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2017.03.13

大西実生子『僕僕先生』第3巻 世界の有り様、世界の広大さを描いて

 美少女仙人・僕僕とニート青年・王弁が広大な天地を旅する姿を描く漫画版『僕僕先生』もこれで第3巻。原作小説の方はラスト直前ですが、こちらの方も、のんびりと、しかし着実に物語の終わりに向かっています。

 僕僕に誘われるまま、当てどない(ように見える)旅へと出た王弁。長安の王宮での冒険を経て北方に向かった二人は、そこでどうみても駄馬にしか見えぬ天馬・吉良を手に入れ、なおも旅を続けます。
 そして二人が向かったのはなんとこの星から遠く離れた天の向こうの星星の世界。そこで僕僕とはぐれ、この世界の創造主たる帝江と出会った王弁ですが、吉良ともども、恐るべき「闇」である渾沌に飲み込まれることになります。

 悪意ある闇とも言うべき渾沌の中は、文目も分かぬという表現では生ぬるすぎるような真の暗闇、そこで正気を失ったものは渾沌に溶け込んでしまうという、恐るべき存在であります。
 どうにか吉良と出会った王弁ですが、しかし星星を渡るほどの吉良の脚力でも抜け出せぬほど、渾沌の中は果てがなく――

 というわけで文字通り神話クラスの存在に出会って大ピンチの王弁。それも中国の始原神話に登場するほどの存在ですから、凡人たる彼の手に余るというレベルではないのですが……しかしここで渾沌にまつわる過去の逸話を吉良から聞いた彼のリアクションが、実に彼らしくも微笑ましい。
 神話の中の神に対して、自分たち人間と同様のリアクションを想像してしまうのは、彼の凡人たる所以かもしれませんが、しかしそれは裏を返せば、彼が人間とそれ以外を分かたないということでもあります。

 そんな王弁の一種のおおらかさは、この先の物語に大きな意味を持つのですが……それはさておき。

 何とか元の世界に戻り、僕僕と再会した王弁(この辺りの何ともこそばゆい僕僕とのやりとりがまた実にイイ)ですが、次に彼らを待っていたのは、蝗害という大いなる災い。天を覆うほど大発生し山東地方を襲う蝗を、自らの力を貸して追い払おうとする僕僕ですが、しかしここで人間の側に意外な動きが起きることに――


 原作第1巻の漫画化である本作も、この第3巻で後半部分に入り、冒頭に述べたとおり王弁の旅も終盤にさしかかってきました。
 ここで描かれる物語は、基本的に原作のそれを大きく離れたものではなく、原作に忠実な漫画化ではあるのですが、しかしそこで示される絵が、これまで同様、これが本当に素晴らしいのであります。

 それは僕僕や王弁たちのキャラクター描写の妙にも表れていることは言うまでもないのですが、しかしこの第3巻で改めて感じ入ったのは、この物語の中で描かれる世界の広大さを見事に絵として表している点なのです。

 その広大さとは、渾沌に代表されるような中国の神仙世界の野放図とも言えるほどの壮大さに代表されるものですが、しかしそこにのみあるものではありません。
 それは、王弁が旅の途中で出会う様々な人々、各地の文化といったなどに示されるものであり、そして王弁の隣で謎めいた態度を見せる僕僕の心の中にもあるもの……一人の人間では到底全てを知ることがかなわないような一種の多様性であり、不可解さであります。

 思えば本作は、王弁から見た、世界の有り様というものを描く物語でした。引きこもりのニートであった彼が、僕僕という他者と出会い、その導きで外の世界を知る……その過程を描く物語であります。
 だとすれば、その彼が知ることになる世界を克明に絵として描くことが、その世界の広大さを、我々読者に示すことこそが、大げさに言えばこの漫画版の使命でしょう。そして本作は、それに見事に成功していると感じます。

 我々はこの漫画を通じて、僕僕が王弁に見せようとしているものを、同時に見ているのだと、そんな想いを抱かせるほどに――


 しかしその世界に存在するものは、決して我々に、彼らに好意的なものばかりではありません。
 この巻のラストで描かれたものは、そんな不穏なものの到来を予感させるものですが……さてそれが王弁と僕僕の旅の果てに何をもたらすのか。

 おそらくは次の巻で完結となるであろうこの漫画版がその果てに描くものを楽しみにしましょう。


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