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2017.06.29

上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在

 上田秀人の最新シリーズである『日雇い浪人生活録』も、これで早くも第3弾。田沼意次の壮大な試みに手を貸すことになった両替商・分銅屋を守って今日も用心棒稼業の左馬介。しかし難敵を辛うじて退けたものの、そのために彼と分銅屋は思わぬ窮地に陥ることに……

 米本位制から金本位制への移行という、大御所吉宗の遺命実現のためのパートナーを捜していた意次に見出され、手を貸すこととなった分銅屋。
 人柄と鉄扇術を買われてその分銅屋の用心棒となった浪人・諫山左馬介ですが、剣術の腕はからっきし、謎の敵の襲撃に大苦戦を強いられることになります。

 それでも何とか切り抜けた彼の前に今回現れるのは、分銅屋を蹴落とそうとする札差・加賀屋がし向けてきた刺客。歴とした旗本の家臣であり、剣術の遣い手を向こうに回して、浪人・左馬介は再び苦戦を強いられるのですが……


 そんなわけで、生きる糧のためとはいえ、今回も命がけの用心棒として奮闘する左馬介。本来であれば守りの術である鉄扇術で剣術使いに立ち向かうという苦境に立たされた彼の戦いがクライマックスと思いきや――実は物語の本番は、この後に待っていました。

 死闘の末、辛うじて刺客を斃した左馬介。相手の命を奪っただけでなく、一つの家系を滅ぼしてしまったことに悩みながらも、何とか立ち直った(ここで思わぬ役割を果たすお庭番ヒロインが楽しい)彼は、しかし思わぬ追求を受けることになるのです。

 主人公が襲ってきた刺客を倒す――これは時代小説においては当然の展開、上田作品でもお馴染みの展開ですが、しかし本作は少々状況が異なります。
 何しろ左馬介は単なる浪人――密命を受けた幕府の役人などではなく、無宿者よりも少しマシな扱いという程度の身分。たとえ正当防衛とはいえ、歴とした武士を殺してお咎めなしとはいかないのであります。

 そして用心棒である彼が罪に問われれば、雇い主である分銅屋もただでは済まず、得をするのは(そもそもこの事態を引き起こした)加賀屋――というわけで、本作のメインとなるのは、如何にこの事態を切り抜けるかという、一種の頭脳戦なのです。

 この辺りの展開は、浪人という作者の主人公としては珍しい設定を存分に生かしたものであり、本シリーズならではの面白さというほかありません。
 そしてこの苦境からの脱出も、単に意次の権力にすがってというだけでなく(そもそも主人公サイドとしてそれはいかがなものか)、そこから一捻りも二捻りも加わり、左馬介ならずとも呆然としてしまうような結末を迎えるのには唸らされました。


 このように金本位制への移行というミッション以上に、「浪人」である左馬介の存在が生み出すドラマと、そのキャラクターの掘り下げに力点を置いている感のある本作。  その彼の存在が、上田作品において、本作を、本シリーズを、特異な位置のものとしていることに、今回改めて気づかされます。

 上田作品に通底するものとして、作者自身が挙げるテーマ――「継承」。
 人間の当然の営みとして、家を、血を、地位を、財を、親から子へと受け継いでいく「継承」。その最たるものである将軍の座を巡る争いなどは、上田作品でしばしば見られるモチーフでしたが――左馬介は、その「継承」とは無縁の、対極にある存在なのであります。

 何しろ、浪人である彼にとっては後世に残すべき家も地位もない。そもそも財がないわけですが、そのために家庭を持って血を残すこともできない。
 そんな、その日を生きるのがやっとで明日に残すものがない――そうしたいという夢もない――彼の身の上を示す「日雇い」という言葉は、「継承」のある種のアンチテーゼであると言えるのではないかと感じられるのです。

 しかし同時に彼ら浪人は、実質的には無為徒食の武士とは違い、働くことの意味を、「金の価値」を知る者でもあります。
 武士でもない、庶民でもない、その間にある浪人。今はひどく宙ぶらりんではありますが、あるいはその存在は一つの可能性と……言うのはさすがに無理はありますが、せめて左馬介には、彼自身の生きた意味を見出して欲しい、と声援を送りたくなるというのが、正直な気持ちであります。


 米から金への世の中が実現するのか――それと同じウェイトで、主人公のこれからの「生活」が気になる物語であります。


『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』(上田秀人 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
日雇い浪人生活録(三) 金の策謀 (ハルキ文庫 う 9-3 時代小説文庫 日雇い浪人生活録 3)


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