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2017.06.10

戸南浩平『木足の猿』 変わりゆく時代と外側の世界を前にした侍

 最近の歴史時代小説界で印象に残るのは、個性的な作品をひっさげてデビューする新人作家の登場が続いていることであります。本作はその一つ――明治初期の横浜を舞台に、親友の仇を追い続ける片足の元武士が、連続する英国人殺害事件に巻き込まれる時代ハードボイルドであります。

 幕末の動乱の中、親友を殺した男を追って脱藩、江戸から明治と変わる時代を尻目に放浪を続けてきた居合いの達人・奥井。
 親友の水口の形見の刀を仕込み杖に忍ばせ、その鍔を懐に、老いの近づく年齢になりながらも、なおも仇を追う彼は、ある日一人の奇妙な男・山室の訪問を受けます。

 殺した相手の首を晒すという幕末の攘夷浪士のような所業で街を騒がせている連続英国人殺害事件――その背後に水口の仇と目される男が絡んでいると山室から聞かされた奥井。
 犠牲者の母に雇われたディテクティヴ(探偵)だという山室から協力を求められた彼は、二つ返事で事件を追うことになるのですが、やがて事件は思わぬ様相を呈することに……


 徳川幕府は倒れたものの、いまだ国の形も明確には定まらぬ混沌とした時代、侍たちが退場しつつある時代――それが物語の背景として似合うのか、明治初期を舞台としたミステリタッチの作品というのは、実は少なくありません。
 本作ももちろんその一つですが、他の作品と大きく異なるのは、そのハードボイルドタッチの味わいと、それを生み出す主人公のキャラクターでしょう。

 上で述べたとおり、主人公の奥井は、親友・水口を殺した仇を追い、時代が変わってもなお放浪を続ける男。そしてそんな彼を特徴付けるのは、その境遇以上に、左足が木製の義足であることであります。
 若き日に山津波に巻き込まれて足を岩に挟まれ、そこから脱するために、水口によって足を断たれた奥井。優れた剣の腕を持ちつつも、武芸の道を断たれた彼は、それでも来るべき時代に身を立てるべく英語を学ぶなど、未来を見据えて生きていたのですが……

 しかし、突然の水口の死、それも横領の疑いをかけられた上でのそれが、彼の運命を大きく変えます。仇の男を追って藩を捨て――すなわち侍としての境遇を捨て――それでもなお、友の形見の刀を抱いて、放浪を続ける奥井。
 彼は、侍の時代が終わった後も侍たらんとする、しかし既に侍としては不適合者であるという奇妙な存在として、物語の中を駆けるのであります。

 それは一種の象徴と言えるかもしれません。時代から取り残されたモノの、そして時代が流れても変わらぬモノの、あるいは変わりゆく時代に流されるモノの。
 そんな彼の目から描く明治維新後の世界は、畢竟、輝きに満ちた新世界などではあり得ないのであります。


 しかし本作は、そんな奥井の、変わりゆく日本に対する感傷めいたものを拒否するような「外部」を持ちます。
 それは文字通り日本の外――本作で描かれる連続殺人の被害者の母国である英国をはじめとした諸外国、外の世界の存在であります。

 ある意味、江戸から明治に変わった以上に大きな変化をもたらした開国。それは、この島国で行われていた様々な営みを根底から揺るがすインパクトをもたらしました。
 そしてそれは、この国に縛られていた人々、この国に生きる場所の無かった人々にとっては福音であったかもしれませんが――そこにもやはり、純粋な楽園はないのです。

 本作のタイトルである「木足の猿」――「木足」が、主人公たる奥井の義足であることはいうまでもありませんが、それでは「猿」は何を意味するのか。
 それが明らかにされる時、本作は、英国人殺しという直接的なもの以上に、日本が外部に開かれたことから、外部と触れたことから生まれる悲しみと理不尽の存在を描き出すのです。


 時代から遊離してしまった男の目を通じて、変わりゆく時代と、外側の世界とに翻弄されるモノたちの姿を描く本作。
 クライマックスに待ち受けるどんでん返しも見事ですが、それ以上にこの視点こそが、本作をして優れた「時代」ミステリとして成立させていると感じられるのです。


『木足の猿』(戸南浩平 光文社) Amazon
木足(もくそく)の猿

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