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2017.02.24

谷口ジロー『柳生秘帖 柳生十兵衛 風の抄』 名手が描いた時代活劇

 先日、惜しまれながらもこの世を去った谷口ジローが描いた数少ない時代活劇の一つが本作。柳生十兵衛を主人公に、幕府の存在にも関わる秘文「風の抄」と、天下を巡る争いを描いた物語であります。以前文庫化の際にも取り上げましたが、その際は触り程度の紹介だったため、改めて紹介させていただきます。

 柳生の菩提寺・芳徳寺を襲撃し、本尊の中に隠された「風の抄」を強奪した謎の一団。急報を受けた父・宗矩から派遣された十兵衛は、その背後に後水尾上皇の存在を知ることになります。

 皇位にあった頃から幕府と熾烈な対立を続けてきた上皇。幕府の存立に関わる秘事が記された風の抄を手にした彼は、都を脱出すると、各地の有力大名、そして様々な階層の人々に檄を飛ばし、幕府との戦いを呼びかけます。
 一歩間違えればこの国を二分する大戦となりかねぬ中、十兵衛は上皇方の怪剣士・夜叉麿と、幾度となく死闘を繰り広げることに――


 明治時代、隠居して久しい勝海舟が、自分の江戸城無血開城と幕府瓦解にまつわる秘話を語り始める……という、何とも気になる冒頭から始まる本作。

 正直に申し上げれば、古山寛の原作によるストーリー展開自体はかなりオーソドックスと申しましょうか、裏柳生や八瀬童子といったガジェットも、時代伝奇ものとしては見慣れたものが多く用いられています。
 その意味では物語的にそこまで意外性に富んだものではないのですが、しかしそれは面白くないということとイコールなどでは、もちろんありません。

 十兵衛の前に次々と現れる、夜叉麿をはじめとする強敵との対決。京を脱出し、後醍醐帝をなぞらえるように吉野に篭もった上皇一派との戦。そして風の抄に隠された意外な家康の言葉――本作には伝奇時代活劇として描かれるべきものがきっちりと描かれています。


 しかし本作の最大の魅力が、谷口ジローによる絵の力にあることは言うまでもありません。

 作者一流の緻密な情景描写は様々に舞台を変えて繰り広げられる戦いを巧みに彩って飽きさせませんが、何よりも印象に残るのは、時代劇最大の見所――剣戟シーンであります。

 柳生新陰流をはじめとして、作中に次々と登場する登場する様々な武器や武術、剣術流派。その丹念な描写は、格闘描写にも定評のあった作者らしいものと言えるでしょう。
 特に十兵衛のライバルとなる夜叉麿の、古代剣法とも言うべき独特の技の描写は、本作ならではとしか言いようがありません。

 そしてこうした武術・剣術描写の頂点が、ラストに描かれる十兵衛の活人剣であります。一見奇妙に見えるその技の動きに説得力を与え、そしてその中に十兵衛の「思想」を見せる――そしてその境地に至るまでの心の遍歴が、そのまま本作の物語に重なるクライマックスには、何度読んでも唸らされるのです。


 「風の抄」の正体の一部はかなり早い段階でわかってしまいますし、残る部分も蓋を開けてみれば……という印象はあり、ちょっと勿体ない部分はあるものの、再読でも十分以上に楽しめた本作。

 作者の作品の中ではあまり知名度の高い部類ではないかと思いますが、しかし、不世出の漫画家は時代活劇においても確かな実力を有していたことがよくわかる佳品です。


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