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2017.08.23

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻 知りたい、と想う気持ちが暴く秘密

 じゃじゃ馬女学生・菊乃と元伊賀忍びの清十郎のもどかしい恋模様を描いてきた本作も、ついに二桁の大台に達しました。この巻では、清十郎のことを少しでも知りたい菊乃が、清十郎とともに彼の実家の旧知行地に足を運んだことから来る騒動が描かれますが、それが思わぬところに波及することに……

 散々紆余曲折を経た果てに、互いの間に契約などではない真実の愛情があることを確かめ合った菊乃と清十郎。
 元々婚約を交わしていることですし、二人の間に障害はない――と言いたいところですが、しかし菊乃にとっては(そして読者にとっても)まだまだ清十郎のことはわからないことだらけでありますす。

 かくてこの巻のメインとなるのは、清十郎が、彼の旧知行地である荻窪村の庄屋の婚礼に招かれたのを良い機会に、少しでも彼のことを知りたいと同行を申し出た菊乃が巻き込まれる騒動の数々。
 そもそも今でこそ東京で住みたい街として人気の荻窪ですが、この時代では全く以て地方の部類、そんな旧弊が大手を振って通用している土地に開化の先頭を行く女学生たる菊乃が顔を出して、ただですむわけがありません。

 土地の人々の好奇の目やいびりで済むならマシな部類、密室のはずの彼女の部屋で物が動く怪現象が起きたり、どこかで見たような老人の下で花嫁修業をする羽目になったり……
 それだけならまだしも、村が、近隣の農民と不平士族による蜂起のターゲットにされたりと、騒動に次ぐ騒動の連続なのであります。


 というわけで、この巻でもある意味相変わらずの菊乃と清十郎(の周囲)ですが、今回も感心させられるのは、まず、時代背景をきっちりと踏まえた物語展開やガジェットであります。
 特に一揆のエピソードで、庄屋という一揆に狙われる側の視点から描かれる物語に加えて、その一揆が「(旧幕の頃の)作法を知らない一揆」(それ故行動が予測できず恐ろしい)というのが、実に面白いのではありませんか。

 しかしそれ以上に注目すべきは、これもこれまでも同様、明治初期という舞台ならではの時代ものとしての面白さと、何時の時代も普遍的な恋愛ものとしての面白さを、きっちり両立――いや双方を生かした物語作りが為されている点でしょう。

 大好きな相手のことは何でも知りたい、全てを知っておきたい――おそらくは、恋した人間であれば誰にでも共通するであろうこの想い。その想いが、今回菊乃を突き動かしているのは上で述べたとおりですが……
 しかしそれが、これまで清十郎がひた隠してきた彼の最大の秘密――すなわち「清十郎が清十郎になる前の過去」、言い換えれば「清十郎が実は清十郎ではないこと」の証拠暴きに繋がっていくのですから、たまりません。

 この数巻ばかりで少しずつ読者に明かされてきたこの秘密は、間違いなく清十郎にとっては最も菊乃に知られたくないはずのもの。
 己が人に、いや菊乃に愛されることにいまだ馴れない清十郎が、今の自分の名と過去――すなわち今の彼の存在までもが偽りであると菊乃に知られることを怖れていることは間違いありません。

 それが図らずも、愛する人のことは何でも知りたいという乙女心によって揺るがされるとは――清十郎だけでなく、こちらも予想だにしなかった、しかし本作ならではのものと頷くほかない、見事な展開であります。


 しかし時代は、二人の周囲の状況は、あるいは時が解決したかもしれないそんな秘密の存在を巻き込んで、否応なく動いていきます。
 これまで物語の遠景として幾度となく描かれてきた不平士族の反乱。その最大のものが――すなわち西郷の反乱が、いよいよ勃発したのですから。

 清十郎が清十郎になる前の過去を知り、そしてその頃から彼を縛ってきた男「若」によって、その時代のうねりに巻き込まれることとなる清十郎。
 ここで一端が明かされた彼の過去からすれば、絶望的なこの状況から、彼が生還することができるのか。そして何よりも、彼は過去を断ち切り、未来を掴むことが出来るのか……

 ついに「若」の軛から逃れることを決意した清十郎。彼と菊乃の物語の結末もそう遠くはない――そう感じられます。


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