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2017.02.13

高井忍『蜃気楼の王国』(その三) 我々の住む国、我々の生きる時間の物語

 高井忍が稗史・偽史の中に浮かび上がる「国」の姿を鋭く浮き彫りにしていく時代ミステリ短編集の紹介その三です。最後に収められた作品は本書の表題作にして、本書が語り続けてきたものを象徴するような物語であります。

『蜃気楼の王国』
 あまりにも有名なペリーの日本来航。しかしペリーは同時に琉球に対しても修好条約の締結を要求していました。日本同様、琉球にも一年後の再来を期したペリーは、琉球に水兵を残していたのですが……その水兵が、琉球の人々に殺されるという事件が本作では描かれることになります。

 本作の主人公となるのは、ハンガリー出身のイギリス人宣教師ベッテルハイム――ペリーの琉球来航の十年近く前に琉球を訪れ、以来布教に努めていた実在の人物であります。
 当時キリスト教を禁教していた琉球王国との対応に苦慮しながらも、琉球の人々と共に暮らし、親しまれたベッテルハイム。この地で娘も生まれた彼が巻き込まれたのが、件の事件だったのです。

 泥酔した水兵の一人が、琉球人の家に押し入り、女性に乱暴しようとしたことから、怒った人々に追われ、頭を石で殴られた末に、溺死しているのが発見された……
 この微妙な時期に致命的とも言える事件の検死に当たり、一つの疑念を抱くベッテルハイム。しかし事件は彼自身の身にも関わる顔を見せることに――

 米兵による婦女暴行(未遂)という、尖った題材を中心と据えた本作。これが実は実際に起きた事件というのには驚かされますが、本作はそこに幾重にも意味を見出す形で、独自の物語を描き出します。
 物語の核心に触れるため、詳細は触れませんが、結末に浮かび上がるもう一つの差別と偏見の構造も含め、事件の謎以上に、そこに関わる人々の心の在り方は、深く心に残ります。

 ……しかし本作で真に驚くべきは、結末でベッテルハイムが知ることとなるもう一つの真実であります。
 そのある意味空前絶後のスケールの「替え玉」トリックに愕然とさせられると同時に、そこから浮かび上がる本作のタイトルに込められたもの、ベッテルハイムらの想いを全て飲み込んで浮かび上がるものの巨大さ・空虚さに、索漠たる想いを抱かざるを得ません。


 ……ここまで、本書に収録されてきた全五話を一話一話紹介させていただきました。

 これまで何度も申し上げたとおり、各話は直接には関係しない、完全に独立した内容となっています。しかしそこで描かれるものは、偽史・稗史を通じて、国という存在のあり方を描くという点で、通底していたと言うことができます。

 もちろんここで描かれたものはいずれも作者の空想……という言い方が良くなければフィクションの物語であります。
 しかしこの中に仮託されたもの、特に琉球と中国の関係に仮託されたものが何を指すか――それは明らかでしょう。最後の作品のタイトルであり、本書のタイトルでもある「蜃気楼の王国」が真に何を指すのかも。

 その意味では紛れもなく本作は、我々の住む国、我々の生きる時間の物語であると言えるのです。


 ここからは個人的な話となりますが、僕は時折、「伝奇」(「稗史」とかなりの部分でイコールかもしれません)と「偽史」の違いについて考えてきました。

 「史実」の陰に隠れた、それとは異なる「もう一つの真実」を描く歴史……その点では共通する両者は、しかしその動機、意図において明確に異なると……そう僕は考えます。
 伝奇があくまでもその「真実」を物語の枠の中で描く一方で、偽史はその「真実」こそが真の歴史であると語ること……その点が両者の決定的な相違点と言えるのではないか、と。

 もちろん、その出発点は共に等しいものでしょう。本書で繰り返し描かれてきたように、人々の願い――歴史の真実の姿はこうあって欲しいという思いが、こうしたもう一つの歴史を生み出すのです。
 しかしそれを物語として、一時の楽しい空想という慰めとして終わらせることと、こちらこそが本物であると史実を塗り替えようとすることは同じではありません。少なくとも伝奇は、その基礎となる確かな史実があってこそ成立するものなのですから。

 僕はあくまでも伝奇を愛し、追いかけていきたい……本書を読んで、その想いを新たにした次第です。


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蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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