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2017.07.08

今野敏『サーベル警視庁』 警察ものにして明治ものの快作

 格闘技、SF、伝奇と様々なジャンルで活躍し、その中でも特に警察小説の名手として知られる作者が、なんと明治時代の警察庁を舞台として描くユニークな作品であります。明治後半の東京で連続する殺人事件。捜査に当たる警視庁第一部第一課のメンバーが辿り着いた真相とは……

 舞台となるのは明治38年7月、日露戦争では日本が日本海海戦で大勝し、終戦に向かいつつある頃――上野不忍池で、死体が発見されます。
 その報に現場に向かった警視庁第一部第一課の鳥居部長、葦名警部と岡崎巡査ら四人の巡査は、その場に現れた自称私立探偵・西小路とともに捜査を開始。被害者は帝大講師の高島であると判明します。

 急進的なドイツ文化受容論者であったという高島の周辺の捜査を開始する巡査たち。しかし遺体の発見者である薬売りは不可解な状況で姿を消し、帝大生を名乗る男からは捜査を攪乱するような偽りの情報がもたらされるなど、捜査は難航することになります。

 さらに内務省からの横やりが入るなど不穏な空気が漂う中で、陸軍大佐が高島と同様に鋭利な刃物で一突きされて殺害されるという事件が発生。
 そしてこの事件現場の近くで、不審な老人の目撃情報を得て後を追った岡崎巡査は、老人の意外な正体を知ることになります。

 そしてなおも事件は続き、次第に明らかとなっていくその全貌。犯人の真意を知った第一部第一課の面々は……


 なるほど、本作は舞台こそ明治であれ、まさしく警察小説と呼ぶにふさわしい内容。
 謎解きの要素はもちろんあるものの、より力点が置かれるのは、その事件を追う警察の面々の奮闘であり、あるいは他の組織や上層部との軋轢であり――と、明治を舞台としてもこのようなやり方があるのか、と感心させられます。

 登場キャラクターの方も、べらんめえ口調で型破りな部長に、理論派で冷徹な警部、部長の行動に振り回されがちの課長に、現場で奮闘する巡査たち……という配置など、ある意味定番ながら面白い。
 さらに上で述べた組織の問題など、当時の内務省と警視庁の力関係を、現代の警察庁と警視庁を思わせる形に当てはめて描いてみせるのには感心させられます。

 その一方で、明治という時代背景ならではの要素も随所に設定されていることも言うまでもありません。

 第一の事件の背景となる帝大では現代にまで不朽の名を残すあの文学者が教鞭を取っていたこの時代。その文学者は、間接的な登場ではあるものの、前任者の小泉八雲ともども、作中で大きな存在感を以って描かれることになります
 そして何より、明治で警察とくれば、どうしても連想してしまうあの人物ももちろん登場し、終盤ではほとんど主役クラスの活躍をみせるのであります。

 ――しかし、本作の「時代もの」たる所以は、こうした当時の実在の人物たちが登場する点に留まるものではありません。
 それ以上に本作において時代性を感じさせるのは、事件の背景となった政府内のある動き、そしてその原因となった一種の世相――上で述べた実在の人物たちの運命とも密接に関わるそれなのであります。

 それが何であるかは、ここでは具体的には述べません。しかしそれは、文明開化に邁進して日清・日露という対外戦争をくぐり抜け、近代国家へと変貌しつつあった日本が抱えることとなった一種の歪みであると――そう述べることは許されるでしょう。
(この辺り、作者が述べているように、『坊ちゃんの時代』の影響が確かに強く感じられます)

 そしてそんな明治の日本の姿は、この時代特有のものでありつつも、奇妙に現代の日本に重なるものであるとも……


 厳しいことを申し上げれば、警察以上に部外者が活躍した印象はあります。ラストの展開も、突然「時代劇」的になった感は否めません(そしてそれもまた、部外者あってこその展開でもあり……)

 それでもなお、警察小説を明治時代に巧みに移植するとともに、そのスタイルの中で、明治という時代性を、しっかりとした必然性を以て描いてみせた本作は、大いに魅力的であることは間違いありません。

 警察ものにして明治もの――本作のみで終わらせるには惜しい趣向であります。


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サーベル警視庁

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