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2017.05.26

北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり

 なおも続く南宋と金、岳飛と兀朮の全面衝突。兀朮を追い北進を続ける岳飛と、迎え撃つ兀朮の決戦の末に待つものは――。そして梁山泊でも、一つの時代の終わりを告げる出来事が起きることになります。

 兀朮の指揮下に南進してきた金軍三十万を迎え撃つこととなった岳飛率いる南宋軍二十万。機動力で勝る金軍の騎馬隊に対し、岳飛は地に伏せた歩兵の長刀による攻撃で反撃、金に大打撃を与えることに成功します。
 そして中原の漢民族を解放するため、北方に引いていく兀朮を追う岳飛ですが、これは同時に危険な賭けでもあります。かつての宋国領といえど今は敵地において、兵站もままならぬ中、戦いを続けることとなるのですから。

 そして互いに相手を倒してこそ勝利があると思い定めた岳飛と兀朮は、それぞれ数万にまで軍を減らし、ほぼ互角の条件下で真っ向からの勝負を挑むことに……


 前巻から、いつ果てるともなく続く岳飛と兀朮の死闘。冷静に考えれば単行本にして一冊程度なのですが、とにかく戦いまた戦いの連続は凄まじい密度、作中の羅辰や??律のように、見ているだけで魅入られ、力をすり減らしてしまいそうな戦いが続きます。
 そしてそれでも戦いを止めぬ二人は、数万の軍を率いながらも、ほとんど一騎打ち、それも素っ裸で正面から殴り合うような戦いを続けるのですが――いやはやこのくだりは、『岳飛伝』でも名勝負の一つに数えられるであろう凄まじい戦いであります。

 しかし如何なる戦いにも終わりはあります。そして如何なる戦いも、始めるより終わらせるのが難しいのですが――南宋、金の両陣営とも「その後」に向けて戦いの最中から動き出し、そして岳飛はその動きに絡め取られて苦しむことになります。

 この彼の悩み・苦しみは、戦いを求める個人である戦人と、組織の一員である軍人の間のジレンマと言えるでしょう。戦いの最中に陣を訪れた宣凱に戦いの後のことを問われて、正直に自分にはわからんと言ってしまう岳飛にとっては、それはある意味兀朮以上の強敵かもしれません。
 そして似た者同士であっても、王族であるためか、兀朮の方がこうした状況を素直に受け入れているのが興味深く、また、かつてその状況に飲まれてしまった老いたる禁軍総帥・劉光世の岳飛への言葉もまた熱いのですが……


 そんな岳飛の悩みは、史実の上での彼の運命に繋がっていくことになるのですがそれはさておき、一方の梁山泊サイドは、ひたすら自由に、そしてひたすら壮大に、活動を広げていくことになります。
 海を越え、藤原氏の治める奥州を訪れた張朔。西遼フスオルドに向かい、西方の部族の平定を任された韓成。秦容は南方で甘庶糖を生み出すために悪戦苦闘し、王清は振られた末に変に達観して放浪し……

 梁山泊を離れ、それぞれの生を生きる二世世代たち。一人一人が物語の主人公として活躍(流されてるだけの人間もいますが――)する姿は、実に魅力的であり、これまでになかった新たな梁山泊の姿を感じさせてくれます。
 個人的には、家庭に倦んで仕事に逃げた韓成が、今まで梁山泊の人間には見られなかった形で人間性を顕わにする姿に、大いに心動かされた次第です。


 そして、若者たちが表舞台に躍り出る一方で、舞台から退場していく者もいます。それは呉用――楊令亡き後の頭領として、敢えて無為の姿を見せることで新たな梁山泊の在り方を提示した呉用が、この巻においてついにこの世を去ることになります。

 既に残すところ数えるほどしか残っていない初代梁山泊の生き残りであり、その中でも首脳陣の一人として色々な意味で活躍してきた呉用の最期は、一つの時代の終わりと言っても過言ではないでしょう。

 既に相当の老齢となり、この数巻は床に伏した姿で登場していた呉用。それでいて核心に迫ったような言葉を残してきた彼は、その後継者たる宣凱に対し最期の言葉を残すことになります。

 幾つかあるその言葉はいずれも印象的ですが、個人的に特に心に残ったのは、「心に梁山泊がある者が、梁山泊を作る」という言葉であります。
 上で述べた、場所としての梁山泊を離れて生きる若者たちの有り様を指し示したが如きこの言葉は、あるいは本作のたどり着くところを示しているのではないか――そんなことすら感じさせるではありませんか。

 そしてもう一つ、宣凱に対する最後の指令とも取れる言葉――この先の展開を予告するかのようなその言葉は、おそらくは梁山泊の、そして岳飛の運命を大きく動かすと思われるのですが……


 いよいよ両者が大きく交錯することになるのか――歴史を大きく動かす前半のクライマックスも間近であります。


『岳飛伝 五 紅星の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 五 紅星の章 (集英社文庫)


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2017.05.25

『変身忍者嵐』 第15話「血どくろ舟! ザリガニ鬼!!」

 平家の落人村に現れ、水神への生贄に子供を求める修験者に化けた化身忍者ザリガニ鬼。連れ去られる子供を目撃したハヤテはザリガニ鬼と戦うが、水目つぶしによって失明してしまう。なおも生贄を求める修験者に対し生贄に化けて連れ去られるツムジ。ハヤテはツムジたちを救い出すことができるのか?

 冒頭で平家の落人村の財宝を狙うという今回の悪事を説明してくれる魔神斎と骸骨丸。その命を受けて修験者に化けたザリガニ鬼は、村の人々の前で川の中に入り、何やら唱えながら倒れると、いきなりバラバラになったと思えば、次の瞬間に遠くに出現するという意味不明のパフォーマンスで村人の度肝を抜きます。その修験者が求めるのは、水神に備えるという生贄の子供。これまでも何人も生贄に出してすでに子供がいないという村人に対し、平家館の主の子供・つね丸がいるではないかと言い放つと、気丈にもつね丸は自ら生贄になると名乗り出るのでした。

 そして彼が血どくろ舟(という名の船首にどくろがつけられた藁舟)に乗せられてザリガニ鬼に引っ張っていかれるのを偶然目撃したのは、もちろんハヤテ一行。早速つね丸を救い出したハヤテはザリガニ鬼と対決。大回転かかと落としかと思いきや尻尾でぶん殴る血車殺法尻尾打ちを食らったりながらも、生身で格闘を挑みますが、ハサミで捕らえられたところにザリガニ鬼が口から吹き出す血車忍法水めつぶしが直撃! ハヤテが思わずちきしょうと口走るほどのめつぶし、ザリガニ鬼が言うには目玉が溶け、頭蓋骨が腐って脳が飛び出すという恐ろしいものであります。
 変身した嵐を捨て置いて子供を奪い取ったザリガニ鬼ですが、血どくろ舟でのんびり去ろうとしていたところに嵐見参。目が見えなくとも匂いで行方がわかるのだ! という嵐(伏線)にあっさり血どくろ舟から蹴り落とされ、子供を奪還されるのでした。

 さて、さすがに目玉が溶けたり頭蓋骨は腐ったりしないものの、やはり回復しないハヤテの目。一方修験者は平家館に現れ、人身御供を出すか、宝を差し出すかと本音で迫ります。さらに生贄に奪われた子・カミナリ(変な名前……)を見せておいた、再会を喜ぶ父親の前で泡にまみれて消すパフォーマンスで村人たちを煽り、さらにハヤテたちまで排除してしまおうとする修験者。
 さすがにその言葉にすぐ乗ったりはしない長ですが、つね丸はまたも覚悟を決めて自分の身を差し出そうとするのですが……ここで思い切りみぞおちを突いて、入れ替わるツムジ。身代わりになろうという息子を敢えて行かせ、タツマキは自ら(白影以来のセクシー水着で)後を追います。

 そんな中、生贄の到着を待つ修験者ですが――その前に現れたのはハヤテ。またもや匂いと音で察知したというハヤテですが、さすがにおかしいと気づいた修験者の前で、カッと目を見開くハヤテ! そう、目が見えなくなったのは偽り、最初からハヤテは目つぶしをくらっていなかったのであります。なるほど、だから頭蓋骨が腐らなかったのか!
 これに対し、「化身!」の声とともにザリガニ鬼の正体を現した修験者と対決する嵐。その一方で、ツムジとタツマキは血車党の本拠となっていた竜頭鷁首っぽい船に乗り込み、捕らえられていた子どもたちを救い出します。

 そして最後の対決を繰り広げる嵐とザリガニ鬼。奥の手だという毒あぶく(水めつぶしとどう違うのか不明)をものともせず、前回登場したばかりの嵐旋風斬りで粉砕、船もろともザリガニ鬼は大爆発! そしてラストは上座に据えられてご満悦のツムジで終わるのでした。


 血車党が悪事を働いているところにハヤテたちが通りかかって……という、毎度といえば毎度のパターンで始まった今回。しかし顔を除けばかなり格好良い造形のザリガニ鬼の意外なまでの強豪ぶり、そして何よりも味方まで欺いてみせたハヤテの名演技が生んだ大逆転もあり、なかなか起伏に富んだ攻防戦を楽しむことができたエピソードであります。


今回の化身忍者
ザリガニ鬼

 全身が硬い甲羅で覆われ、左手に強力なハサミを持つザリガニの化身忍者。相手の目をつぶす血車忍法水めつぶしをはじめ、毒あぶく、血車殺法尻尾打ちなどを使う。平家の落人村の財宝を奪うため、修験者に化けて子どもたちを生贄としてさらったが、嵐の旋風斬りに敗れる。


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2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


『天竺熱風録』第1巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
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2017.05.23

玉井雪雄『怨ノ介 Fの佩刀人』第2巻 復讐の果てに待つ「システム」の姿

 親友と信じていた男に全てを奪われた男・怨ノ介が、人の命を食らう魔刀の化身である美少女とともに繰り広げる、復讐と魔刀狩りの物語の完結編であります。怨敵の潜む地にたどり着いた怨ノ介を待っていた意外な真実――日本刀の起源にまつわる怨念のメカニズムと対峙することとなった怨ノ介の運命は?

 かつてはとある藩の藩主でありながら、親友と信じていた男・多々羅玄地に欺かれて身分を、国を、全てを奪われた末に無残に年老いた怨ノ介。
 死を目前とした時、美しい少女が憑いた謎の刀・不破刀を手にした彼は、怨念により「冥府魔刀」と化した刀とその持ち主を斬ることと引き換えに一時的に若さを取り戻し、その力で以って玄地を追う旅に出ることになります。

 そんな本作の第2巻で描かれるのは、玄地が故郷である津軽に潜むことを知り、決着を着けるために一路北に向かう怨ノ介の姿。
 しかしもちろん、その途中の旅も平穏無事で済むわけがありません。病で倒れたところを不破刀を盗まれ、上意討ちで揺れるさる藩の暗部に巻き込まれ、強者を求めて悪事を働く破天荒な男に絡まれ――と、トラブルの連続であります。

 そんな単発エピソードの連続である前半を経て、後半では、いよいよ怨ノ介と玄地の対峙が描かれることになるのですが――しかし、そこで物語は、思いもよらぬ姿を見せることになります。

 津軽に入る直前、津軽の巌鬼山神社に魔刀を封じるという月山鍛冶の一団と出会い、彼らが奉じる全ての刀鍛冶の祖・鬼王丸こそが多々羅玄地であることを知った怨ノ介。
 しかし神社で彼を待っていたのは、「多々羅玄地」と、不破刀と瓜二つの姿を持つ玄地の娘――ここに至り、物語は怨ノ介個人の復讐行から、日本刀の起源に、そしてそこから始まる恐るべき怨念と復讐の連鎖を語るものへと変貌していくのであります。


 全てを奪われた男の復讐行というのは、古今東西の物語に幾度も現れるモチーフであり、時代劇においても数多く描かれてきたことは言うまでもありません。
 本作もその系譜に属するものではありますが――しかし本作は、その物語のためのガジェットと思われた魔刀の存在に光を当てることで、ある種の歴史ものとしての真の顔を見せることになります。

 そもそも本作において、(一種メタな視点での)最初の、最大の疑問は、何故怨ノ介が老人として登場するのか――言い換えれば、復讐に着手するまでに長いブランクがあるのか、ということでした。
 それはもちろん、怨ノ介が不破刀を手に魔刀使いと戦い、相手の命を奪うための理由付けではあるのですが、しかし本作は怨ノ介が「玄地」と対峙するクライマックスにおいて、長き時間に渡る怨念の存在を、全く意外な形で繰り返し、裏返して見せるのです。

 この壮大などんでん返しは、ぜひ実際にご覧いただきたいのですが、ここで浮かび上がるのは、一種の「システム」とでも言うべきもの。連載時に本作を追ってきた身であっても、その凄まじい構図は、圧巻と言うほかありません。

 そしてそれを踏まえて読み返してみれば、改めて様々な発見がある物語であります。
 たとえば、このクライマックスに至るまでの単発エピソードの多くにおいて描かれてきたのは、形こそ違え「システム」に囚われ、磨り潰されていく者たちであったこと。そしてそれだからこそ、本作のラストを飾る人物は「彼」であるべきことなど……


 わずか2巻という分量にもかかわらず、その中でジャンルの定型を超えた物語を描いてみせた本作。この作者ならではの、精緻な、そして壮大な物語であります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』第2巻 (玉井雪雄 リイド社SPコミックス) Amazon
怨ノ介 Fの佩刀人 2 (SPコミックス)


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2017.05.22

風野真知雄『歌川国芳猫づくし』 老いたる国芳を通して描かれたもの

 近年では猫を得意とした浮世絵師としてすっかり知名度が上がった感がある歌川国芳。当然、フィクションへの登場回数も高まっているのですが、本作はその中でもなかなかユニークかつ内容豊かな作品。国芳が巻き込まれた様々な事件を通じて、晩年の彼の姿を描く連作であります。

 様々なスタイルの作品を意欲的に書き続けている作者ですが、その中で最も大きなウェイトを占めるのは、江戸の町を舞台にユーモアとペーソス溢れるタッチで描かれるライトミステリであります。本作も当然、その路線に属するもの……と思いきや、それは半分当たり、半分はずれというべきでしょうか。

 まず本作の基本設定を見てみれば、舞台となるのは黒船が来航した嘉永6、7年――国芳の生涯から考えれば晩年というべき時期。
 本作の国芳は既に浮世絵師として確たる名を挙げ、多くの弟子を抱えつつも、病気の妻を抱え、そして何よりも自分自身の絵師としての衰えぬ熱意から、今も絵を描き続ける毎日を送る人物として描かれます。

 体力など自らの衰えを認め、自分がこの世を去る日が遠くないことを予感しつつも、なおも血気盛んで極めて人間臭い、そして相変わらず猫大好きの国芳。本作は、そんな彼の周囲で起きた事件を描く7つの物語から構成されています。

 消えた猫の一匹を探すうちに、国芳の身近な人物の思わぬ秘密が浮かび上がる「下手の横好き」
 かつて描いた金魚の船頭の絵を執拗に欲しがる男に国芳が振り回される「金魚の船頭さん」
 ある日家に転がり込んできた北斎の娘・お栄を巡る切ない物語「高い塔の女」
 持病があると国芳を避ける義母と、国芳の間の複雑な想いを描く「病人だらけ」
 若き日の芳年と円朝が夜毎の下駄の足音に悩まされる姿を描く「からんころん」
 殺人事件に出くわした国芳と広重が思わぬ形で探偵対決することとなる「江ノ島比べ」
 自殺した八代目団十郎の幽霊騒ぎの中で、絵師と役者、それぞれの業が描かれる「団十郎の幽霊」

 ご覧いただければおわかりかと思いますが、ここで描かれる七つの物語は、いずれも「事件」と「謎」が描かれるものの、いわゆるミステリのそれとは少々異なる趣を持ちます。
 事件性が小さい、あるいは「日常の謎」的な内容がほとんどなこともありますが、実は本作で重点が置かれているのは、謎解きではありません(必ずしも国芳が謎を解くわけでもなく、ましてや謎が完全に解けないエピソードすらあります)。本作において描かれるのは、これらの事件と謎を前にして様々な感慨を抱く、老いたる国芳の姿なのですから。

 いかにも江戸っ子らしく喧嘩と火事を愛し、御政道に逆らうような作品を幾つも描いてきた鼻っ柱の強さを持つ国芳。その一方で、自分の周囲にお上の手の者がうろつけば心配になり、義母との複雑な関係に悩んだり、若い女弟子に鼻の下を伸ばしたりと人間としての弱さを同時に持つ人物として、彼は描かれることになります。
 絵師として、人間として、男として……そのゴールが近づく彼の姿を、本作は、一風変わった事件と謎を通じて浮き彫りにするのであります。

 そこに漂うのは、先に述べたとおり、作者ならではのユーモアとペーソス。その二つを味付けに、国芳だけでなく、この世に生きる人間たち全てがついついやってしまう愚行を、ついつい見せてしまう弱さを、作者は優しく描き出すのです。
 そんな作者のまなざしは、作者が得意とするライトミステリにおいて描かれるそれと寸分も違うことはありません。半分当たり、半分外れというのはこうした意味においてのものなのであります。


 国芳という人間臭い男を中心に、お栄や広重、芳年や円朝といった実在の人物、そしてその他の架空の人物を通じて、この時代の空気を描き出す。それと同時に、いつの時代にも変わらぬ人間の世界のほろ苦さと暖かさを描く……
 そしてそれに加え、おそらくは作者自身の姿にも重なり合う、芸術家の業、誇り、そして喜びをも描き出す本作。歴史作家としての作者の地力を感じさせてくれる一冊であります。


『歌川国芳猫づくし』(風野真知雄 文春文庫) Amazon
歌川国芳猫づくし (文春文庫)

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2017.05.21

『髑髏城の七人 花』(その二) 髑髏城という舞台の完成形?

 花鳥風月、この一年に四度上演されるという『髑髏城の七人』の一番手、『花』の紹介であります。前回は配役を中心に触れましたが、今回は脚本を中心に、これまでとの異同について触れたいと思います。

 七年に一度(時に二度)上演され、今回で実に六回目となる『花』。今回の脚本は新規のものですが、それでもベースとなる物語は基本的に変わることはありません。
 それだけでなく、作中の印象的な台詞などは、以前の版からほとんど変えることなく採用されているものも少なくないのですが、その一方で今回はこれまで以上に、細部に手を加えてきた印象があります。

 これは多分に記憶頼りのため、勘違いがあるかもしれませんが、これまでの舞台版と異なる箇所で、特に印象に残ったのは以下の通りであります。
・沙霧ら熊木衆と捨之介の関わり
・蘭兵衛と極楽太夫の関係性
・狸穴次郎右衛門の敵娼
・兵庫と関東荒武者隊の過去

 ご覧のとおり、これらはほとんど皆、キャラ描写を補足あるいは深化するもの。物語を大きく変えるほどのものではありませんが、しかしこのわずかな追加により、キャラクターたちの存在感が、彼らの行動の説得力が、そして物語への感情移入度が、一気に高まったと感じられます。

 この中で個人的に印象に残ったのは狸穴次郎右衛門の敵娼であります。
 歴史ファン、戦国ファンの間では半ばネタ的な意味で熟女好きとして知られる次郎右衛門(の正体)ですが、それを踏まえつつも、後半のある展開を踏まえて、次郎右衛門がよりこの戦いに深く関わっていく要素としても見ることができるのに、感心いたしました。
(そもそも、この展開自体、次郎右衛門の存在を絡めたことでよりドラマ性が深まったように感じます)

 この点からすると、キャストよりも舞台装置よりも、何よりも脚本が、今回の『花』において一番大きな変化を遂げた部分であり、そして大げさに言ってしまえば、『髑髏城の七人』という舞台の完成形に近づいたのではないか……という気持ちとなった次第です。


 もっとも、ネガティブな意味で気になる点がなかったわけではありません。これはもちろん全く個人的な印象ではありますが、今回の捨之介と天魔王にはあまりノレなかった……というのが、正直なところなのです。

 捨之介の方は、確かに言動は格好良く、何よりも非常に威勢の良い人物であり、ヒーローとしては申し分ないと言いたいところですが、しかしそれ以外の人物像、根っ子となるキャラクターが見えない印象(そもそも「玉転がし(女衒)」の設定が語られないので何をやって生きているのかわからない……のはさておき)。
 そして天魔王の方は、非常にエキセントリックかつ卑怯なキャラクターとして描かれており、新感線ファン的に一言で表せば「右近健一さんが演じそうなキャラ」なのです。

 いわばヒーローのためのヒーロー、悪役のための悪役……この二人にはベタなそんな印象を受けてしまったのですが、しかしその印象は、ラストにおいて少々変わることになります。(ラストの展開に少々触れることになりますがご勘弁を)
 天魔王を倒したものの、いわば髑髏党壊滅の証として、その首を差し出すよう徳川家康に迫られる捨之介。全ての因縁にケリをつけた今、安んじて首を差し出そうとした捨之介に対し、仲間たちが首の代わりに家康に差し出したものとは――

 これまで『髑髏城の七人』においては、天魔王や蘭兵衛の過去への執着を示す、いささか悪趣味なアイテムとして描かれていた「それ」。しかしここで「それ」が差し出されることにより、捨之介は自分を縛っていた過去を、真に捨てることができた……本作の結末で描かれるのはその構図だと言えるでしょう。天魔王という空虚な存在、戦国の亡霊とも言うべき存在の象徴を捨て去ることによって。

 いわば本作は、過去という空虚に囚われ、ある者は狂い、ある者は魅せられ、そして共に滅んでいく中、同様に囚われながらも、それを捨てることにより、真に生きる道を手に入れた男の物語だった――
 今頃何を言っているのだ、と言われるかおしれませんが、今回のキャラクター配置・描写には、そんな物語構造が背景にあると考えるべきなのでしょう。


 正直なところ、まだ360度の舞台を十全に使いこなしているという印象ではないのですが、その辺りも含め、これだけの高いレベルでスタートを切ったドクロイヤーがどのようなゴールを迎えるのか……最後まで見届けることができればと思います。



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2017.05.20

『髑髏城の七人 花』(その一) 四つの髑髏城の一番手!

 七年に一度やってくる劇団☆新感線の『髑髏城の七人』再演、いわゆるドクロイヤーですが、今年はそれより一年早い……と思いきや、来年のドクロイヤーに向けて、一年かけて花鳥風月、四つの髑髏城が上演されるというとんでもない仕掛け。その第一弾、『髑髏城の七人 花』であります。

 時は本能寺の変から八年後、突如関東に現れた髑髏城から関東髑髏党を率い、暴力でこの世に覇を唱えんとする謎の魔人・天魔王。
 この天魔王と髑髏党に追われる少女・沙霧を助けたことから、正体不明の風来坊・捨之介、関東荒武者隊を率いる傾き者・抜かずの兵庫、そして色里・無界の里の主・蘭兵衛と極楽太夫らが、死闘に飛び込んでいく姿を描く本作は、冒頭に述べたように七年ごとに再演される新感線の代表作であります。

 1990年の初演以来、1997年、2004年(こちらは二バージョン上演)、2011年と上演されてきたのですが、私は2004年のアカドクロを観て以来の大ファン。ソフト化されている1997年も含め、初演以外は全て観ている身としてはもちろん今回も見逃すわけにはいきません。

 そんな今回の髑髏城は、冒頭に述べたとおり年四回、それぞれ脚本や演出を変えて上演されるという破天荒な企画ですが、上演される劇場もユニークであります。
 本作がこけら落としとなるIHIステージアラウンド東京は、なんと客席の周囲360度に舞台が設けられ、上演中に客席が回転するという仕掛け。さすがに360度を一度に使うことはないのですが、場面転換に合わせ、結構なスピードで客席が回転するのは、なかなか楽しい経験でした。


 さて、肝心の内容の方ですが、メインキャストの配役はといえば、
 捨之介:小栗旬
 沙霧:清野菜名
 蘭兵衛:山本耕史
 極楽太夫:りょう
 兵庫:青木宗崇
 天魔王:成河
という豪華な顔ぶれ。うち小栗旬は、前回も同じ捨之介を演じていますが、それ以外のメンバーは、新感線登場も初めてではないでしょうか。
 その他、謎の狸親父・狸穴次郎右衛門を近藤芳正、そして凄腕の刀鍛冶・贋鉄斎に古田新太! と、脇を固めるメンバーも頼もしいのです(新感線純血の役者が少ないのは残念ですが、今回は脇を固める様子)。

 舞台というのは、(ほぼ)同じ内容を、異なる役者が演じていくのもまた楽しみの一つですが、それはもちろんこの髑髏城も同様。
 後述するように、今回は物語内容的にはこれまでと比べてそこまで大きく変わるものではないのですが、それだけに役者の存在感が大きく影響を与えていたと感じます。

 個人的に今回の配役で一番印象に残ったのは、山本耕史の蘭兵衛でしょうか。
 何処から現れ、関東において一種のアジールとも言うべき無界の里を数年で繰り上げた謎の男である蘭兵衛ですが、常に冷然とした態度を崩さぬ、心憎いまでの色男とくれば、これはもうはまり役というべきでしょう。

 時代劇経験者だけあって、立ち回りの安定感も大きく、もちろん着物の立ち姿も違和感なしとビジュアル的にも素晴らしいのですが、さらに良かったのは中盤以降の演技。
 未見の方のために詳細は伏せますが、中盤で大きな変転を迎える蘭兵衛という人物。それ故にこの人物の行動に説得力を与えるのは非常に難しいのですが、今回は脚本のうまさもあり、まずこれまでで最も説得力のある蘭兵衛であったと感じます。

 また沙霧の清野菜名は、恥ずかしながらお見かけするのはこれが初めてだったのですが、こちらも実に良かった。
 どこまでも真っ直ぐで元気に明るく、しかしその奥に陰と悲しみを抱えた沙霧のキャラクターをきっちり演じてみせたのはもちろんのこと、アクションが実にいい。アクションをきちんと勉強していた方のようですが、後ろ回し蹴りなど、橋本じゅんクラス(大袈裟)の美しさでありました。

 そしてもう一人、全くもって貫目が違うとしか言いようがないのが古田新太。天才刀鍛冶であり、刀を愛しすぎる故に、その刀で自分を斬ってしまうという紛れもない変態の贋鉄斎を、基本的に大真面目に演じ切ってみせたのは、これはもうこの人ならでは(一人称が「僕」なのがさらに変態度を高める)。
 かつての当たり役だった捨之介を譲っての登場は個人的には少々寂しいものがありますが、舞台上でも一歩引いた形で主人公たちをサポートする贋鉄斎と、今の姿は重なるものがあった……というのは言いすぎでしょうか。


 語りたいことが多すぎるため、次回に続きます)


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 「髑髏城の七人」(2011) 再生から継承の髑髏城

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2017.05.19

『変身忍者嵐』 第12話「地獄の怪人! ゲジゲジ魔!!」

 燃える水を採掘するため、村人を強制的に働かせる血車党。そこから逃げた作左を追うゲジゲジ魔の前に立ち塞がるハヤテたちだが、タツマキとカスミ、作左の子が捕らえられてしまう。さらにドクロ館に潜入しようとしたツムジも捕らえられるも、後を追って嵐が駆けつけ、ゲジゲジ魔を倒すのだった。

 今回も労働力として村人をこき使い、今回も逃げられて追いかけ、今回もハヤテ一行に見つかる血車党。燃える水採掘という血車党の目的は冒頭で語られるのみで、後はひたすらハヤテたちと血車党の攻防戦が描かれるという思い切りのいい構成です。
 その今回の中心となるのはゲジゲジ魔……ゲジゲジという怪人広しといっても珍しいモチーフに、カートゥーンのキャラのような良く言えば愛嬌のあるデザイン、そしてフニャフニャした造形と三拍子揃った化身忍者であります(しかしこのモチーフに改造された忍者、本当にかわいそう)。

 しかし意外と芸コマなゲジゲジ魔、脱走した村人・作左が逃げるところを地を這って走る忍法ゲジゲジ走り(たぶんお腹の下に台車を置いている)で追いかけ、小さなゲジゲジに化けて近づくとガバッと襲いかかるのですが……そこに通りかかったハヤテにチョン蹴りをくらって戦闘開始。
 と思いきや、いきなり刀で自分自身に斬りつけ、体をバラバラに! ドン引きするハヤテたちですが、これはバラバラにされても死なないという下等動物の生命力を活かしての六ツ身分身の術。といっても六体分のゲジゲジ魔が登場するわけでなく、映像処理で流している上に、実際には五体は幻に過ぎず、本物はカスミの鏡の反射を眩しがったためにばれてしまうのでした(あれ、だとしたら自分をバラバラにする必要は……)。

 そしてタツマキ・カスミ・ツムジも加わっての大乱戦となりますが、作左を連れて逃げたツムジもすぐに追い詰められて助けを求め、タツマキとカスミは速攻で敵に捕まる始末。血車党は人質を手に入れて退却していったものの、血車党の魔手は作左の家族に向かい、(妙に綺麗な家に住んでいる)妻と子供の与吉に魔の手が迫ります。
 またもゲジゲジに化けて、病に伏した作左の妻のところに現れ、まずはボサッと突っ立っていた与吉を下忍に運び出させるゲジゲジ魔。そして残る奥さんに迫る魔の手……というところで「表に出て正々堂々と戦え!」とハヤテが微妙な発言をしながら駆けつけて事なきを得ますが、与吉はそのまま連れ去られてしまうのでした。
(ここで体をピンと伸ばして水面を引っ張られていく忍法水渡りで逃げ出すゲジゲジ魔の姿がやっぱりおかしい)

 嘆き悲しむ作左は、ドクロ館に向かおうとしますが、これまでドクロ館に向かう際は目隠しをされていて道がわからない。それならばと目隠しをして道を探ろうとする(えっ)彼の前に、近所の女の子・やよが通りかかります。ドクロ館に向かうというやよと一緒に、女の子に化けて潜入しようとするツムジですが、彼女が谷から落ちかけたところで声を上げたことで、あっさり捕らえられてしまうのでした。
 しかしツムジが目印を撒いていたことでドクロ館へ向かうハヤテ。途中鉄砲で撃たれたりしてツムジを見失いながらも何とか切り抜け、ドクロ館で合流して脱出した忍者一家の笛の合図を受けると、ドクロ館に向かいます。そして火攻めにあっていたタツマキたちを助けたハヤテはドクロ館に突入、思い切りよく爆破! 

 残るゲジゲジ魔も、体から油を吹き出して周囲に火をつけるという奥の手の忍法火炎地獄を、大きな布をかぶせるという嵐の忍法火消し布で破られ、刺股を振り回すも敢えなく影うつしに粉砕されるのでした。


 冒頭に述べたとおり、本当にシンプルな内容だった今回。その分テンポが非常にいい(というかよすぎる)のですが、見終わって頭に残るのは、ゲジゲジ魔の顔のインパクト――。そしてツムジの他にも二人出てくる子役の演技の……ぶりも別の意味で印象に残ります。


今回の化身忍者
ゲジゲジ魔

 燃える水の採掘現場を監督するゲジゲジの化身忍者。ゲジゲジに変身する、地を這って高速移動するゲジゲジ走り、自分の体を切り裂いて分身する六ツ身分身のほか、体から油を吹き出して火を付ける火炎地獄など、多彩な技を持つ。が、刺股を手にしての直接対決ではハヤテに及ばず、秘剣影うつしに敗れる。


『変身忍者嵐』第1巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.1 [DVD]


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2017.05.18

『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

 私は本や雑誌の発売日で日にちや曜日をカウントしてしまうところがあるのですが、この雑誌が出れば月も半ば、『コミック乱ツインズ』誌の6月号であります。巻頭カラーは叶精作『はんなり半次郎』、橋本孤蔵『鬼役』が連載四周年とのことですが、ここでは個人的に印象に残った作品を取り上げます。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 死闘の末、四つの珠を取り戻したものの、犬士も残すところわずか四人。しかも村雨姫までもが半蔵側の手に落ちたところで、最強の犬士・犬江親兵衛登場! となった本作。
 いかにも作者らしいイケメンの親兵衛は、最強の名に相応しい破天荒な力の持ち主(もっとも、やはり姫の前では形無しなのですが)。しかし彼をしても、姫が捕らえられてはその力を存分に振るえず――

 という状況で、さらに敵側の奸策により、八珠献上の日が一気に前倒しとなり、絶体絶命となった里見家。しかしここで大角の忍法により信乃が思わぬ人物に姿を変え、そしてついに最後の犬士・犬川荘助登場……と、物語はガンガン盛り上がっていきます。
 ラストページなど、テンションが一気に上がるのですが、さて次回の犬士の活躍は如何に……いよいよクライマックスであります。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 碓氷峠編の後編となる今回、島の説得で国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が視察に向かったのは、急勾配で知られる日本一の難所・碓氷峠。そこで昔ながらの蒸気機関車で峠を越えることを誇りとする機関手・山村とその息子に雨宮は出会うのですが……

 鉄道という題材を扱いつつも、職人肌の雨宮を主人公の一人とすることで、一種の職人もの、人情ものとして成立している本作ですが、今回描かれる山村を巡る物語はまさにその味わいに満ちたエピソードであります。
 かつて愛妻を峠の列車事故で失いながらも、その妻の魂が見守ってくれると信じて蒸気機関車を走らせる彼にとって、島が計画する電気化は到底受け入れられないもの。しかし息子までもが、電気化に賛成してしまう彼の姿は、時代の流れというもので切り捨てられないものがあります。

 その彼の想いを誰よりも理解しつつも一つの選択を迫る雨宮と、彼らの前に現れる小さな奇蹟と……もの悲しい物語ではありますが、結末に描かれる小さな希望の姿が、その悲しみを癒してくれるのです。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 長かった信長鬼編も(おそらく)今回でラスト。といっても今回の主役は、前回同様、細川珠……そう、細川ガラシャであります。
 自分を討った光秀の血族を苦しめた末に根絶やしにすべく、最後の生き残りである珠のもとに出没し、彼女を鬼に変えんとする信長鬼。辛うじて踏みとどまってきた彼女も、ある事件がきっかけで鬼となりかけて――

 細川忠興に嫁ぎ、彼から深く愛されつつも、その一種偏執的な愛情に苦しみ、キリスト教に救いを求めた珠。この夫婦については、夫からお前はまるで蛇のようだと言われて「鬼の妻には蛇が相応しいでしょう」と答えたという有名な逸話がありますが、本作においては、その「鬼」という言葉に、重い意味が加わることとなります。
 何しろ本作の忠興は、点のように異様に小さい瞳孔という、明らかにヤバげな人物。むしろこちらが蛇なのでは……というこちらの印象は、しかし見事に裏切られることとなります。人であろうと鬼であろうと変わらぬ愛を描き出すことによって。

 しかし鬼の運命はなおも彼女に迫ります。。これも有名なその最期の時、ガラシャを襲ったあまりにも無惨な変化の前に、彼女もついに……と思われた時、さらに意外な展開が描かれることとなります。
 今回もラストで少年が見せる、驚愕と悲しみ、決意と様々な感情が入り混じった表情……それはかつての冷然とした表情とは全く異なるものであります。鬼に抗する人が見せた一つの奇蹟を前に、彼の心は変わっていくのか? 大いに気になるところです。


 そのほか、『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)は今回で最終回。前回の一大剣戟の末、辛うじて勝利を掴んだ聡四郎を待つ者は……ツンデレの恋人、ではなくて続編。再来月から次なる物語が開始とのことで、実にめでたいことであります。

 また、『はんなり半次郎』は、相変わらずの叶節。いくら何でもあれは自分が怪我するのではないでしょうか。どうでもいいですが。


『コミック乱ツインズ』2017年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年6月号 [雑誌]


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2017.05.17

鳴神響一『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』 「常世の国」に潜む悪を討て

 火付盗賊改役にして、甲賀忍び・影火盗組を配下とする山岡景之の活躍を描くシリーズ第3弾であります。江戸から消えた数多くの男女の行方を追う影火盗組が知った驚くべき陰謀。邪悪な企てを粉砕すべく死闘を繰り広げた影火盗組ですが、真の悪の正体は――

 年明け早々、江戸で流れる奇妙な噂を耳にした景之。出入りの豆腐屋、菓子屋の女将、うどん屋の娘……一見共通点の全くない人々が、同じ「常世の国」という言葉を残して姿を消したというのであります。
 探索に当たった影火盗組の面々が掴んだのは、様々な理由で人生に絶望した人々の前に謎の僧侶が現れ、何処かへ誘っていたという事実。早速、影火盗組の雄四郎と渚は、駆け落ち者を装って僧侶を誘き出し、「常世の国」に向かう船に乗り込むのですが、その先には恐るべき罠が。

 孤立無援の戦いを強いられることとなった雄四郎と渚を救うべく、後を追う光之進ら影火盗組。一方、江戸に残った景之は、側用人・大岡忠光から、大名や旗本に対し、法外に「安い」利息で金を貸す謎の商人の正体を追うことになるのですが、二つの事件は思わぬ形で交差して――


 火付盗賊改を主役に据えた作品は数多くある中で、独自の内容の魅力を持つ本シリーズ。それは、三つの要素から成り立っていると言えます。
 ほとんど伝奇的と言ってよいような大仕掛けの怪事件。忍び集団である影火盗組のメンバーのキャラ描写。そして法で裁けぬ悪に対し爆発する景之の怒り……本シリーズでなければお目にかかれないようなこれらの要素は、本作でも健在であります。

 まず第一の要素については、これはサブタイトルの時点である程度見えてしまうのですが、なかなか普通の火盗もの、奉行所ものでは登場しないような大掛かりな悪事に驚かされます。社会から身を隠すことを望む人間を食い物にする外道たち……という、それほど珍しくはないシチュエーションから、このような展開に持って行くとは、と感心しました。
 そしてその陰謀を粉砕するために影火盗組が繰り広げる戦いが、忍びならではのものでありつつも、しかし同時にきっちり派手な内容であるのも楽しいのです

 そして第二の要素として、本作で描かれるのは、影火盗組の若手・雄四郎のドラマであります。まだまだ術も心構えも他のメンバーに比べれば一枚劣る雄四郎が、光之進らへの劣等感を抱え、悩み苦しむ姿が、悪との戦いと平行して描かれていくことになります。
 まだまだ若いだけに弱さと悩みを抱えた雄四郎。彼の存在は、江戸の安寧のために活動する忍びといういかにもヒーロー然とした影火盗組が、決して超人ではなく、我々同様の人間であることを描き出す効果を挙げていると感じます。

 そして最後の要素ですが……火盗改役として現場に出張ることはあっても、配下に比べれば一歩引いた立場となる景之。しかし彼には、彼にしかできない戦いがあります。
 それは、将軍自ら声をかけられた火盗改役としての彼の立場を使っての戦い……それは時に政治的な腹の探り合いの場合もありますが、しかしラストではそんな配慮を抜きしての怒りを見せてくれるのがいい。

 もちろん、怒り任せに相手を叩き斬るような無法を行うわけではありませんが、しかし本作においては、景之の座右の銘と言うべき言葉が、思わぬ形で、しかしこの相手なればこそという形で相手の心を折るという展開で、思わず唸らされた次第です。


 と、そんな本作ならではの物語を楽しませていただいた一方で、いささか残念な点も二つほどあります。

 一つは、物語の派手さと入り組み具合に押されてか、雄四郎の物語が食い足りない印象であった点。もちろん彼の悩みが簡単に解決するものではないのは明らかですが、もう少し前に進ませてあげても良かったのでは……とは感じます。

 そしてもう一つは、シリーズ第三弾の本作が、「三部作完結編」とアナウンスされていること。いよいよ本シリーズならではのスタイルを確立してきたところで、ここで全体の完結ということであれば、それは大いに勿体ないと感じます。
 景之と影火盗組の更なる活躍を期待したい、まだまだ食い足りない……と言うほかありません。


『影の火盗犯科帳 3 伊豆国の牢獄』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
影の火盗犯科帳(三) (ハルキ文庫 な 13-5)


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2017.05.16

誉田龍一『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』 民のため、将軍を動かす男!

 市井に暮らすあの人物が実は大変な身分の……というのは古今東西不滅のパターン。本作はそれを踏まえつつも、将軍を蹴った男――六代将軍家宣の弟であり、八代将軍候補となったともいわれる松平清武を主人公に据えたユニークな作品です。

 私がそうなので言ってしまいますが、松平清武という人物を知っていた方は、相当少ないのではないでしょうか。
 この清武は上州館林藩主、そして三代家光の孫にして六代家宣の実弟という実在の人物。直系男子という将軍位に極めて近い位置におり、冒頭で述べたように、七代家継が危篤となった際、家宣の御台であった天英院から八代将軍に推されたともいわれている人物であります。

 実際にはそうならなかったのは、一つには彼がこの時既に五十代であったこと、そしてもう一つは(これが大きいと思われますが)、彼が家臣の越智家に育てられてその家督を継ぎ、またその後に館林藩主となったという経歴があったと言われています。
 これはこれで尤もな話かもしれませんが、しかし本作はそこに独自の、そしてよりドラマチックな理由を描いてみせるのです。


 館林藩主でありながら、江戸では裏長屋に暮らす浪人・清さんとして暮らす清武。ある理由からこのような二重生活を送っていた彼は、天英院から呼び出され、八代将軍候補になるよう頼まれます。
 しかし将軍という望んでも得られぬ地位を、自らの任に非ずと蹴ってしまった清武。それには彼が市井に暮らす理由と同じ、ある過去の出来事があって――

 と、歴とした殿様が市井に暮らしているという設定にまずひっくり返るのですが(まあ、同じレーベルの別の作家の作品では、その兄の家宣が市井で暮らしているのですが)、しかしそこが本作の設定の巧みな点。

 彼が治める館林藩は、実は一度は廃され、彼の代になって再興された藩。館林城も、一度は廃されたのを、彼が再建したものであります。
 しかしそのために重税を化したことで領民の反発を招いた清武は、百姓一揆と江戸屋敷への強訴を起こされてしまったのであります(これは史実)。これは言うなれば藩主失格の烙印を押されたようなものでしょう。

 そしてその過去が、本作の彼をして市井にその身を暮らさせ、そして将軍位を辞退させたのであります。藩主失格の自分が、天下を統べることができるわけがない、それよりも市井に暮らし、庶民の目を持って共に暮らしたい……と。

 そんな彼の設定自体、十分にユニークですが、しかしさらに面白いのはここから。
 その将軍を蹴った彼に手を差し伸べ、自分のブレーンとなることを願ったのは、何と八代将軍吉宗その人。紀州から江戸にほとんど単身乗り込むこととなった彼は、幕政改革のために、清武のようなこれまでにない視点を持つ人物を求めていたのです。

 かくて将軍を蹴った男は将軍と組んで、市井に起きる様々な事件をきっかけに、幕政の改革に取り組んでいく……というのが本作の基本スタイルであります。


 先に述べたとおり、御連枝の殿様が、それも結構な年齢の(彼の正体を知らない町の人々からは「清爺」と呼ばれたりする)人物が市井に暮らし、しかも将軍のいわばご意見番として活躍するというのは、ある意味ファンタジーにファンタジーを重ねたような物語に思えるかもしれません。
(その将軍自身が、フィクションの世界では市井をうろついていたおかげで違和感が少ない……というのはさておき)

 確かに見かけはそうかもしれません。しかし本作ではそこにある種の共感と好感を感じさせるのは、その根底に、藩政での失敗という彼の悔恨と、そこから生まれた庶民への思いやりがあるからではないでしょうか。
 実は本作の第2話は、その彼の過去の失敗にダイレクトに繋がるエピソード。かつて自分が生み出したのと同じような立場の人間と出会った彼が、かつてと同じ運命を繰り返させないため奔走し、将軍をも動かす……そんな清武の人物像が、実にイイのであります。

 そう、彼は将軍を蹴った男であるだけではありません。彼は過去の悔恨を糧にして、庶民のために将軍を動かす男となったのであります。これは、ある意味将軍以上に大きな男と言えるのではないでしょうか?


 そんな清武と、まだ三十代でやり手の若手然とした吉宗の対比も面白い本作。まだまだ様々なドラマが生み出せそうな、そんな物語の開幕であります。


『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』(誉田龍一 コスミック・時代文庫) Amazon
将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫)

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2017.05.15

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 それなりに楽しかったゴールデンウイークも終わり、祝日のない日々が続きます。特に6月は祝日がゼロの最も嫌な月。そんな時は本でも読むしかない! と言うわけで、文月には一月早いですが、本に耽溺したい6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 という6月ですが、実は漫画の新刊はかなり少なめ。今回はこちらを先に紹介してしまいましょう。

 まず、新登場は碧也ぴんくの土方もの『星のとりで 箱館新戦記』第1巻のみ。
 そしてシリーズものは、永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻と灰原薬『応天の門』第7巻、そして完結という表記が本当に悲しい戸土野正内郎『どらくま』第6巻……このくらいであります。

 『お江戸ねこぱんち 夢花火編』もありますが、数だけ見れば寂しいところであります。


 その一方で文庫小説は充実の一言。まず注目は、生ける伝説・辻真先が藤田五郎を主人公とした明治もの『義経号、北溟を疾る』。
 そしてシリーズものの続巻では上田秀人『百万石の留守居役 9 因果』、かたやま和華『猫の手屋繁盛記』第4巻、菊地秀行『宿場鬼』第2巻、瀬川貴次『ばけもの好む中将 6 美しき獣たち』、廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』とものすごいラインナップであります。
(『宿場鬼』の続編は、当初4月刊行予定だったものですね)

 文庫化の方も、相場英雄『御用船帰還せず』、乾ルカ『ミツハの一族』、中島京子『かたづの!』、宮部みゆき『荒神』、宮本昌孝『風魔外伝』、夢枕獏『陰陽師 螢火ノ巻』と注目作揃い。特に『荒神』は怪獣ファン必見の作品であります。
 そしてもう一作、私が愛してやまない平谷美樹『でんでら国』が上下巻で登場。こちらについては、いずれまた触れる機会もあるかと思います。

 そして復刊では、柴田錬三郎『眠狂四郎孤剣五十三次』上下巻と高橋克彦『舫鬼九郎 2 鬼九郎鬼草子』が登場。
 眠狂四郎は集英社文庫からですが、『京洛勝負帖』『異端状』ときてこれというのは、少々謎のラインナップですが、復刊されたのはとにかく嬉しいお話です。

 そして『代表作時代小説』改め『時代小説 ザ・ベスト2017』も発売と、とにかく小説が充実の一月なのであります。



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2017.05.14

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第12巻 逃げる近藤 斬る土方 そして駆けつけた男

 毎回毎回、読んでいるこちらの心が悲鳴を上げたくなるような展開が続く本作。劇場アニメ化も決定し(作者曰く「鬱アニメ」)、まだまだこれからの盛り上がりが期待できる本作ですが……しかし物語は、最大の悲劇に向けて、ゆっくりと、しかし着実に進んでいくことになります。

 甲陽鎮撫隊と名を改め、なおも戦いを続けんとする新撰組ですが、結成当時からのメンバーであった永倉と原田が、近藤との衝突をきっかけに脱退。
 さらに近藤が官軍の伊地知正治に捕らえられ、その場は大久保大和と変名を使って凌いだものの、その命は風前の灯火であります。

 その近藤助命のために江戸の勝海舟を頼った土方は、その条件として大鳥圭介率いる幕軍に合流。宇都宮城攻略戦に加わることになるのですが――


 というわけで、宇都宮城攻略戦を中心に描かれるこの第12巻。史実に照らせば、この後に何が待っているのかは明らかなわけで、それに対する覚悟を何とか固めて手に取ってみれば、いやはや焦らす焦らす。
 やるなら一気にバッサリとやってくれ! と言いたくなるところですが、しかし「それ」に至るまでの新撰組の男たちそれぞれの戦いが、この巻では丹念に描かれるのであります。

 その筆頭が、言うまでもなく土方。ある意味近藤の命を人質に取られた形で幕軍に加わった彼を待っていたのは、土方の、そしてこちらのヘイトを煽るために造形したとしか思えないような大鳥。

 その彼に半ば振り回される形で宇都宮城を攻め、そして守ることとなった土方ですが……ここで描かれるのは阿修羅の如く、という表現が最も相応しく感じられるような土方無双。土方が斬る、撃つ、翔る!

 と、こう書けば爽快アクションもののようですが、しかしその胸中に溜まった鬱屈・鬱憤・焦燥が吹き出すかのようなその姿は、やはり本作らしい情念に満ち満ちていて、爽快さとは正反対の重さがこちらの心にも突き刺さるのであります。

 そしてその一方で、本作の近藤も、ただ座して死を待つだけの男ではありません。大久保大和としての態度を貫き、一度は釈放されるやに見えた近藤。しかしそこで元御陵衛士の男に正体を見破られ……と、万事休す。
 しかしここで同行していた隊士・野村利三郎が駆ける!

 史実であれば近藤がアレされる際、彼の働きかけで釈放されたという野村ですが、本作では何と近藤を引っ張って脱走! 必死の逃走劇を繰り広げるのです。
(しかし史実ではここにいた相馬主計はオミット……)

 なるほど、ここに至って逃走するのは、伊地知が憤激したように、武士の風上にも置けない行為かもしれません。しかしそれでも何でも、近藤には生きていて欲しい、という野村の心情もわかりすぎるほどわかるのであります。

 そして何より、ここからの展開がまた凄まじい。近藤たちに対して伊地知が放った追っ手・源翁……それの正体は、何と盲目の熊! 武士ならざる者の相手は獣が相応しいということかもしれませんが、近藤対熊というのは、ある意味本作らしい異次元マッチではありませんか。

 そして史実とは異なる行動を取る男がもう一人……一度は近藤とは袂を分かったあの男が、行動を共にした親友を振りきって登場。しかも、考え得る限り最高のタイミングで!
 確かに新撰組離脱後の行動は諸説ある人物だけに、ナシとは言えない、いや物語の盛り上がり方を考えれば断然アリです。しかしここまで最高の登場をさせておいて、どうやって退場させるのか、と心配にならないでもない展開ではありますが――


 と、徐々に史実から離れていくようにも見える展開が続く本作。
 こんなことは滅多に言わないのですが、もういいよ、このまま歴史変えちゃおう! ……という気分は、これはほぼ全読者共通なのではないでしょうか。
(しかしまあ、こういう気持ちを最悪の形で裏切ってくれるのが本作なのですが――)

 なお、鬱展開の元凶である鈴は今回出番なし。安心していたら、鉄之助の出番も減ってしまったのは痛し痒しですが――
 しかし辰兄の瞳からは順調にハイライトが消えていき、こちらも目が離せないような、見たくないようなな状況であります。


『PEACE MAKER鐵』第12巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 12 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2017.05.13

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』 理不尽との対峙 自分の世界との対峙の先に

 時は元禄、外様大名の探索を任とする公儀隠密・橘北家総帥の娘・小桜を主人公としたシリーズの完結巻であります。江戸の町に出没する能面の辻斬りと対峙することとなった小桜は、もう一つ、江戸を騒がす大事件を目の当たりにすることに――

 ある事件を通じ、公儀隠密の陰の部分を目の当たりにしながらも、橘北家の娘として、そして表の顔である薬種問屋の娘/丁稚として変わらぬ日々を過ごす小桜。その頃江戸では辻斬りが流行していたのですが、その辻斬りに、彼女自身が出くわすことになります。

 馴染みの呉服屋に顔を出して遅くなり、店から駕籠で送られる途中、突如駕籠かきや番頭に襲いかかった謎の男。能面の小面をかぶったその男は、小桜が放った手裏剣代わりのかんざしもものとはしない、恐ろしい腕前を見せつけます。
 もちろんその場は逃れた小桜ですが、しかしこのような悪行が自分の周囲にまで及んだとあらば、黙ってはいられません。

 人の言葉を喋る(ように思われる)西洋犬・半守の活躍で辻斬りの正体を突き止めたものの、しかしそれは法では裁けない(もみ消される)身分の相手。しかしそれでもこれ以上の犠牲を防ぐため、小桜は一人辻斬りに挑むのですが――


 と、これまで同様、江戸を騒がす事件に挑む小桜の姿が描かれるのですが、しかし本作で描かれるのはそれだけではありません。それと平行して、それよりも遙かに大きな事件が描かれるのであります。
 本作の舞台となるのは元禄15年……と言えばおわかりでしょう。その大事件とは、赤穂浪士の討ち入り。浅野家の遺臣が、吉良上野介邸に討ち入った、あの忠臣蔵の題材となった事件であります。

 実はこの事件、というより浅野内匠頭の刃傷には、浅からぬ……というより大きな関わりを持つ橘北家。それこそが小桜の抱える屈託の原因なのですが、その結果とも結末とも言うべきものを小桜は目撃することになるのです。それもいささか奇妙な形で。

 こうして本作で描かれる二つの事件は、一見全く関係のないものに思われます。しかしよく見てみれば、抵抗のできぬ相手に刃を振るう武士という構図――方や無辜の民を斬る辻斬り、方や老人一人を多勢で襲う浪士たちという違いはあれど――は共通するものがあると言えるようにも感じられます。
 そしてさらに言えば、前者は為政者によって守られ、後者はむしろその為政者によって仕組まれたもの。この両者は、いわば為政者によってねじ曲げられ、犠牲が生じた事件であるとも言えるのではないでしょうか。

 その理不尽に挑み、打ち砕くのが通常の時代劇であるかもしれません。事実、前者に対しては既に触れたように、小桜は敢然とこれに挑もうとするのですが……しかし、あくまでも小桜はその為政者側の人間である(特に後者に至ってはその実行者ですらある)という点で、事態は簡単ではありません。

 自らが法を、為政者の則を守るべき立場において、何ができるか。何をなすべきか。言い換えれば、自らが帰属する世界の中で、その世界そのものに対峙することができるか……これはむしろ、我々大人にとっての問題であります。。
 そして逆に言えば、その問題に直面することとなった小桜は、大人の世界に足を踏み入れたと、そう言えるのかもしれません。

 物語の筋だけを追えば、比較的あっさりと進み、終わってしまう作品ではあります。また、小桜の決意が、一種デウス・エクス・マキナ的な介入によって終わってしまうのは、いささか拍子抜けではあります。

 しかし本作の背後に、このような構図があるとすれば……それは少女一人の力で簡単に乗り越えられるものではないでしょう(それはもちろん、それを無条件に受け入れることとイコールでは決してありませんが)。
 それも含めて、本作は少女の成長を描いてきた本シリーズの一つの締めくくりとして、相応しいものではないか……そう感じるのは、いささか牽強付会が過ぎるでしょうか。


 ちなみにそのデウス・エクス・マキナは、本作においてその驚くべき正体を明らかにすることになります。
 簡単に言ってしまえば、作者の他のシリーズとのクロスオーバー……というより本作自体が、他の作品の裏面に当たる構成なのですが、こうした作品でこの趣向は、なかなか珍しいもののように感じられます。

 もちろん作者のファン、両シリーズのファンとしては大歓迎のサービスではあります。
(しかし、そのもう一作品を読み返してみたら、そのキャラの正体が既にはっきり描かれていたのは不覚――)


『くのいち小桜忍法帖 4 春待つ夜の雪舞台』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
4春待つ夜の雪舞台 (くのいち小桜忍法帖)


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 斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

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2017.05.12

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

 第23回電撃小説大賞の銀賞受賞作である本作は、タイトルどおり明治時代を舞台に、妖怪変化を使ってもめ事を解決する新聞記者と舞台役者に出会った少女が、彼らとともに事件解決に奔走する、ちょっとユニークな物語であります。

 ある日、日陽新聞社に乗り込んできた少女・井上香澄。新聞に載った迷信じみた記事が元で、親友が奉公先を追い出されたことに苦情を言いにやってきた香澄は、記事を書いた記者・内藤久馬から、その記事が彼女の親友を守るためのものであったと聞かされます。
 実は久馬は、自称役者崩れの芝浦艶煙と組んで、妖怪騒動をでっち上げ、その陰で人助けをするのを裏稼業にしている男。今回の記事も、極めて女癖の悪い奉公先の主から守るために、主の方から香澄の親友を店から出すようにし向けたものだと言うのです。

 そんな久馬の態度が気にくわない香澄は、彼を見返すために、半ば強引に裏稼業の仲間に加わるのですが――


 お転婆だけども気持ちの真っ直ぐな少女が、ちょっと斜に構えたツンデレ気味の青年とともに様々な騒動に巻き込まれ、そのうちに……というのは、古今東西を問わないパターンの一つと言えるかもしれません。
 その意味では本作はまさにそのパターンを踏まえた作品であります。

 さらに言えば、本作の(実際には存在しない)妖怪変化の存在を隠れ蓑にしてもめ事を収めるという趣向には、非常に有名な先行作品が存在します。
 その辺りと比較すると、本作で描かれる仕掛けは、いささかストレートに感じられるのが正直なところですが……しかし、物語が進むにつれて、本作の独自性が描き出されることになります。


 本作での久馬と艶煙、そして香澄の裏稼業は、悩み苦しむ人を救うためのもの。そしてそこには多くの場合、その人を悩ませ苦しめる相手が存在します。
 そんな時、裏稼業は半ば当然のようにそんな「悪人」を退治することになりますが……しかし彼らの目的は、本質的には人助け。その主眼は、悪人の断罪ではなく、むしろ善人の救済にこそあります。

 そんな彼らの裏稼業の目的は、時に金のためではない場合すらあります。
 一歩間違えれば極めて現実味の薄い話になりかねないこの趣向は、しかし物語の終盤で久馬が裏稼業を行う理由が明かされることにより、本作の独自性を浮かび上がらせることになるのです。
(ちなみに艶煙は艶煙で、立派な、そして個人的に大いに納得できる理由があるのがイイ)

 そう、実は最終話で描かれるのは、久馬自身の事件、そして彼の過去と現在を巡る物語であります。
 その詳細を語ることはさすがに避けますが、ここで描かれるのは、一つの悲劇を怪異を絡めることによって昇華し、誰を傷つけることなく、関わった者たちを救うという本作ならではの構図であります。

 そしてそこに、物語の冒頭から久馬たちに翻弄され、それでも自分の求める道を探して真っ直ぐに走ってきた香澄が絡み、そしてそこで彼女の成長が、裏稼業に加わった意味が示されるという展開は――定番ではありますが――なかなかに感動的なのです。
(ちなみにここで、彼女について引っかかっていた点がきっちりと解消されるのも納得)


 確かに彼らのやっていることは綺麗事かもしれません。それでも、妖怪変化の存在を、怪異の存在を以て誰もが……それを仕掛ける者も含めて幸せになれるのであれば、それは素晴らしいことと言えるでしょう。
 怖さではなく優しさを感じさせる怪異の物語……普段であればちょっと顰めっ面になってしまいそうな趣向を素直に楽しませてくれる、そんな物語であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業<明治あやかし新聞> (メディアワークス文庫)

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2017.05.11

北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿

 早くも総力を挙げて激突することとなった岳飛率いる南宋軍と兀朮率いる金軍。梁山泊はそれを静観する形となりますが……その一方で秦容ら南方開拓団は厳しい自然を相手に奮闘を続けるなど、独自の動きを展開することになります。まだまだ混沌とした情勢の中、次に動くのは――

 梁山泊軍との激闘の結果、結果として撃退された形となり、その後、梁山泊と対等な講和を結ぶこととなった金国。しかし梁山泊と講和としたということは、裏を返せば後顧の憂いなく南宋と対決することができるようになったということでもあります。
 かくて実に三十万のとてつもない規模の軍を動かし、南進を始めた兀朮。これに対し、南宋は岳飛の軍に加え、再編されつつある地方軍を動かし、総勢二十万という、こちらも凄まじい規模の軍を動かすことに――


 というわけで、前巻の梁山泊vs金に続いて描かれることとなった南宋vs金の決戦。まだ第4巻という、全体の1/4にもならない時点で(という見方は反則かもしれませんが)、ここまで出し惜しみなしで一体どうなってしまうのか……といささか心配にもなりますが、これまでまさしく腕を撫していた岳飛にとっては、待ちに待った活躍の場であります。

 これまでこの大水滸伝に登場した大将クラスのキャラクターの中では、おそらく最も戦に負け、そしておそらくは最も人間臭い人物である岳飛。彼をタイトルロールとする本作が始まって以来、彼の動きは随所で描かれてきたのですが、しかしここまでの規模の戦いに参加するのは、これが初めてと言って良いでしょう。

 そしてその彼の戦いは、同時に彼の信じる「国」の在り方を示すものでもあります。彼が自らに課した想い……尽忠報国。ここでいう「国」とは、彼にとっては「民」の意。すなわち彼が守るべき国とは、金に制圧された地に生きる漢の民なのであります。
 それに対して、南宋の宰相たる秦檜にとっての「国」とは、帝を頂点とした統治機構のこと……従来の意味での「国」であります。

 南宋のために戦いつつも、その胸に抱く「国」の形は大きく異なる岳飛と秦檜。その違いが行き着く先がどこであるか、それは史実を見れば明らかではありますが、しかしそれに触れるのはまだ少々早いでしょう。
 ここでただ述べておくべきは、本作の秦檜は、彼は彼として宋という国を案じているということでしょう。そしてそれは決して彼の私利私欲から出たものではないのですが……だからこそやりきれないものではあります。


 その一方で、本作においては、こうした二つの国の在り方とはまた異なる国の在り方を提示する者たちがいます。
 言うまでもなくそれは梁山泊。そしてその中心であった楊令が提示した「国」とは、秦檜のような統治機構ではなく、岳飛のような民族に縛られるものではなく、それを超えて広がるもの……「流通」を中心として、地域と民族を超えて繋がる人々の共同体的存在と言えるものであると言えます。

 現代にいう一種のグローバリゼーションであり、そして今なお完全に確立しているとは言い難いその「国」の概念が、当の梁山泊の人間にとっても漠然としか理解できていないのはむしろ当然ではあります。しかしその姿が、岳飛や秦檜の抱く「国」と照らし合わせることで徐々にその姿を鮮明なものとしてくるのが実に興味深い。
 そしてそれを体現するのは、南方で甘藷を栽培すべく悪戦苦闘を続ける秦容たちであり、交易路を広げるために宋を、中華圏を離れて旅する張朔であり、王貴なのでしょう。

 そして、こうして「国」の概念が変わっていけば、それを束ねる想いもまた変わらざるを得ません。
 これまでも本作において、新・新梁山泊において語られてきた「志」の存在。時として梁山泊に集ってきた者たちを縛ってきたその志にも、変化の兆しが現れます。呉用と宣凱、呼延凌の対話の中で現れた、それを象徴する言葉、それは「夢」――

 もちろん、まだまだ新たな「国」の形が明らかになったわけでも、そしてそれが正しいものであるかどうかも示されたわけではありません。それを束ねるのが本当に「夢」であるのかどうかも。
 しかしこれまでの戦いを考えれば時にあまりに漠然とも感じられるその言葉は、それぞれの道を歩み始めた梁山泊の人々を結ぶものとして、相応しいものとして感じられます。

 そしてその「夢」は、岳飛とも共有されることとなるのか。それが異なる想いを抱く人々を結ぶのであれば、異なる国を繋ぐものともなるのではないか……それこそ夢のような話ではありますが、本作の向かう先はそれではないか、とも感じてしまうのです。


『岳飛伝 四 日暈の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 四 日暈の章 (集英社文庫)


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2017.05.10

上田秀人『禁裏付雅帳 四 策謀』 思わぬ協力者登場!?

 老中松平定信から密命を受け、禁裏付となった東城鷹矢の苦闘を描くシリーズ第4弾である本作。禁裏の裏を探る活動をいよいよスタートしたものの、もちろん京という異世界の壁は厚く、思わぬ窮地に立たされることになる鷹矢。しかしそこで彼に協力を申し出たのは、意外な人物だったのであります。

 父・一橋治済が大御所の尊号を授けられるよう、徳川家斉から厳命を受けた老中・松平定信によって、突然京に禁裏付として送られることとなった東城鷹矢。
 勝手違いの役目に悪戦苦闘する鷹矢ですが、上からは定信からの厳しい視線が向けられ、そして周囲からは禁裏の公家たちの、そして定信と対立する京都所司代の敵意をぶつけられ、四面楚歌の状況であります。

 しかし家に帰ってみれば、待つのは二人の美女……といっても一人は二条家のスパイとして送り込まれた貧乏公家の娘・温子、そしてもう一人は定信方の若年寄から送り込まれた武家娘・弓江と、要は彼を見張り縛る存在で、家の中も冷戦状態。
 それでも自分の仕事をしなければ定信が恐ろしいと、禁裏を攻略する(=弱みを握る)ために鷹矢は動き出すことに――


 そんな状況の中、前巻では反定信勢力の刺客団に襲われ、上田作品の主人公には珍しく、這々の体で逃れる羽目となった鷹矢。しかし京でものを言うのは武よりも文、そして金……というわけで、彼は禁裏を巡る金の動きを切り口に、行動を開始することになります。
 この辺り、ちょっと意外な展開にも思われましたが、禁裏付とは書院番と目付と勘定吟味役を一人で兼ねる役目、というような作中の表現からすれば、これはむしろ当然の流れであるかもしれません。

 奇しくも三つの役目とも、上田作品の題材となってきたこともあり……というのはさておき、今回鷹矢は京の台所とも言うべき、錦市場――現代でもその立場を変えることなく存在する、その市場に向かうことになるのですが、ここで思わぬ事態が発生することになります。

 かつて敵対する五条市場と、それと結んだ町奉行所によって窮地に陥った過去から、武士に対して激しい敵意を持つ錦市場。そこにノコノコ鷹矢が物価調査に出かけたために、勘違いした市場の人々がエキサイト、暴徒と化して襲いかかったのであります。
 しかも折悪しく弓江が半ば無理やり同行してきたことから彼女を庇い、鷹矢は窮地に陥ることに――

 しかし災い転じて福と成す。一歩間違えれば双方にとって取り返しのつかない事態となったところで、意外な人物が登場する事になります。その名は桝屋源左衛門……またの名を伊藤若冲!

 なるほど、若冲の本業は錦市場の青物問屋、それも町名主を務めたほどの大手であります。しかも、上で触れた五条市場との争いの解決のために、中心となって奔走した人物であったことが、近年知られるようになっています。
 だとすればここで若冲が登場するのは、実は不思議ではありません。しかし本作のメインとなる禁裏という世界、そして何よりも政治的な暗闘とは無縁の人物(それでいて京の上流階級とは大きな繋がりを持つ)ということもあり、全く登場を予想だにしておりませんでした。いや面白い……!

 そして京ではほとんど孤立無援、いやそれどころか四面楚歌であった鷹矢にとって、若冲の存在は大きな助けとなるに違いありません。
 さらに、ここに至りついに物価という切り口を掴んだ鷹矢。これがいよいよ反撃の始まりとなるか……はまだまだわかりませんが、弓江との関係も少しずつ変化してきたこともあり、物語に変化が生じたことは間違いありません。


 また、どうしてもこの記事では鷹矢ばかりに触れてしまいましたが、温子をはじめとして、彼を取り巻く登場人物たちの動きもなかなか面白い本作。

 もちろん、数多くの勢力がそれぞれの思惑を秘めて入り乱れるのは、こうした物語の定番ではあります。
 しかしその各勢力に属する個人の悲哀、そして強かさが、本作では主人公がそれほど強力ではない分、より強く感じられるのが、本作の面白い点ではないかと感じられます。

 権力という怪物に振り回されるのは、鷹矢一人ではない……鷹矢に強力な力がない分、どこか群像劇的味わいも生まれてきた本作ですが、しかしこの世界はゼロサムゲーム。
 最後に報われることになるのは誰なのか……まだまだ先は見えません。


『禁裏付雅帳 四 策謀』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
策謀: 禁裏付雅帳四 (徳間時代小説文庫)


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2017.05.09

入門者向け時代伝奇小説百選 SF

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回紹介するのはSF編。いずれもその作品ならではの独自の世界観を持つ、個性的な顔ぶれです。
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

36.『寛永無明剣』(光瀬龍)【江戸】【剣豪】 Amazon
 大坂の陣の残党を追う中、何故か柳生宗矩配下の襲撃を受けた北町奉行所同心・六波羅蜜たすく。一つの集落そのものを消し去り、幕府要人たちといつの間にかすり替わっているという謎の強大な敵の正体とは……

 と、歴史改変テーマの時代SFを数多く発表してきた作者の作品の中でも、完成度と意外性という点で屈指の本作。
 奇怪極まりない陰謀に巻き込まれた主人公の活躍だけでも、時代小説として実に面白いのですが、しかしそれだけに、中盤に物語の真の構図が明らかになるその瞬間の、一種の世界崩壊感覚は、本作ならではのものであります。

 そしてその先に待つのは、あまりにも途方もないスケールの秘密。まさに「無明」と呼ぶほかないその虚無感と悲哀は、作者ならではの味わいなのであります。

(その他おすすめ)
『多聞寺討伐』(光瀬龍) Amazon


37.『産霊山秘録』(半村良)【戦国】【江戸】【幕末-明治】 Amazon
 時代伝奇SF、いや伝奇SFの巨人とも言うべき作者の代表作である本作は、長き時の流れの中で、強大な超能力を持つ「ヒ」一族の興亡を連作形式で描く壮大な年代記であります。

 戦国時代に始まり、江戸時代、幕末、そして第二次大戦前後に至るまで……強大な異能を活かして、歴史を陰から動かしてきたヒの一族。高皇産霊尊を祖と仰ぐ彼ら一族の血を引くのは、明智光秀、南光坊天海、猿飛佐助、坂本竜馬、新選組……と錚々たる顔ぶれ。
 そんなヒの一族が如何に歴史に絡み、動かし、そして滅んでいくのかを描いた物語は、まさに伝奇ものの興趣横溢。最後にはアポロの月面着陸まで飛び出す奇想天外な展開には、ただ圧倒されるばかりなのです。

 そしてそんな物語の中に、生命とは、生きることとは何か、という問いかけを込めるのも作者ならではであります。


38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 アニメ界の生きる伝説であり、同時にミステリ、ジュブナイルを中心に活躍してきた作者が描いたジャンルクロスオーバーの快作であります。

 22世紀の未来から、享保年間にやってきた五人の高校生+顧問の航時部。彼らは、江戸に到着早々、二つの密室殺人事件に巻き込まれることになります。それぞれ個性的な能力を持つ彼らは特技を活かして事件解決に乗り出すのですが――
 とくれば、未来人が科学知識を活かして江戸時代で事件捜査を行う一種の時代ミステリになると思われますが、その先に待ち受けているのは、様々なジャンルが入り混じり、謎が謎呼ぶ物語。

 「過去」と「未来」が交錯するその先に、思わぬ形で開く「現在」への風穴にはただ仰天、齢八十を超えてなお意気衰えぬ作者が現代の若者たちに送る、まさしく時代を超えた作品であります。

(その他おすすめ)
『戦国OSAKA夏の陣 未来S高校航時部レポート』 Amazon


39.『大帝の剣』(夢枕獏)【江戸】【剣豪】 Amazon
 伝奇バイオレンスで一世を風靡した作者が、時代伝奇小説に殴り込みをかけてきた、記念すべき大作であります。

 主人公は日本人離れした容姿と膂力を持ち、背中に大剣を背負った巨漢・万源九郎。その剣を頼りに諸国を放浪する彼が出会ったのは、奇怪な忍びに追われる豊臣家の娘・舞。しかし彼女の体には、異星からやってきた生命体・ランが宿っていたのであります。
 かくて源九郎の前に現れるのは、徳川・真田両派の忍びに切支丹の妖術師、宮本武蔵ら剣豪、そして不死身の宇宙生物たち……!

 無敵の剣豪が強敵と戦うのは定番ですが、その敵が宇宙人というのはコロンブスの卵。そしてそこに「大帝の剣」を含む三種の神器争奪戦が絡むのですから、面白くないはずがありません。終盤には人類の歴史にまで物語が展開していく実に作者らしい野放図で豪快な物語です。

(その他おすすめ)
『天海の秘宝』(夢枕獏) Amazon


40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)【幕末-明治】 Yahoo!ブックストア
 ハチャハチャSFを得意としながらも、同時に古典SF研究家として活動し、さらに明治時代を舞台としたSFを描いてきた作者。本作はその作者の明治SFの中心人物である実在のSF作家・押川春浪と、その弟子筋の若き小説家・鵜沢龍岳(こちらは架空の人物)を主人公とした短編集であります。

 明治時代の新聞の切り抜きを冒頭に掲げ、春浪自身が経験した、あるいは耳にした、この記事にまつわるエピソードを龍岳が聞くという聞くというスタイルの短編12篇を納めた本書は、いずれも現実と地続きの世界で起きながら、この世の者ならぬ存在がひょいと顔を出す、すこしふしぎな(まさにSF)物語ばかり。
 内容的にはあっさり目の作品も少なくないのですが、ポジでもネガでもない明治を、SFという観点から掘り起こしてみせたユニークな作品集です。

(その他おすすめ)
『火星人類の逆襲』(横田順彌) Amazon



今回紹介した本
寛永無明剣 (角川文庫)産霊山秘録 上の巻<産霊山秘録> (角川文庫)未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団 (講談社ノベルス)大帝の剣 1 (角川文庫)押川春浪回想譚 (ふしぎ文学館)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「寛永無明剣」 無明の敵、無明の心
 『未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団』 未来の少年少女が過去から現在に伝えるもの
 夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編
 「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

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2017.05.08

『風雲ライオン丸』 第15話「脱獄囚を追跡しろ!」

 戦闘に特化した怪人ゾリラを造り出したアグダーは、更なる強化のため、腕から刃が飛び出す能力を持つ極悪人・源太を狙う。連行途中で奪回された源太を泳がせてアグダーの居所を知ろうとする錠之助と、源太を助けようとする獅子丸が対立する中、逃亡した源太は三吉を人質にしてしまうのだが……

 いきなり思い切り現代的な手術台が出てきてゲンナリさせられるのはともかく、アグダーが手ずから造り出した怪人ゾリラの登場から始まる今回。久々に登場したにもかかわらず、初めはえらくそっけないマントルゴッドも、地虫忍者五人に楽勝(いや、あまり大したことではないのでは……)のその力に感心するほどの強さであります。
 そしてさらなるパワーアップを図らんとするアグダーが目をつけたのは、死刑場に連行途中の極悪人・源太。唐丸籠で後ろ手に縛られた源太は、通りかかった錠之助に脱獄の手助けを頼むほど肝の太い奴であります。もちろんそれを鼻で笑って往く錠之助ですが、その直後に地虫とゾリラが一行を襲撃、源太はまず自分の手を自由にしてもらうと、その手首から(?)飛び出す刃!

 アグダーの狙うその能力で地虫を斬り倒して逃げ出そうとしたものの、さすがにゾリラには敵わず押さえつけられる源太(ここで「マントルゴッド様に指令を受けた秘密諜報部員だぞ!」と口走るのですが、たぶんハッタリでしょう……なんで源太がマントルゴッドを知っているのかは不明ですが)。そして錠之助は、アグダーが源太を必要としていると知り、その居場所を突き止めるため、連れ去られる源太の跡をつけるのでした。

 と、その途中で獅子丸と出会った錠之助は事情を説明するのですが、獅子丸はこれに反発。悪人といっても見過ごしにはできないという獅子丸と錠之助は素手で取っ組み合いを始めるのですが、一度はダウンした獅子丸が、立ち去ろうとする錠之助を後ろから木の棒で殴り倒すという、ヒーローにあるまじき行動で勝利するのでした。
 そして地虫たちの前に立ちふさがる獅子丸ですが、源太は獅子丸が戦っている隙に逃亡。しかし今度は錠之助がその前に立ちふさがります。刃を振り回す源太に変身して拳銃を突きつけるという、こちらもヒーローにあるまじき行動を見せる錠之助ですが、やっぱり源太に逃亡されることに――

 そしてそこに折悪しく通りかかったのは志乃と三吉、源太は三吉を捕まえると人質にしてそのまま逃げてしまうのでした。そこに追ってきた錠之助は、さすがに志乃に対してすまなそうな顔をしますが、追って現れた獅子丸には「お前が助けた奴がかっさらって逃げた!」と姑息なすり替えを――
 しかし次の瞬間には、いつの間にかアグダーに捕まって手術されている源太。そして獅子丸と錠之助の前に現れたゾリラには、源太の意識が……と、この辺がよくわからない展開です。源太がゾリラになっているということは、源太の脳が移植でもされたのか?

 それはさておき、地虫忍者に捕まって人質状態の三吉を、背中のロケットでひとっ飛びして奪回した獅子丸は、そのまま彼を小脇に抱えてロケット変身! 三吉と志乃を錠之助に任せ、ゾリラと対峙します。すでに源太を泳がしておいても無意味に思われますが、錠之助は源太を殺すなと獅子丸に告げ、獅子丸も殺しはせん! と力強く応えるのですが――
 しかしその直後、獅子丸は崖の上で豪快に爆発を起こし、転がり落ちる無数の岩とともに飛び降りてバッサバッサと斬りつける新必殺技・ライオン千尋落としを披露。さらに刀身から光線まで放ってゾリラを爆破! 言ってることとやっていることが全く違う(いや、手加減できないほどの強敵だったということなのだと思いますが)という何ともすっきりしない展開の末、獅子丸は去っていくのでした。


 獅子丸たちともマントル一族とも異なる立場の極悪人の登場、そしてその男を巡っての獅子丸と錠之助の対立を通じての二人の立場の明確化と、題材だけ見れば非常に面白そうな内容ながら、構成や演出がアバウト過ぎてすっきりしない今回。そもそも源太の腕から刃が出るという能力もよくわからないところで、素直に極悪人の脳が必要だった、という設定で良かったのでは……という気がします。
 ライオン千尋落としなど、ネーミング的にもビジュアル的にも格好良かっただけに、実にもったいない回でありました。


今回のマントル怪人
ゾリラ

 アグダーが手ずから生み出した、全ての能力が戦闘のために作られた怪人。そのままでも無双の怪力を誇るが、極悪人・源太の能力(精神も?)を移植され、腕から岩をも砕く刃を出すようになった。が、ライオン千尋落としで比較的あっさり倒される。


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2017.05.07

渡辺仙州『封魔鬼譚 1 尸解』 僕は誰だ!? 驚愕の中国伝奇ホラー!

 『三国志』『水滸伝』などの中国古典を児童向けにリライトしてきた作者によるオリジナルの中国伝奇ホラーであります。町を騒がす連続猟奇殺人に全く思わぬ形で巻き込まれた少年・李斗を主人公に展開していく物語は、こちらの予想を遥かに超え、ジャンルすら超えるような様相を見せることに――

 北宋は泉州の豪商の子に生まれながら、母が第二婦人であったことから、正妻の子である弟との跡目争いに悩む少年・李斗。
 家にいることにすっかり嫌気が差しながらも、生まれついての天才的な記憶力以外は取り柄のない彼は、せいぜい町中をうろつくくらいしかすることがないのですが……そんなある日、彼は宗教狂いの義母が庭に立てた建物から、異様な気配を感じるのでした。

 折しも町では、猫大の奇怪な獣に襲われて殺されたという男が甦り、今度は自分が人を襲い、血肉を喰らったという奇怪な噂で持ちきり。そんな怪奇の事件を専門に扱う道士たちがいる白鶴観の存在を知った李斗は、調査を依頼しようとするのですが、人手が足りないとすげなく追い返されてしまいます。
 それでも諦め切れぬ彼が、道観の一つで見つけたのは符を貼られた兎。そこで何の気なしにその符を剥がしたことがもとで、彼は恐るべき運命に巻き込まれることになるのです。

(ここから先は、どうしても物語の核心に触れざるを得ませんのでご容赦下さい)


 符を剥がした途端動き出した兎に襲われ、足を食いちぎられて意識を失った李斗。目覚めた時に彼が知ったのは、自分が何者かに襲われて死に、既に埋葬されたという事実……!

 それでは今ここにいる自分は誰なのか? あたかも「尸解」……一旦死んで肉体を捨てた仙人のような自分の状態に混乱する李斗。その前に現れた妖しげな少年・楊月は、それが「封魔」なる生物によるものであると告げます。
 殺した相手の血を取り込んで自分の体を相手と全く同じ形に作り変え、本人の人格と記憶までも完全にコピーした存在と化す生物・封魔。すなわち、今の李斗は「李斗」を殺してコピーした封魔だったのであります。

 果たして封魔は誰が、何のために生み出したのか。白鶴観の道士たちと敵対する楊月とは何者なのか。李斗の家の建物に潜むものとは? そして何よりも、李斗の運命は――


 過去の中国を舞台としたファンタジー、特に道士が奇怪な妖魔に立ち向かう物語は、中国本国はもちろんのこと、日本においても数多く描かれています。しかしその中でも本作がどれだけ奇怪で、どれだけユニークな作品であるかは、これまで縷々述べてきた内容だけでも十分おわかりでしょう。

 死者の復活や、その死者が怪物と化すのはある意味定番の題材ですが、しかし本作ではそれが寄生生物という、SF的な合理性を以て説明されるのだから面白いというか、驚かされるというか――
 それだけでなく、さらにその再生者が死者の人格と記憶を持つことから、一種のクローンテーマ的な物語にまで繋がっていくのに至っては、何と評すべきか……!
(そしてそれが、少年の自我の形成という、極めて児童文学的テーマに繋がっていくのが実にうまい)

 冒頭に述べたように、これまで数々の中国古典をリライトしてきた作者。児童向けという域を超えて、一般向けとしても遜色のないクオリティであったそれらから、作者の実力は理解してきたつもりでした。
 そして作者のオリジナル作品『文学少年と運命の書』からも、ストーリーテラーとしての作者の腕の冴えをはっきりと感じ取っていたのですが……本作で描かれるのは、まさしくそんな作者ならではの、作者でしか描けない中華時代伝奇ホラーとでも呼ぶべき物語。空前絶後の題材で物語を描きつつ、しかしそれを舞台となる時代の枠の中にきっちりと収めてみせた快作であります。


 作者の中国ものに外れなし……これまで密かに思ってきたことを、はっきり申し上げても良いかと思います。
 もちろん、続編も近々にご紹介いたします。


『封魔鬼譚 1 尸解』(渡辺仙州 偕成社) Amazon
封魔鬼譚(1)尸解


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2017.05.06

『変身忍者嵐』 第11話「血どくろ谷のドクモリバチ!!」

 次々と子供を狙う化身忍者ドクモリバチ。襲われた少年・良太を一度は助けたハヤテたちだが、ドクモリバチに操られた良太の父に、良太とツムジが攫われてしまう。子どもたちを血車党の下忍に変えようとする企てを阻むため、ハヤテは髑髏館に急行、子どもたちを助けてドクモリバチを倒すのだった。

 山中湖から関所を通らず江戸に向かう抜け道がある世附峠……という前フリは特に関係なく、子供が欲しいなどと言いつつ、目の付いた繭(?)の中から現れて村の子供・良太に襲いかかる変質者・ドクモリバチ。
 そこに一足先に村にやってきたツムジが遭遇、良太を庇いますが、もちろん敵うはずもなく、早速ハヤテに救援を要請。さらに謎の爆音とともにムササビの術で白k……タツマキも駆け付け、ひとまず良太を助け出すのでした。

 さて、ドクモリバチの狙いは、子供たちを攫ってきて血車党の下忍として使おうというもの。例によっての泥縄ぶりですが、昨今の国際情勢を考えれば結構シャレになっていない……というのはさておき、よせばいいのに嵐に復讐しようと、ドクモリバチは良太の父に目をつけます。
 山での仕事中、白米の握り飯が置いてあるのに疑いもなく飛びつく恥ずかしい大人ぶりを披露した上に、ドクモリバチの銛に仕込まれた毒にやられる親父。この毒を食らうと、命に別状はないものの、ドクモリバチの言いなりに操られるというのですが――

 そんな中、ハヤテたちの予想は当たり、良太の家を襲撃する血車党。首輪みたいな輪から四方八方に打ち出される連続毒矢撃ちを披露するドクモリバチを蹴散らしたハヤテですが、そこで操られた親父が割って入り、良太とツムジが捕らえられてしまいます(わざわざ子供をリレーするのに水平投げなる忍法を使うドクモリバチ)。
 カスミの毒消しで回復したものの、猛烈に落ち込む良太の父。そんな中、子供が殺されたという知らせが入り、その弔いの行列を追ってハヤテとタツマキが寺に向かうと、棺桶からは人の気配が……思い切りよく刀を突き立ててみれば、中に入っていたのは血車党の下忍であります。

 わざわざハヤテたちを誘き寄せたというドクモリバチを何となく空中戦で撃退したハヤテですが、そんな間もツムジと良太をはじめとする子どもたちに危機が迫ります。ドクロ汁なる怪しげな液体に子どもたちを漬け、下忍に変えてしまうというのですが――
 成り行きをボサッと見てるかと思いきや、他の子供が犠牲になりそうになると、さすがにやるなら俺をやれと名乗りを上げるツムジ。一瞬の隙をついて反撃したかに見えましたが、子供の身の悲しさ、髑髏丸にあっさり捕まって良太ともども首だけを出して埋められ、見せしめとして硫黄責めなる拷問にかけられることに……しかもその周囲には地雷が埋められており、ハヤテたちが助けにくれば大爆発するというではありませんか。

 そこに駆け付けたハヤテとタツマキですが、正面からタツマキが陽動をかけているうちに、ハヤテが大ジャンプでツムジたちのところに到着、むしろ地雷の罠には下忍がかかる始末。そしていつもの滝のところで最後の対決を繰り広げたハヤテは、いつものとおり秘剣影うつしでドクモリバチを粉砕するのでした。


 嵐が都合三度ほど登場と、かなりチャンバラシーンが多かった今回。さすがに東映だけあって剣戟アクションは本当に良いので、これはこれで正しいと思います。
 今回のドクモリバチは、様々な形で毒を操るなかなか芸コマな化身忍者ですが、何か造形的に物足りないと思いきや、背中に羽根がない……まあ、羽根が落ちた蜂もいますが。


今回の化身忍者
ドクモリバチ

 鎖付きの銛を操る化身忍者。首輪から四方八方に毒矢を放つ連続毒矢撃ち、毒煙を吹き出す毒煙攻めなどの忍法を操り、銛の毒で人間を自在に操ることも可能。血車党の下忍に変えるために子供を集めたが、ハヤテたちに察知されて倒された。


『変身忍者嵐』第1巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.1 [DVD]


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2017.05.05

平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い

 四社合同企画で連続刊行中の平谷美樹作品、第2弾は徳間文庫から刊行の本作であります。星鉄……いわゆる隕鉄の小柄をきっかけに、鉄を巡る巨大な因縁と陰謀に巻き込まれた男が繰り広げる大活劇、「星鉄伝説」とも呼びたくなるような一大伝奇小説であります。

 主家が無嗣断絶したことから侍を捨て、江戸で鉄屑買いをして暮らす元・鉄山奉行の鉄澤重兵衛。その彼に、ある日、顔なじみの子供・留松が持ち込んできたのは、長屋で見つけたという不思議な輝きを放つ小柄であります。
 その小柄が星鉄製と見抜き、留松から買い取った重兵衛ですが、その晩、留松と両親は何者かに惨殺されてしまうのでした。

 一つには留松の仇討ちのため、一つには探し求めていた星鉄の謎を追って、共に江戸に出てきた仲間たちとともに下手人を追う重兵衛。やがて事件の背後に上総兼地藩での鉄山開発を巡る争いがあったことを知る重兵衛たちですが、彼らに何者かの魔手が迫ることとなります。
 襲撃を切り抜けた重兵衛たちは、大量の鉄の生産が行われていると思しき兼地藩に潜入。そこで出会ったのは、流浪の製鉄技術者である流れ蹈鞴衆で――


 ふとしたことから怪事件に遭遇し、様々な勢力が入り乱れる暗闘に巻き込まれる……というのは、時代伝奇ものの王道パターンですが、本作はまさにそれに当てはまる作品ではあります。
 しかしそこから大きく踏み出す本作の個性が、「鉄」の存在。主人公の名前から事件の発端、繰り広げられる陰謀まで、本作はとにかく鉄尽くし。しかもその要素のほとんどが実は有機的に結びつき、一つの巨大な物語を生み出すのであります。

 思えば作品の全てではないにせよ、作者の作品においてかなりの割合で登場するのは、一種のサイエンス・テクノロジー志向/嗜好ともいうべき要素。
 『蘭学探偵 岩永淳庵』『採薬使佐平次』のように物語の中核を成す作品から、物語の一要素として使われる作品まで、作者の時代小説には、他の作家と比べれば相当多い割合で、こうした要素が登場するのです。

 本作の「鉄」もその系譜に属するものですが、そこに製鉄の歴史――特殊技能民たる蹈鞴衆と、彼らの文化が関わることで、物語に時代伝奇ものとしての深みが加わるのがまた面白い。
 そしてこうした要素がさらに、クライマックスに明らかになるとんでもないガジェット、とんでもない大陰謀に繋がっていくのですから、これはもう、作者でなければ描けない時代伝奇小説と呼ぶべきなのであります。
(似たようなアイディアの作品がないでもありませんが、クライマックスの盛り上がりぶりでは本作は屈指と言えます)


 しかし、この一作では物語の全貌がまだまだ見えないのがまた凄まじいところでしょう。
 もちろん、本作で描かれる事件は、本作できっちり決着が付くのですが、その背後で語られる、この国の隠れた歴史、歴史に隠れた存在には幾多の謎の存在が仄めかされますそして何よりも、主人公が追い求める、自分自身の存在に関する謎もまだ明らかになっていないのですから――

 果たして「鉄」を巡る戦いの先に何が待つのか。そしてそこで主人公のオリジンが如何なる意味を持つのか。何よりも、本作のタイトルの意味とは――
 始まったばかりの壮大な物語のその先の物語、作者にしか描けない時代伝奇小説の続編の登場を、今から心待ちにしている次第です。


『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫) Amazon
鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)


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2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

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2017.05.03

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻 内憂外患に豪快に挑め!

 ついに単行本も二桁の大台に乗った本作。しかしまだまだ信長の目指すところは遠いどころか、内憂外患で尾張の命運は風前の灯火であります。迫る今川軍をいかに退けるか、そして乱れに乱れた織田家をいかに治めるか……そしてこの巻では、あの有名な逸話が本作らしい豪快さで描かれることになります。

 大洋での大冒険を終え、尾張に帰ってきた信長を待っていたもの。それはいよいよ尾張侵攻に乗り出さんとする今川義元と、父・信秀亡き後の家督を狙って動き出した弟・信勝と土田御前……すなわち尾張を巡る内憂外患であります。
 こんな状況にも動じぬ信長は、尾張の情勢視察に美濃の斎藤道三から送り込まれた明智光秀とともに、迫る今川軍に挑むのですが――


 その底抜けのカリスマと行動力で次々と不可能を可能にしていく信長ですが、絶対的な戦力差を、物量の違いをひっくり返すのはさすがに難しい。
 しかも国境を任せられた山口教継・教吉父子は、密かに今川家と内通を……と、これまた大変な状況ですが、しかしそれでもどうにかしてしまうのが、本作の信長の信長たる所以であります。

 光秀からあるものを借り受けた信長は、それを用いて一世一代の大芝居。山口父子に対しても、お前の心底はわかっていると言わんばかりに、しかし人を食った形で一睨み効かせるという、何とも豪快かつ爽快な形でこの危機を切り抜けるのであります。
 この辺り、冷静に考えると意外と小技を効かせた対応なのですが、それをそれと感じさせないのが作者の画の力。そしてもう一つ、敵方の見届け人として思わぬ男が登場したことが、かなりのアクセントとなっていることもあるでしょう。

 その男、義元の懐刀と呼ばれるその男の名は……岡部元信!
 なるほど、義元が今川家を継ぐ時から彼を支え、そして(ある意味ネタバレになりますが)その彼が討たれた後も、味方が総崩れになる中でただ一人織田軍に立ち向かい、痛撃を与えたこの人物ほど、懐刀と呼ぶに相応しい人物はいないでしょう。

 しかし本作の元信は、これがまた何とも人を食った男。飄々とした態度を崩さず、美しい娘を供に連れ、そして彼女といちゃつきながらも(本作に珍しいエロシーン)、不敵な眼差しを隠さない、これはこれで男の中の男というべきキャラクターなのであります。


 そんな将来の好敵手に見つめられつつも、意気揚々と引き上げてきた信長の次の相手は、家督を狙って暗躍を続ける織田家の魑魅魍魎ども。
 父・信秀の(影武者の)死に乗じて動き出した連中に、父の理想を汚されてなるものか! と決意を固めた信長のいわば宣戦布告が、葬儀の場で繰り広げられるのです。
(ちなみにここで語られる信秀の理想は、現代人の目から見た理想像過ぎてちょっと……)

 信長が父の葬儀で如何なる行動をとったか……これを知らない方は少ないでしょう。葬儀の場に相応しくない傾いた形で現れるや、祭壇に抹香を投げつけたというアレであります。
 ある意味、いかにも信長らしい逸話ですが、それを本作は如何に描いたか? 傾いた形は当然のこと、抹香も投げつけるのですが、その相手は、そして投げ方は……

 いやはや、これは是非実際にビジュアルで見ていただきたいのですが、なるほど本作であればこれくらいはやるだろう、というほかないビジュアルインパクト。
 凄すぎて笑ってしまうというのは、作者の作品にはままあることですが、今回ほどそれが当てはまる展開はない、としか言いようがありません。
(ビジュアルといえば、デカすぎる柴田勝家のインパクトも凄まじい)

 そして絵に描いたようなドヤ顔を見せる信長がその直後に向かうのは、もう一つの葬儀。その相手が誰かは伏せますが、こういう泣かせるシーンをさらりと入れてくるから、本作は好きなのであります。


 決戦の時まであと10年、まだまだ長い時間ではありますが、さてその間にどれだけ信長の豪快な大暴れが見られるのか。
 そしてそのエピソードをどう本作流に料理してくれるのか……ある意味油断のならない作品であります。

『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 10 (ゼノンコミックス)

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 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第9巻 内憂外患、嵐の前の静けさ?

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2017.05.02

木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その二) 人間から怪物へ、怪物から人間へ

 木下昌輝による異形の武蔵伝の紹介、後半であります。武蔵を最強の殺人者への道へと誘わんとする父・無二斎。その無二斎の存在を通した時、物語はさらに新たな貌を見せることになるのです。

 無二斎の存在を通じて物語に浮かび上がるもの……それは、豊かな人間性を持ちながらも、運命の、そして周囲の者たちの悪意によりそれを否定され、非人間的な怪物へと改造されていく者の悲劇であります。

 幼い頃から尋常な生活を否定され、ただ相手に勝ち、殺すための存在として育てられてきた武蔵。
 そのような生を送ってくれば、どれだけ豊かな人間性を持とうとも、いやそれだからこそ、その人間性は黒く塗りつぶされ、殺人機械とも言うべき存在へと変わっていくほかはないでしょう。

 そしてそんな彼の姿は、作者の読者にとって、ある物語を思い起こさせるかもしれません。
 その物語とは、作者のデビュー作であり、つい先日文庫化されたばかりの作品『宇喜多の捨て嫁』……この物語で描かれた宇喜多直家の姿は、本作の武蔵の姿と、奇妙に重なり合うように感じられるのです。


 しかし……本作はやがて、その先にさらに秘められた貌を見せることになります。
 これは本作の根幹に繋がる要素であるため、ここでは詳細を伏せざるを得ません。ただ、本作は怪物に改造された者「たち」の物語であったことを、そしてその実像を知れば、本作の題名にまた別の感慨が浮かぶことを述べるのは許されるでしょう。

 そして描かれる武蔵最後の決闘。その後の武蔵を描くことにより、本作は、武蔵の「強さ」と「成長」……怪物から人間へと鮮やかな再生を遂げた武蔵の姿を描いて終わりを告げることとなります。
 こちらも本作の核心に繋がるためあまり詳しくは書けないのですが、直家の運命を直接的に地獄に導いた一撃を、明確に武蔵が乗り越えたことを示す結末は、剣豪小説としても見事の一言で、ただただ感動するほかないのであります。

 しかし、それでは武蔵を人間に再生させたものとは、一体何であったのか……それはおそらくは武蔵が描いてきた「絵」、いや、それに象徴される人間の精神的な豊かさなのではないか、と私は感じます。

 本作の冒頭から、すなわち幼い日から、「剣」とともにもう一つ武蔵の傍にあった「絵」。それは剣と異なり無二斎に与えられたものでも強いられたものでもなく、彼がごく自然に手にしたもの、描き続けたものであります。
 地面に落書きを描くのに始まり、やがて都で好事家の目を惹く水墨画を描き、そして江戸で同好の士とともに描くことを楽しむまでになっていく……

 もちろんその絵は、武蔵の剣同様、決して初めから洗練されたものではあり得ません。時にそれは、彼の荒涼たる精神を浮かび上がらせるものですらありました。
 しかしその絵が、その絵を通じて繋がった他人の存在が、此岸と彼岸の狭間で彼を繋ぎ止めたと……本作の結末からは強く感じられるのです。


 その作品の多くで、人間が、その人間性の存在故に地獄を生み出し、地獄に落ちる姿を描いてきた作者。しかし、そうであるとすれば、そこから救われる道もまた、人間性の中にこそあるのではないか――
 もちろんそんな甘いテーゼは、運命の悪戯によって容易に左右されるものであるかもしれません。それは武蔵に敗れてきた者たちの姿にも現れているのでしょう。

 しかし、それでも……それでも、本作の結末を見れば、そんな甘さを、人間の人間たる力を信じてみたいという想いに駆られるのであります。


『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA) Amazon
敵の名は、宮本武蔵


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2017.05.01

木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝

 日本で最も知られた剣豪であろう宮本武蔵。しかしそのイメージは大半が吉川英治の作品を通じてのものであり、実像は不明の部分も多いのが事実です。本作はそんな武蔵の姿を、彼に倒された敵の目を通じて描くというユニークな作品ですが……しかしもちろんそれだけで終わるものではありません。

 13歳で初めて決闘に勝利し、以来、60数回決闘を重ねていずれも勝利したという武蔵。しかし彼が勝利したということは、当然ながらそこには敗者がいたということにほかなりません。
 有馬喜兵衛、クサリ鎌のシシド、吉岡憲法、幸坂甚太郎、巌流津田小次郎、そして……本作には、彼自身が記した五輪書、あるいは彼を語る逸話・伝説、そしてこれまで無数に描かれてきた武蔵にまつわる物語に登場し、そして武蔵に敗れたライバルたちが登場することになります。

 しかしこれまでは、ほとんどの場合「宮本武蔵の敵」としてしか描かれてこなかった彼らを、本作は彼らが決闘に至るまでの人生を様々な角度から切り取ることにより、鮮やかに再生してみせるのです。単なる敵役ではなく、一人の人間として。

 例えば第1話に登場する有馬喜兵衛は、先に述べたとおり人生初決闘の武蔵に敗れた男であり、新当流の剣士であったことくらいしか記録に残っていない人物であります。
 本作はその喜兵衛を、九州は有馬晴信の遠戚であり、かつては優れた剣士として知られながらも、島原沖田畷の戦で、誤って子供たちの隠れた蔵に大筒を撃ち込ませたことから、童殺しの悪名を背負わされた男として描くのです。

 主家からは放逐され、あてどなく放浪する中で遊女のヒモ同然にまで落ちぶれた喜兵衛の耳に入ってきたのは、決闘相手を募っているという少年・弁助の存在。弁助は、元服を認められるために、武芸者の首を取ることを命じられていたのであります。
 ついに新当流を破門され、さらに病により余命幾ばくもないことを悟った彼は、弁助、言うまでもなく後の武蔵との決闘に臨むことを決意するのですが――

 もちろんこの喜兵衛の物語は、本作独自のものであり、創作であります。しかしそこに記された喜兵衛の姿は、運命の悪戯から勝者になれなかった悲しい存在として、どこか不思議な現実感を以て、我々の胸に強く刺さるのです

 そしてこの後に続く物語も、決闘者それぞれの視点から、彼が宮本武蔵を敵とした末に敗れる様を、丹念に描き出すことになります。そして同時にその敗者たちの姿から浮き彫りになるのは、武蔵その人の姿なのであります。


 さて、こうして描かれる本作の宮本武蔵の半生には、黒い黒い影を落とす者が存在します。その名を宮本無二斎……「美作の狂犬」とまで呼ばれた剽悍極まりない武芸者、首にクルスと古流十手の二つの十字架をかけた男であり、何よりも武蔵の父たる存在であります。
 先に述べた無惨な元服の儀式も、この無二斎が命じたもの。そしてそれ以降も、弟子を通じて、あるいは自分自身の手で、彼は我が子を血塗られた修羅の世界、最強の殺人者への道へと導こうとするのです。


 そして……少々長くなりますので、次回に続きます。


『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA) Amazon
敵の名は、宮本武蔵


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