高井忍『蜃気楼の王国』(その二) 二つの古典に秘められた想い
高井忍が稗史・偽史を題材に描く時代ミステリ短編集の紹介その二であります。その一で紹介した二編同様、いやそれ以上にこちらも挑戦的な、挑発的な内容であります。
『雨月物語だみことば』
京で次々と起きる、謎の侍たちによる怪事件。それが近頃評判の読本『雨月物語』の各話の見立てとなっていることに気付いた大坂で医者を営む主人公。かつて国学を学んだ師である加藤宇万伎とともに事件を追う彼が知った犯人たちの意外な思惑とは――
という本作は、本書に収録された作品の中ではほとんど唯一、琉球には直接関わらない物語です。ですが、しかしその根底に存在するのは、他の作品に通底する、作者の偽史への眼差しなのであります。
今なおその名を残す『雨月物語』の各話に登場する地名、登場する事物・人物をモチーフとした見立てを続ける一味を追うという、時代ミステリとしても非常にユニークな本作ですが、主人公の探索の果てに浮かび上がるのは、本居宣長とその弟子たちの存在。
「古事記」や「源氏物語」を独自の立場から解釈し、国学四大人の一人とも言われる宣長ですが……しかし本作で描かれるのは、神代の世界をそのまま受け取り、そして我が国独自の文化を最古最高のものとして他国のそれの上に置く、ファナティックな思想家としての姿であります。
そんな宣長像は、決して本作独自の、偏った見方とばかりは言えないものがあるですが……そんな宣長と、そして彼以上に狂信的に日本の素晴らしさを説く弟子たちの姿に、一種の既視感を覚えるのは、決してうがった見方ではないでしょう。
そしてそんな彼らに対して、『雨月物語』が用意していた最大のカウンターとは……いやはや、このような読み方があったか! と、驚き呆れるばかり。いやはや、作者は恐ろしいことを考えるものです。
ちなみに本作、文学史の知識がある方であれば、冒頭から「おや?」という描写があるのですが――これも一種の叙述トリックと言うべきでしょうか。この点もまた、時代ミステリとしての本作の面白さでしょう。
『槐説弓張月』
タイトルから察せられるとおり、本作は冒頭の『琉球王の陵』において描かれた為朝の琉球渡航伝説が人口に膾炙するきっかけともいえる、滝沢馬琴の『椿説弓張月』を巡る物語。
馬琴の死をきっかけに、実は八犬伝の大ファンであった将軍家慶に対し、腹心である遠山景元(金四郎)が、在りし日の馬琴との出会いを語る……というユニークなスタイルの作品です。
まだ放蕩生活を送っていた頃、女郎に蛸をけしかけたことで袋叩きにあっていた老人(この時のメタな言い草が実に楽しい)を助けた金四郎。金四郎が弓張月のファンであることを知った老人が彼を誘った先は、飯田町の馬琴邸でありました。
そこで金四郎は、弓張月の製作秘話を聞くことになって……というのが本作の趣向であります。
いわば作者による一種ストレートな弓張月解題である本作は、本書に収録された作品の中ではある意味異色の内容ではあります。しかしそこで語られる内容は、他の作品とは遜色のないほど刺激的であることは言うまでもありません。
弓張月以前からも存在した為朝の琉球渡航説。金四郎が教えられるのは、その「真実」――そもそも為朝なのは何故か、そして為朝を琉球に渡らせたのは誰なのか……
つまりはホワイダニット、フーダニットの問題として、本作は『琉球王の陵』とは別の視点から、為朝という特異な立ち位置の(そしてここで前作との接点が生じているのですが)英雄伝説を捉え直すのであります。
そこに浮かび上がるのは、琉球の庶民の、そして為政者の切なる願いであり……それは同時に、国は如何に在るべきか、という点に繋がっていくことを、本作は明らかにしていきます。
そしてそこで描かれるのはもちろん、国を守るために周囲の強国に追従し、しかしその強国に翻弄され続けた琉球独自の物語ではありますが……しかしその立場にあるのは琉球だけではないことを、今の我々は知っています。いや、知るべきなのでしょう。
と、非常に尖った切り込みを見せつつも、前作同様、途中で感じた些細な違和感が、ラストのどんでん返しを招くのが実に楽しい。
いやはや、ここまでシリアスにしておいてこのオチか! と言いたくなるようなすっとぼけた結末には脱帽であります。
あともう一回、続きます。
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