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2017.06.21

谷地恵美子『遙けし川を渡る』 軽妙で自然体の奇譚集

 大正末期を舞台に、不思議な事物が大好物の好奇心旺盛な青年を主人公とした、軽妙な物語――ふっと日常の中に迷い込んでくるような感覚が楽しくも心地よい連作集であります。

 本作の舞台は関東大震災の翌年、主人公は「奇天烈報」なるへんてこな小冊子の編集者・六車時男青年。政界に顔の利く叔父がいるなど、どうやら生まれは決して悪くないようなのですが、好奇心の赴くままにあちらこちらに飛び回っている、少々脳天気な青年であります。
 ちなみにこの時男青年、霊感などはほとんどないのですが、何かと不思議な事件に巻き込まれる人物。未来から来た女の子にも会ったことがあるなどと口走っているのですが……

 本作は、そんな時男を狂言回しにした短編集。取材に出た先で、あるいは思いも寄らぬ偶然から、彼が出会い、巻き込まれた以下のエピソードから構成されています。

 作家を追って出た旅先で、黒ずくめの美しい旅役者・牙鳥天衣之丞と出会った時男。実は幽霊が見える体質で、今も祖父の霊にまとわりつかれているという天衣之丞を巡る『凶鳥のゆううつ』

 失恋して以来、不眠症に悩まされているという顔見知りの芸妓の普通でない様子に、評判の巫女「夕星の美女」を訪ねたことから、時男が思わぬ存在と出くわす『夕星の美女』

 神隠しに遭って戻ったという名家の少年・剣一朗。将来に悩む少年に懐かれた時男ですが、彼には思わぬ者が護りについていて……という『風の子ども 神の子ども』

 自殺した彫刻家が残したという、顔が焼かれた菩薩像。その来歴を追うことになった時男ですが、天衣之丞や剣一朗までもが怪異に巻き込まれ、時男自身もあわや命を落としかける羽目に。不思議な尼僧に導かれ、時男が像の真実に迫る前後編『遥けし川を渡る』


 と、あらすじをご覧いただければおわかりのように、バラエティに富んだエピソード揃い本書。幽霊譚あり、一種の霊異譚あり、凄絶な因縁話あり……全一巻という分量自体が少なめとはいえ、一つとして同じ題材のない、そして類話があるようでない物語が並ぶのには感心いたします。

 そんな本作の独自性を生み出しているのは(特に類話があるようでないように感じられる点は)、やはり時男の個性によるところが大でしょう。

 先に述べたように、特に変わった能力があるわけでなく――すなわち、不思議な事件に特段有効な手だてがあるわけでもなく――ただノンシャランと不思議に出会ったことを喜び、ただあるがままに受け入れる時男。
 そんな本作は、時に結構な大物が登場したりもするのですが、しかし時男の視点から描くことで、良い意味でスケール感や深刻さを感じさせず、自然体で物語が展開していくのが、何とも心地よく感じられるのです。

 あるいはこの辺りは、明治と昭和の合間の時代、古きものと新しきものの間に挟まれた、大正という時代背景も作用しているのかもしれませんが……
(もっとも本書においては、ことさらに大正らしさをアピールすることもないのすが)

 いずれにせよ、登場するアイテムの不気味さや、事件の背後に潜む因縁など描きようによっては相当陰惨な物語になりかねない内容ながら、どこかあっけらかんとした感覚を漂わせている表題作などは、本作の面白さが一番よく表れていると言えるでしょう。
 そして何よりも、そんな軽妙さを感じさせつつ、全く物足りなさを感じさせないさじ加減は、これは実は大変なことなのでは――と感じます。

 ゴリゴリの怪異譚好き、ホラーファンにはどうかと思いますが、ちょっと温かい不思議なお話が好き、という方には絶好の作品集です。


 ちなみに本書にはもう一編、現代から関東大震災直前の大正時代にタイムスリップしてしまった少女を主人公とした短編『みらくる・さまぁたいむ』が収録されています。

 こちらは実は、上で触れた、時男が出会った未来から来た少女の物語。もちろん時男も登場するのですが、こちらはちょっぴりウェットな印象の作品となっているのは、やはり主人公の違いというべきでしょうか。
(もっとも、発表時期的にはこちらが先だから……というのは身も蓋もない言い方かしら)


『遙けし川を渡る』(谷地恵美子 集英社クイーンズコミックス) Amazon
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