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2017.07.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション

 『修羅の門』『海皇紀』の川原正敏が、留候――張良子房を主人公に「項羽と劉邦」の世界を描く歴史活劇であります。既に5巻まで刊行されているにもかかわらず、今まで紹介のタイミングを逃していて恐縮ですが、今回は張良が初陣を飾る第3巻までを取り上げましょう。

 張良といえば、漢の高祖――劉邦を支え、彼に天下を取らせた軍師の中の軍師。しかしどうしても劉邦の方がクローズアップされるためか、少なくとも我が国においては張良を中心とした物語は少ないように思えます。
 そこで登場した本作、果たしてどのように張良を料理しているのか――と思えば、これが実に私好みの内容でありました。

 時は秦の始皇帝が中国を統一してから2年後、故国を秦に滅ぼされ、弟を失った張良が向かった東方の地・滄海は、太公望・姜子牙の子孫と言われる一騎当千の兵たちが暮らすと言われる地でした。
 しかし、途中で拾った赤子・黄石とともにたどり着いた滄海では、戦で兵たちは失われ、残っていた若い男は窮奇と名乗る青年のみ。

 それでも長老を口説き落とし、窮奇、そして黄石とともに旅立った張良は、巨大な鉄槌を遠くから窮奇に投げさせるという奇策を以って、博浪沙で巡遊中の始皇帝暗殺を計画します。しかし計画は失敗、辛くも逃れた三人は、時が満ちるのを待つため、江湖に身を潜めることに……


 というのが本作の第1巻のあらすじですが、もうこれだけで私のような人間は大興奮してしまいます。何しろ、張良の相棒とも言うべき存在となる窮奇が、あの「大力の士」(力士)なのですからたまりません。

 張良が滄海君という人物から大力の士を得て、これに巨大な鉄槌を投げさせるも……というのは、これは「史記」に記されたいわば「史実」。この大力の士はその後記録に全く現れることなく、歴史の狭間に消えてしまうのですが――それをこのような形で活かしてみせるとは!

 いささか大袈裟な表現ではありますが、もう、この設定だけで本作のことを全肯定したくなってしまうのであります。
(この窮奇が、姜子牙の子孫という設定もまた、『修羅の門』ファンにはニヤリ)

 そしてまた、もう一人のメインキャラクターである黄石、どうやら不思議な力を持つらしい少女の設定も面白い。

 「史記」における黄石公――始皇帝暗殺に失敗して潜伏していた張良が、黄色い石の化身と名乗る不思議な老人と出会って太公望の兵書を授けられたという伝説。
 これをアレンジした彼女(さらにそこで上で述べた窮奇の姜子牙との関わりも出て来るのですが)の設定は、そのまま本作における「史実」と「伝説」の関係性を示すものとなっているのです。

 そう、中国史(に全く限ったわけではありませんが)にしばしば登場するファンタジーめいた伝説や逸話の類――上で述べた黄石公や、劉邦が白竜を斬った赤帝の子であるという逸話の類を、本作はそのまま事実として描くことはありません。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、それらは箔を付けるためにこしらえられた後付の創作、その時はハッタリであっても、功成り遂げた後は「事実」として受け止められるようになる――という解釈が本作では為されているのです。

 それが決して味気ないものとも、嫌味なものともなっていないのは、その「伝説」が張良たちにとって一種の策として明確に成立していることももちろんあります。
 しかしそれ以上に、一つの伝説を否定しつつも、その奥にある更なる伝説めいたものの存在を描き出していることでしょう。

 それは一騎当千の兵である窮奇の存在であり、あるいは人の価値を見抜き張良に道を指し示す黄石の存在であり――史実と伝説の狭間をフィクションを以って埋めてみせるという(一種メタな)趣向が、何とも気持ち良いのであります。


 正直なところを申し上げれば、第1巻で張良が始皇帝暗殺に失敗、第2巻で張良が劉邦と対面、第3巻で張良が劉邦の帷幄に参じて初勝利――というペースはかなり遅いようにも感じられます。しかしその分、この「狭間」を丹念に描いていると思えば、これはやむを得ないものと言うべきかもしれません。

 始皇帝が薨去してから劉邦が天下を取るまでわずか十年ほど。その狭間に本作が何を描くのか――楽しみにならないわけがありません。


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