありません。そしてその秘事だけでも十二分に伝奇的なところに、ラストにはあの大事件が……ときて、もう夢中でラストまで一気に読まされてしまったのです。


 そしてその一方で、逆にじっくりと味わうことができたのは、緋之介の成長を巡る物語……というより、緋之介を巡る三人の女性に関する物語であります。
 いづや、いや吉原きっての名妓である御影太夫、その妹女郎であり緋之介の世話係の桔梗、そして緋之介の許嫁である織江――いずれも極めつけの美女であることは間違いありませんが、しかし美しいだけでは終わらないのが本作であります。

 それぞれに複雑な過去を背負った三人、特に吉原という天国と地獄が隣り合った世界に暮らす御影太夫と桔梗が、緋之介に触れて何を想い、そしてどこが変わっていったのか……
 本作の陰の主人公とも言える彼女たちの想いの発露が描かれる場面は、時に剣戟シーン以上に、こちらの胸を打つのであります。そしてその想いに触れた緋之介の姿もまた。


 そしてもう一つ印象に残るのは――これは今だからこその感慨ですが――その後の、現在の作者の作品とのテンポの違いであります。

 シリーズ最終巻『終焉の太刀』新装版の作者あとがきによれば、この『悲恋の太刀』はまさしく背水の陣で描かれた作品、シリーズ化どころか発表できるかもギリギリの状況だったとのこと。
 そのような背景の作品と、長期シリーズ(が前提となっている)作品を並べるのはナンセンスかもしれませんが、しかしやはり、そこには自ずと違いが……それも想像以上に大きく現れるものだな、という印象があります。

 そしてこうした本作もまた、上で触れた『終焉の太刀』に至るまで、全7巻のシリーズに発展していくことになります。
 その中で本作にあったものが、どのように受け継がれ、どのように変わっていったのか……この先も、新装版で確認してみたいという気持ちが強くあります。


 もう一つ、森田信吾の漫画版が、展開は忠実ながら台詞回しは完全に森田節なのを確認したのも、まず収穫といえば収穫であります(こちらはこちらで単行本化を心待ちにしている次第)。

『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版)(上田秀人 徳間文庫) Amazon
悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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2017.02.03

『風雲ライオン丸』 第4話「シトシト爆弾を守れ!」

 強大な威力を持つシトシト爆弾の秘法書を瀕死の男から預けられた豹馬。その行方を追うシャゴンは獅子丸が持ち主だと思い襲いかかる。一方、志乃と三吉と行動を共にする豹馬だが、三吉は秘法書を読み解いて爆弾を作り上げてしまう。そこに襲いかかるシャゴン。獅子丸も駆けつけ、決戦が始まる。

 この爆弾があれば天下を取ることも夢ではないというシトシト爆弾のデモンストレーションを行い、それを見ていた三人の男たちにアバウトに爆弾の残り与える老人(そのままフェードアウト)。しかしその爆弾を狙うマントル一族はシャゴンを派遣、男たちは地虫忍者に殺され、瀕死の一人が近くにいた深編笠の男に秘法書を預けるのですが……それが豹馬。何故か椿を咥えていた豹馬は襲いかかってきた地虫を一掃して去るのでした。

 一方、旅を続ける志乃と三吉ですが、二人の馬車を狙う怪人シャゴン……と思いきや、彼が待ち受けていたのは秘法書を持つ豹馬。のんびり立ち小便する三吉に、早く行けと焦るシャゴンというのは、本作には珍しいギャグシーンかもしれません。
 ようやく豹馬がやって来たものの、さらに獅子丸もやってきたのでシャゴンはどちらが標的か混乱。両方とも殺せと言いだし、地虫は豹馬を、シャゴンは獅子丸を追うことになります。ちなみにこの時の獅子丸、流れ星が落ちたところに怪人の巣がある……というナレーションとともに馬を走らせていたのですが、そんな設定初めて知りました。

 そして獅子丸をライフルで狙撃するシャゴンですが全然当たらず。ファニングで連射するものの(ライフルでできるのかしら……)、投げられたマントに気を取られた隙に手裏剣を撃たれて銃を取り落とし、さらに秘法書のことを勝手に喋ってしまう体たらく。獅子丸を若造呼ばわりしますが、赤い煙とともに消える姿は何とも格好悪い――
 一方、豹馬の方は志乃たちの馬車と出くわしますが、三吉は彼をあいつ呼ばわり。あいつじゃわからないという志乃ですが、冷静に考えてみれば豹馬は二人に名乗っていなかったかも。いずれにせよ、豹馬を冷たい目で見る二人は、彼からの用心棒の申し出をあっさり拒否します。

 と、馬車の行く先に大きな岩が。岩をどけようと手を貸す豹馬ですが、その間に彼が脇に置いた秘法書に三吉が興味を持ちます。漢字が羅列されている秘法書をまたたく解読し、試作を始めた三吉、豹馬たちの力でも動かせない大岩に爆弾を投げつけると、時間差で大爆発! ……三吉が一番凄い。
 と、そこに何者かの気配を感じた豹馬は二人を徒歩で先に行かせますが、周囲を謎の虚無僧たちが取り囲みますが、もちろんその正体は地虫たちであります。変身し、そこに現れたシャゴンの射撃も軽々と躱す豹馬ですが……着地したはずが落とし穴に転落。捕らえた豹馬の始末を任せてシャゴンは消えます。

 さて、地虫に見つかって追われる二人は、爆弾を投げながら逃げますが、その前にシャゴンが出現。そこに駆けつけた獅子丸は、鞭を使って試作品を奪いますが、テレポートしたシャゴンが再び奪取。今度は爆弾を投げつけてくるシャゴンの前に、動くに動けなくなってしまいます。
 と、そこに地虫をあっさり片付けてやってきた豹馬は、志乃と三吉に先に行こうと薄情なことを言い出しますが、もちろん二人が同意するはずもありません。怖いのね、と言われても動じず、金になるなら何でもするというゲスっぷりを見せる豹馬に、金を渡す志乃。そこで初めて変身した豹馬が攻撃を引きつけている隙に獅子丸は脱出、豹馬は地虫を相手にするとあくまでも省エネ野郎です。

 それはさておき変身のチャンスを得た獅子丸は、その勢いでシャゴンの手の爆弾をキックで叩き落としつつ名乗り! 刀を手にライオン丸に挑むシャゴンですが、だいぶ様になってきたクレーン吊りの末にばっさりとやられるのでした。
 そしてそのまま獅子丸が去って行き物語は幕……第2話の軍資金といい、シトシト爆弾の行方は一体(たぶんこの先も語られない)。


 女子供に嫌われても動じず、あくまでも金を求める豹馬の銭ゲバっぷりが印象に残る今回。普通だったらラストバトルで渋々無償で動くかと思いきや、本当に金をもらって初めて動くという展開は地味に強烈で、金を渡す志乃といい、本当にドライな世界です。しかしマントル殺すマンの獅子丸よりも人間臭くて魅力的に見えてしまうのもどうか……


今回のマントル怪人
シャゴン

 シトシト爆弾の製法を記した秘法書を追う怪人。ライフルを武器とし、赤い煙となって姿を消す。尊大な態度の割にはあまりに強くなく、ラストの一騎打ちでもあっさりと倒される。冷静に考えたらシャコというよりエビっぽいビジュアル。


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2017.02.02

皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険

 超古代文明の遺産である本と魔導器を手にした少年・ダンテ(実は若き日の○○○○)が繰り広げる奇想天外な冒険を描く海洋冒険伝奇漫画の第2巻であります。正式に英国海軍の士官候補生となったダンテが向かうのはインド。そこでじゃじゃ馬未亡人を連れ帰る任務に就いたダンテの前に思わぬ敵が――

 「生命」の書を巡る南極での冒険の最中に行動を共にした英国海軍の人々に惹かれ、自らも海軍を志願したダンテ。パトリックとダミアン、同年代の友人もできた彼の乗る船は、インドに向かうこととなります。
 航海の目的は、現地の大富豪と結婚したイギリス人女性・フランシス・ニズベット(ファニー)嬢を連れて帰ること。ヒンドゥー教の「サティー(寡婦殉死)」……夫が死んだ際に、妻がその亡骸と共に焼かれるという儀式から、彼女を救出することが目的なのですが――

 しかしそこで待ち受けるのは、執拗にファニーをサティーにかけようとする教徒たち。町中の人々を敵に回すこととなったダンテたちですが、ファニーまでイギリスに帰ることを拒み、ダンテは思わぬ苦闘を強いられることになります。

 さらに海からダンテたちの船に予想もしなかった脅威が迫ります。何と百年前に処刑されたはずの海賊キャプテン・キッドとその不死の兵たちが襲ってきたのであります。
 書を狙うゾンビ海賊を退け、そしてファニーを連れてダンテは無事帰還することができるのか――


 というわけで、設定の紹介編的な第1巻に続くこの巻では、いよいよ海に出た主人公が繰り広げる大冒険……という、実にワクワクさせられる展開。
 何しろ後の○○○○提督だけに、海に出るのは当然と言うべきかもしれませんが、そこで繰り広げられるのは、貴婦人(?)救出という古式ゆかしい冒険活劇に加え、死から甦った大海賊を向こうに回してのバトルなのですから、盛り上がらないはずがありません。

 ダンテの持つ書「要素」と魔導器の能力――この世界を構成する分子を自らの意志で組み替え、物理的な力に変えるという能力。
 これは彼の体の一部を触媒に使うとはいえほとんど万能であるだけに、主人公無双となるのでは、という不安もありましたが、それはもちろん杞憂。

 ダンテが海軍という組織に加わり、共に戦う仲間ができたことで、その能力を使うのにいい意味で制限がかかった(使わずに切り抜けることが可能となった)ことが、物語にとってはポジティブに作用していると感じます。

 そして興味深いのは今回の舞台。インドという(イギリスにとっての)異境は、この時代を舞台としたフィクションではしばしば登場しますが、サティーという風習を中心に据えているのが印象に残ります。

 実際にはこの当時は既に廃れかけていた風習とのことですが(そしてそれは作中でも語られるのですが)、何故周囲がそれに拘るのかという点で一ひねりあるのが面白い。
 そしてそれが、単純に現地の人々だけを、あるいは西洋人だけ悪人としない作劇に繋がっていくのも巧みであります。

 しかし何よりも面白いのは、救い出すべきファニー自身がサティーを望んでいるという設定でしょう。もちろん単なる自殺願望ではなく、そこには彼女なりの深い理由があるのですが……そこから逆にダンテとの心の絆が生まれるというのが、実にイイのです。
 実はサティーからヒロインを助けて……というのは、『八十日間世界一周』のオマージュではないかなあと思うのですが、しかし見事な換骨奪胎と言うべきでしょう。

 そしてこの巻のラストでダンテたちが取る行動も、如何にも少年らしい正義感と無鉄砲さがあって、実に爽快、痛快。さらにここで史実を見れば、思わずニヤニヤさせられてしまうのであります。

 この巻では登場しないのかな、と思わされたライバル・ナポリオもまたとんでもない形で登場、二人の微妙な距離感も楽しく、少年漫画の王道を往く冒険活劇として(作者の作品の中でも最も「冒険」の語が相応しい作品ではないでしょうか?)大いに楽しませていただきました。


 しかし「敵」が手にした力はある意味無尽蔵。ラストで登場する次なる敵は、ある意味海賊の元祖というべき存在だけに、一筋縄でいくはずもありません。
 ダンテが、ナポリオが、仲間たちがこの強敵に如何に立ち向かうのか、そして如何なる冒険が待ち受けているのか……第3巻が待ち遠しいのです。


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2017.02.01

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻 三人目の九頭竜が選んだ道

 石ノ森章太郎の原作漫画を宮川輝がアレンジする本作もこの第3巻でついに完結。母の仇を捜す買厄人・九頭竜の旅は思いも寄らぬ方向に進み、九頭の竜の前金物に秘められた莫大な黄金を巡る争いに巻き込まれることに。そして死闘の果てに彼を待つものとは――

 表の顔は薬売り=売薬人、そして裏の顔は金で厄介事を始末する買厄人・九頭竜。幼い頃に母を殺した下手人を追う彼は、母が残した前金物を手がかりに旅から旅を続ける中、ついに下手人の正体を知ることになります。
 それは自分を拾い、育て上げた養父とその仲間たち――謎の行者姿の一団。長きに渡りこの国の歴史の陰で戦いを繰り広げてきた二つの勢力の一つに属する彼らは、その軍資金として隠し金山から莫大な黄金を掘り出し、それに関わった者たちを皆殺しにしたというのであります。

 そしてその黄金の隠し場所が記されたのが、全部で九枚存在する前金物。九頭竜は残る仇を追い、真実を確かめるため、残りの前金物を追うのですが……その前に現れたのは、武田家の残党・天涯法師率いる一団。そして行者たちの配下である謎の女・蛇姫でありました。
 かくて九頭竜の旅は、復讐行から、思わぬ三つ巴の秘宝争奪戦へと変わることに――


 これまで描写の少々の違いこそあれ、原作をほぼ忠実に追ってきた本作。この最終巻で描かれるのは、その原作の中盤から終盤からの物語なのですが……物語が進むにつれ、その内容は、やはり原作を踏まえつつも、しかし大きくその方向性を変えていくこととなります。

 九頭竜とその配下、天涯法師一味、そして行者たちと蛇姫……三派が各地で繰り広げる壮絶な血闘の数々。その最中で変わっていく九頭竜と蛇姫の関係性。そして訪れる別れと秘宝の真実――
 その多くは原作通りでありながら、本作が迎えるのは、ある意味原作とは正反対の結末。冷静に考えれば原作では曖昧なままであった部分に答えを示したのはさておき、全く異なる結末の味わいには、原作ファンからは賛否が分かれるかもしれません。

 ……が、私はこの結末を大いに気に入っています。


 以前にも紹介していますが、本作は、実はさいとう・たかをによるリライト『買厄人九頭竜』に続く二番目のリライト。その意味では、本作の九頭竜は、三人目の九頭竜と言うことができるでしょう。
 そして過去の二人の九頭竜は、出会う真実はほぼ同じだったとしても、その選んだ道、辿った運命は、また大きく異なるものでした。

 その結末について詳細に述べることは避けますが、一人目の九頭竜はその運命に飲み込まれ(あるいは殉じ)、二人目の九頭竜はその運命を投げ出した……そう表することができるのではないかと思います。
 それに対して本作の九頭竜、三人目の九頭竜は、その運命を自ら切り開いたと言うべきでしょうか。己を苦しめ、翻弄してきた運命の真実を知ってもなお、それを受け止め、そして前向きに歩き出す――それが本作の九頭竜の選んだ道なのです。

 繰り返しになりますが、この結末に違和感を感じる方はいても不思議ではありません。しかしあくまでも本作は三人目の九頭竜の物語であり、ようやく「九頭竜」は未来を手にしたのだと――最終回、あまりにも意外なゲスト(カメオ)の登場を通じて、私は感じられたのです。
(そして、原作終盤では薄れがちであった「買厄人」という要素を思わぬ形で甦らせたラストも心憎い)


 「邀撃」で描かれる天涯法師とその息子の辿る結末、「逮夜」冒頭で描かれる卑小な人間に対する自然の巨大さなど、描写の面でも印象に残り、唸らされることも少なくなかった本作。
 まずは大団円を迎えた作品として、私は満足しております。


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