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2017.05.29

『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 絆の煙草入れ』 彼女の仲間たち、彼女たちの絆

 この春から初夏にかけ四社合同フェア展開中の平谷美樹、三社目の作品は草紙屋を舞台とした時代ミステリの第二弾です。頭の回転と鼻っ柱の強さは随一の新米戯作者・鉢野金魚と、残念イケメンの先輩戯作者の本能寺無念を中心としたメンバーに、今回意外な実在の人物が加わることになります。

 江戸の娯楽書専門店・草紙屋の一つ、薬楽堂にたむろっている面々が、江戸で起きるあやかしの仕業としか思えぬ怪事件の数々に挑む本シリーズ。
 今回も、娘幽霊にドッペルゲンガー、幽霊寺と様々な怪異が描かれるのですが、その謎を解いて戯作のネタにしてやろうという怖いもの知らずの金魚を探偵役に、何故か幽霊を異常に怖がる無念を助手役に据えて展開する物語の楽しさは健在であります。

 そして物語だけでなく、金魚&無念コンビをはじめとするキャラクターの面白さも、もちろん本シリーズの大きな魅力であります。
 海千山千で油断のならぬ大旦那に、木刀を持つといきなりキレる番頭、元御庭番の読売屋等々、一癖も二癖もある面々が集う薬楽堂ですが――さらに今回そこに、実在の人物、それも極めてユニークな人物が加わることになります。

 その人物とは只野真葛――女性国学者にして文学者、あるいは思想家、そして『赤蝦夷風説考』の工藤平助の娘であります。
 この真葛の事績についてここで詳しくは述べませんが、幼い頃から「女の本(手本)になるべし」と思い定め、和文・和歌・書に通じた才女であり、その著作も一種の政治・哲学論から随筆、奇談集に至るまで、多岐に渡ったという、実に興味深い人物であります。

 そして何よりも、あの偏屈で知られる曲亭馬琴が「男魂ある者にてその才優れたり」と認めたというのですから驚かされるではありませんか。
 もっとも色々あって後に(実に馬琴らしい形で)絶交状態となるのですが、本作においてはその直後、仙台から江戸にやって来た真葛の姿が描かれることになります。

 大旦那と旧知の間柄であった縁で薬楽堂に現れた真葛。その著作で示されるように、この世の諸相について独自の見解を持つ彼女は、薬楽堂に持ち込まれる事件について、怪異の存在を否定しません。
 ……ということは、金魚とは正反対の立場だということであります。ともに鋭い観察眼と頭の回転の速さを持ち、そして当時の男社会にも屈しない強い心を持つ女性でありつつも、その立場が異なることによって眞葛が一種のライバル探偵役として存在しているのが、実にユニークなのです。

 しかし本作は、眞葛を単純なライバルとしてのみ描くものではありません。これは作品の核心にも関わるところですので詳しくは書けないのですが、本作は、上で触れた彼女の背景を踏まえつつ、その彼女だからこそありえる物語展開を用意しているのですから。
 そしてその中で描かれるのは、あるいはありえるかもしれない金魚の未来の姿なのかもしれません。溢れんばかりの才能を持ちながらも、男社会の壁に突き当り、立ち止まるを得なかった女性の姿の。


 しかし本作において、金魚はそんな眞葛を軽々と超える姿を見せてみせます。それは
彼女の若さゆえの、経験不足ゆえの怖いもの知らずのパワーゆえなのかもしれません。しかしそれだけではないと私は感じます。
 何故ならば、金魚は一人ではないのですから。彼女の周囲には、無念が、薬楽堂の仲間たちがいる。薬楽堂に集う連中は、誰かが躓けば誰かが支え、誰かが道に迷いそうになれば誰かが引っ張り戻す――本作の後半二話で描かれているのは、そんな薬楽堂の姿なのです。
(さらに言ってしまえば、そんな彼らだからこそ、眞葛という実在の人物を前にしても、金魚と仲間たちの存在感は負けないのでしょう)

 だからこそ本シリーズのタイトルには、『草紙屋薬楽堂』と冠されているのではないか、というのはいささか牽強付会にすぎるかもしれませんが、しかし少なくともそこには確かな「絆」があると感じるのです。


 怪異にしか見えぬ事件の謎を解き明かす物語だけでなく、薬楽堂に集う仲間たちの姿もまた魅力的な本作。実在の人物が大きく関わることで物語世界も広がり、この先のシリーズの展開も楽しみになるではありませんか。


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草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 絆の煙草入れ (だいわ文庫 I 335-2)


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