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2017.08.07

辻真先『あじあ号、吼えろ!』 人々の怒りの叫びに込められたもの

 アニメ界のレジェンドにして小説家としても活躍を続け、そして大の鉄道マニアである作者が、ソ連軍の侵攻の始まった終戦直前の満州を舞台に、南満州鉄道の伝説の超特急・あじあ号で必死の逃避行を試みる人々の姿を描いた、鉄道冒険小説の白眉であります。

 あじあ号とは、戦前の日本の満州経営の中心となった南満州鉄道、通称満鉄のシンボルとも言うべき存在――大連から哈爾浜までの千キロ弱を12時間余りで走破したという超特急であります。
 その無骨かつどこか未来的な印象すらある機関車の独特の流線型のフォルムは、鉄道には明るくない私でも知っているほどですが――本作はそのあじあ号と、そこに乗り合わせた人々が繰り広げる危機また危機の大冒険行を描いた物語なのです。

 日本軍の劣勢が囁かれる中、国策映画撮影のために満州に渡った売れっ子俳優の神住。哈爾浜で彼を待っていたのは、二年前に引退したものの、今回の撮影のために特別に復活することとなったあじあ号でした。
 神住と彼の付き人のほか、そのあじあ号に乗ることになったのは、神住に強引についてきた高級料亭の芸者、甘粕正彦の愛人だという満映女優とその付き人、銃の名手の青年新聞記者、満鉄の生き字引の機関士に、元マタギの運転士。さらに豪快な関東軍の脱走兵もどさくさで加わるのですが……

 しかしそこに飛び込んできたのは、ソ連軍の侵攻開始の報。急遽あじあ号で哈爾浜から脱出した一行ですが、しかしあじあ号の運行を指示する関東軍は幾度も不可解な動きを見せます。
 そして途中、厳戒態勢の基地からあじあ号に積み込まれた謎の積み荷。積み荷の正体を知るらしい軍医と少年兵、さらにあの川島芳子までも乗り込んだあじあ号は、一路大連を目指すのですが――しかしその間も幾度となくロシア軍や中国ゲリラが襲いかかります。

 行く先々に現れるゲリラに情報を流しているのは誰なのか。関東軍の不可解な動きの理由は、そして彼らがひた隠す積み荷の正体とは。何よりも、超特急に命を賭けて逃避行を続ける12人を待つ運命は……


 作者が『駅馬車』を意識したという本作。なるほど、それぞれに事情を抱えた人々が一つ乗り物に乗り合わせ、そこでドラマが展開していくというスタイルは、共通するものがあります。

 しかし本作が『駅馬車』と決定的に異なるのは、言うまでもなくその舞台背景――太平洋戦争終結直前、ソ連軍の参戦により大陸での日本の敗勢が決定的となった、まさにその時という設定であります。
 単にある場所からある場所に移動するだけでなく、座していればほぼ確実に死かそれに等しい運命が待つ状況下。そこからの必死の逃避行――それが本作に、これ以上ないほどの緊迫感を与えているのです。

 そして何よりも、必ずしも軍人だけではない――いやむしろ民間人が大半というキャラクター配置は、この状況を生み出した戦争に対するキャラクターたちの立ち位置に、行動に、大きな影響を及ぼすことになります。

 そしてそれはある意味必然的に、戦争という巨大な理不尽、いやそれを自らの意志でもたらすものたちへの巨大な怒りを込めて描かれます。
 しかし決してお説教臭くも、イデオロギー的でもなく、ただ、必死の逃走劇という極限状態に追い込まれた人々の怒りの叫びという形でもって……


 もちろん本作は、ジャンルで言えば、あくまでも――それも、如何にも作者らしいサービス精神満点の、ミステリ味すら巧みに織り込まれた――戦争冒険小説であります。
 特に、冒頭から結末に至るまで、物語に登場する要素の一つたりとて無駄のない構成、そしてそれが生み出す見せ場の数々には、ただただ興奮させられるほかありません。

 それでもなお、興奮と痛快さの奥に、鋭い痛みと深い苦みが残るのは、この「怒り」の力によるものであることは、間違いないでしょう。

 血沸き肉躍るエンターテイメントでありつつ、同時に戦争とそこに群がる人々の愚かさ、醜さを描く。言葉にすればよくあるようで、しかしとてつもなく難しいそれを成し遂げてみせた――それも失われた超特急への愛情をたっぷりと効かせた上で――超一級の物語であります。


 それにしても、ヒロインの名前の由来はやはり……


『あじあ号、吼えろ!』(辻真先 徳間文庫) Amazon
あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)


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