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2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


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