« 戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに | トップページ | 上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在 »

2017.06.28

浅田京麻『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』 定番を超えた美しいものたちの物語

 明治時代の横浜の古美術店を舞台に、士族の娘と異人の血を引く鑑定士が繰り広げる、ちょっと不思議要素あり、ラブコメ要素ありの、瑞々しく魅力的な物語であります。

 留学を目指す兄のために、洋服店で働いてきた芳野結子。客に勧められて投機のために買った雪舟の掛け軸を売りに古美術店・霧島堂を訪れた彼女は、しかし店の鑑定士・ミハルから、掛け軸が真っ赤な偽物と知らされます。

 掛け軸のためにした借金返済のため、あわや身売りさせられそうになったものの、ミハルと友人たちの奔走で事なきを得た結子。
 それがきっかけで、霧島堂で売り子兼メイドとして働くことになった彼女は、イケメンながらドSで俺様キャラのミハルに反発を覚えつつも、いつしか惹かれるようになって……


 素直でお節介焼きのヒロインが、イケメンで腕利きだけど変わりものの店主に振り回されながらも少しずつ成長し、そしていつしかラブいことに――というのは、今日日のお仕事ものには定番のパターンでしょう。
 その意味では本作はそのど真ん中の作品。ミハルが異人の父と日本人の母との間に生まれたハーフであったり、物に込められた人の記憶を視る能力があったりという要素はあるものの、スタイル自体はまず定番と言ってよいかと思います。

 そのため(ミハルの「能力」が思ったよりも作中でクローズアップされることが少ないこともあって)第1巻を読んだ時点では、そこまで印象に残る作品ではなかったのですが――しかし、読み進めるにつれ、本作の魅力が、どんどんと強まっていくのを感じました。

 何よりも、結子とミハルの、初対面は悪印象だった同士が、やがてそれぞれの美点を見出し、様々な障害を乗り越えて惹かれあっていく――というこれまた定番の展開を、本作ならではの設定を生かしつつ丹念に描き、積み上げていくのがいいのです。

 士族の出とは言い条、兄の立身のためには自分が働かなければならない結子。父は母国に帰り、母は早くに亡くなって、異人の子として周囲から爪弾きにされてきたミハル。
 それぞれにこの時代ならではの背景を抱えた二人が、その背景から生まれるものに翻弄されつつ、それだからこそ互いを理解し、距離を縮めていく……

 むしろお話としては当然の展開ではありますが、それだからこそ、きちんと描くのは難しい内容。しかし作者は、おそらくはデビュー作の本作において、そうとは感じさせぬ確かな筆致で、そんな微笑ましくも、大いに共感を抱かせる二人の姿を丹念に描き出すのであります。


 しかし――それ以上に本作を魅力的なものとしているのは、「明治時代の」「横浜の」「古美術店」という設定を存分に活かした物語作りにこそあります。

 タイトルに冠された「文明開化」によって海外の事物が一気に流れ込んできたこの時代。それは同時に、この国の古き物の価値が、一気に揺らいだ時代でもありました。
 廃仏毀釈により破壊・消失した仏像仏典、印刷技術の発展で消えていった(そして海外に流出した)浮世絵――そんな、時代の境目に翻弄された数々の美術品にまつわる物語を、日本と諸外国との接点である横浜において、本作は描き出します。
(そしてその古さと新しさの、洋の東西の交わるところに、その申し子ともいうべきミハルを据える設定もいい)

 そしてまた、上に挙げたようなメジャーな題材だけではありません。
 例えばラストエピソードとなる第4巻においては、「買弁」(欧米のビジネスを支援する代理人的立場の清国人)という、漫画のみならず他のメディアでも滅多に登場しない存在を題材に物語を展開してみせたのには、大いに感心させられた次第であります。


 前半で定番という言葉を連発してしまい、非常に申し訳なかったのですが、その定番を踏まえつつも、そこから大きくステップアップして、この作品ならではの美しい独自の物語を見せてくれた本作。
 全4巻と分量は少なめなのですが、しっかりと内容の濃い良作であります。


『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』(浅田京麻 秋田書店プリンセスコミックス全4巻) Amazon
[まとめ買い] 文明開化とアンティーク~霧島堂古美術店~(プリンセス・コミックス)

|

« 戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに | トップページ | 上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/65458202

この記事へのトラックバック一覧です: 浅田京麻『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』 定番を超えた美しいものたちの物語:

« 戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに | トップページ | 上田秀人『日雇い浪人生活録 3 金の策謀』 「継承」の対極にある存在 »